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4日目 昼

「あ。朝飯食べそこねた…」

ヴァンが唐突に言った。

ああ、とサラディナーサはさして興味がない様子で返す。

「おしゃべりが過ぎたな」

「寝てないし、食べてないし。団長には早く帰ってもらって、食って寝よう」

「おや、お前は自分の団長に対しても、ずいぶん無礼なんだな」

くすっとサラディナーサが笑う。

その笑顔が嬉しくてヴァンの顔もほころんだ。


「王女様は団長になにか言いたいこととか、あるの?」

「ないと思うか?それこそ一晩かけても言い切れない恨みがある」

「う…。まだ言い足りないのか?」

「足りるか、誘拐犯」

「また、そういう……はい、俺が悪かったです」

素直に降参したヴァンを見て、サラディナーサはフッと目を和らげた。

「まあ、わかってるさ。お前の意志じゃなかったことは。ただ上司の命令に逆らえなかったんだろう?」

「…そうでもない。その気になれば俺はあんたを逃がせたはずだし。それに団長がこんな企みをしたのは、ちっとばかしは俺のためなんだ」

決して自分は悪くないとは言わないヴァンに、サラディナーサもそろそろ許してやるか、という気になった。

「フフ、お前はかわいいな」

「‥‥‥なんだそれ?嬉しくないな。覚えとけ、男にかわいい、は悪口だ」

「そうなのか、知らなかったな。じゃあもっと言ってやろう、かわいい、かわいい〜」



ここは邸の一階の端、六角形のホールのような部屋だった。

床には分厚い絨毯が敷かれ、装飾的な柱が6本天井を支えている。

ガラス張りの窓からは、陽光と庭の色鮮やかな色が写り込む。

賓客を迎えるにはほど良く贅を凝らした部屋だ。


右軍団長にして王太子を出迎える為に、約30名の騎士たちがホール内に配置を整え、直立で立っていた。

中央に用意された応接セットの豪奢な肘掛け椅子には、王女サラディナーサと右軍副団長ヴァンが並んで座り、会話を交わしている。

その会話が否応なく耳に入ってくる騎士たちは、それぞれ困惑を覚えていた。


(なんだ、この会話?)

(なんかすごく親密に聞こえるんだけど…)

(え?副長と王女様って……)

騎士たちはお互いちらりと視線を交わし合うが、当然ながらどこにも答えを持つ者はいない。


「ここは昔、降嫁してきた元王女様が住んでいた邸らしい。んで、今は団長の持ち物なんだと。右軍が好きに使わしてもらってる」

ヴァンがサラディナーサに説明している。

その情報って、王女に教えていいやつ?と騎士たち皆が思ったが、誰も口には出さない。

「そうか。ならここは王太子直轄領、ヴァイデンなのだな」

「え?今の情報でそこまでわかる?」

「フフン、お前とは持ってる知識が違うんだ。迂闊なことは言わない方がいい」

「いいさ。もうあんたに隠し事はしないことにしたんだ。疲れるから」

「それは良い心がけだな、ヴァン」


二人は適度な距離を置いて座り、指一本触れてるわけではない。

特別な言葉を交わしているわけでもない。

なのに。この漂う甘さは何事だろう。


誰の目にも明らかなことは、ヴァンが王女をこの上なく大切に扱っていることだ。

(これは荒れるぞ‥‥‥)

騎士たちは思った。

彼らは右軍の中でも特に、王太子に忠誠を誓った精鋭騎士たちだった。

レアンドーレとその片腕ヴァンのことを、かなり深く知っていた。

もうすぐ現れるレアンドーレが、ヴァンのこの態度を許すはずがなく。

いつもならなだめ役であるヴァンが王女の為に真正面からぶつかるなら。


血が降らないはずがない。

騎士たちは確信し、手に冷たい汗を握った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



開かれた扉から現れた一団を、部屋の騎士全員が拳を胸に当て、直立不動で出迎えた。

もちろんヴァンも例外ではない。

長椅子から立ち上がり、上司にして主、レアンドーレを迎えた。


宮殿から直接来たのだろう。

臙脂色の胴着に深い緑のマントという王太子然とした出立ちのレアンドーレは、幾人の青いマントの騎士たちを従え、悠々と歩いてくる。

金髪に碧眼。騎士たちと比べても厳つく大きな体躯。

自信に溢れた肩の張り方、足の運び。

間違いなく兄だ、とサラディナーサは認めた。


レアンドーレはヴァンの前にまっすぐ向かい、親しげにその肩に手をぽんと置く。

「ヴァン、ご苦労だったな」

「……全くですよ」

ヴァンは不敬ともとれる返事を返したが、レアンドーレは当然の顔で受け止めた。


「そして我が妹君。足でも悪くしたか?」

サラディナーサはひとり椅子に座ったまま、あまつさえ足を組むポーズだった。

到底目上の者を出迎える姿勢ではない。

その上でにこりと微笑んでみせた。

「チェチェフの港では、人は衣を変えるもの。何卒ご容赦ください(あなたという人にふさわしい態度で出迎えてるんですよ、許してくださいね)」

思いっきり喧嘩をふっかけた形だった。

ヴァンは言葉の意味がわからなかったようだが、もちろんレアンドーレには通じた。

ぐわっと太い眉がつり上がった。

「はあっ!?貴様、それはどういう態度だ!?おい、ヴァン!」

「……はい」

「なんでこいつがこんなにつけ上がってんだ?服も男もののままだしよ。一体どういう躾したんだ」

「王女様の躾なんて仕事は言われた覚えがないですね」

ヴァンは言い、向かいの椅子を指した。

「とりあえず座ったらどうです?部下があなたのために、慣れない茶を入れてるんで」

見れば、騎士がひとりトレーに茶を乗せて、立ち位置に悩みながら立っていた。

「チッ」

品のない舌打ちをしてレアンドーレが椅子に座ると、ヴァンもサラディナーサの横に座った。

3人の前に茶が置かれた。


「なんだって、こいつが俺の前に偉そうに座ってるんだ?」

レアンドーレは茶など見向きもせず、サラディナーサを指さして言った。

「団長の話は王女様のことだし。王女様本人に聞いてもらった方がいいんじゃないですか」

サラディナーサは素知らぬ顔で茶を取り、香りを確かめすする。

「聞かせる必要はない。どっか籠めとけ」

「ま、いいじゃないですか。それよりも団長、俺はとっとと、何がどうなったんだか聞かせてもらいたいんですけどね‥‥‥」


ヴァンは口元に笑みを浮かべながら、声を一段回低く落とした。

「説明不足にもほどがある。命令しとけば、勝手に上手く動くと思わんでください。こっちには全く情報入ってこないし、団長は宮殿でひとりで暴れてるみたいだし。俺、今回は本っ気で焦ったですよ」

レアンドーレは少しばかり気まずい顔になった。

「あー、まーな。細かいことは後にしてとりあえず結論を言うと、女王に降嫁は認めさせた。王女が今ちょっと行方不明になってることはほんの少数だけが知っている。もうじき王女は宮殿に帰り、降嫁の儀式の準備に入る」

「相手は俺?」

「当然。抜かりはない。王女が宮殿に戻ってからなかった事にできないように、いろいろ手はずは整えてある」

「いろいろって?」

「まあ、要は貴様が王女を娶ることが確定だってことだ。喜べよ、伯爵」

ヴァンは腕を組み、難しい顔になった。

「団長が俺の望みを叶えようとしてくれてんのはわかってるんです。けど王女様は俺と結婚したくないらしいんすよ。その話今からなかった事にできないですかね?」

「はあ?」

レアンドーレは眉を寄せた。

「そいつがしたくなければどうしたって言うんだ?貴様、何かおかしくないか?」

「おかしいですか?」

ヴァンは横に座るサラディナーサを見た。

視線を受けたサラディナーサは茶をテーブルに静かに返すと、口を開いた。

「兄君には発言をお許しいただきたく…」

「許さん」

レアンドーレの言葉を無視して言った。

「私は結婚するつもりはございません」

「貴様のつもりなど聞いてない。黙れ」

「このように卑劣な方法で決められた縁組に従う気はございません」


ガン、とレアンドーレはテーブルを蹴った。

サラディナーサ以外手をつけられていない茶が倒れて溢れる。


「貴様の意志なんか聞いてないんだよ。貴様の母親がそう決めたんだ。てめぇの結婚をてめぇで決められると思ってんのか?馬鹿か」

「……昨日ここにお母様のお使者が参りまして、言葉を伝えてくれました。戦え、と」

「なんだと!?」

サラディナーサは死ぬ、とは言わなかった。

ヴァンがちらりとサラディナーサを見る。

「私は兄君が決めた結婚と戦う所存です」

サラディナーサは静かな口調で言った。


レアンドーレはいきりたって、その場に立ち上がった。

「何が戦うだ、笑わせんな!もう宮殿に居場所があると思うなよ!この傷物女」

「でしたら、私はこのまま市井に溶け込み、行方をくらましましょうか」

「そんなこと許すと思うか?王位継承権を持った奴を野放しにするわけないだろうが」

「仰るはごもっともです。ですが私は全力で逆らってみせましょう」

レアンドーレは固いブーツを履いた片足を、テーブルの上に踏み抜く勢いで落とした。

バキッと激しい音が響く。

「貴様は宮殿に戻り儀式を得て、ヴァンの元に降嫁するんだ。もし、それから逃げようと言うなら、貴様は生きている事が俺の邪魔になる」

「でしたら殺しますか?」

サラディナーサは薄笑いを浮かべて挑発的に言った。

「どうぞ?兄君の言う未来を迎えるくらいなら、死はどれほどの僥倖であることでしょう」

「てめぇ、サラディナーサ!」

「私の生き方を兄君が決めることはできません」

レアンドーレが目がつり上がり、腰の長剣に手を伸ばした。


普通なら、幾ら挑発されてもここで殺してしまうのはまずい、と考えるだろうが、レアンドーレが優先するのは、自分をこけにした者を許さないことだった。

抜いた長剣を躊躇いもせず振りかぶった。


サラディナーサは平然と目を開けてそれを迎えてやろうと思ったのに、反射でぎゅっと目を閉じてしまった。


けれど知っていた。

この剣が自分まで届かないことを。

こんなのが国王になったら、国はどうなっちゃうんだろう、と書きながら心配になってしまいました。

リーサは次回登場予定です。

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