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最後の日

「ぼぉーっと親に従い、夫に従って生きてるからああいうことになる」

そう言ったのは赤毛の女性衛兵、フランである。

「そう言うな。女とは普通そういうものだ。皆がお前のように強くない」

「強くならないのは鍛えないからだ」

「はいはい。この筋肉馬鹿」

サラディナーサはムッと口を曲げたフランを見て笑った。

「母が寄越したのだ。それに腹に子を抱えてずいぶん切羽詰まってるようだった。ここで守ってやらんと仕方ないだろう」

フランは目つきを険しくして言った。

「私ら衛兵も高い塀も、次々やってくる弱い女たちを守る為にあるんじゃない。王女を守る為だ」

サラディナーサは苦笑し、頷いてやった。

「そのとおりだ、フラン。けど私が守られるだけの王女ならこの貴婦人の棟にいられないよ。わかるだろう?」


フランが更に口をひん曲げた時、部屋に侍女頭が入ってきた。

「サラディナーサ様、面会の者が二組、控えてございます」

「誰?」

「ジュルジュ服飾店の者と、婦人ギルドの副代表でございます」

「わかった。すぐ行く」

サラディナーサはすっと立ち上がった。

フランが訝しげに首を傾げる。

「婦人ギルド?なにそれ?」

「母が最近立ち上げた組合だよ。女性が職を得ることが女性の価値を高めるって趣旨だ。私がそこの代表ってことになってる」

「まぁた、仕事を増やして!寝る時間なくなるぞ!」

「大丈夫、大丈夫」

サラディナーサは笑って侍女頭の待つ扉に向かう。

「今はできることはなんでもやっておかないとな」

「…限度がある。最近頑張り過ぎだ」

サラディナーサは振り返った。

「こういう会話してる時間だって寝る時間に響くんだぞ。フラン、護衛につけ」

「‥‥‥。はい」

サラディナーサの命令に、フランは一瞬で目つきを変えて主に従う姿勢をとった。

幼馴染みの目が臣下のものに変わったのを見届けて、サラディナーサは早足で歩き出した。


☆ ☆ ☆


夜寝る前の時間に内庭を歩くのがサラディナーサの日課だ。

忙しさに高揚してしまった頭を落ち着かせ、一日を反芻することができる。

この塀に囲まれた貴婦人の棟へも、どこからか気持ちのいい風が吹き抜けていく。

日中はずいぶん暑くなってきているが、夜は今が一番気持ちの良い季節だった。


空を見上げれば、完全な満月。

いつもより明るい内庭の細い道をてくてくと歩く。

後ろには侍女頭のエマーリエが灯りを持って無言で付いてきていた。

夜番の女性衛兵は内庭の入口を守っているはずだ。


「‥‥‥フランはもちろん帰ってしまったよなあ」

「そのはずですが、何か御用がございましたか?」

独り言のような呟きにエマーリエが答えた。

女性衛兵は基本通いだ。昼間任務についたフランは今頃は自宅で体を休めている頃だろう。

「いや、今日のフランは妙に苛立っているようだった。もう少し丁寧に話を聞いてやれば良かったな、と思って」

「左様でございますか」

エマーリエは静かに返し、口を閉じた。


機嫌伺いも無駄口もいっさい言わないので、会話が続かないのがこのエマーリエという侍女だ。

彼女は幼い頃のサラディナーサの教育係だ。

口数は異様に少ないが、口を開けば有用な助言が飛び出す。

なので意見が欲しいサラディナーサは続けた。

「フランは今日来た…アリエッタだっけ?にずいぶん苛立っていた。あと、私が仕事をし過ぎだとか言ってたな。けれどいつものことなのに。どうして今日に限ってそんなことを言い出したのだと思う?」

「もちろんサラディナーサ様を心配してのことでございましょう」

「それはわかってるが」

フランとは幼い頃からいろんなことを話し合ってきた仲だ。

誰よりもサラディナーサの考えを知っているはずのフランが、あのように言い出したことにはそれなりの理由があったのかもしれない。


「わたくしがフラン様の気持ちを推し量るのは僭越ですが」

エマーリエが静かに言った。

「最近は事情を抱えて貴婦人の棟にいらっしゃる方があまりにも増えました。衛兵方の間では不満が広がっているようだと聞き及んでおります」

「…そうなのか」

「身元を証明出来ない方々を貴婦人の棟に入れることは、衛兵方にとって大きな負担でございますから」

「ああ。それはそうだろうな」

人が増えれば増えるほど警護や護衛が難しくなるのはサラディナーサにもわかる。

更に女王を頼って身一つで駆け込んでくるような者は、身元の確認にも時間がかかる。実は危険人物である可能性も衛兵は考えなければいけない。

「特にフラン様はサラディナーサ様をお守りすることに専念したいとお考えでしょう」

「うん…」

「更に申し上げるのでしたら、ここ最近サラディナーサ様は仕事を抱え込み過ぎであると、わたくしも思っておりました。御自分の範疇を知り、適度にお断りすることも必要なことかと」

「‥‥‥うん」

元教育係の冷静な忠告に、サラディナーサは立ち止まって月を見上げ、思案した。

貴婦人の棟に人を送ってくるのも、次から次へ仕事を回してくるのも女王である母だ。

けれどそれをどう采配し、どの程度直接関わるか、それはサラディナーサに委ねられてる。

今まで目の前にある仕事をこなすことばかり考えていた。けど近しい者たちが揃って心配するようなら、やり方を考えるべきかもしれない。

「明日、フランと時間をとって、どうするのが良いと思うのか聞いてみるよ」

サラディナーサがそう言うと、後ろから返ったのは無言だった。

しんとした空気の中微かに、馴染みのない匂いを感じた気がした。


「エマーリエ?」

振り返った時だった。後ろから腕がぐっと掴まれた。

(エマーリエ、じゃない!‥‥‥曲者っ!?)

サラディナーサは一瞬で判断し、身を屈め思い切りよく腕を後ろに引いた。

腕を掴む手の力が緩んだ隙に、ばっと身を返して何者かの手首を持ち、重心をかけて前へ押した。

マントを被った曲者がドオンと地面に倒れる。

(やった!決まった!)

フランから教わった護身術である。

繰り返し繰り返し続けた訓練が今、役に立った。

サラディナーサは回りの状況を見る余裕もなく走り出す。

技が決まったらとにかく一目散に逃げること。

これも教わったことである。

内庭の出入口まで行けば衛兵がいる。

とにかくそこまで逃げなければ。

「ひっ」

エマーリエの小さな悲鳴が聞こえた。

サラディナーサの走る勢いが一瞬鈍り、けれどすぐに自分が逃げるのが優先だと意識を切り替える。

その瞬間。

「ウグっ」

口に布のようなものが巻き付いた。

と同時に体が勢いよく倒れ込み…

次に気がついた時には、地面にうつ伏せに倒され、両手を後ろに捕えられていた。

(ヤバい…)

サラディナーサの心臓がぞっと冷たくなった。

(これは本当にヤバい)

縛られ地面に伏せたサラディナーサを何人かが囲み、無言で持ち上げた。

そして細長い箱のようなところに横向きで入れた。

「んんー」

箱の蓋のようなものが閉じられると、完全な闇に包まれた。


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