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3日目 午後

元居た部屋に戻されると、リーサは気が抜けたようだった。

「わたし、よくわからなかったの。使者の人は何言ってたの?」

「お前はわからなくていいんだよ、リーサ」

ヴァンは珍しく荒っぽい口調で言った。

「お兄ちゃん、なにイライラしてんの?」

「あのなあ。お前はひやひやさせやがって。ああいうときは口利くな。もっと後ろに下がってろ」

リーサは兄の様子に、素直に口をつぐんだ。



サラディナーサはそんな兄妹のやり取りを微笑ましく見ながら、長椅子に座った。はあと息を吐く。

「私もさすがに疲れたな。喉が渇いた。茶でも持って来るといい」

言いつけると、ヴァンは口をひん曲げて、「茶だって!」とドアの外に向かって叫んだ。

これで外に控える騎士が茶を持ってくるのだろう。


ヴァンはふぅと息をつき、慎重な口ぶりで言った。

「王女様はその短剣、俺に預けてくんないかな?」

「言うと思った!」

サラディナーサは握ったままだった短剣をほいと宙に放り投げた。

放物線を描いて、短剣はヴァンの手に落ちる。


「……いいのか?」

ヴァンが信じられないように短剣とサラディナーサを交互に見た。

自分で要請したくせに、簡単にサラディナーサが従ったことに戸惑っているのだ。

サラディナーサはあはは、と笑った。

「お前の、予想外なことに驚く顔は癖になりそうだ」

「昨日はお兄ちゃんの困った顔が癖になる、て言ってたよ」

リーサが横からつっこむ。

「ああ。どちらも同じくらい魅力的だ」

「魅力的だって!良かったね、お兄ちゃん!」

「……何の話をしてんだ」

ヴァンが疲れたように肩を落とす。


サラディナーサはふふんと鼻を鳴らした。

「お前が何を心配して短剣を寄こせと言ったか、想像はできるからな。それが杞憂だという証明に短剣は預けてやろう。……大事に扱えよ?」

「もちろん大事にするさ。……この短剣はなんなんだ?」

「それは我が国の初代女王の持ち物だったと言われる、王家の家宝だ」

ヴァンがぎょっとしてぼこぼこ宝石のついた短剣を見た。

「なんだって女王陛下はそんなものを!?」

「囚われた哀れな娘への励ましだろう?他に何がある」

「………」

ヴァンはじっと短剣を見て、鞘から刃を抜いた。

すぐに戻し、ちょっと迷って自分の腰のベルトに短剣を差した。



ドアがノックされ茶が運ばれてきた。

ヴァンがテーブルに3つ、湯気の立つカップを置く。

「どーぞー!」

三人同時にカップを傾け、ゴクリと飲む。

はー、と同時に息を吐く。

妙にまったりとした空気が流れる。


サラディナーサが思い出して言った。

「リーサ、驚いただろう?あの大小コンビ!」

「うんうん!びっくりしたー。めっちゃ大きい女の人とちまっとした美少女さん!」

サラディナーサは吹き出した。

「少女って、リーサ。あの小さい方の彼女、何歳だと思う?」

「えー?……18歳!」

「43歳」

サラディナーサが言い、リーサは悲鳴を上げた。

「うっそー!!」

「本当だ。すごいだろう?あれが我が貴婦人の棟の衛兵頭。女性衛兵で一番偉い奴だ」

「すっごーい!」

期待どおりの反応がリーサから返ってきて、サラディナーサは満足した。


「じゃじゃ、あの赤毛のたくましい人は?」

「彼女は17歳。私のひとつ上だ」

「なんかすっごく強そうだったけど、もしかして実はすっごく弱いとか?」

アハハハとサラディナーサは笑った。

そんなこと本人に言ったら、どんなに怒ることか。

「あれは見た目どおりだ。女性衛兵の中で一番強い。我が国が誇る大将軍の愛孫なんだぞ」

「えー、なんかすごいねー」

「そこらの騎士より強いそうだ。英雄様と戦ったらどっちが強いのだろうな」

「手合わせしたことあるぞ」

ヴァンが事もなげに言った。

「なんだと?本当か?」

「ああ、1年くらい前か、騎士用の訓練場にやってきて、手合わせしろ、てうるさいからやった」

「えー!?どっちが勝ったの?お兄ちゃん!」

ヴァンはにやりと笑った。

「俺に決まってんだろ?」

「…フラン、負けたのか」

サラディナーサはその時のどれほどフランが悔しがったかを想像して笑いたくなった。

きっと負けた事が悔しくてサラディナーサにも報告しなかったのだ。

いつかリベンジしてやると燃える姿が目に浮かぶ。

「フランは執念深いぞー。どこまでも追ってくる。英雄様、覚悟しておけ」

「えー?めんどーだなあ」

その様子には、何度来ても結果は変わらないという自信が透けて見える。


トトン、という微かな音がドアから聞こえた。

ヴァンが無言で立って、部屋を出ていった。

「また何かあったんじゃ」

リーサが長椅子の上でサラディナーサに身を寄せて言う。

サラディナーサは安心させるようにリーサの手をとった。

「たぶん違うよ。今日はもう、何も起きないはずだ」

「そおなの?」

「ああ。…書信でも来たのかもしれないぞ、王太子から」

「えー!?」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



ヴァンは廊下の壁に寄りかかって、小さな紙を広げて読んだ。


『明日、そっちに行く。

王女を見張ってろよ。

カ カ カ カ カ レアンドーレ』


「なんだ、このカカカカカって」

部下に文字の書かれた紙を見せると、部下は一瞬顔を引きつらせて、それでも真面目に答えた。

「おそらく、笑い声を文字にされたものかと」

「は?つまり、カーカッカッカッって団長が笑ってるわけ?便りの中で」

部下は頷き、短すぎる便りの内容を意訳した。


「おそらくですね。この手紙の意味は、

“今日そっちに行こうと思っていたが明日になった。王女が何かするかもしれないから油断するな。俺の方はうまくいったぞ”

という感じかと」

ヴァンは心から感心して部下を見た。

「すごいなー。俺、全然わかんなかった。お前、俺の代わりに副団長やる?」

「とーんでもないです!」

部下はぶんぶんと手と首を振った。

「団長の補佐は副長にしかできません!」

「そんなことないと思うけどなあ」

軽く言いながら、部下が持つ紙をピンと弾いた。

「もう俺、嫌になっちゃったぜ。いきなりこの邸にこさせられて、その後なんの知らせもなくてさ。やっと来たと思ったらコレ?」

「あの、副長?」

「明日団長来たら、絶対文句言ってやる。お前も言っていいからなー」

答えに困った部下はハハハと乾いた笑いを披露した。

「とりあえず、それまでは今のまま警戒続けろ、て全員に伝えとけ。もうこの邸の場所ワレてるからな、どっかから火矢飛んできても不思議ないぞ」

部下はきゅっと表情と姿勢を引き締め、はっ、と答えた。

一礼して去っていこうとする部下を、そうだ、と呼び止める。


腰のベルトに差した短剣を抜いて部下に見せた。

「お前これ読める?」

王女から預かった短剣は、刃の根本に何やら文字が掘ってあった。

ヴァンが知る文字とは似ているけど微妙に違うもので、教養のないヴァンには読み解けない。

逆に部下はあっさりと読んでみせた。


「古語ですね。えっとー、戦う、或いは、死って読めます」

「どういう意味だ?」

「そのままじゃないですか?“戦うか死ぬか”。剣にこういう文句を彫るのは珍しくないですよ」

「ほお。さすが博識だな、助かった。もう行っていいぜ」

部下を下がらせ、ヴァンも王女の部屋へ戻る。



王女の部屋前の控えに行くと、女二人の楽しげな声が聞こえてきた。


どんな流れでそんな会話になったのか。貴婦人の棟で行われる茶会について、リーサが興味津々に尋ねているようだ。

さっきの今で、もっと他に聞きたいことはないのか?

呑気な妹にヴァンは頭が痛くなりそうだ。


答える王女の声の調子は昨日と変わらないように聞こえる。

(ショックを受けてないはずないんだけどなあ)


女王が王太子の求めを許した。

王女をヴァンに嫁がせると決めた、という意味で間違ってないはずだ。

けど母親に言われたからと、あの王女が素直に結婚を受け入れるだろうか。

あの朝の激しい拒絶を思い出すと、とてもそう簡単には思えない。


使者の言葉を聞いた時は確かに衝撃を受けていたようだったのに、それもほんの一瞬だった。

あの王女は、感情を隠すのがうますぎる。

妻になるとほぼ決まった女を、これからどう扱えばいいのか、ヴァンには全然わからない。


ヴァンが部屋に入ると、女二人はちらりと見ただけで、すぐにおしゃべりを再開した。


(直接聞いてみるか?軽〜い感じで)


“なー、王女様。あんた、俺と結婚するって決まったみたいだけど?感想は?”

(聞けるか!)


“本当はめちゃくちゃ怒ってんじゃないか?正直に言ってみろよ、聞いてやるぜ?聞くだけだけどー”

(余計怒らせてどうする!)



ヴァンが頭の中であれこれ捻っている間、視線はずっとサラディナーサに向かっていた。

じっと見られていることに気づいたサラディナーサはヴァンを見て、フッと意味深に笑った。

そしてすぐにリーサの話し相手に戻る。


(なんだよ、なんでもお見通しみたいな顔して。こっちはあんたのこと全然わかんなくて悩んでいるのに)

ひどく理不尽だ。

あー!と頭に拳を当ててごりごりしていると、今度は妹に“なに挙動不審やってんの?”という目で見られた。



悩みながら、何も手を打てないまま夜になって、リーサは部屋を出ていき、サラディナーサは仕切りの向こうに消えた。


一人きりになったところで、灯りの元で短剣を調べてみた。

刃を灯りに当ててみたり、鞘を覗いてみたりする。

女王の使者とサラディナーサのやり取りからして、この短剣に何か意味があることは確実だ。

ヴァンはこの剣でもって女王が王女に自害を命じたのかと疑った。

けれどサラディナーサはあっさりヴァンにこの短剣を預けた。

それによく見れば刃先が僅かに欠けている。切れ味は悪いはずだ。

使えない訳では無いが自害には向いていない。


なら、この短剣を渡すことで、女王は娘に何かを伝えたのだ。

短剣を受け取ってサラディナーサはすぐに鞘を少し抜いて、根元を確認したようだった。

あの動作に意味があるのなら、この文字が鍵かと思ったが。

(戦うか死ぬか?短いし、こん中に暗号が隠されてる気もしないなあ。大体この文字が彫られたの、最近じゃなさそうだし‥‥‥んー、わからん)

ヴァンは諦めて短剣を腰に返す。

そして仕切りを見た。


(なんだろな、この嫌な気配…)

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