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3日目 昼

騎士たちの不安を気配で感じる。

女王の使者は自分たちの断罪に訪れたのだと彼らは思っているだろう。そうなれば彼らは本格的に謀反人の扱いだ。

その恐れを抱きながらも、誰ひとりとして動じる姿を見せないのは大したものだとサラディナーサは思う。

(指揮官の力か。この男なかなかやるんだな…)

ヴァンの背中をちらりと見る。


女王の使者。

それはサラディナーサにとっても良いものとは限らない。

母の使いが来たからと、宮殿に帰れるなんて期待はしない。

あの苛烈な母のこと。いきなり宣戦布告をして、サラディナーサごとこの邸を燃やしても、不思議はない。


それでも。

玄関口から現れた二人の女性衛兵を見て、感じたのは喜びだった。

「リディア。………フラン」

もう会えないかもしれないと思っていた馴染みの顔に、胸がいっぱいになる。


愛くるしい少女のようなリディアと巨石のようなフラン。

雰囲気も体格も差があり過ぎる組み合わせに、皆が一瞬目を見張るのがわかった。

「あの二人、なんかすご…」

リーサが繋いだ手を揺らして呟くのに、コソッと返した。

「貴婦人の棟で大人気の凸凹でこぼこコンビなんだ」


凸凹の二人は、サラディナーサをみつけると真っ直ぐ歩み寄ってきた。

リーサが怯えたようにサラディナーサの左手をキュッと握る。

ヴァンはさり気なく、サラディナーサの右の位置に立った。


「こうしてお会いするのは、久方振りな気が致しますわ。サラディナーサ様」

鈴を転がすような声で述べたのはリディア。

「うん、本当に」

本当に久しぶりな気がする、とサラディナーサは思った。貴婦人の棟を出てから、とても長い時間が流れたような。


フランは一言も発せず、不機嫌な顔でリディアの斜め後ろに立った。

(お前、3日もあれば助けに来ると豪語してたよな?今日で3日だぞ?)

フランをじっと見ると、

“私だって不本意なんだ”

という視線が返ってくる。

苦笑して、サラディナーサは歓迎を口にした。

「…二人とも元気そうでなにより。会えて嬉しいよ」

万感を込めた言葉に、二人の女性衛兵は黙って頭を下げた。



「お前たちは使者として来たのか?」

サラディナーサが尋ねると、リディアがはい、と答えた。

「できることでしたら、このままサラディナーサ様と積もる話を楽しみたいものでございますが。本日は使者として陛下のお言葉をお伝えする為に参りました」

「誰に伝える?」

「この場にいる不届き者どもの指揮官に」

「それなら、この者だ」

サラディナーサは目線でヴァンを指した。

「右軍副団長、“英雄の”ヴァン殿だ」

英雄という言葉を思いっきり嫌味っぽく言う。

リディアは初めて存在に気づいたというようにヴァンを見て、ふわりと微笑んだ。

「ご尊名はかねがね、英雄様。早速お伝えしてもよろしゅうございますか?」

余計な言葉を交わす気はないという言い様に、ヴァンは素っ気なく返す。

「どうぞ、使者殿」

「では、跪いて下さいませ」


王の使者に対しては、王に対するように礼を尽くす。

ヴァンは唇を引き結ぶと、意外にも迷いのない綺麗な所作でその場に跪いた。

ホールを囲む他の騎士がざっと姿勢を正す。

リーサだけが訳がわからずキョロキョロしているので、サラディナーサは手を引いて少し後ろに下がらせてやった。


全員が固唾を飲んで女王の言葉を待つ中、リディアはゆっくりした口調で述べた。


「では、お伝え致しましょう。女王陛下は以上仰せになりました。

“王太子の求めについて、許しを与える。これ以上のことは近く王太子が直々に伝えるであろう。次の指示あるまで、この場の騎士たちは動かず待機するように”」


使者の言葉はゆっくりとサラディナーサの頭を巡った。

「………まさか」

理解した瞬間、冷たい手で首の根を掴まれた心地がした。足から頭まで震えが走る。


ヴァンの「確かに承りました」という応えも耳を素通りしていく。


王太子の求めに、許しを与える…

(つまり、私を降嫁させると?あの男の元に?)

呆然とリディアをみつめる。

(嘘だろう?お母様が兄のいいなりになるはずがない……)


何かの間違いではないかと視線で問うと、リディアはサラディナーサに静かな眼差しを返した。

そして小さく頷き、立ち上がったヴァンの横をすり抜け、サラディナーサに数歩近づく。

「サラディナーサ様に陛下よりお届け物がございます」

リディアが背中の物入れからスッと取り出したのは一本の短剣だった。

それが何かを悟った瞬間、サラディナーサの頭にピシリと光が走った気がした。


「お母様が…。ああ、そういうことか…」

何故リディアとフランがここまで女王の言葉を伝えにきたかわかった。

この短剣を渡す為だ。

この短剣には母からのメッセージが込められている。


繋いだままだったリーサの手を放し、数歩進み、リディアの前にふわりと跪いた。

「陛下の御心、賜ります」

差し伸べた両手に意外に重さのある短剣がのる。

宝石を散りばめた、儀礼用の短剣だ。

受け取って少しだけ鞘から刃を抜き、刃の根元を確認して、カンと鞘に戻す。

横でヴァンが警戒している気配を感じながら、サラディナーサは立ち上がった。

「お母様には、お気遣い感謝致します、と伝えてくれ」

きゅっと胸に短剣を抱き、目を閉じる。

母との約束と思い出がこもった短剣だった。

サラディナーサの私室にあったはずのこれをわざわざ母が持たせてくれたことに、感謝と同時に切なさを感じた。


ほんの少し自分の感情に浸ってしまったサラディナーサは、突然体にぶつかってきた何かに目を見開いた。

「わっ、…フラン!相変わらずだな!」

ぎゅうと分厚い体に抱きつかれていた。

サラディナーサにこんなことをする人間はひとりしかいない。

フランはサラディナーサの耳元で一言囁く。

「戦えよ」

ふっとサラディナーサは思わず笑った。相変わらず過ぎる。

サラディナーサもフランの耳元で囁いた。

「私はもういい。エマーリエだけ…」

フランがバッと身を離し、サラディナーサの顔を確認するように見た。

「サラディナーサ、お前…」

サラディナーサはにっこりした。

フランは眉をつり上げ、首を横に振った。


(ああ、なんて私とフランは繋がってるのだろう…)

サラディナーサは嬉しくなった。

フランにはサラディナーサが口にしないことも全て伝わっている。

そしてサラディナーサはフランの焦り、怒り、後悔、全てを感じられた。

「フラン。お母様によろしく」


ずっとお前を待っていたよ。

けれど来れなかったんなら仕方ないさ。

自分を責めるな。

目で語る。

「そうか…わかった」

フランは全ての表情が抜け落ちたような顔で呟いた。



「役目も果たしましたので、これにてわたくしたちは失礼致します」

リディアがあっさりとした挨拶を述べて、二人が玄関口から出ていく。

ふたつの影が消えて、騎士たちがバタンと両開きの扉を閉めるのを、サラディナーサは瞬きもせず見ていた。

エマーリエが誰だったか、皆さん覚えてないですよね?(笑)

2話目の貴婦人の棟の内庭でサラディナーサと一緒に襲われた侍女です。

フランに「私はもういいけど、エマーリエは助けて欲しい」と言ってます。


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