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2日目 夜

“芝居の中の出来事みたいなもの”だって!

めっちゃ意味深じゃない?

元気そうに見えて大丈夫って言ってるけど、やっぱけっこうキてるっぽいなー…

とリーサは思った。


夜は特に、寂しい気持ちに押しつぶされそうになる時間。

そういうのは人間みんな、例え王女様でも変わらないはず。

というわけで。


「今夜一緒に寝ていーい?」

寝巻きに着替えて部屋に戻ったリーサが言うと、サラディナーサはパチパチと瞬きをした。

「一緒に?同じベッドで並んで寝るのか?」

「そう!」


兄を見ると、好きにしろよとばかりに肩をすくめた。

兄は今夜も長椅子で寝るらしい。


仕切りの向こうのベッドは、リーサの感覚で見ると二人分の幅がある。

リーサがごろんとベッドに寝転がると、サラディナーサは自分の髪をまとめて片手に持ってから静かに横になり、リーサと逆側に髪を流した。

その上品さにリーサはほぅと息をついた。


「王女様の髪、すっごく綺麗だよね。ツヤツヤでトゥルントゥルン」

リーサは兄が何度か、この黒髪に見入っていたのを目撃している。

しょうがない。リーサも見惚れてしまうくらいだから。

サラディナーサは当然のことのように言った。

「侍女たちが普段せっせと手入れしているからな」

「肌ももっちもちだし、爪は光ってるし」

「ああ、侍女たちがいつも試行錯誤している」

「やっぱり王女様ってそんな感じなんだねー。憧れちゃうなー」

リーサが言うと、サラディナーサは目を細めて微笑んだ。

「そんな手間をかけなくても、リーサは充分美しいぞ」

リーサの胸がズキュンと射抜かれた。

(ヤバいヤバい。そういうの素で言っちゃうんだもん)

昨日初めて会ってから、この王女の魅力は上がる一方だ。


探検に行きたいと言ったり、兄をからかったりする、お茶目な王女も素敵だった。

兄は戸惑ってたけど、たぶん元々ああいう感じの人なんだと思う。

誰に対しても気さくでおおらかで、激しい感情は心の中に隠す、気高い人。


(心の中を見せてもらえるくらい、仲良くなれたらいいのになー)

並んで横になったサラディナーサの顔をじぃっと見て、リーサは思う。

「ん?リーサ、なんだ?」

「王女様と一緒に寝るの、嬉しいな、て思ってたの」

リーサがふふふっと笑うと、

「そうだな、こういうのも悪くない」

本心かわからない優しい言葉が返ってきた。




せっかく女二人で(向こうに兄はいるけど)ゆっくり話せる機会。

リーサはちょっと遠慮があって聞けなかったことを、思い切って口にしてみることにした。


「王女様はレアンドーレ様と仲悪いの?」

「は?兄と?」

サラディナーサは何を聞かれているかわからない、というような顔をした。

「だって、おんなじお母様から生まれた実の兄妹でしょ?なのに仲が良くなさそうなのはどうしてかなって」

兄は妹を誘拐するし、妹は兄をケダモノなんて連呼するし。

仲が悪いにしても過激だ。

この兄妹関係がどうなってるのか、リーサには理解出来ない。


「仲が悪い、というより…」

サラディナーサは苦笑した。

「あれは敵だ。兄と呼んでも兄と思ったことはないな」

「えええ!?なにそれー?」

「なにそれと言っても…。女王派と王太子派というのを聞いたことは?」

リーサは首を横に振った。

サラディナーサは少し考えて言う。

「ではまず、母の話をしないと理解できないかもしれないな」

「女王陛下の?」

「そう。私と兄が生まれる前からの話だ。気が滅入る話だが、別に隠された話でもない。聞きたいか?」

サラディナーサがゆっくり横向きになり、腕で頭を支えた。灯りを反射する髪がさらりと流れる。

まるでこれから怪談を聞かされるような気持ちで、リーサは頷いた。



「母は2代前の国王の娘だ。幼い頃から神童と呼ばれるほど賢く人望もあり、王太子候補にもなったが、女だということで降ろされた」

「え?女だから?でも今の王様女性だよね?」

「王女は王位継承権を持つが、男子が優先される決まりだ。他にどうしても王族男子がいない場合のみ、女が王の座につく」

「はあ、そーなんだ」

「結果、母の従兄弟が国王になった。そして母は人望を買われてその妃になったんだ」

優秀な王女様に奥さんになってもらって、新しい王様を支えてもらおうってことだね、とリーサは理解し頷いた。


「二人は最初から仲が悪かったらしいが…」

「どうして?」

思わず途中で遮ってしまった。

サラディナーサは気を悪くした様子も見せず、説明した。

「母は自分より血筋も能力が劣る者が、男というだけで王位についたことが許せなかった。その上、その男に妻として仕えよと強制されれば、恨みたくもなるだろう。

そして父の立場に立ってみれば、自分より血筋も能力も上の妻、常に夫を下に見ている。それは嫌だったろうなと想像できる」

「‥‥‥それは、嫌かも。お互い」

リーサは顔をしかめて頷く。


「まあ、それでも子どもができた。一人目の子どもは、予定より少し早く生まれてきた。

知らせを受けて産部屋にやってきた父は、我が子を見るなり、なんだ女か、と言い捨てて部屋を出ていったそうだ」

「‥‥‥は?」

「その一言で夫婦の関係は完全に壊れた、と母は言っていた」

「そりゃあそうでしょ!」

「この子どもは生まれて三日後に亡くなってな、父は死んで良かったと公言したそうだ。

母は怒り狂って“二度と子は産まない”と叫んだらしいが、そんなことは国王夫妻には許されない。夫に無理を強いられて二人目を妊娠した。これが兄だ」

「‥‥‥っ」

リーサは口を押さえた。


「無事生まれてすぐに、母は“望みどおり男を産んでやった。あとは勝手にしろ”と、兄を父に押し付けたのだそうだ。

本来王家の子は男であっても、5歳までは貴婦人の棟で育てられるんだが、兄は生まれてすぐに養育の為の場所から追い出されたということだな。

そして父は、母に無理強いした癖に自分の息子に興味がなかったようだ。結果、兄は実の両親の手を知らず、世継ぎにすり寄りたい臣下たちによって育てられた」

「うん、ちょっとだけ聞いたことある。そっかー。レアンドーレ様はそういう…」

リーサは目を伏せて、思い出す。

砂糖ばかり与えようとする貴族たちに囲まれて、まともな王族教育を与えようとする者はなかった、とリーサに語ったのはレアンドーレ本人。

そのおかげで騎士という道に打ち込めたし、自由を手に入れたんだ、とカカッと笑っていた。

あれは本心だったんだろうか。


「その兄が四歳の時、大病にかかってひと季節ほど生死の境目を彷徨った事があったそうだ。それで世継ぎがいなくなることに焦った臣下たちは抵抗する母を大勢で父の寝台に押さえつけた。それで出来たのが私だ」

「………っ」

リーサの喉が鳴った。相槌さえ打てない。

サラディナーサは淡々と続ける。


「私は幸い女だった。兄も周りの心配をよそに健康に成長した。私は母の元で母の意志を継ぐ娘として大事に育てられることになった」

「…お母様の意志って?」

「女という理由で虐げられたり、権利を奪われる女性たちを救うこと」

「………はあ」

わかるようで、全然ピンとこない。

サラディナーサもリーサに理解して欲しい訳ではなかったようだ。

さらりと話を戻した。


「まあ、こうして母は男が嫌いになって、女たちの救い主とか呼ばれるようになったんだな。それは自分の子でも同じ。兄は母に見捨てられ、私は母の手で育てられた。」

「あ」

レアンドーレとサラディナーサが兄妹らしくない原因がリーサにもやっと見えてきた。


「父が気の病で部屋に閉じこもるようになって、母は女王になり、兄は王太子になった。母はそれなりの人望を集めているが、従いたくない者たちもいる。そういう者たちはこぞって王太子についた。これが女王派と王太子派だ。もちろん私は女王派。宮殿で私と兄は政敵の関係だ」

「政敵…」

「兄は母も私も憎んでいるんだろう。更に私は一応、王位継承権を持ってるからな。目ざわりで仕方ないらしい。……そこら辺はお前の兄の方が詳しいかもしれないな」

リーサは頭を上げ、仕切りの向こうに向かって声を上げた。

「お兄ちゃーん、起きてる?」

しばらく待っていると、

「ノーコメント」と一言だけ返ってきた。


「もう!」

リーサは頬を膨らませて、それからへこませた。

思うのは、レアンドーレの心情。

女王の怒りも悔しさも、同じ女としてわからないではない。

でも生まれた子は何も悪くないのに。

「……レアンドーレ様は“王太子派”の人たちの期待に応えたくて頑張ってる感じなのかなー?」

親に見捨てられた子が、優しい言葉をかけてくれる人の言うことを聞きたくなるのは当然だ。

妹を誘拐したのも、そういう周りの都合に振り回されたのかもしれない。

リーサはレアンドーレの気持ちを想像し、胸が痛くなった。

けれどサラディナーサは冷たく、さあ、と返す。


「私が兄と直接会ったのは、10回に満たないが…」

「そうなの?少なっ」

「私が7歳の時か。天幕に押し入ってきて、突然のことに固まる私を笑い、“そうやっていつもうつむいてろ”と言い捨てて出ていったのが、初めて会った兄だった」

「………は?」

リーサは目が点になった。


「2回目は私が9歳。初めて母のお使いで外宮に出た時だ。廊下で鉢合わせするや、怒鳴られた。“王女なんて生きてる価値もない存在が堂々とこんなところを彷徨くとは、何様のつもりだ”とな」

「………な?」

「外宮の廊下で、消えろゴミ、醜いカラスめ、とか罵ってきて、さすがについていた騎士が止めたこともあった」

「…………」

それは止めるだろう。5歳下の女の子にそんな悪口ぶつけてる男。見てる方が恥ずかしい。


「まだ兄も幼かったんだと思うか?それがな、なんとこの歳になってもまだ続いてるんだ。最近は言葉も具体的に物騒になってきた。切り刻んで犬の餌にしてやる、とか。会う度に手足の指を一本づつ切っていくことにしようか、とか」

ひぅっとリーサが悲鳴にならない悲鳴をあげた。

それを腰に剣をぶら下げてる騎士が言うのだ、冗談にならない。


「そ、そういう時、王女様はどうするの?」

「小さい頃は怖くて何もできなかったよ。少し成長すると言い返せるようになった。けどあれでも王太子なんだ。人目のある宮殿では私は基本頭を下げて、去っていくのを待つだけだ」

サラディナーサは疲れたように枕にボスっと頭を沈めた。


「兄が私を気に入らないのは当然だし、言葉が物騒でも実際斬りかかられたことはないし、と思って油断してたら。攫われてこの有様だ」

はあ、と息を吐いて、横目でリーサを見た。

「育った環境に同情して流せる範疇を超えてると思わないか?例え政敵でなくとも、あれと仲良くは無理だ」

その目は“あれを好きなんてどうかしてる”と言っている。

リーサはムクリと身を起こし座った。


「………お兄ちゃん」

「………おお」

仕切りの向こうから嫌そうな声が返る。

「王女様の話って、本当かなー?」

「…俺は現場を見たことはない‥‥‥まあ、そんなこともあったのかもなー、て気はするけど」

「お兄ちゃんから見ても、レアンドーレ様ってそういう人なんだ」

リーサはふううん、と呟く。

「なんか、騙されてたなー。そんな陰険な人だとか、知んなかったなー。抵抗できない妹をいたぶるような卑劣な人だったんだなー」


サラディナーサが眉を寄せる。

「リーサ、本当に、お前と兄はどういう関係なんだ?」

「どんな関係もないよー。ちょっと顔を見たことがあるだけの縁のない人!」

リーサは言い切った。

サラディナーサは目を丸くしてリーサを見て、それからハハハッと笑った。

「よく言った、リーサ。そうだ、お前と王太子に縁などない」

にっこりと微笑む。

その笑顔だけがリーサの救いだ。


仕切りの向こうで

「あーあ。俺知ーらない…」

ヴァンのつぶやきが聞こえた。

気が滅入る長い話をここまで読んでいただき、ありがとうございます!

こういうの、もっとサラッと書けるようになりたい。


次回、とうとう3日目です。


いつも各話に“いいね”つけて下さってる方、本当にありがとうございます!

めっちゃ励みになってます!抱きついてお礼言いたいくらいです!

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