ガードレール・ラジオ
成人式。
この町では、お盆の帰省時期に合わせて開催されている。
「久し振り〜。」
「わぁ、懐かしい!元気だった?」
場所は中学校の体育館。
小さな町だから、全員が集まれる大きなホールがない。町内二つの中学校で、時間をずらして成人式を行う。
うちの中学校は午後からだった。
「皆、あんまり変わらないね。」
「誰だか分かんない奴も居るけどな。特に女子。」
町長達の挨拶と祝電披露等のあと、町内出身のピアニストによるコンサートを経て、成人式は無事終了した。
「お前の大学どこ?」
「僕は工科大。電波の勉強してる。」
「凄いな。」
今日の雲は分厚く、8月の昼下りだというのに薄暗い。おかげで今日は一日暑すぎず、過ごしやすかった。
「中学校の六不思議って覚えてる?」
「あったね〜。」
「七個無いのが、七つ目の不思議ってやつだったね。」
仲の良かった男女が集まって、昔ばなしに花を咲かせていた。
「えっと。十三階段、消えない水溜まり、勝手に鳴るピアノ、咲かない花壇、睨むバッハ、歌うガードレール。」
指折り数えていく。
「あー、そうだそうだ。よく覚えてるなあ。」
「音楽室に二つもあったのね。」
「俺ら調べたもんな。」
「そうそう、あの頃は学校の怪談ブームだったし。」
懐かしさで話が盛り上がる。皆の気持ちが中学生だった頃に戻っていく。
「行ってみないか?」
「『咲かない花壇』と『歌うガードレール』は、校舎の外だから見に行けるぜ。」
「いくいく。」
日中ということもあり、肝試しという感じでもない。懐かしい学校内を見て歩くくらいの軽いノリだ。
男女五人で、運動場に出る階段へと向かう。
「そこの花壇だけ花が枯れて、土を入れ替えても咲かなかったんだよ。」
「そうそう、思い出した。花壇に頭をぶつけて死んだ生徒の怨念だっけ。」
「水やりさせられて熱中症で死んだ先生の呪いじゃなかった?」
階段横にあったはずの花壇は、残念ながら撤去されていた。
「なくなってるなぁ。」
「丁度この花壇だけ、いろんな建物の陰になって、一日中一度も陽が当たらなかったんだよな。」
「まじで? そんな原因だったの?」
「調べたって言ったろ。」
「さすが工科大。」
「じゃあガードレール行こうよ。」
学校の周りの道路が運動場より高くなっている所に、そのガードレールはあった。
「ガードレール綺麗になってるじゃん。」
「ホントだ。昔はもっとボロかったよね。」
「昔つっても、五年前だろ。」
「じゃあ、もう聞こえないな。」
ガードレールからかすかに話し声や歌が聞こえてくるというのが『歌うガードレール』だ。
運動場から高い位置にあるから、当時は背の高い奴だけが聞くことができた。
「中学の頃は背が届かなかったけど、直に聞くことができるなんて。成長したなぁ俺。」
一番背が伸びた男子がガードレールの凹んだ部分に耳を近づける。
「どう?聞こえる?」
「シーッ!」
皆は静かにする。
「あ…聞こえる!なんか言ってる。」
「まじで!?」
「嘘でしょ。怖い怖い怖い!」
女子陣は後退りする。
交代して、次の男子が聞き耳を立てる。
「聞こえる…なんでだ?」
「えー!」
「オレ初めて聞いたよ。でも、何を言ってるかまでは判んないなぁ。」
「ヤバいって。歌が聞こえたら呪われるんだよ。ずっと地獄から呼ばれ続けて、魂取られちゃうって!」
当時の噂だ。尾ひれが付いて訳がわからない事になっている。
「大丈夫だって、怖くないよ。」
「これ、ラジオの声らしいぜ。」
「はぁ?」
女子陣の目が点になる。
「六不思議を調べてる時に、あいつが『しゃべるガードレール』ってのを見つけてさ。ガードレールがラジオを受信して、音を出す事があるんだって。」
「え?そうなの?」
彼はスマホで『しゃべるガードレール』をググって、皆に見せる。
「ホントだ。『歌うガードレール』と一緒じゃん。」
「なんだ〜、怖がって損した。」
「聞いてみる?」
女子は身長が足りないので、男子がおんぶして、ガードレールまで顔を近づける。
「聞こえる?」
「あ、聞こえる。なんか、歌ってるというより唸ってるような。」
男子は下心があるから、おんぶの方に夢中だ。
「ねぇ。これ…お経じゃない?」
「もー、怖い事言わんといてよ。」
「能とかの伝統芸能やってるんじゃないかな。」
その子は、男子の背中で眉を潜め、聞き耳を立てていた。
「うわーーーっ!!」
突然、おんぶをしていた男子が叫び声を上げる。
「きゃーー!」
「なに?なに?」
「うぇっ」
皆パニックになる。立っていた女子の腰が抜ける。
「怖かった?」
そいつはイタズラっぽく笑った。
そして背中の女子にギュッと抱きつかれて、ご満悦の表情をしていた。
「いい加減にしろよぉ。」
「突然、大声出されたら驚くって!」
「大丈夫?立てる?」
笑う男子、怒る女子。
「なぁ、もう帰ろう。」
男子の一人が言い出した。他の男子達が驚く。
「どうした、ビビったのか?」
「ってか、この謎解いたのお前じゃんか。何怖がってるんだよ。」
「大学で勉強して分かったんだけど、ガードレールがラジオになるのって、条件が厳しいんだ。」
彼は怪訝な表情をしていた。
「一つは、近くに電波塔みたいな高出力の電波源があること。」
「そんなもん、この辺にあるか?」
「ない。でも、山とかに反射して電波が集中することがあるから、可能性はゼロじゃない。だから確かめたかったんだ。」
彼は校門に向かって歩きはじめていた。皆、それについて行く。
「もう一つは、ガードレールの塗装が剥げて、ガタガタになっていること。そうじゃないと、受信した電波を音に変えられない。」
「新しいガードレールだと音は聞こえないってこと? じゃあ、さっき聞こえたのは?」
彼は答えない。
ザッザッという五人の足音だけが響く。
「あのさ、私…」
校門まで来たとき、一人の女子が切り出した。
「まだ、耳元であのお経が聞こえるんだけど…」
「僕もだ。」