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閑話~それぞれの夏休み~

「むむむむむむむむ。」

 これは難しい問題ですよ。正真正銘の難問ですよ。

 盾の広場で屋台を開いているおじさんの眼がさっきよりも少し冷たくなりましたけれど、気にしている余裕はありませんよ。

 夏の果物を使ったクレープにするか、クリームと干し果物がたっぷりのクレープにするか、お財布は2つを買ったら厳しいんですよ。

「なぁお嬢ちゃん。他の客が待っているんだ。そろそろ決めてくれよ。」

 おじさんが呆れた様子で催促ですよ。みんなが教えてくれなくても、左の眉の辺りがひくひくしていて刈り揃えたおつむが沸騰寸前なのはわかりますよ。

「どっちも美味しそうなのが悪いんですよ!」

「褒めてもこれ以上は待てねぇよ!」

「う〜っ…両方ですよ!もうっ!」

「毎度あり。今度は決めてから並んでくれや。」

 両手にクレープを持ったまま広場を渡って、休むのにちょうどいいベンチに向かいますよ。せめて美味しいものは座って食べるんですよ。

「なあ、雨でもくるのか?」

「どうした?あー、なんか急にジメッとしてきたな。」

 そんな声が聞こえてハッと顔を上げると、「みんな」がきらきら瞬いて浮かんでました。

(いけない!)

(みんな、私は大丈夫ですよ。落ち込んでなんていませんよ!)

 さっと気持ちを切り替えてから小声で「みんな」の言葉を呟いて、私を心配しなくてもいいのだと伝えると、「みんな」はきらきらと煌糸を震わせて(明るいよ)(元気だよ)(☆○▽○♪笑ったよ)と呟き合いながら私から離れていきましたよ。

(もう大丈夫ですから、みんなはみんなのことをするんですよ。)

((((はーい))))

 素直な返事にホッと胸を撫で下ろします。きょろきょろ。誰も不審には思ってませんよね?

「貴女、すっかり不審者よ?」

「ひゃあっ!」

 背後から声をかけられて飛び上がって危ないクレープっまってまっておとととと…。

「危ないじゃない。あら、美味しそうね。」

 私の手から飛び出したクレープをナイスキャッチしたセシリィが、私の右手に残ったもう一つと見比べました。

「あげませんよ?」

「ギルたちに言うわよ。こんなにたくさん1人で食べていたわ。って。」

 ぎゃーっ!

「狡い言い方をするセシリィにあげるくらいなら、お腹が痛くなる方がマシな気分になりましたよ。」

「うそうそ。言ったりはしないわ。だけどこんなところで会うなんて奇遇ね。」

「そうですね。それにあなたの腰巾着がいないのも珍しいですよ。」

 ころっと態度を変えたセシリィからクレープを取り返して隠すと、セシリィが眉を寄せて、

「私、美味しそうねって言っただけじゃない。あなたのものをもらうなんて考えていないわ。」

なんて言ってきましたよ。こっちにはクレープを救われた借りがあるんだから、なんか悔しいですよ。

「あ、アルテさん、セシリィさん。」

「アルテ先輩、セシリィ先輩、こんにちは。偶然ですね。」

 私がセシリィを睨んだところに声をかけてきたのはオリエとグウェン。待って待って。指導している後輩に見られていい場面じゃないです。

「2人ともどうしたんですか?」

 ひとまず2人に話を振って、セシリィは後回し。

「今日は特訓がないから、グウェンに村を案内していたんです。ロザモンド先生から、ギルにぃもカームも大丈夫だって聞いたし。」

「最初にギル先輩が、この村には美味しいものがたくさんあるって話していたから。」

「そ、そうですね。私も同じことを考えて、お散歩していたんですよ。」

 2人とも私を同じだったとちょっぴり嬉しくなって、ふと両手のクレープが気になりました。これを4人で分けたらちょっぴり少ないですよ。

「それ、オットーさんの屋台のクレープですね。やっぱりアルテさんも気になっていたんだ~。」

「そういえば小鹿亭でも、美味しいって話題になっていたわね。」

 オリエとセシリィが私の視線に気が付いたのか、クレープを話題に持ってきました。

「そうなんですよ。でも、1人で食べるには大きすぎで…あ、買ってからわかったんです持ったら思っていたより大きくて。」

「それなら私がもう2つ買うから、4人で分けたらどうかしら。クレープだけだと飽きてしまうかもしれないけれど。」

「だったら、ウィルマさんのクッキーがお勧めです。店先を借りれば香草茶も出してもらえます。」

「オリエ、それは素敵ですよ。最高ですよ。そうしましょう!」

 とんとん拍子に話がまとまって、意見を出していなかったグウェンを見ると賛成の様子で頷いたので、私たちはまとまって広場を出てオリエの案内でお店へと。

 大通りを少し進んでから脇道に入ったところにあるお店は、スクトゥム村らしい木造の落ち着いた小さな建物。小さなテーブルとスツールが置かれた店先を通って階段を上がると、香ばしくて甘い香りが漂ってきたんですよ。

(これは絶対に美味しいですよ。)

 私は期待で胸をいっぱいにして扉を開けました。


「素敵なお店ね。この村の建物は小さいけれど温かみがあるわ。」

 私たち4人が入ったら少し手狭に感じるくらいのお店。入口の正面には木のカウンターがあって、奥では年配の女性が椅子に腰かけているわ。編み物をしていたみたいね。

「いらっしゃい。おや、カーニィのところのオリエかい?」

「そうだよ。ウィルマさん、久しぶり。」

「シディンへ行ったとは聞いていたけど、大きくなったねぇ。」

 編み物をカウンターに置いた女性はオリエに気が付くとすぐに話しかけてきて、オリエも親しそうに挨拶をしているわ。この村は町並みの大きさがあるから全員が顔馴染みということはないけれど、彼女はオリエのお父さん、カーニィさんとも顔見知りみたいね。カーニィさんはこの村の兵士長で剛獣狩りの指揮官を務めるくらいの人だから、知っているのは当たり前かしら。

「ありがとう。それで、私の学校の先輩でアルテさん、セシリィさん。それから同期のグウェン。」

「アルテア・ティア・ラティアスですよ。オリエのチューター…ええっと、指導役ですよ。よろしくお願いしますよ。」

「セシリィ・ハワードよ。三学年ですが、オリエに素敵なお店があると誘われました。」

「ええっと…グウェンです。よろしくお願いします。」

「これはご丁寧にどうも。ウィルマ・ヘンダーソンです。小さなお店だけど、森の素材を使ったお菓子には自信があるのよ。香草のお茶もありますから、楽しんでいってね。」

 私たちの挨拶に老婦人は穏やかに微笑んで、それからどっこいしょ、と椅子に腰掛けた。足が良くないようね。

「ごめんなさいね。最近は立っているとすぐに疲れてしまって。」

「お気になさらず。ねぇオリエ、あなたのお勧めはどれかしら?」

 私がカウンターに並べられた色々なお菓子を吟味しながら尋ねると、オリエがすぐにいくつかを指差したわ。

「今の時期なら木苺のクッキーは絶対。それから、プレーンはいつも変わらない美味しさで、みんなには絶対食べてほしい。それから…。」

「そちらの無花果もお薦めよ。森が活性化しているからいつもより早く手に入ったのよ。」

「やったぁ。私、これも大好きなの!」

 ウィルマさんの合いの手も加わってお薦めのクッキーが増えていくから、手頃なところで4枚を決めたわ。このままだと、全部買うことになりそうなんだもの。

「これとこれと、それからプレーンを2枚。そうね、オリエとグウェン、好きなものを1枚ずつ選んで。アルテ、私が支払いで構わなくて?」

 話の大元になったアルテの意向を確かめたら、呆れた。壁に吊るされた香草の束に夢中だわ。

「ふえ?もちろん良いですよ。それから、私はこのお茶が飲みたいんですよ。」

 慌てて返事をしてくるアルテ。

 これが本当に精霊姫の異名で呼ばれる支援学科の鬼才なのかしら。落第姫の方がしっくりくるわ。あの規格外れの法術を見れば納得するしかないのだけど。

 あら、何か不満そうな目。顔に出ていたかしら。

「それなら、お茶はそれにしましょう。ウィルマさん、お店の前でいただいても良いかしら?」

 私が尋ねると、温和な老婦人は優しそうな笑顔で頷いて奥の棚から私たちの分のクッキーを用意し始める。

(どうしてかしら。この村のお店の人は、人当たりが良いわね。)

 椅子に腰掛けたままクッキーをお皿に出す店主の後ろ姿に、なぜか父と母の背中を思い出してしまって、不快ではないその不思議さを噛み締めようとしていると、

「あれはスミカですよ!スミカー!」

アルテが窓を開けて大声。

 あぁもう。こう言うところが本当に間が悪いんだから。

 一緒にいるのはニールとシゲトヨね。ああ、あの2人は村を観光したいって言っていたっけ。

 それでニールが案内をしているのね。

 さっと店から出て3人と話をすると、こちらに向けて親指を立てた拳を突き出すアルテ。

「オリエ、あなたが好きなもので良いから、あと3枚追加してちょうだい。それから取り皿を貸してくれないかしら。7枚あったら。」

 額に手を当ててウィルマさんにも頼んでから、

(取り分の少なくなったクレープが少し残念。あ、アルテに走ってもらうのがいいわね。)

そんなことを考えて、私もお店の外に出たわ。


「おつかれさま、アルテの席はここよ。」

 セシリィさんがクレープを買ってきたアルテさんに労いの言葉をかけながらぽんぽんと叩いたのは、自分とスミカ先輩の間の席。

「どうしてあなたが決めているんですか?」

「早い者勝ちよ。」

 アルテさんが複雑な表情をするけれど、もうみんな椅子に座っているから口をへの字にしながら座って、店先の小さなテーブルはいっぱいになっちゃった。

 おにいちゃんとシゲ先輩はとても入れないからと、道にはみ出して立ち話。香草茶のカップだけ私とグウェンの前にある。

 グウェンの方を見ると、この内気な友達も私と同じ気持ちみたい。困った様子で笑っている。

(セシリィさんとスミカ先輩にあんな風に座られたら、私たちが真ん中に入れる訳ないよね。)

 そう思って首を傾げるとグウェンも小さく頷いた。

「ニール坊や、お皿を運んでくれないかい。」

 お店の窓からウィルマさんの声が聞こえておにいちゃんが大きな体を丸めて戸をくぐる。少ししてお皿を持ってくると、重なったままのお皿をテーブルに置いて、それでテーブルはいっぱいになっちゃった。

「賑やかで美味しそうですよ。いただきますよ。」

 さっきの不機嫌はどっかへいっちゃったアルテさんが取り皿に切ったクレープを取り分ける。テキパキとみんなに配って持たせた。

 こういう切り替えの速さはアルテさんのすごいところだと思う。それに、神秘的な瞳やサラサラな髪、繊細な顔つきとすらりと高い背丈。落第してはいるけれど、それは成績優秀の度が過ぎて実地試験で独断専行したからだって聞いた。

 おっちょこちょいなところがなかったら近寄り難いくらいに出来過ぎな先輩は、お皿を片手に持ったままおにいちゃんに手を振った。

「ニール、シゲ、2人の分を分けましたよ。」

 アルテさんを憮然とした表情で見返すシゲ先輩におにいちゃんが困った顔で笑ってから、一度道へ出てテーブルにやってくる。

「ニール様とシゲトヨのお皿はこちらにございますの。どうぞ、お召し上がりくださいまし。」

 しなやかな仕草でスミカさんがおにいちゃんにお皿を渡す。この中で一番大人っぽくて色っぽいのは間違いなくスミカさん。

 いつもヒロナギ神国の民族衣装を着こなして艶やかなブロンドを結い上げていて、どんなときでも優雅な仕草。こんなに素敵なのに武術の腕は特別遠征の中で一番。ギルにぃもまだまだ勝てないって言ってた。学校の中でも10本の指に入るって噂されてる。

 2人ともずるいな。だって、たった2学年の違いなんだもの。追いつける気がしない。

「オリエちゃん、お茶がこぼれそう。」

「え?ひゃあ!?」

 いつの間にか傾いていたカップを慌てて持ち直している間におにいちゃんはお菓子を受け取って、元の場所でシゲ先輩と一緒に食べ始める。シゲ先輩は無口だけどお兄ちゃんはそういうことを気にする性格じゃないし、ちょうどいいかも。

「美味しいわね。お茶も爽やかな香りで、クッキーにぴったりよ。」

 セシリィさんがカップをテーブルに戻して、クッキーに手を伸ばしてる。気に入ってくれたみたいで良かった。そう思って涼しげな香りのお茶を口に含むと、

「そういえばオリエ、あなた、将来は煌術技官になって、クレストスの憑依支援をしたいのよね。」

 セシリィさんが何気なく聞いてきたから、私はお茶を飲み込んでから頷いた。

「はい。あの、やっぱりこの村を守りたいと言うか…。」

「それなら、将来はオースデイル夫人ね。」

 ごふうっ

 思いっきり咽ちゃった。お茶を飲み込んでいてよかった。

 そうじゃなくて!

「あら、違うの?私のお母さんは、お父さんの相方をしていたからつい…。」

 あまりのことに言葉も出ない私にセシリィさんは、全く気にしてない様子でお茶を一口。癖のあるブロンドの髪を払う仕草が叙勲騎士の家柄とは言え貴族らしくて、いつもなら凛々しさも感じるのだけど、今はそんな余裕はなくなっていて。

「あーうーえーと私はそのクレストスには煌術技官が必要だからその…」

「今さら誤魔化しても…。」

「グウェン!」

「そうよね。私もグウェンに賛成よ。」

「オリエは素直ですから、隠しごとは向きませんよ。」

 セシリィさんとアルテさんにまで追い打ちされて、膝の上に置いたカップをじっと見る。顔が熱い。手の中のお茶よりずっと熱い。

「僕はギルが相手ならいいと思うよ。」

「あら、お兄さん公認。」

「ギルが良いならね。」

「お兄ちゃんのばかーっ。ひどいこといわないでよーっ!セシリィさんも、こんなところで聞かなくたっていいじゃない。シゲ先輩までいるのに。」

 堰を切るように飛び出した言葉は途中からは半分泣いてるみたいな声になってしまって、それが余計に恥ずかしくてもう一度顔を伏せる。

 道ゆく人が聞いていたらと思うと、どうしよう。それにギルにぃがこのことを知ったら…。

「オリアーナ様、シゲトヨは人のことを噂にはいたしませんの。それに、ニール様も。お兄様のことはオリアーナ様が一番ご存知ではございませんの?」

「ま、周りの人たちは私たちのことは気にして無いですよ。本当ですよ。」

 スミカさんとアルテさんが慰めてくれたけど、

「オリエは慌てすぎよ。それから、私は幼馴染の立場に居座ったままで満足みたいなのは嫌いなの。あなた時々、ギルが他の人と話をしている様子をじっと見てるでしょ。あれも重苦しいわ。」

 セシリィさんは容赦がない。

 そういう自分に気付いたことは何度もあるから、何も言い返せなくなっちゃった。

「自分の目標をはっきりさせなさい。あやふやなままで叶う夢なんてありえないから。」

 サラリと放たれた言葉が急所を射抜く。

 言い方は厳しいけれど内容は正しい。

 ただ、今の私にその鋭さを受け止められる強さは、無い。


(ど、どうしよう。)

 隣で項垂れてしまった友達は、声もなく膝の上のカップに顔を向けたままでいる。カップに注がれた爽やかな香りのお茶に、ぽちゃん、ぽちゃんと波紋が広がっている。

(オリエちゃん、泣いちゃった。私、庇ってあげた方が良かったのかな。セシリィ先輩がこんなに厳しいなんて思わなかった。)

「セシリィのせいですよ。見ていてもどかしいのはわかりますけど、あの言い方はないですよ。」

 呆れた顔で責めるアルテ先輩。だけどセシリィ先輩は平然と言い返す。

「そうなの?私はその歳で秘紋法を扱える力があるのだから、これくらいは受け止めてくれると思っていたわ。私、オリエがシディンに来た理由は一通り聞いたのよ。だからはっきり言えるわ。あなた、すごいのよ。」

 話を振られて、オリエちゃんの肩がピクリと動いた。その肩にそっと手を置くと、私が入学して最初にできた友達は、私の手を弱々しく払う。

「オリエちゃん…。」

 確かに、この村に来るカーゴの中で話をしていたからセシリィ先輩も事情を知っているし、私はオリエちゃんがなぜ煌術技官になりたいのか、入学した頃から聞いている。

 明るくて気さくな私の友達。

 ギル先輩がクレストスに乗るとき、騎体の制御を補助する憑依支援をする人が必要だと知った。だったら私がと決意して、幼い頃から軍務学校を目指し秘紋法を学んできたオリエちゃん。

 その決意を支えている気持ちは近くで見ていれば一目瞭然だったけれど、だからと言ってこんな風に扱われるのは良くないと思う。

 彼女は手で両目を拭うと、キッとセシリィ先輩を睨みつけた。

「あら、良い顔になったじゃない。」

 視線を平然と受け止めたセシリィ先輩が優雅にカップを傾けて一口お茶を飲む。それから、

「そうでなくちゃ、競い甲斐がないわ。」

今日の空模様を話すみたいに付け加える。

(競い甲斐?何を競うの?セシリィ先輩とオリエちゃんが競うもの?え?え?)

「「「ええええっ!?」」」

 驚いたのは私だけでなくて、オリエちゃんとアルテ先輩まで声を上げた。

「セ…セシリィ先輩、競い甲斐がないって、どういうことですか。」

 きっと私たちみんなが思っている疑問を、オリエちゃんが尋ねた。声があからさまに低くて震えているのは、無理もないと思う。

 だって、アルテ先輩とスミカ先輩っていう強敵がいるところにセシリィ先輩まで加わったら…ギル先輩と同じ騎兵学科でいつも一緒に勉強できる立場って、有利過ぎるよ。

「言葉通りの意味よ。私はきちんと宣言してから競うのが好きなの。オリエ、あなたって男を見る目があるわよ。これからよろしくね。」

 自信たっぷりに微笑むセシリィ先輩。

「そんなのだめーっ!」

 オリエちゃんが叫んだ。

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