策謀の予兆
「信号弾だ。白・白・青。救援が来る!」
ヒューイが声を大きく報告して、俺たちは小さく歓声を上げた。
蔓草との戦いの後、聖樹の広場で警戒しながら信号弾を打ち上げた俺たちは、応答があるかを不安に思いながら聖枝葉の隙間から空を見上げていたのだ。
「村はあっちか。ホルトさんに教えてもらった木の枝で目安をつけて正解だったな。」
「そうね。それにしても今の信号弾、とても高いところで光っていたわ。どうやったのかしら。」
空を見上げながらミックとセシリィが、ほっとした様子で話をしている。
「多分ワイツさんだろうな。」
俺はカーチスが選んだ手段を想像して、手短に答えた。
ワイツさんの甲冑に装備された超々遠距離狙撃対応の復奏式ライフルなら、命中を考えなければ5km先に届く射程がある。俺たちが森の中にいることを考えて、それを使ったんだろう。
「アルテ、カームの具合はどうだ。」
「落ち着いていますよ。きっと大丈夫。」
「そうか。よかった。後は救援が到着するのを待つだけだな。」
カルミアの容態は良くはないが、アルテが看護をして安定はしているようだ。
「ギルも毒を受けているんだから、休んだ方がいいですよ。ここに座ってくれたら、カームのついでで面倒見ますよ。」
そう言ってアルテは、カルミアを見ながら彼女の隣の地面を左手で叩いた。
「安全を確保したらそうさせてもらうよ。」
返事をして俺は、聖樹の梢を見上げる。
信号弾を撃ってからしばらく息を潜めていたが、あの剛獣は現れない。
魔導を操ると言っても所詮は獣だ。怪我をするリスクがあることをわからせれば俺たちを襲ってくることはない。そう判断したシゲの意見は正しかったようだ。
「ギル先輩座ってください。周りに獣の気配はないです。」
「そうよ。怪我人は邪魔だから静かにしているべきだわ。」
スフィーに促された挙句にセシリィからは邪魔者扱いされ、俺は腑に落ちないものを感じながら地面に座った。
アルテがじっとこちらを見てから何かを呟く。
ふっと呼吸が楽になったような、不思議な感覚に包まれた。
「ありがとうアルテ。それと、済まなかったな。こんなことになってしまって。」
公爵直々に秘密の厳守を命じられていた精霊の加護を知る者が増えてしまった。
多分、戻れば彼女は弁明に苦慮することになるだろう。
「私はお休みを満喫したかったのに遠征を命じたのは公爵ですよ。言い負かしてあげますよ。」
つんとした表情で言いきったアルテが、俺に目線を向けてから、
「それで納得してもらえなかったら、全部ギルのせいにしますよ。今、謝りましたよね。」
「おいちょっと待て。」
素直に非を認めた俺にその言い方はないだろうと反論しかけたが、
「怪我人!静かにしなさい。ほら、止血を緩めるから腕を出して!」
セシリィが横から口を挟んできて俺の腕を引っ張って、俺は否応なく黙る羽目になった。
「いてっ!セシリィ、怪我人だって言うなら優しく扱え!」
思わず口走っても彼女は容赦なく、アルテと顔を見合わせて一瞬笑いあってから乱暴に止血していたロープを緩める。こいつら…。
「あー…ギル、俺たちは周りを調べるから、ゆっくり休めよ。行こうぜ。」
「うむ。」
ミックの呆れた声にシゲが短く答え。シゲは俺を憐れみを含んだ表情で見やってから聖樹の周りを調べ始めた。ヒューイは少し離れた高い場所で警戒を続けている。
「スフィーも来いよ。あの蔓草の山を調べるには手が必要だ。」
近くでおろおろしていたスフィーをミックが呼びつけ、申し訳なさそうに迷う後輩に俺は右手を振った。
「ミックに手を貸してやってくれ。刻影機での記録も頼む。」
俺の指示でスフィーはミックたちの方へ走っていく。
剛獣に襲われたときには捨ててしまえと思ったが、スフィーがあの荷物を守ってくれたおかげで蔓草の剛獣を正確に記録できそうだ。
「う…。」
急に目眩がして、俺はよろけた。セシリィが素早く俺を支え、
「ギル!?」
アルテが小さな声で叫ぶ。
「血を流したから、毒が回ったのね。大丈夫かしら。」
「セシリィ、ギルも寝かせて。診察しますよ。」
俺は左手を棘で負傷し、毒を止血と同じ要領で止めていた。そのままにしておくと血が巡らない左手がダメになるから止血を緩めてもらったが、血が巡れば毒が回るのは当然だ。
「少しふらついただけだよ。だけど横になって休ませてもらってもいいかな。」
「それじゃ、これを使ってもいいですよ。救援が来たら起こしますよ。」
アルテが上着を脱いで丸めて、俺の頭の下に押し込んだ。1セット持っていた毛布などはカルミアに使っているので、枕に使えるものと言ったらそのくらいだ。
「ありがとう。後は頼むよ。」
礼を言った俺は、身体に回る不快感を忘れるように目を閉じた。
そっと手が胸に置かれて、その温かさが毒の冷たい痺れを追い払ってくれた。
「ギル先輩、これがありました。」
もうしばらく経てば昼という頃合いに俺は起こされ、スフィーが神妙な面持ちでハンカチに置いた徽章を差し出してきた。
剣と盾と獅子を表し金銀で装飾された複雑な紋章が刻まれている。
「これは…。」
言葉を失ってアルテの様子を窺えば、彼女も厳しい表情で徽章を見つめている。
俺の記憶は間違っていないようだ。
「ザンダルガム公爵の紋章ね。どこにあったの?」
セシリィがあっさりとした口調で紋章が示す人物を口に出してから、スフィーに尋ねる。
「あの蔓草の根の近く、です。この種が入った袋と一緒でした。」
そう言って後輩が差し出したのは、厚い革の袋といくつかの刺々しい形の植物の種。
「多分、こいつの種だぜ。根元の蔓の中にこういうのがあった。」
そう言ってミックが置いたのは、拳大の明るい黄緑色の塊。ナイフで切り開いたのだろう。中にはスフィーが見つけた種と似た形の、しかしまだ柔らかそうな種がびっしりと詰まっている。
「そうか。済まないが、この徽章については秘密にしてもらえないか。素直に考えればザンダルガム公爵がこの蔓草に関わっているように見えるが、彼は敵も多い。慎重に判断する必要がある。」
「そうだね。スクトゥム森林でこれが見つかったとなれば公爵の立場が危うくなる。それを狙った奴らの仕業かもしれない。」
俺が仲間たちに頼むと彼らはすぐに応じてくれて、ヒューイが俺の考えを補足してくれた。
「ねぇアルテ、あなたはザンダルガム公爵の紋章をよく見ているわよね。これ、本物で間違いないかしら?」
「見比べますか?ありますよ。」
セシリィがアルテに尋ねると、アルテは服の襟元を開くと懐に手を入れて、ペンダントに着けた徽章を取り出した。大きさは違うが2つは同じものに見える。
「呆れた。徽章を預かっているなんて、あなた本当に秘蔵っ子なのね。」
「それは今更ですよ。」
軽い口調で驚くセシリィにアルテが言い返して、ペンダントを服の中に戻す。
「俺には貴族様のしがらみはよくわからねぇからさ、全部ギルに任せるぜ。」
ミックが言いながらスフィーから徽章を取り上げて、ハンカチで包んで俺に手渡した。
「村に戻ったらすぐに調べる。」
防具の下に着た服のポケットに徽章を収めた俺は、右手の指先で留め具を閉じ、もう一度確かめた。増えた厄介事をどう扱うか考えていると、ヒューイが手を上げて俺たちに合図する。
「ギル、合奏甲冑の音だ。救援だと思う。」
続く報告で俺たちは明るい表情になって、彼が示す方角を見た。
しばらくしてホーガンさんとワイツさんの合奏甲冑が姿を現し、彼らに続いて10人ほどの救援部隊がやってきた。
それから3日後。
俺は館の客間で退屈を持て余していた。同じ部屋にいるカルミアも意識を取り戻しているが体力を消耗しており、それでも俺の話し相手はできる程度になっている。
しかしまだベッドから起きるのも辛そうな後輩を俺の退屈凌ぎの相手にするわけにもいかず、俺はベッドの上で女中のサミーに調達してもらった本を読んでいた。
トントン、と扉を叩く音。俺たちの返事を待たずに扉が開く。
「ギルバート君、カルミア君、体調はどうですか?」
支援学科の教師であるヴァネッサ・ロザモンド先生が端的に俺たちの容態を尋ねてくる。
救援部隊にも加わっていた彼女は高度な医療知識と専用の法術を習得していて、合流するとその場でカルミアと俺を素早く診察し応急的な治療と投薬を行った。安静が必要だと判断された俺たちは村まで運ばれ、診察と治療の手間などを理由にこの部屋で療養することになったのだ。
「俺はこの通りです。カーム、どうだ?」
「気分は悪くはありません。良くもないけど。」
俺が左手を上げて2・3回握ってみせてからカルミアを促すと、目を覚ました昨日よりもずっとはっきりとした声で彼は答える。
「そうですか。しかし未知の剛獣の毒ですから油断はしないように。ギルバート君はベッドに寝なさい。診察します。」
テキパキと指示をしてからロザモンド先生はカルミアの隣に用意された椅子に腰かけ、彼の傷を見てから掌に青白く煌めく煌糸で紋章を描き、彼にかざす。
「経過は順調。魔導性の毒でなくてよかった。感染症も起きていません。」
剛獣が持つ毒の中には、毒自体が魔導としての性質を帯びたものもある。しかしあの蔓草の毒は「普通の」毒だったようだ。普通だからと言って安全なはずはないが、魔導性の毒がより危険なのは間違いない。
「ロザモンド先生、だったら俺はそろそろ外に出てもよろしいでしょうか。」
「ダメです。法術を使った診察も万能ではないから、あと2日は我慢しなさい。」
退屈から逃げ出したいという俺の希望は、あっさりと切って捨てられた。
「部屋の中で運動くらいは…。」
「私が許可をすると思いますか?わかりきったことを聞かないように。」
がっくりと肩を落とす俺に、カルミアが小さな声で笑う。
仕方ないと諦めると、ロザモンド先生は俺を手早く診察し、
「後輩もいるのだから、邪魔をしないようにしなさい。」
と言い残して部屋を出て行った。
しばらく様子を窺ってから、俺はベッドから立ち上がると新調した剣を取り出して構えた。
「ギル先輩、安静にしていなくていいんですか。」
カルミアが心配するが、俺は気にせず素振りを始める。
「ロザモンド先生は禁止とは言わなかったぞ。ばれないなら問題はないさ。」
「ええ…それって。僕は知りませんよ。」
「黙っていてくれればいいさ。」
そんなやり取りをしながら剣を振ると、カルミアも体を起こしてから窓の外を眺め始めた。救助されたときには顔が腫れていたが、今ではあの赤黒さが薄く残っているだけだ。
そんな彼の様子にほっとしながら素振りを続け、術技の型も練習する。
俺には簡単に使えない万象乃断刀だが、師匠は息をするように使えると言っていた。
そして、要は慣れだと。
慣れとなれば回数をこなして体に煌糸の制御を覚え込ませるしかない。
師匠のように術技を使えればカルミアが毒を受けるようなことも…いや、カーチスが教えてくれたじゃないか。術技に頼るなって。どう戦ったのか、なぜ失敗したのか、しっかり考えなければ。
俺はあの時の記憶を呼び起こしながら、一心に剣を振り続けた。
「おぅ、やっぱりやってやがったな。」
不意打ちで扉を開けてカーチスが笑う。声が大きくて廊下で響いた。
素振りをしていた俺は慌てて剣を下げると、口に人差し指を当てて黙るように伝える。だが、カーチスはお構いなしに部屋に入り、俺のベッドの横に置かれた椅子に腰かけた。
ジョセフさんとホーガンさん、ワイツさんが彼の後から入ってきて、ホーガンさんとワイツさんは扉を閉めてその脇に立つ。
「カーチス、驚かすのはやめてよ。ロザモンド先生にバレたらどうするんだよ。」
「安心しな。最初からバレてる。指示を無視する生徒を叩き直してくれと頼まれてきたんだ。」
「う…お手柔らかに…。」
俺が黙り込むと、カーチスは俺とカルミアの顔を交互に見てから、
「それは兎も角、お前たちも暇だろうと思ってな。村の様子や剛獣対策の話を手土産に持ってきてやったぜ。」
そう前置きをすると、今の状況について話し始めた。
「森の糸脈活性は変動しながら鎮静しつつある。おいギル、冒険者どもに会ったら文句を言われるから、覚悟しておけよ。」
「それって俺の責任じゃないだろ。不可抗力だよ。」
「お前が聖樹まで行かなければ剛獣狩りは実行されただろうからな。その稼ぎを潰したんだぞ。俺の方では軍の調査の結果だと言っておいたが、救援部隊には冒険者もいたんだ。文句だけで済むことだから諦めろ。」
説明の途中に口を挟むと、俺が言うのはわかっていたとばかりに流暢に言い返される。カーチスができることは既にしているとなれば俺もカーチスに対しては文句をつけにくい。
「わかったよ。だけど糸脈の鎮静化は聖樹とあの蔓草が原因で間違いないの?」
文句については覚悟して、俺はカーチスに詳しい説明を求める。
「あぁ。調査部隊を送って詳細に調べさせた。聖樹が弱ったことで糸脈活性を維持できなくなって、それが森林全体の糸脈が活性化する原因になっていたようだ。しかも蔓草を除去してから急速に回復しているからな。因果関係は明らかだ。」
カーチスの説明に納得しかけた俺は、細かいことが引っかかって尋ねた。
「そうか。ん?俺たちはあの蔓草を退治したはずだけど、除去ってどういうこと?」
「お前ら、根っこを残しただろ。翌日には切られたところから生えてきていたぜ。しかもその根っこを掘り起こしたら、聖樹の根に食い込んでいるのが見つかったよ。」
「それは気が付かなかったよ。すごい生命力だね。」
「お前は生き残って情報を持ち帰っただけで十分だ。それから、周りにまだ種があって芽が出ていた。あの蔓草は、成長した個体の邪魔をしないように他は休眠状態になるらしいな。他にも葉の色を偽装する性質もあって、そのせいで航空偵察は見逃していたようだ。」
俺は注意不足だったが、それにしてもあの蔓草のしぶとさは予想外だ。
「厄介な奴が森に根付いていたことはよくわかったよ。」
俺が感想を伝えるとカーチスは肩をすくめ、俺とカルミアを交互に見てから口を開く。
「厄介ついでに一番厄介なことを教えておこう。お前らが見つけた例のものだ。」
きたか、と俺は内心身構える。
例のものというのはもちろんあの徽章のことだ。俺は救助されてからあの徽章についてすぐに報告せず、徽章の真贋を確かめるためにカーチスとジョセフさんに個人的に手渡した。
「お前の予想通り、あれは偽物だ。ガッシュとバッシュに調べさせた。それにしてもお前、厳窟族の『指の味』なんてよく知っていたな。あいつら、他の人族に自分たちの力を吹聴することはしないんだが、グウェンとかいうあの娘か?」
カーチスに言い当てられて頷く。
カーチスの部下である双子の兄弟ガッシュとバッシュ、そして俺の後輩であるグウェンは、岩窟族というディアシス圏域を発祥地とする人族だ。
彼らは「髭の勘」と「指の味」と呼ばれる感覚を持っていて、前者は周囲の大気の動きや目に見えない力場を、後者は物体の組成や構造を感じ取ることができる。
グウェンから厳窟族についていろいろと聞いていた俺はカーチスに徽章のことを相談して、アルテの徽章と比較して材質を調べてもらうことにしたのだ。
「地金と塗料が二流品で、バッシュに持たせたら一発だったぜ。偽物だとわかったから領主には報告をしておいたし、公爵にも話が行っているだろう。そのうち取り調べもある。先に俺たちが調べたとバレねぇように、上手く口裏を合わせろよ。」
「わかったよ。カーチスの方ではどんな話をしたんだい?」
「今から話す。カルミア、お前もアルテに関わる話なんだから、しっかり理解しておけ。」
そうして俺たちはカーチスから徽章についての詳細を聞き、辻褄を合わせるための相談をした。
ザンダルガム公爵に罪を着せるために用意をしたにしては徽章の出来が悪いそうだが、公爵を敵視する者だったら真贋の判定をせずに証拠にするだろう。冒険者の中には筋の良くない輩だっているから、発見したのが俺たちだったのは不幸中の幸いだ。
そう考えるとこの徽章を森に置いていった奴らにはシディンの国内で偽物を有効活用する人物の心当たりがあるはずだ。多少の時間はかかっても俺たちに揺さぶりをかけつつ見落とせば致命的な一撃になる手段を使い、自分は表に出ない形で仕掛けてきている。
首謀者はあの蔓草と同じかそれ以上に厄介な相手だ。
「これだけのことを仕掛けてくる相手となれば軍務学校でお前が狙われる可能性も高い。クレストスを受け継ぐのはお前だからな。俺も知り合いには声をかけておくが、気をつけろよ。」
そう忠告するカーチスの表情はひどく真剣で、俺は、あの剛獣に追われていた時よりも強い不安を感じた。
騒がしい数日が過ぎて、彼は大樹に残された枝から新しいお気に入りのねぐらを決めると、だらんと自分の身体を吊るした。
生来の気質のまま吊り下がり、自然な揺れに身を任せると彼はリラックスした気分になって円らな目を閉じ、うとうとと眠りにつこうとした。
(眠れる場所がまだある。無くならずに済んだ。)
彼が大樹の異常に気付き、蔓草に追われてからの日々が夢うつつな心に浮かんでくる。
人族の集団が大樹の根元を探って歩いてからけっこうな回数の夜を迎えたが、忌々しい蔓草が生えてくる様子はもう無い。というのも彼はあの蔓草の姿を些細に覚えていて、時々地面を探しては芽が出ているのを見つけて小さいうちに摘み取るようになったからだ。それを続けたおかげか、生えてくる芽も減ってきた。
(あのつるつる顔にはいろいろな奴がいる。)
稚拙ではあっても彼の知性は、人族という生き物が他の生き物とは違って、種による習性とは言い難いほどに幅広い違いを持つものだと学んだ。
(あのつるつる顔の奴らは、あいつらとは違った。)
彼の脳裏に浮かんだのは、ギルたちが蔓草と戦い止めを刺す姿だ。枯れ落ちる蔓草を見上げる彼らの顔一つ一つを、彼はよく覚えていた。
(あの顔を見たら、あれを落としてやろう。)
不意に彼は、彼が良く知る大樹の葉や実の味を思い出した。
この木の実は美味いが、高い梢のてっぺんにしかつかず落ちても小動物が食べてしまうから、人族が実を得たところを見たことはない。あの実を一つか二つ、食べさせてやってもいい。
そんな気分になったのだ。
それからもう一つ、聖樹の実は人の拳より一回り大きくてやたらと固い。
彼は左手を顔の前に持ってくると薄く瞼を開いて切り落とされた爪を眺め、それから戻し、
(近くに落として驚かしてやろう。)
ささやかな悪戯心に口角を引き上げ、やがて穏やかな気持ちで眠りについた。




