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激戦

「奥に行くの?危険なんでしょう?」

 俺の提案に懸念を示したのはセシリィだ。

「あぁ。危険だ。だけどこの渓谷の底では完全に手詰まりで、剛獣の包囲網が手薄なのは西だ。もう少し進めば安全に登れる斜面があったはずだから、そこで渓谷を出て西に向かう。」

「そこまで救援が来られる保証は?森の奥は偵察の予定が無いはずだろ。」

 俺の考えにヒューイが疑問を発した。彼にしてみればセシリィをさらなる危険に近付けるのは抵抗があるだろう。

「カーチスの小隊には特殊機装歩兵分隊がある。人数は少ないが、冒険者も含めれば森の奥まで強行するには十分な戦力だよ。それに、父さんとザンダルガム公爵も黙っているはずがないからね。絶対に来るよ。」

「師匠もいるからな。聖騎士様だぜ。」

 ミックの太鼓判もあって、セシリィとヒューイは一旦黙った。しかし、まだ納得した様子はない。

「救援が来ることは間違いないね。だけど、奥に進むのは納得できない。危険が大きい方に向かうのは矛盾している。」

 その理由をヒューイが言う。

 アルテが西の方は手薄だと言ってはいたが、なぜそうなっているのか、原因はわかっていない。

 俺が口ごもると、それまで黙っていたスフィーが手を上げた。

「多分、あいつの臭い、です。」

 全員が獣粧族(ハシュワーヌ)の後輩に注目する。

「スフィー、詳しく説明してくれ。大丈夫だ、落ち着いて話してくれればいい。」

 俺が促すと、彼は再び口を開いた。

「あいつの臭いはとても「強い」です。ええと、獣は臭いで強さがわかります。ここは谷間だから臭いが残っていたけど、薄くなりました。あっちはまだ臭いがあります。」

 そう言って西の方を示したスフィーに、ヒューイは考え込む。俺にはその答えはわかっていた。

 俺たちはあのナマケモノに似た剛獣に痛手を与えて撃退している。今集まりつつある獣たちと比べて俺たちを避けてくれそうなのはどちらかと考えれば、それは前者だ。そしてあの剛獣の臭いが他の獣を遠ざけるなら、明らかだ。

「そうか、スフィーは臭いに鋭いって言っていたね。」

「はい。ダ・コンの血族は蛇と同じ、舌先で臭いを見えます。」

 ヒューイの呟きに答えたスフィーが、ちらっと舌先を見せる。

「すごいじゃないスフィー。獣粧族(ハシュワーヌ)の魔導は役に立つのね。」

 セシリィが彼を誉めるが、スフィーは微妙な表情だ。その理由は理解できるが今は時間が惜しい。セシリィには帰ってから話をするしかないが、スフィーの気持ちもある。今のうちに何か言っておくべきだな。

 それに彼のおかげでチームの方針は決定できた。それもはっきりさせておこう。

「スフィー、ありがとう。魂獣乃法(ジョウ・コン・ドゥ)は大したものだな。さて、西へ進むのが安全だと考えて間違いない。スフィー、奴の臭いを追跡できるか?」

 獣粧族(ハシュワーヌ)の呼び方で言い直してから、スフィーに確かめる。俺の言いたいことは伝わっただろうか。

「できます。」

 蛇のように縦長の瞳を真っすぐ俺に向け、スフィーは力強く頷いた。


 渓谷から登った森の中を俺たちは慎重に進む。

 スフィーが先導してくれるが、その道は人にとって通りやすいものではなかった。あの剛獣は枝を渡って移動するのだから当然だ。

 地形の障害を潜り抜けながら、剛獣の襲撃を警戒しながら、俺たちは森を進む。

 やがて、空が白み始めてからしばらく経って、俺たちは不意に明るい場所に出た。

 他に比べて木が少なく円形の広場のようになっている平地には太い枯れた枝が何本も落ちていて、そのためだろうか、枝葉が薄く空が見える。

 そしてその真ん中には、まるで砦かと思うような太い幹を持つ大樹が荘厳にそそり立ち、しかし、その景色にあまりにもそぐわない蔓草が茂って大樹に絡みついていた。

 大きな丸い葉と棘がある蔓草は明るい黄緑色で、暗い森の中で異様に目につく。

 その伸びる先を辿れば蔓は大樹の上まで絡みついていて、大樹の枝葉を覆っている。

(なんだあれ。まるで寄生しているみたいじゃないか。)

 俺にはその情景が、蔓草にとり憑かれた大樹が死にかけているように思えた。

「ギル、もしかしてあれ、スクトゥムの聖樹じゃねぇか?」

 ミックの言葉に俺は幼い頃に聞かされた話を思い出した。それに作戦を考えるときに読んだ資料とも一致する。

「そうだな。確かに、話通りの大きさだ。」

「聖樹?それは何ですか?」

 俺が呟くと、アルテが尋ねてきた。

「手短に言うと、この森で一番古い木だ。森の中でも強力な糸脈活性点と共存していて、聖樹自身の生存が糸脈活性点の安定に寄与している。そして聖樹の葉や実にも煌糸の力が働いて、それを餌にする動物たちと独自の領域を作っているって話だ。」

 俺の説明に学友たちは枯れかけた大樹を見上げた。

「だけどギル、あの木はもう死にそうだって叫んでいますよ。」

 アルテが表情を曇らせて呟き、俺たちは一斉に彼女を見た。

「アルテ、木の言葉がわかるの?」

「木って何か言うのか?」

 セシリィとミックが揃って驚き、アルテは2人を、そして仲間たちの様子に慌てて両手を振った。

「ち、違いますよ。そんな感じがしただけ、しただけですよ。」

 精霊たちから聞いて口が滑ったのだろうか。植物の声まで聞こえるとは聞いていないが。

 動揺しているのが明らかな態度で言い訳するアルテに、

「僕らが生まれたフェア=ウェルスは陸地のほとんどが深い森で、僕らは木々の状態を自分のことのように感じることが多いんです。」

普段は口数の少ないカルミアが口を添えた。

「そ、そうなんですよ。まるで死にかけてるって叫んでいるみたいだなーって、そういうことですよ。」

 カルミアのフォローに便乗するアルテ。だが口数を増やせば増やすほど弟の気遣いを無駄にしそうな勢いだ。仕方ない。

「そういえば2人ともフェア=ウェルス圏域の生まれだったな。それで、あの木が死にそうに感じたっていうのは、具体的にはどういうことだ?俺も枯れかけているように見えたから気になる。」

 口を挟んでアルテを止め、仕切り直せるように尋ねる。

「それは簡単ですよ、あの蔓草に栄養と日光を奪われて、死にかけているんですよ。」

 俺が直感で感じていたことを、アルテはあっさりと言いきった。

「姉さんはそういう感覚が昔から鋭いから、間違いないと思う。それに、ここは精霊たちの様子も変だよ。」

 カルミアも補足を加え、俺たちは改めて眼前にそびえる大樹に注目する。

 しばらくして、ミックが口を開いた。

「なぁギル、確か聖樹って、森の守護者だって話だったよな。」

「あぁ。糸脈活性点の変動を抑える要石みたいなものだって言われているな。」

「だったらさ、あの蔓草が今回の活性化の原因なんじゃねぇか?」

「多分…いや、きっとそうだ。」

 ミックと会話しながら、俺は確信した。

 今回の糸脈活性化現象は従来の周期より早く、かつ大きな変動を伴っている。スクトゥム森林にある糸脈活性点は互いに影響し合っているから、何千年もの間ここで糸脈を安定化させていた聖樹が枯れかけていることが森林全体の活性化に関わっているのは明らかだ。

「第一、あんな蔓草のお化けの話は聞いたことがないぜ。昔から生えていたならもっと前に見つかっているはずだ。」

 幼馴染の言葉に俺は頷いた。

「そうだな。多分、あれは外から持ち込まれたんだと思う。いずれにしてもどんな植物なのか調べておく価値はあるな。」

 そう言ってから、俺はスフィーに声をかける。

「スフィー、あいつの臭いはどっちだ。」

 はっとした後輩がさっと舌先を覗かせてから、大樹の上の方を指差す。

「上です。どこなのかははっきりしないです。」

「そうか。だったらあいつは、蔓草のせいで暮らしにくくなって森を彷徨っていたんだろう。そして爪を失って棲み処に戻ってきたというわけだ。」

 そう推測して枝葉を見上げ目を凝らすが、あの巨体はどこにも見当たらない。

「最初に襲ってきたときも俺たちはあいつの存在に全く気が付かなかった。剛獣の中には影の中に隠れる奴だっているんだ。どこに潜んでいても不思議じゃないな。」

 幼いころの記憶を思い出して、俺は仲間の装備を確認した。

 俺が使っていた剣と盾、それからスフィーの小盾は戦闘の中で完全に壊れてしまっていた。また、シゲの脇差もあいつの爪を切り落とした時に爪に食い込んだ拍子に曲がってしまって使い物にならなくなっている。

「ヒューイ、剣を貸してくれ。あの蔓草を切り取ってくる。」

 再び戦闘になった場合のことを考えて短剣での投擲ができるヒューイに頼むと、ヒューイは首を横に振ってから、

「ギル、君はリーダーだ。偵察は僕の仕事だよ。」

そう告げてから素早く剣を構え、大樹へと歩いて行く。

 周囲に警戒しながら蔓草の茂みに近付いた彼は、落ちた枯れ枝に絡む手ごろな蔓に狙いをつけるとそれを剣で突いた。

 ひゅるん

 刺された蔓が蛇のようにのたうって、その先端をヒューイの方へと振るう。彼を狙ったわけではなく、刺激の方向へと動いただけのようだ。身軽なヒューイは軽々と蔓を避けたが、しかし、それだけじゃなかった。

「ヒューイ!上ですよ!」

 アルテが叫び、ヒューイは上空を一瞥し全力で走り出す。彼がいた場所に何十本もの棘が降って地面に突き刺さった。枝に絡んだ蔓草から落とされた棘だ。

「おいおい、こいつはヤバいぜ。」

 ミックが焦った様子で剣を構え、俺たちは大樹の枝を見上げる。

 自ら大樹を離れた蔓草が垂れ下がって、辺り一面俺たちの頭上を覆う。その先端には小さな白い花が咲いているが、蠢く花びらの中央にある本来ならおしべやめしべであろうものは触角のように揺れている。

 そして白い花の群れは、まるで手ごろな獲物を見つけた蛇の群れのように一斉に、こちらを向いた。


(上手くいった。)

 彼は拙い心に沸き起こった満足感に口角を釣り上げた。

 この蔓草は根元を傷つける者に対して徹底的に攻撃を加える。大樹の枝を覆う大きな葉を持った蔓は切り落としたところでまた生えてくるだけだが、根元の部分への攻撃には上に伸びていた棘と花のある蔓を下ろし、攻撃した生き物を積極的に殺してから自分の根元に運ぶ。

 その苛烈さは魔導で強化された彼の巨体をもってしても耐え難く、蔓が鎮まるまで逃げなければならなかったほどだ。

(あいつらは死ぬ。)

 口角を釣り上げると、自然と口から息が漏れた。

「ふるるるるるる。」

 ギルたちが死んだところで蔓草が消えるはずはない。だが、彼は蔓草を持ち込んだ生き物が死ねば蔓草はなくなると信じ、あの生き物を早く殺すよう蔓草の働きに期待しながら下界を見下ろし続けた。


「これじゃキリがないわ。」

 セシリィが叫びながら、頭上から襲ってきた蔓を細剣で切り払う。蔓と言っても太さは俺の親指ほどもあり、突き刺すために作られた細剣では切断できないほどに強靭だ。先端の方には鋭い棘があって、刺されば相当の傷を負うだろう。

「普通の蔓草じゃこんな風には動かねぇぜ。ギル、こいつは間違いねぇな。」

「あぁ、煌糸の動きが見える。剛獣だ。」

 ミックの声に応えながら、俺はセシリィから借りた細剣で蔓を打ち払う。彼女は普段から細剣の二刀流なので、蔓が襲ってくると武器を失っていた俺に投げてよこしたのだ。

 何度か蔓を払ってから隙を見つけ、身体の中で型を描き、細剣を振るう。

 万象乃断刀(ばんしょうのたち)

 聖騎士ラドワンから教えられた術技が発現して、細剣は容易く蔓を切断した。

「切り払いますよ。気を付けて!」

 アルテが大声で警告すると、俺たちの頭上で風が渦を巻いて蔓をまとめて切り払った。

 アルテが精霊の力を借りて法術を発現したのだ。すぐさまカルミアの法術が突風を起こし、俺たちの上から蔓草を吹き飛ばす。

(姉弟だけあって息が合っているな。)

 法術の威力とコンビネーションに感心していると、

「ギル、聖樹から2時の方向、下がっている蔓が少ない。聖樹の枝が無いんだ。」

 ヒューイが攻撃を凌ぎながら上の状況を観察して、報告してきた。

 目を走らせれば確かに頭上の蔓が少ない場所がある。しかしそちらの方向へは枯れた枝が邪魔をしていて、その枝にも蔓草が蔓延っている。

「シゲ!」

「イエエエヤアアアアアッ!」

 俺の一言で意図を察し、シゲが突っ込む。

 一気呵成に刀を振るい、叫びながら振って振って振り落とし続けて枝も蔓草もまとめて斬って前へと進む。

「シゲ下がれ!上からっ!」

 ヒューイが警告を発するとシゲは飛びずさって後退し、彼がいた場所には棘の雨が降った。

「あいつ、俺たちに聖樹まで近づかれたくないみたいだぜ。」

 ミックの推測には同感だ。垂れ下がる花と棘の蔓の陣形も、近付くと降ってくる棘の雨も、聖樹を、正確にはその根本にある蔓草の茂みを守るように動いている。

「あの茂みのどこかに急所があるんだ。多分根っこだな。あいつはそれを守っている。」

 聖樹の根元に茂った蔓草のどこかはわからないが、守るということは間違いないだろう。

「守るだけで手一杯よ。どうやって前に出るつもり?」

 セシリィが叫ぶが、答えを返すより早く

「カーム!」

アルテの悲鳴が聞こえて、俺はそちらを振り向いた。

 カルミアが左肩を押さえてうずくまっている。肩にあの棘が刺さっていて、首のあたりから皮膚が赤黒く変色している。しまった、こいつの棘には毒があるのか。

「カーム!しっかりして!」

 アルテが弟に呼びかけたが、カルミアは肩を押さえたままばたりと倒れた。

「スフィー!カームを守れ!」

 指示を飛ばしながら俺は駆け寄って守りに加わる。

「ごめん、防ぎきれなかった。」

 後衛を守っていたヒューイが謝ってくるが、彼が原因という訳じゃない。

「気にするな。俺の指示が甘かったんだ。」

 ヒューイの報告で有利な地形を得ようとした俺は、チーム全体の隊列を把握しきれないままシゲに指示を出し前に進もうとした。それが味方の防御を崩してしまい、結果としてカルミアが負傷する羽目になったんだ。

 しかし今それを言っても状況は変わらない。

「カーム、カーム!」

「アルテ、カームの状況を報告しろ!この場でできるのはアルテだけだ!」

 動揺して弟の名を呼ぶだけのアルテに、あえて強く命令する。

 息を飲んだアルテは、震える手で弟の首に指をあて、それから震える声で容体を報告し始める。

「呼吸あり、脈拍、ああ、早すぎますよ。普通じゃないですよ。熱も。」

「落ち着けアルテ。治療の法術!」

「うう…私の術は、毒は…」

 アルテが口籠った。傷を癒す法術は使えても、毒は治せないのか。どうする?

 心の迷いが剣に現れ、その瞬間に横から襲ってきた棘を打ち落とし損ねた。

 左手を掲げてから、俺は自分の失敗を悟る。

「ギル先輩!」

 今叫んだのはスフィーか。

 俺は左手に生じた冷たい激痛に歯を食い縛った。咄嗟に左手で打ち払ったが革の手袋と厚い服を貫いた棘は皮膚に刺さり、広がる痛みに呻いて俺は左手をだらりと下ろした。

 毒だ。痺れて力が入らない。おそらく神経を麻痺させる働きがある。

「ギ…ギル?」

 震える声でアルテが呟いた。

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