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糸脈調査

 8月になった。

 あれから俺たちは鍛錬と学生チームの編成を進め、父さんたちとも相談しながらスクトゥム森林の調査計画を立てた。幸いなことに糸脈活性化は予想より多少早い程度の進行で、剛獣の顕著な増加は確認されていないため俺たちは余裕を持って計画を立てることができた。

 学生は3チーム。土地勘が多少なりともある俺とミックとニールがそれぞれのチームのリーダーになった。

 編成はこうだ。

 ・ギルチーム

 ギル(騎兵)、シゲトヨ(特機)、スフィー(工兵)、アルテ(支援)

 ・ミックチーム

 ミック(騎兵)、セシリィ(騎兵)、ヒューイ(騎兵)、スミカ(工兵)、カルミア(法術)

 ・ニールチーム

 ニール(騎兵)、ランダル(騎兵)、モーリス(特機)、グウェン(工兵)、オリエ(秘紋)、イゾルテ(支援)

 近接武器での戦闘を学んでいる者は多いが、個々の事情や要望で組み合わせに配慮したところもあって均等な戦力だとは言えない。

 例えばニールのチームは全員が新入生だ。

 並々ならぬ努力で調査に参加できる水準には達したと判断された新入生たちだが、3学年の面々に比べたら心技体全ての面で心細い。しかしニールなら繊細な心配りも出来るだろうし、不用意に危険に踏み込むことはしないと考えて彼ら5人を受け持ってもらった。

 彼の弱気なところが心配だが、それはオリエに頼み込んで補助として加わってもらった。兄と妹なら気兼ねなく意見も言えるだろうし、グウェンも一緒だからニールが数に押されて判断を誤ることもないだろう。

 彼らには俺たちが任された森の浅い部分の中でも特に安全な領域について調査をしてもらう予定で、加えて人数が多いことから学生チーム全体の物資管理や村との連絡も担ってもらう。

 ミックのチームは総合的な戦力では一番強力で、加えてヒューイとスミカは気配に鋭く、カルミアは新入生ながら戦闘で使える精霊術法を扱えるなど、攻防共に安定している面々だ。

 実はアルテとセシリィとオリエをどう組ませるかで悩んだ末に3チームに分けることにして、その結果セシリィと一緒にいなくてはならないヒューイもこのチームに入ることになった。

 もう一つ言うと、姉の方から口封じができるカルミア以外は3学年で揃えたので、ヒューイが本来の実力を発揮しやすい。

 俺のチームは4人と人数は少ないが、15人の中で最強の剣術を使うシゲトヨと銃の名手であるアルテがいるので、剛獣に対しての短期的な攻撃力は一番強い。

 調査に加わるなら俺のチームが良いと言ってきたスフィーは新入生だが、彼は獣粧族の特性から身体能力に優れ、また実際の蛇と同様に熱を感知できる特殊な感覚や鋭い嗅覚を持っていて調査に役立つと考え受け入れた。

 それから、アルテを助ける精霊たちは剛獣をはじめとした危険を知らせてくれるだろう。

 そんなふうに戦力を集めた俺とミックのチームは、学生が任された領域の中でも奥の調査を行い、危険にあっては互いに支援ができる距離を保って連携することにしている。


「良いんじゃねぇか。ジョセフ、どうだ?」

 俺たちが作った計画書にさっと目を通すと、カーチスはそれを隣にいたジョセフさんに渡した。2人は学生チームの指導役を任されているので、彼らの承認が無ければ俺たちは調査に出ることができない。

「十分に要点は押さえられていますが、細かな点で見落としがあります。後でタニタにも点検させてからギルに返します。もう一度提出してください。」

 計画書を読んだジョセフさんの採点はカーチスよりも辛口で、俺は内心肩を落とした。

「お前は固いな。それでも行けるだろ。」

「普段ならこれで十分です。ですが、今は学校側への説明が必要です。それを意識してほしかったですね。」

 カーチスのフォローはあっさり突き返されて、俺はジョセフさんが綿密に点検をしている理由を理解した。

 今回の遠征にはザンダルガム公爵が関与したため、学校側も神経を尖らせている。そのため教師を3人派遣してきており、カーチスたちが指導を任されているとは言っても、学生チームの行動には彼らの承認が必要なのだ。

 俺たちが書いた計画書は、教頭や騎兵学科の副担任、それとロザモンド先生も目を通すので、それに耐えうる完成度が要求される。そして、教頭と副担任は同じ派閥で、しかも重箱の隅をつつくようなタイプだと噂に聞いた。

「あーあ、公爵が出張ってこなけりゃ楽な仕事だったんだがな。おいジョセフ、そういえばギルたちの訓練の方はどうなんだ?」

 ひとしきり嘆息してから、カーチスは話題を変えた。

 ジョセフさんが俺の顔を見て自慢げに笑みを浮かべ、報告を始める。

「学生のみなさんは十分調査ができるくらいに実力をつけています。特にギル、ミック、ニールの3人は目覚ましい進歩があり、シゲトヨ・アズマイとスミカ・タチバナ、それからヒュアード・ライトベルを合わせた6人は、明日からでも我が小隊に欲しいレベルです。」

 思わず口元が緩んでしまった。

 ここまで高く評価されるとは思っていなかったからだ。しかし、俺たち3人の進歩については自信があった。

「ほ〜、お前がそこまで言うとはね。こいつ、そんなに使えるか?」

「この短期間で3人が術技を修めるとは思いませんでしたよ。私が手合わせをしました。実戦で通じます。」

 そう、俺たち3人はあれからさらに特訓を積み重ねて、それぞれが術技を習得した。

 これにはジョセフさんだけでなくラドワン師匠も驚いていて、俺たちは大いに自信をつけていた。しかし、

「そいつは大したもんだ。だがな、術技なんて結局は剣や銃と変わらねえからな。どんな道具だろうが実際に使えるかは別だ。ギル、術技を当てにするなよ。」

カーチスは何か思案しながら俺に忠告してきた。

「ジョセフさんは実戦で使えるって言ってたじゃないか。」

 せっかく苦労して身に着けたものを否定されて言い返すと、カーチスは口をへの字にして首を振る。

「ギル、そうじゃないんだ。お前たちが実戦で使えるっていうのは、せいぜい対人の少人数くらいだ。ジョセフ、そうだろ?」

 カーチスの問いかけにジョセフさんが少し考えてから頷いたのを見て、俺は絶句した。

「お前は話せばわかるだろうから教えてやる。」

 カーチスが普段の彼からは想像もできない真剣な表情で話し始める。

「お前たちは人間との戦い方は学んできたが、剛獣には人間の常識が通じねぇんだ。だから慎重に戦う必要がある。それなのに術技を当てにしていたら、肝心なところで術技を使えば剛獣を倒せると甘く見る。相手は獣だ。容赦なんてねえんだ。油断すれば死ぬぞ。」

 きっぱりと言い切ったカーチスに、俺は既視感を覚えた。

 彼の言葉を心の中で繰り返し、俺は、今のような表情を以前に見たことを思い出す。

 あの剛獣狩りの日だ。

 あの日、父さんが重傷を負った後に、クレストスの元へと走った俺に謝ったカーチス。あの時に見せた彼の顔は、今の彼の表情と同じだ。

 そう、この世界が命がけの世界だと、俺が理解したあの時の顔だ。

「カーチス、わかったよ。術技には頼らない。いや、術技だけじゃないな。俺たちは冒険者の仕事も経験してきたけど、スクトゥム大森林での剛獣対策は初めてだ。森の奥に行くのもね。だから何もかも初めてのつもりで挑むよ。」

 俺がカーチスに考えを伝えると、彼は表情を緩めた。緩めたが、どこかに寂しさを感じさせる表情だ。

「お前はやっぱり、できすぎだ。」

 両手を広げて肩をすくめると、カーチスは俺を見て笑う。

 意味が分からず彼の様子を見たがそれ以上の言葉はなく、ジョセフさんに目を向けても彼も似たような表情で頷くだけだった。そして、

「ギル、私たちは要求された資機材の準備を進めておきます。調査の準備を進めてください。まずは計画書の再提出ですね。今日中にお願いします。時間はありませんよ。」

穏やかな声で問いかける機会を止められて、俺は彼らの部屋から退出させられてしまった。


 俺は計画書を書き直して提出し、それはすぐに受理された。

 そして森林全体の調査計画の把握やチームの準備を進めているうちに数日が過ぎ、森林調査の当日となった。


 森と村とを隔てる城壁の門の内側に、朝一番で集まった俺たちは調査の指揮を執るカーチスたちを待っていた。周りには村の兵士たちや、冒険者らの姿もある。

 調査に参加するのは総勢で42人と聞いた。

「ギルバート様、今日はよろしくお願いします。」

「おはようホルトさん。こちらこそ道案内をよろしく頼みます。」

「ははは。ギルバート様は相変わらず丁寧ですな。しかし、剛獣の相手はお任せしますよ。」

 兵士が1人近付いて挨拶をしてきて、俺はいつものように返した。

 幼少時から聞きなれた屈託のない笑いが懐かしく、俺は彼を学生チームに紹介する。

「みんな聞いてくれ。彼はホルトさん。俺たちが子供の頃は試合相手もしてくれていた頼りになる人だ。普段は狩人をやっていて、今日からはニールのチームに加わって森の案内をしてくれる。」

 村の兵士と言っても彼らは中等学校の兵役過程を経験しただけの一般人なので、多少は武器を扱えるが戦闘能力では俺たちには及ばない。しかし、ホルトさんをはじめとした一部の兵士たちは普段から木材を伐採する木こりたちの護衛や狩りをしていて森には詳しい。

「そうか、俺たちの案内はホルトさんか。食える獲物がいたら楽しみだな。」

「ホルトさん、よろしくお願いします。」

「おぅ、ニール坊ちゃんも隊長に似て大きくなったな。ミックは相変わらずだが、勝手に突っ走るんじゃないぞ。」

「う。それはもうやらねぇよ。ガキの頃の話をばらすなよ。」

 顔見知りのミックとニールはすぐに話しかけて場を和ませ、ホルトさんはチームの一人一人に挨拶をして回る。

 それから俺たちは森の地図を広げて、ホルトさんと調査の段取りを話し合った。


 しばらくして。タイヤが石畳を嚙む音が聞こえて、3台の車両がやってくる。

 カーチスの律奏騎兵小隊が保有する指揮車両と支援車両。そして軍務学校が保有する大型のカーゴだ。

「隊長が来たぞ。全員整列!」

 俺が声をかけると、全員がさっと動いて3つのチームごとに列となる。

 冒険者たちは各チームごとにはまとまっていて、雑談をしながら車両の到着を待っている。

 ちらりと時計を見ると、ちょうど定刻30秒前。

 すぐに車が止まり、カーチスとジョセフさんが俺たちの前に立った。

「ざっと見たところ全員揃っているようだな。調査部隊の諸君、おはよう。今回のスクトゥム森林調査の指揮を務めるカーチス・ウィリアム・モリヤだ。俺は堅苦しいのは嫌いだが、手抜きはもっと嫌いだ。細かいことはこのジョセフが説明するから、きっちり頼むぜ。それと、部下が死ぬのは大嫌いだ。だから死なねぇようにやれ。俺からは以上だ。」

 短く挨拶をすると、あとは任せた、とジョセフさんに交代するカーチス。

 軍人らしくない言い分だが、冒険者たちの受けは悪くないようだ。気楽な隊長で運が良い、などの好意的な声が聞こえた。

(混成の部隊では、カーチスみたいなやり方の方がいいのかもしれないな。)

 そんなことを考えながら、ジョセフさんの説明を聞く。

 作戦の概要はこうだ。

 指揮車両と支援車両は調査における指揮所と情報共有の要だ。律奏騎兵小隊の隊員たちはここに待機し、必要があれば高機動車という二輪車を使って各チームへのサポートも行う。

 大型のカーゴは物資の保管のほか、支援学科の教師であるヴィネット・ロザモンド先生が責任者となって負傷者の救護活動を行う救護所としても運用される。

 これらの車両を拠点として森の入り口に配し、北東の領域を学生チームが、南東の領域を冒険者チームが調査する。調査に当たっては事前情報の確認に徹し、異常があった際には記録して拠点へ帰還する。

 つまり、今日は以前の調査や過去の資料との違いを洗い出すのが目的だということだ。

「特に、糸脈活性点付近はすでに変異した剛獣が縄張りとしていると予想されます。不要な刺激は避けながら変異体の種別と数の確認のみを行い、こちらから戦闘を仕掛ける行為は厳に慎むように。冒険者諸君はわかるだろうが、我々の脅威を教えることは剛獣狩りでの成果を落とす。偵察だということを常に意識してください。」

 ジョセフさんが説明を締めくくると、各チームに分かれて打ち合わせをしてそれぞれの担当範囲についてすり合わせをした。

 俺たちが担当する範囲にも糸脈活性点が一箇所存在する。そこはモーランダル渓谷という谷の近くにあって、小さな池が目印だ。平時であれば村人も入る場合があるのだが、今は剛獣の棲み処となっていると考えて警戒していく必要があるだろう。

 万が一を考えると余裕があるうちに危険な場所を済ませたい。そう考えた俺たちは糸脈活性点を最優先で調べ、余力で他の地域を調査することにした。

 そんなことを仲間たちと話し合い、やがて出発の時刻となった。

 いよいよ、調査開始だ。


 門を出て500メートルほどで森との境だが、調査の入り口となるのはそこからさらに700メートルほど進んだ場所にある空き地だ。

 枝葉の隙間から日の光が差し込む明るい森の中の道は歩きやすく、普段から人が立ち入っているのだとわかる。

「ホルトさん、この辺りは安全なんですよね。」

 俺が尋ねるとホルトさんは、

「えぇ、この辺りは剛獣災害の間近でもない限り、普通の獣しか出てきません。私らにとっては庭みたいなもんですし、これだけ大人数なら危険はありませんよ。そうだあの木。あれは枝の張り方に特徴があって森の中で迷ったときに役に立ちます。それから~」

すらすらと返答をして、森の木々や草花、動物についてと話が続く。

 そんな風に雑談をしながら、俺たちは奥へと進んだ。

 空き地に到着して拠点を構えると、各チームに分かれての調査開始だ。

「それでは学生諸君、気を付けて。」

「上手くやれよ。」

 ジョセフさんとカーチスに見送られて、俺たちは森の奥へと踏み入った。


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