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事件の結末

「なんで俺たちが謹慎処分になるんだよ。」

 踊る子鹿亭のテーブルでミックが愚痴を漏らすと、居並ぶ同期生のほとんどが同意した。

 気持ちはわかるが仕方のないこととも思えて、俺は立場と友情に挟まれる居心地の悪さを感じながら、シチューをつけたパンを噛み締めた。

 結婚式の夜に、俺たちは酒場と広場の周りで捕まえた男たちを父さんに引き渡した。父さんは俺たちの報告を聞くと呆れた顔になってから、部下を呼んで男たちを留置所に収監し、2人の貴族は館で「丁重な」おもてなしをすることになった。

 それらの取り調べが済んでから、俺たちは父さんたちにこっぴどく叱られた。

 結果として諸々の行事の後に1日の謹慎処分を受けたのだが、実際のところこうして俺まで踊る小鹿亭で一緒に食事をしている。

 要は、規律の問題があるから懲罰の体を装ったが、その内実は事件を防いだご褒美として気ままな時間を与えられたというところだ。

 しかし、ミックは罰を受けたことが気になるようだ。

「僕らが独断専行したのは確かだから、仕方ないよ。あいつらが無罪放免って言うのは納得いかないけど。」

 普段から温厚なニールも、あいつらの処遇については不満のようだ。そしてそれは、今店の中にいる3学年の生徒たち全員の感想らしい。

「そうですよ。悪さをした子は叱られるんですよ。必賞必罰ですよ。」

 アルテが声を上げると、周りの面々も頷いた。

(君のこともあるから目立った事態にならないように、公爵からも一言あったんだけどな。)

 本人は自覚が怪しい様子だが、アルテの持つ精霊の加護は掛け値なしに強力な代物だ。ザンダルガム侯爵が彼女を手元に置いて学校に通えるよう手厚く支援をしているのもそれが理由。

 なので、俺はアルテの言葉に内心で文句をつけた。

「ギル?そうは思いませんか?」

 見事なタイミングで俺に話を振るアルテ。

 苦々しい気分が顔に出るのを抑えられず、俺は連帯責任だとまとめて謹慎となった同期の面々に向けて口を開いた。

「あのな。独断専行は事実だろ。それを放っておいたら軍規は成り立たないんだ。だいたい、アルテはなんだよ。俺が突入はダメだって止めたのに、ヒューイを焚きつけやがって。ヒューイだってそうだぞ。お前が突っ込まなかったらあいつらは黙って引き下がっていたはずだ。」

 顔に出た気分はそのまま口にも出た。

「なんだよ。ギルはあいつらが逃げてもよかったって言うのか!?ふざけんなよ!」

 ミックが語気を荒げて食ってかかってきて、俺は売り言葉に買い言葉で言い返す。

「証人と証拠は押さえてあったんだぞ。逃げられても相手を突き止めることはできた。ミックはそんなこともわからないのか!」

「わかってねえのはギルだろ!頭を叩き潰さなきゃまたやられるんだぞ!」

「私たちが手を貸したのは、ギルがお願いしたからなんですよ。独断専行だってギルが決めたことですよ?」

「あの場では突入が最適だったよ。証拠が無いってギル自身が言っていた。確実な証拠を掴むならあいつらを逃すのはおかしい。」

 ミックだけでなくアルテやヒューイまで加わってきて、それを皮切りに俺たちに巻き込まれた他の面々も容赦なくものを言い出して大騒ぎになってしまった。

「賑やかにやってるな。謹慎の意味、わかってるか?」

 入り口から聞こえた声にみんなが我にかえると、そこに立っていたのはカーチスとジョセフさんだ。扉が開いたことすら気づいていなかった俺は、思わず顔を下に向けた。

「外まで聞こえていたぜ。確かこの事件、内密に済ませるはずだったな、ギル。」

「あ…ごめん、カーチス。」

 動揺していつものつもりで謝った俺は

 ガン!

 突然落とされた衝撃に頭を抱えてよろめいた。かなり本気の一撃だ。

「そこは『申し訳ありません。』だろ。作戦の責任の話だったら、隊長らしくしろ。失敗の言い訳もするな。」

「…申し訳ありませんでした。モリヤ少尉殿。」

 ゲンコツを食らった頭を押さえながら言い直すと、カーチスは渋面になりながらも頷く。

「おう、それが正解だ。よくわかったな学生くん。」

 頷きながらも皮肉が返ってくる理由は簡単で、彼はモリヤという家名や階級で呼ばれることを嫌う。しかし、この場では謝罪の相手を明確にするのが「正解」で、カーチス自身が言った通り作戦の話なのだから、カーチスとしては少尉殿と呼ばれても文句はつけられない。

 多分、カーチスといつも通りに呼んでいたらもう一発もらっていた。

 それで皮肉を言われるのは納得いかないが、こう言う流れを作ってしまったのは俺だ。素直に受けておくのが落としどころだろう。

 そう思って不満を飲み込んで店の中を見ると、同期の仲間たちが同情の目で俺を見ている。

「ギル、大丈夫ですか?すっごい音でしたよ?」

 アルテが心底心配そうな様子で聞いてきた。気のせいか店内がさっきよりも暗く沈んでいるように見える。

「これくらいは大丈夫だ。心配ないよ。みんな、すまなかった。確かに俺の判断が悪かった。それなのにみんなを巻き込んだ挙句、言い合いまでしてしまって申し訳ない。」

 アルテに一言伝えてから、俺は同期の面々の目を見てから頭を下げる。

「いや、もういいよ。わりぃなギル。俺も熱くなりすぎた。事情も知らないのに文句を言っても無駄だよな。」

 ミックが俺に謝ると、罵り合っていた面々は一言添えて頭を下げる。

「ギル、俺は床にへたり込ませるつもりでぶん殴ったんだが、頑丈になったな。こちらの拳が重傷だ。」

 それを見たカーチスがへらへらと笑って手を振ると、店の中がサッと爽やかになって、みんなも表情を緩めた。

 それから、

「学生諸君には説明が足りていなかったようだが、事件が内密になったのは事情がある。軍では何もかも説明があるわけじゃねぇが、今回については説明をさせてもらう。コイツがな。」

カーチスはここに来た理由を告げてから、隣に立っていたジョセフさんを親指で示した。

「やはりそれで呼び出したのですね、小隊長殿。」

「いつもの復唱はどうした、副隊長。」

「正規の命令文ではありませんでしたよ。」

「ケッ、お前のそう言うところは大嫌いだよ。」

 2人はやり取りが済んでから店の奥まで行って立ち、ジョセフさんが一歩前に出た。

「状況説明を命ぜられたジョセフ・レンドルフ軍曹です。今回のカーチス・ウィリアム・モリヤ氏とフレデリカ・レンドルフ子爵嬢結婚式襲撃未遂事件について説明します。」

 穏やかな低い声で前置きをすると、彼は話し始めた。


 要点をまとめると、今回の事件はフレデリカさんに思いを寄せていた貴族の子息らが、相手がカーチスだと知って妬みをこじらせた挙句に例の貴族に唆され、実行に及んだそうだ。

 彼らについては厳重に注意した上で、レンドルフ子爵家をはじめとした関係者からの貸しとして内密に済ませることを決定して各々の家にも通達した。

 問題は酒場にいた貴族たちだ。

 あの2人については、何のためにこの事件を起こそうとしたのかは明確にならなかった。スクトゥムやシディンに対する害意は明白でも公にした場合に外交上の問題となるため、最後はこちらの貸しを押し付ける形で事件への関与はなかったこととしたらしい。

「外交上の」だ。

 アウスタル都市国家連合は複数の都市国家からなる連合で、それぞれの国は協力関係にある。しかし、やはり各国の利害や遺恨による対立はあって、一枚岩ではない。一枚岩どころか、いつ崩れてもおかしくない積み木のようなものだ。

 ジョセフさんははっきり言わなかったが、例の2人は他国の貴族なのだろう。

 彼らをシディンの法で裁くことは難しく、また、事件への関与を追及した場合は国家間の問題になりかねない。平民出身の軍人であるカーチスと子爵令嬢であるフレデリカさんの結婚式ということで2人の関係に不満を持つ者がいる中それを火種として国際問題が生じたとなれば、彼らの立場も危うくなる。

 理由の正当性はどうあれ、そういう口実があれば突いてくるのが政治というものだ。

 今回の事件程度の嫌がらせはしばしばあるものであって、それを一つ一つ問題にしていれば逆にこちらが不利になる場合もある。

 そしてジョセフさんが言うには、シディンの守護騎士クレストスのお膝元にザンダルガム公爵も来訪している中での問題となれば、父さんやスクトゥム村も無関係ではいられない。そういう騒ぎになる公算が高い。

 あの2人はそこまで計算した上で今回の事件を起こしたということだ。

 父さんやカーチスたちは結論付けたと説明して、ジョセフさんは話を区切った。

 それから、俺たちを見回して、

「彼らがどこの誰なのかは不明で、そもそも今回の事件への関与はありません。そういう扱いとすると決定されました。皆さんには不満もあるでしょうが、政治的な判断によるものなので理解しなさい。」

と締めくくった。

「了解しました。」

 俺が率先して返事をすると、他の面々もそれに準じる。

「ちくしょう、悔しいぜ。でも、カーチスやジョセフさんが言うなら仕方ねぇ。」

 ミックが拳を握って呟く。兄弟子と師匠であり、結婚式の新郎と新婦の兄。立場としては文句の言いようがない2人からの説明には、感情的になっていたミックも納得する他はないようだ。

「僕らの村で勝手なことをしたんだから、一発くらい殴ってやったって良かった。」

 珍しく怒りを滲ませるニールの言葉に周りの同期たちも賛同の声をかけるが、

「あら、ニール様。あのお二方にはわたくしがたっぷり痛い思いをさせて差し上げましたのですから、そのような怖いことはおっしゃらないでくださいまし。」

 スミカがにこにこと諭したので、全員が彼女の顔を見て押し黙る。

 村に来てからの特訓で何度も模擬戦はやっていて、彼女の技の恐ろしさは全員が身をもって知っている。その彼女が「たっぷり痛い」と言うのは、正に声も上げられないほどに痛いのだ。

「スミカがそう言うなら、勘弁してあげてもいいかな。言い過ぎたよ。」

 腰が引けた声でニールが自分の発言を取り下げると、

「ええ、その方がニール様らしいですの。」

スミカが満足げに微笑むと店内に同情を含んだ笑いが起きた。どうやら学友たちの気分もいくらかは晴れたようだ。

「全員納得したな。なら俺たちからの話は終わりだ。今日休んだ分明日からは厳しく鍛えてやるから、食うもの食ってしっかり休んでおけよ。じゃあな。」

 カーチスが笑って手を振り、ジョセフさんが挨拶して2人は店を出ていく。

「今までよりもきついなんて、勘弁してくださいよ。」

「事件のせいで藪蛇だ。」

 2人の背中に誰かが愚痴って俺たちは声をあげて笑い、やっと気が楽になってアンナおばさんに声をかけた。

 しばらくして飲み物と食事が運ばれてくると、俺たちは、事件のことで意見をぶつけ合ったからだろうか、前よりも話しやすい雰囲気になって、楽しい時間を過ごすことができた。


「ギル、ミック、ニール、3人に話があります。他の学生諸君は先に行きなさい。」

 翌日、今までより多めの鍛錬を終えた俺たちは帰ろうとした矢先にジョセフさんに呼び止められ、足を止めた。

「ジョセフさん、何だい?俺はもう腹ペコなんだぜ。」

 ミックが憎まれ口をたたく。最近は小隊の面々とこなす訓練にも慣れて、ミックも昔からのように軽口を言えるくらいに余裕がある。ジョセフさんも彼の性格が昔からわかっているので気にする様子はない。

 何も言わずに俺たちに歩み寄ると、声を小さくして話を続けた。

「明日の朝、2時間早く起きてあの庭に来なさい。そこで伝えることがあります。」

 それだけ言うと、ジョセフさんはさっと踵を返して小隊の面々のところへ行ってしまった。

「2時間?まだ暗いじゃないか。ろくに眠れないぜ。いったいなんだよ。」

「ジョセフさんがああ言うときは、大事な用だよ。」

 ミックとニールが言い合う声を聞きながら、俺はジョセフさんの意図を考えていた。

「ジョセフさん、『あの庭』って言ったよな。」

「俺たちの仲であの庭って言ったら、館の庭だろ。いつも鍛錬していた。まさか!」

「あぁ、どうやら俺たちには、もっと厳しい鍛錬が用意されているみたいだぞ。」

「あちゃぁ。だけどジョセフさんが教えてくれるなら、間違いなく強くなれる。やるしかねぇな。」

「ギルの言うとおり、それ以外にあの庭に呼ぶ理由ってないよね。僕、ついていけるかな。」

 2人とも俺と同じ結論になったようだ。ニールが不安げに呟くが、ミックが彼の肩を叩いた。

「ニール、お前はもっと自信を持てよ。今までだって3人でやってきただろ。」

 幼馴染の励ましを受け大きな体を縮めたニールに、ミックがさらに声をかける。

「ほら、顔を上げて背筋を伸ばそうぜ。あのジョセフさんだぜ。大丈夫さ。」

「ニール、この中で一番力があるのはお前だろ。それに、ジョセフさんが何を教えてくれるのか楽しみにした方が気楽だぞ。」

 俺もミックと調子を合わせると、気弱な巨漢はようやく頷いた。

「そうだね。うん、2人が一緒ならがんばるよ。」

「よし、決まりだ。今日は早く寝るぞ。っておいニール、もうみんなあんなところだ。ギル、俺たちはこれで行くぜ。明日は寝坊するなよ。」

 学友たちが踊る小鹿亭へ向かって離れていたことに気付いたミックは、ニールを伴って駆け足で去っていく。

 彼らを見送ってから館へ足を向けると、少し歩いた建物の近くでアルテが待っていた。

「待ちくたびれましたよ。何の話だったんですか?」

 俺が近付くと口をへの字にしてから話しかけてきたが、目は笑っている。俺を待っていてくれて、少しばかり退屈したようだ。

「ジョセフさんが明日から俺たちを鍛えてくれるらしいよ。朝の暗いうちからな。アルテも見にくるかい?」

 俺がざっくりと話すと、アルテは眉間にしわを寄せて首を横に振った。明るいブロンドの髪が激しく揺れる。

「冗談じゃありませんよ。今でも我慢しているのに、これ以上睡眠を削るなんて、絶対嫌ですよ。」

「だろうな。」

 予想通りの反応に思わず笑うと、アルテは頬を膨らませてそっぽを向いた。

「多分、ジョセフさんは流派の技を教えてくれるんだと思う。秘密のものだろうら、アルテが見たいって言っても見せてもらえないよ。」

「それはそれで気にはなりますけれど…やっぱりベッドが優先ですよ。」

「だったら大きい音を立てても眠っていそうだな。安心した。」

 俺が笑うとアルテはむっとした表情でこちらを睨み、

「そんなに大きい音を立てるなら許しませんよ。安眠妨害は重罪ですよ。」

などと騒ぎ立てる。

 そのまま適当に会話をしながら、俺は明日の朝を楽しみに館へと急いだ。

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