お披露目にて
「素敵!」
聖堂から現れた花嫁の姿を見て感嘆の声を上げたのはオリエだ。その近くにいる女子学生たちもそれぞれに花嫁の美しさを讃えている。
白い絹のドレスに身を包んだ花嫁は、同じく白い礼服を着たカーチスに手を引かれて聖堂の入り口から杖の広場へと向かってくる。
「カーチスもああやっていると立派に見えるぜ。」
ミックが軽口を叩くと、小隊の面々からも笑いが起こる。普段の彼は軽薄な印象が強く、彼自身も俺たちにそう思わせようとしている。それは律奏騎兵小隊の面々に対しても同じなのだが、隊員には彼のそういう部分を好んでいる様子が伺えた。
そして広場の入り口でカーチスとフレデリカさんが紹介され、2人が挨拶をすると、集まっていた群衆から祝福の声が上がる。
「村の皆さんからは好かれているようですね。」
「あいつのことだから、また何かしでかしていないかと思っていたんだがな。」
そう呟いたのはサイモンさんとロルフさんだ。
銀砂亭の店員と俺たちが暮らす寮の寮監という立場の2人だが、軍務学校時代のカーチスとジョセフさんの同期生でもあって、その伝手で俺は色々と助けてもらったりもした。
「いや、色々としでかしてたぜ。でもさ、カーチスって義理堅いんだよな。剛獣狩りの後も何度も村に来て、森の様子を調べたりしていたんだ。村の連中はそういう仕事に感謝してる。」
「そのくせいつもはあの調子だから、変に気張らなくて済むんだよね。」
ミックとニールがロルフさんの疑問に答えると、
「そうか。あいつはスクトゥムに用があるから顔を出すとしか言わなかったからな。」
堅苦しいと評判の寮監はそう言って微笑んだ。
カーチスと彼が率いる律奏騎兵小隊は10年前の剛獣狩りで活躍し、カーチスが駆る律奏騎兵アルクストゥルスが戦う姿を見た者も多い。そして、その後も事ある度にこの村を訪れて小規模な剛獣対策を行っていた。
カーチスは理由を話そうとしなかったが、剛獣狩りのときに自分のミスのために父さんが負傷したことが、ずっと引っかかっているみたいだ。
彼のそういうところは村人たちも気付いているらしい。
だから、この結婚式に対して村人たちは、しっかりと祝ってやらないとと言って喜んでいた。
それが彼らがこの村でしてきたことの証なのだと、俺は誇らしく思った。
「あいつはお偉いさんから煙たがられるのが大の得意のはずだが、ここでは違うらしいな。安心したよ。」
俺の隣でロルフさんがほっとした様子で話す。
「父さんは気に入っているみたいです。自分とは違うから面白いって言っていました。それに、軍人らしくないところが良いって。」
この村でお偉いさんと言われれば、まずは俺の父さんだろう。だからカーチスについて家族で話をしていた時のことを俺が伝えると、ロルフさんは優しげに眉を下げて微笑んだ。
「そうか。それでこの村か。」
感慨深げに呟くロルフさんは何かを納得したように頷くと、
「あいつは軍人になりたくなかった。軍務学校ではいつも『軍なんて関わりたくもねぇ。』と言っていたよ。それなのに才能には恵まれていて不満を抱えていたからな。何かにつけて周りに突っかかっていて、そのせいで上から睨まれていた。」
懐かしそうな様子で話しながら広場を眺めた。
「それが変わってきたのは、10年前くらいからだ。たまに会った時には必ずこの村の話をしていたからな。相当に気に入っているとは思っていたよ。どうやら、あいつにとってこの村は落ち着ける場所のようだ。」
そう言ってロルフさんが話を区切る。
俺は意外に思って広場の中央を歩く新郎新婦を見直した。
カーチスはよく仕事の愚痴を言っていたが、普段から軽口ばかり言いつつやるべき仕事は進んでやっていたので、それほどの不満を抱えているとは思えなかった。
「カーチスがそんな風に思ってくれているなんて知りませんでした。」
少し照れくささもあって嬉しいとは口に出せなかった。だけど、俺はいつかカーチスがこの村に来てくれたらいいなと、ふと、俺が乗ったクレストスとアルクストゥルスが肩を並べて戦う姿を想像する。
悪くない。
「きっと村のみんなも喜びます。」
ロルフさんにそう答えてからしばらく、俺たちは黙って広場を歩く2人の姿を見つめていた。
そして、新郎新婦のゆっくりとした2人の歩みが広場の中央に近づいた頃に、
「ギル、あっちならもっと近くで見られそうですよ。行きますよ。」
アルテが俺の袖を引っ張った。
「おぉ、色男、行ってきな。だが問題は起こすなよ。」
ロルフさんが俺たち2人を茶化すと、サイモンさんも意味ありげな笑みを浮かべ、
「またのご来店をお待ちしておりますよ。」
と付け加える。
「やめてくださいよ。そういうのじゃないって話したじゃないですか。」
俺が否定しながらその場を離れようとすると、周りから囃し立てる声と、突き刺さるような視線。そちらを見ればオリエが俺たちの方を半眼で睨みつけている。ミックとニールが俺の動きから察した様子で手を上げていて、セシリィとグウェンも諫める側に回ってくれているようだが、俺を見る目が真冬の湖のように冷たい。
「あれは1学年のオリアーナだな。モテる男はつらいな、ギルバート君。」
俺はロルフさんの言葉を否定しようとしたが、有無も言わせず俺を引っ張っていくアルテに広場の隅の方へと連れて行かれ、それから新郎新婦が向かう予定になっている出口へと向かった。
そして、呼び出された理由について確かめる。
「アルテ、例の奴らか。」
「そうですよ。」
その一言に、俺はそれまでの和やかな気持ちが吹っ飛んでしまった。
「あまり時間はありませんから、急ぎますよ。こっち。」
式典服の走りにくい靴でかつかつと足早に歩くアルテ。
アルテは精霊の加護によって周囲の生物の感情を知ることができる。その彼女が俺を呼びだしたのだから、例の連中が害意を持っていることは明らかだ。
俺も激しい動きに使える服装ではないが、貴族の一員として儀礼用の帯剣をしているのだから、いざとなったら俺が前に出る必要があるだろう。
「アルテ、お披露目の場を壊したくないんだが、荒事になったら奴らのことをどれだけ隠せる?」
「みんなにお願いしてありますけど、物音から気を逸らすくらいですよ。」
つまり、戦っているところを見られたり剣戟の音が続いたりすれば、観衆を誤魔化すことはできないということか。素早く片をつける必要があるが、それでもずいぶんやりやすい。
「そうか、わかった。すまない。助かる。」
アルテとしては普段から使わないようにしている、そして後援者であるザンダルガム公爵からもそう指示されている能力を使うことには抵抗があるはずだ。
それを含めて謝ると一瞬だけ冷めた顔を見せた彼女は、
「私、お祭りって大好きなんですよ。楽しいところに水をかけるような人は大嫌い。だからお仕置きしちゃいますよ。」
気持ちを切り替えるように笑った。
「あぁ、きっちりと仕留めてやろうな。」
アルテの意図はわかった。結局はアルテ自身の意志で力を使っているんだ。俺が気兼ねする必要はない。
そういう事なんだろう。
だから俺も気持ちを切り替え、今できること、やるべきことに集中した。
スクトゥム村の中には村とは言えないほどに多くの建物があるが、森との境にある城壁を越えて剛獣が侵入した場合の被害と避難の兼ね合いから、他の町で見られるような石材を多く使った建物は少ない。加えてスクトゥム森林は良質の木材の産地である。
そう言う事情から村の中は木造建築がほとんどで、杖の広場から少し離れた2階建ての酒場も、この村ではそういうありふれた建物の一つだ。
何度か改装された跡が伺える古い木造の2階には個室があって、部屋の窓からは道の曲がり加減と建物の高さの関係でちょうどよく杖の広場を見下ろすことができる。
その窓から値の張りそうな式典服を着た男が2人、広場の真ん中を歩くカーチスとフレデリカの姿を眺めている。部屋の扉の脇には屈強そうな男が2人控えているが、彼らは実用的な装備を身に着けており、式典服の2人が躱す言葉に関心を寄せる様子すらない。
彼らは歳の頃は30前後だろうか。互いの顔を見合わせてにやりとほくそ笑むと、ワインのグラスを手に取って話し始めた。
「そろそろ予定の時間だな。彼らが役に立ってくれる。」
「ザンダルガム公爵も来ている最中の結婚式ともなれば、何かあれば守護騎士殿も慌てる羽目になるだろう。煌剣折りの悪名には感謝せねば。」
「事が起これば、この村をより栄えさせたいと言う者たちに材料を与えてやらないとならない。手筈はどうだ?」
「彼らはこの通りの特等席を用意してくれたよ。礼の準備は万全だ。」
「そうか。それは素晴らしい。素早く噂を広めてくれるだろう。」
「古今東西、嫉妬に狂った男ほど操りやすいものはないからな。さて、我々は高みの見物と洒落込もうではないか。」
話を終えると、2人は互いのグラスを掲げて、
「守護騎士殿に幸運があらんことを。」
嘲るように笑いながら唱和し、グラスを傾けた。
「そのような理由でございますの?」
広場を囲む建物の裏手。
そこで見つけて組み伏せた男に事情を尋ねましたら、あまりにくだらない理由であられましたから、つい、念には念を押して聴き直してしまいましたの。
「うるせぇ。お前みたいなガキに何がわかる。」
「わたくしに2人がかりで手玉に取られるくらいなのですから、フレデリカ様の気持ちを引くことも碌にしていなかったのではございませんの?」
「ぐっ…。」
「あなた様のような意気地のない方々に遠くから眺められてばかりでは、フレデリカ様もさぞ心細かったこととご察し申し上げますの。挙句の果てに相手が気に入らないからとこのような…子供じみた悪戯まで…。」
行商人を装った服装と背負い鞄。彼らが取り出そうとしていた中身は、火薬を使った簡単な小道具。
「これは証拠として押収いたしますの。それから、皆様の身の証も預からせていただきますわ。」
偽装のための服の襟を引けば、下には軽装型の奏力服。少々値は張るものの普段着の下にも着込める、膂力を増す法術を仕込まれた品物ではございますの。
けれども不意をついて組み伏せてしまったので、面倒が少なくて助かりましたの。
歯軋りをなさっていらしてもこの方の仲間は気を失わせてしまいましたから、あとはギルバート様に引き渡すだけでございますわね。
「細かいことは後ほど取り調べいたしますから、大人しくなさっていただけると嬉しゅう存じますの。」
逃がすつもりはないと告げてから、小道具が入った鞄に手を伸ばそうとした途端、男の身体に煌糸の色が走りましたの。
「ふざけるな!」
どうやら少しは腕に覚えがあるのでしょう。奏力服を起動させた男は腕を押さえるわたくしの手を掴み返し、力任せに引き倒そうとなさいました。
「こんな所でくだらん汚名をぶぁっ!」
「無駄でございますの。」
引き倒す力に逆らわず向きを変え、うつ伏せに倒れていた相手にお返しすると、彼は奏力服で増された力のままに大きく跳ね上がって一回転。
胸からうつ伏せに石畳の上に落ちるのは、服が衝撃を緩和したとしても、さぞかし堪えますでしょうに。
「わざわざ痛い思いをなさって、お可哀想に存じますの。それとも、そのようなご趣味があられまして?」
衝撃で息が止まっているのは承知の上で、喘ぐこともできませんよう肩を極めて動きを制すると、男は力任せに振り解こうとなさいましたが、やがて諦めてしまわれましたの。
「力では、技には及びませんの。お分かりいただけました?」
わたくしが問いかけてもお答えはいただけず、代わりに、ふっとそのお身体から煌糸の色が薄れましたの。
「あら、気を失われてしまわれたのですね。この様なところではお風邪を召しますのに、わたくしでは運ぶに難儀でございますの。どなたか助けていただけたら嬉しゅうございますのに。」
途方に暮れて呟くと、先ほどからこちらを伺っていらっしゃった方が物陰から見知った姿を見せましたの。
「僕がいることは気付いていただろ。スミカ、君、意外と性格が悪いんだね。」
「あら、ライトベル様でございますか?その様な物陰にいらしたら、普通は気付きませんの。わたくし、とても驚いてしまいましたの。」
「あぁ、はいはい。普通は、ね。そういう設定なんだね。」
建物の陰から姿を表したのは、ヒュアード・ライトベル様でございましたの。
見事に気配を隠していらしたので読めなさすぎて見当がついておりましたけれど、ここまでの技をお持ちとは存じておりませんでしたの。
「驚いたのは本当でございますの。」
笑顔で事実を伝えましたけれど、小柄なライトベル様は面白くなさそうに男たちを見下ろしていらっしゃいます。
「奏力服込みの大の男が2人じゃ、僕がいてもどうしようもないよ。彼らには風邪をひいてもらうことにしよう。」
そう言うが早いか、ライトベル様は男たちの装備を素早く取り外し、荷物をまとめ、彼らが偽装に使っていた服を使って手足を拘束してしまわれましたの。
「あちらの皆様も、そのように?」
「うん。目立たない様に隠してきた。」
普段と変わらぬご様子で答えていらっしゃいますが、ライトベル様が向かわれた先にも2人いたはずですの。この方も貴族の義務と特権として軍務学校に入学なさった、箔付け目的の学生たちとは桁が違っていらっしゃいますわ。
実力は訓練でも伺えましたが、実戦でも兵士としての訓練をした大人2人を無力化できるとなれば、侮ることはできないとはっきりいたしましたの。
「見事な手際ですわ。ライトベル様が見かけられた不審者は、これで全員でございますの?」
「うん。荷物を分けるために集まっていたのは5人だからあと1人いるはずだ。だけど、その1人はこいつらとは少し服装が違っていたんだよ。ギルに報告をして、こいつらを捕らえてもらうのがいいかな。」
ライトベル様はわたくしの意見を確かめるように問いかけてこられました。ですが、
「そのようになさるのがよろしいかと存じますの。それから…いいえ、ギルバート様も動いておられますから、わたくしたちも参りますの。」
広場の端を通るギルバート様とアルテ様の気配を察し、わたくしはライトベル様の返事を待たずに気配の先へと足を向けましたの。
「ギルが?わかった。」
ライトベル様はそれだけでわたくしを追い抜いて広場に出ていかれましたの。あの方でしたらすぐにギルバート様たちを見つけて、自分なりの行動をなさると存じますの。
わたくしもその様にすることにいたしましょう。
そうしてわたくしとライトベル様は、それぞれに分かれて広場から少し離れた酒場へと向かいましたの。
少し書き溜めができましたので、1カ月程度の間、週2回(水・日)投稿します。




