兄弟子の結婚式
そんな毎日が毎週続いて、気が付けば6月末の晴れた日。
俺たちはスクトゥム村に2つある大きな広場の1つ、杖の広場に集まっていた。
「いまだに信じられねぇんだけど、カーチスの結婚式なんだよな。」
「うん。あのカーチスさんだから、実感が無いよね。」
ミックとニールが感慨深く呟いて、広場の向かいにある聖堂を見る。
これからささやかな式が執り行われるその聖堂は小さいながらも歴史の重みを感じさせる風格があり、それは長い間丹念に手入れをされ続けてきたことから生まれてくるものだと俺たちはよく知っていた。
ラテニアで信仰されている神は様々だが、大きな勢力を持つ宗教として祀られている神は多くはない。
この世界の神々は、直樹の記憶にあるような神々とは異なり、法術という形で信じる者たちに直接的な恩恵を与え、その恩恵は法術を行使する者が普段からどれだけ信仰として定められた教えを守っているかによって異なる。
それゆえに、唯一の神の教えを掲げていてもなんらかの形で他の神々や精霊といった超常的な存在との折り合いをつけなければならないし、多くの宗教で掲げる「救済」の理念に反した行動は、それを行った者から神の恩恵を失わせることになる。
かつては己の神のみが唯一と主張して他の信仰を踏み躙った為政者もいた。彼らは他の神を信じる者たちを人ではないと断じることで信仰との矛盾を抑え込もうとしたが、語盤が通じるものは人族であるというこの世界の仕組みがそれを否定した。
そういう訳で、この世界では宗教というものが持つ権力は自然と抑制されている。
神の存在を疑う余地が無く、その力によって信仰が目に見える形で確かめられるから、神の恩寵に人の都合を混ぜ込む余地が小さいのだ。
スクトゥム村の聖堂も、ラテニアでは大きな勢力を持つ宗教であるマハル教に属してはいるが教えは穏便で、村のコミュニティと神殿が執り行う社会的な活動を支えるための役所的な機能の方が重要だ。
そうした機能の一つが結婚の承認で、これはアウスタル都市国家連合やその起源となった諸国では、昔からの慣わしとなっている。
「そうだな。しかも相手がジョセフさんの妹さんだなんて、未だに信じられないよ。」
これから式が執り行われる聖堂について考えを巡らせてから、俺は2人の幼馴染に賛成した。
「ギルもそう思うよな。」
「カーチスさんだもんね。」
カーチスは宗教にも法術にも、社会のしきたりと言った色々な決まり事に対しても何か思うところがあるらしく、普段から不満を口にすることも多い。そのカーチスがスクトゥムの聖堂で式を挙げるという決断をしたのはどういうことかと考えながらも、結婚は喜ばしいことなのだからと俺は彼らの出番を待った。
「小隊長はそう言われるほど無節操ではありませんよ。」
「学生時代も、本気の相手には奥手でしたね。軽薄に見えないように頑張っていました。」
「サイモンさん、今も変わりありませんよ。フレデリカさんの前では借りてきた猫のようです。」
「あいつならそうだろうな。」
俺たちの後ろにいた長髪の男性が一言添えてくると、それを皮切りに銀砂亭でお世話になったサイモンさんと寮監のロルフさんが話に加わった。
2人ともカーチスとジョセフさんの友人という立場で式に呼ばれ、忙しい中都合をつけて駆けつけてくれたらしい。
長髪の男性はタニタさん。カーチスの律奏騎兵小隊で情報技官という難しい役目を務めている。どうやらサイモンさん、ロルフさんとも面識があるようだ。
「そうなのか。なんか意外…でもないか。カーチスって、変なところで義理堅いし。」
3人の会話にミックが混ざり込み、俺とニールも一緒になる。それからしばらくすると、
「おぉ、あいつらが来たぞ。」
「カーチスめ、着慣れぬ錦も様になっておるわ。」
ガッシュとバッシュの双子が大声で新郎の登場を告げる。2人の背丈はニールと引けを取らない上に厳つい髭面と筋骨隆々たる体格から、周りの人たちに距離を取られている。だから俺たちには見えなかった杖の広場の入り口も、そこに現れたカーチスにも真っ先に気づいたのだ。
白い礼服を着込んだカーチスは軍人らしい毅然とした歩みで広場を進む。その先導を務めるのは俺の父さん、ローランド・クレストス・オースデイルだ。
カーチスがスクトゥムで挙式する理由が父さんとの縁ということになっているので、領民にそれを周知するため父さんがこの役に名乗り出た。広場の賑わいはそのせいだ。
普通ならカーチスの父親が務める役目なのだが、彼は早くに両親を失っている。それなら彼の親類や上司となるところだが、父さんが上司と懇意にしている上に兄弟子でもあるので、それならちょうどいいだろうと先導を務めることになった。
ちなみに、カーチスの師匠であるラドワン様には一応声をかけ、断られたと聞いた。
そんな訳で先導役となった父さんの後にカーチス、その後ろには屋敷の付き人が続いてジョセフさんが殿を務めている。
花嫁は聖堂の中で待っていて、式を終えてから観衆にお披露目となる段取りだ。
その花嫁、ジョセフさんの妹のフレデリカさんが待つ聖堂に向けて、花婿の列はゆっくりと歩んでいった。
「そろそろ時間になるわ。聖堂に入りましょう。」
カーチスを見送る俺たちに声をかけたのは、小隊の一員であるエレンさんだ。彼女は以前の剛獣狩りに工兵として加わったこともあって俺たちとも顔見知りなのだが、今回の式にはフレデリカさんの先輩として招待されているそうだ。
「リッカの花嫁姿が楽しみだから、良い席を取っておきたいのよ。」
微笑みながら促され、俺たちは小隊の面々と一緒に聖堂へ向かった。
この村がまだ小さな砦を中心とした開拓地だった頃からある聖堂は、250年ほどの歴史がある古い建物だがよく手入れされていて、小さいながらもマハル教が讃える神の威厳を感じられる。
父さんから聞いた話では、基礎となる巨石を初代のクレストスが運んで積み、その上に聖堂を建てたそうだ。
高い天井とドーム型の屋根、正面に高く突き出した塔の上には鐘が据えられていて、時間や事件を知らせるために使われている。
建物の奥で左右に張り出した部分には執務室や個室があり、司祭が暮らす建物は別棟だ。
聖堂の広さは左右に分かれて並べられたベンチに30人くらい座れる程度。決して大きいとは言えないが、由来を考えれば十分以上に広かったはずだ。
建物が小さいため席に着いているのは新郎と新婦の縁者だけで、奥に向かって左側にはカーチスの小隊の面々や弟弟子の俺たちが座っている。
右側の席にはフレデリカさんの、つまりジョセフさんの家族や軍の式服を着た面々が揃っている。レンドルフの家はシディン南方に領地を持つ子爵家で参列者も貴族らしい面々が揃っているため、俺たちの側とはずいぶん違う雰囲気がある。
正面の壁はステンドグラスを背景にマハル教の聖印が掲げられていて手前には司祭が教えを説く黒く重厚な演壇があり、普段は日常的な儀式や子供たちの教育をしている司祭が演壇の奥に立って聖堂の入り口を見ている。
その入り口が開かれ、白いドレスを纏った女性が先導を務める壮年の男性に連れられてやってくると、聖堂に集まった人たちが息を飲み、それから小声で彼女を讃える気配が伝わってきた。
彼女を先導している礼服の男性はジョセフさんの父親で、厳粛な雰囲気にふさわしい表情と姿勢でゆっくりと演壇へと向かっていく。
2人が演壇の前で司祭に挨拶してから、今度はカーチスが父さんに先導されて聖堂に入ってきた。カーチスが普段の軽薄なふるまいとは打って変わって毅然とした佇まいで中央の通路を歩いていくと、俺の向かいにいる何人かの参列者が不愉快そうな表情をするのが見える。
やはり、貴族の生まれのフレデリカさんと軍人とはいっても平民の出のカーチスが結婚することに不満を持つ者もいるのだろう。しかし、あからさまに態度として表す者がいないのはレンドルフ子爵の人望なのだと思えた。
そして新郎と新婦が揃ったところで司祭が祈りを捧げ、2人が誓いを書面に記す。
司祭はそれを掲げ神に読み上げる。
そうした儀式が一つずつ厳粛に時間をかけて行われ、最後にカーチスとフレデリカさんが参列者に対して結婚を誓って式を終えた。
俺たちは再び杖の広場に戻った。聖堂には入れなかった人たちに夫婦が挨拶をするために出てくるまで、しばらくの待ち時間となる。
「ギルにぃ!こっち!」
広場の片隅から俺を見つけたオリエが手を振って声をかけてきたので、俺たちはそこに集まっていた学生チームの面々と合流した。
「式はどうだった?フレデリカさん、どんなドレスだったの?」
「もうすぐお披露目ですよね。楽しみですよ。」
「レンドルフ子爵嬢とは道中にも何度か話をしたけれど、素敵な方だから、きっと花嫁姿も綺麗でしょうね。」
「私もそう思います。」
「ジョセフ様とよく似て、筋の通った立ち振る舞いの方でしたから、どんなドレスもお似合いと存じますの。」
オリエの隣には女性陣が固まっていて、俺たちに質問しながらもそれぞれの意見を口にして賑やかだ。
「綺麗だった。」
俺の袖を引きながら話しかけてきたのは、父さんの子供ということで式にも参加していたジャスティだ。
口数の少ない妹の呟きを聞きつけた女性たちは、
「ジャスティ、もっと聞かせて?」
と有無も言わさず話に巻き込み盛り上がって、俺たちはあっという間に輪の外にされてしまった。
人見知りのするジャスティだがオリエとは顔見知りということもあって、嫌がっている様子は見えない。
心配ないだろうと輪から一歩離れる。
すると、ヒューイが小さな声で話しかけてきた。
「ギル、あと少しでお披露目だけど、少し良いかな?」
声を潜めている様子を不思議に思いつつ、彼が招くままに広場の隅に移動する。それからヒューイはさり気ない様子で俺の肩を叩き、親しげに近付いてきた。
「広場に怪しい奴らがいるんだ。僕が見ただけで3人。スミカも気付いている。僕とスミカで見張るつもりなんだけど、万が一の場合は騒ぎにならないうちに捕まえてもいいかな?」
唐突な内容に驚いたが、彼が言うことが本当なら、その怪しい奴らの目的が気になる。
「お前も隅に置けないな。いや、こんなめでたい日なんだから構わないさ。ところで、その相手ってさ…。」
ふと、今もそいつらが俺たちの様子を窺っているような直感があって、俺はわざと声を大きく戯けた態度でヒューイの肩を叩きながら再び頭を寄せて、
「どんな奴らだ?村の人間じゃないんだろ?」
内緒話を装って確かめる。
「うん。見た目は行商人だよ。初めて見る顔だった。ギルは領主の息子だから、何かわかるかと思ってね。」
ヒューイも俺の意図はわかったらしい。手短に返事をしてくる。
さて、どうしたものか。
訓練の日々ではあったが、館では父さんたちと近況などを話し合ってもいた。その中ではヒューイが言う奴らの心当たりは無い。
しかし、この数年スクトゥム森林から得られる品を目的にした交易や隣国と行き来する人が増え、それに伴いトラブルも増えてきて苦慮しているとは聞いていた。
ヒューイの勘違いでも無いだろう。この村に来てからそれなりの時間は経っていて、村の中を走る学生たちの姿は悪くない評判になっている。それだけ学生の側にも村人と接する機会があるわけだ。特にヒューイはセシリィのお目付役だからだろうか、村に馴染みながら住民についてよく学んでいた。
それに、人の気配に対してとんでもなく鋭敏なスミカも気付いているとなれば、その怪しい奴らの思惑が良いものだとは思えない。
そんなことがパパッと頭の中に閃いて、
「俺にも心当たりはないよ。何かあったら俺が父さんたちまで説明するから、任せる。」
と答えてから身体を離し、
「まさかヒューイがあいつをねぇ。教えてくれてありがとう。何かあったら俺に任せてくれ。」
笑いながら彼の背中をドンと叩いてやる。
ヒューイは少し咽せてから俺を睨み返したが、周りの目が集まっていたので肩をすくめてから、
「大声で言わなくてもいいじゃないか。ギルは繊細さに欠けるよ。」
と文句をつけて立ち去って行った。
同期たちの集まりを見れば、いつの間にやらスミカの姿が無くなっている。
俺は髪の毛を指でかき、注目を集めた照れ隠しの素振りをしながらみんなのところに戻った。
「ヒューイのやつ、どうかしたのか?」
ミックが俺に尋ねてきたので、
「まあな。後で話すよ。」
と思わせぶりな返事をしてから、俺はアルテを手招きした。小首を傾げてからやってきた彼女に公爵様と関わる話だと断ってから再び広場の端へ移動する。
話し相手を引き抜かれた女性陣の視線は痛かったが、公爵関係となれば口出しはできない。それに、アルテは領主の客人という立場で屋敷での祝宴に呼ばれている。つまり公爵も無関係ではないのだから、嘘ではない。
「もうすぐお披露目なのに、何の用ですか?つまらないことなら許さないですよ。」
不機嫌そうなアルテに、俺はヒューイの話を伝えた。
ますます不機嫌な顔になってから、アルテは、
「ギルは私に何かしてほしいんですか?」
と尋ねてくる。
「ああ。その様子なら公爵様も把握しているか怪しいと思うし、父さんたちに報告する余裕があるかもわからない。俺たちで対処するから、アルテの力を貸してほしい。」
素直に考えを話してから、頭を下げる。
わざわざ呼び出した上でアルテの力を、と言ったのだから、彼女には伝わる。
彼女が持つ精霊の加護という、強力かつ稀有な能力を貸してほしいということだ。
彼女には、この世界のあらゆる場所に存在する精霊たちが自発的に協力してくれる。周りの生物の強い感情を感じ取って彼女に教えてくれるのだ。
また、彼女の意向を汲んで生物の気分を変えるような雰囲気を作り出してしまう。その効果は微弱ではあるが故に他者に気取られにくく、それでいて確実に集団の振る舞いを変化させる。
アルテは普段から精霊たちにこのような力を使わないように頼んで止めているのだが、問題の奴らがなんらかの害意を持っているならそれを把握するにも心強く、トラブルが起きた際に観衆の混乱を防げるならこれほど頼もしいものはない。
「ギルがそう言うなら仕方ないですね。わかりましたよ。」
返事に顔を上げるとアルテは顎をツンと上げ半眼にした藍色の目で見下ろしていたが、すぐに、どこか楽しげな動きで俺に背を向けた。
「ありがとう。それから、せっかくカーチスを祝ってくれたのに、こんなことになってしまってすまない。貸しにしておいてくれ。」
「ギルが悪いわけでないから、良いですよ。それじゃあ、久しぶりに『みんな』の力を貸してもらいますよ。」
振り向いたアルテは微笑みながらくるりと広場の方を向き、まるで歌うようなリズムで、俺にはわからない言葉を紡ぐ。それから俺に向き直って、小首を傾げた。
「お願いしましたよ。作戦立てておきますか?」
「あぁ。みんなにも注意はしてもらおう。万が一の場合には動いてもらう必要があるからな。」
「それなら、お披露目はもうすぐなんですから、急ぎますよ。」
そうして俺は学生チームに戻って話をしようとしたが人の目があるので全員に一度に教えることができず、ミックとニールに話をしたところで聖堂の扉が開かれた。




