踊る小鹿亭
「あらあら、ギルバート様お久しぶりです。ご立派になられて。」
踊る小鹿亭と看板に書かれた店に入ると、壮年の女性はエプロン姿で破顔して俺たちを出迎えてくれた。お日様のような明るい笑顔と声に俺はほっとした気持ちになりながら声をかけた。
「アンナおばさん久しぶり。2年ぶりかな。今日は急なお願いなのにお店を開けてくれてありがとう。お世話になります。」
最後にお礼して頭を下げると、アンナおばさんは笑顔のままで手を振った。
「ギルバート様のお願いなら当たり前ですよ。それにニールもお世話になっていますからね。ニール、あんたはまた兄さんに似てきたね。その図体で立って居られても邪魔だから、中にお入り。」
そしてニールを手招きする。
ニールの周りには学生チームが集まっているので、確かにこのままでは往来の邪魔だろう。
「それじゃぁ、よろしくお願いします。みんな、入ろう。」
俺は学友たちに声をかけ、店に入る。
昔と変わらない温かみのある木の家具が置かれた店に入ると、懐かしいパンとスープの香りがした。大きめの窓がある食堂は向かいの建物に反射した夕日とランプの火で、落ち着いた明るさに照らされている。
「素敵なお店じゃない。気に入ったわ。」
真っ先に声を発したのはセシリィだ。
彼女とヒューイはスクトゥム村に縁があるわけでもなく、俺たちとも親しいとかチューターの関わりがあるとかいう理由もなく、本人の希望のみでこの遠征に参加した。そのため、俺たちと新入生たちとの中間という微妙な立場にあった。
「そうでしょ。料理も美味しいんです。」
そんな彼女に嬉しそうな声を返したのはオリエだった。
彼女らの立場を考えてオリエには気を配ってやってほしいと頼んでいたのだが、俺の心配を他所に2人は出発したその日から意気投合して仲良くやっている。
そのおかげか、2人とも周りから浮かずに済んでいた。
「そうなの?夕ご飯が楽しみよ、オリエ。どこに座ったら良いのかしら?」
弾むような声で席次を尋ねてくるセシリィの表情は、学校でも見たことがなかった。
「みんなの好きに座ればいいさ。そんな堅苦しいのはごめんだ。」
俺がそう答えると、セシリィは、
「ここはギルのお父様の領地でしょう。それじゃダメよ。そうね、あなたはここ。それから…」
ピシャリと俺に言いつけ、みんなに指示を出して席を決めてから、
「これでいいかしら?」
確認だけを俺に投げてきた。
困って周りを見回すと、みんなそれが当たり前だという表情だ。ミックに至っては笑いながらため息をついていて、アルテは目を細めてツンと上げた鼻先から俺を見下ろしている。
「ああ、良いよ。ありがとうセシリィ。」
またか、と思いながら席に着くと、それを待っていたかのように全員が着席する。
「おばさん、まずは葡萄のジュース。それからいつものパンとシチューをよろしく。」
ミックが、手を上げようとした俺よりも早く注文をする。そして、
「お前は頭なんだから、下働きの仕事を取るなよ。おいランダル、次からはお前がやれよ。いいな。」
俺にちくりと言ってからランダルに指示をした。
目線で「これで良いだろ?」と確かめてくるミックにも答える。
「ありがとうミック。助かったよ。ランダル、頼むぞ。それじゃあ料理を楽しみに村の話でもしようか。」
そしてテーブルについた面々にも声をかけると、みんなはやっと人心地ついた様子でくつろいだ。
そんな中、スミカがランダルに何か耳打ちをしていて、ランダルは仕切りに頭を下げている。
どうしたのかと思ったが、すぐに
「ここのご飯は初めてですよ。どんなものがあるんですか?」
俺の隣に座ったアルテがはしゃいだ様子で話しかけてきた。みんなも注目をしているし、ランダルの件は後回しにしておこう。
「じゃあ、まずは食べ物の話からにしようか。」
俺は、初めてここを訪れた友人たちのために、幼い頃からの記憶を呼び起こしながら話し始めた。
「食った食った。美味かったぜ。」
ミックがシチューの皿を拭いたパンを飲み込み、ジュースで喉を潤してジョッキをテーブルに置いた。他のみんなも食事には満足した様子でそれぞれ手近な相手と会話を楽しんでいる。
俺の近くにいるのはアルテとセシリィだ。
「ギル、とても美味しかったですよ。シチューはもちろん、蒸し野菜の盛り合わせも最高でしたよ。」
「そうね、シチューも野菜も素晴らしかったわ。だけどギル、私はパンの美味しさに感動したわ。私の故郷にはこんな柔らかくて、いろいろな種類のパンを焼くお店はないのよ。」
「そ、そうか。喜んでもらえて嬉しいよ。」
2人の褒め言葉に挟まれて、ひどく居心地が悪い。
アルテはザンダルガム公爵の連れということで、セシリィは叙勲騎士の娘なので貴族に準じた立場ということで、それの立場があってスクトゥムの領主の息子である俺の隣についている。
だが、どうやらこの2人は相性が良くないみたいだ。
ラテニアの出身ではなく精霊の加護という事情から人間関係の感覚にもズレがあるアルテ。
騎士の父親を持ち、その称号を受け継ぐべく鍛え学んできたセシリィ。
アルテにはセシリィが気が強い上に真面目が過ぎる面倒な性格に、セシリィにはアルテが侯爵の庇護を受けて勝手気儘な性格に見えているらしい。実際2人にはそういう面はあるのだが、お互いの中でそれが強調されているようだ。
「みんなは楽しんでくれたかな。」
2つのテーブルとカウンターで分かれて席についている面々に声をかけると、それぞれから良い食事だったと返事が返ってくる。しかし、俺とは別のテーブルにいたオリエは俺と目が合うと、ぷいっと顔を逸らして隣のグウェンと話し始めた。
(参ったな。)
オリエはアルテともセシリィとも仲が良い。だから、適当な話を振ってこちらの話に加わってもらおうと思っていたのだが、その目論見は呆気なく打ち砕かれてしまった。
そうなると、俺が別の話題に移すしかないか。
そう考えて俺は、周りに声をかける。
「楽しんでもらえて良かった。ところで、明日からは村で訓練と勉強をして、冒険者として剛獣災害の調査も受けていくことになる。そこでこの村について地図を見ながら話をしたいんだが、テーブルを合わせて学科ごとにまとまってもらえるか。」
そう提案すると、全員が賛成してテーブルを動かし、その周りにまとまった。狭苦しい形になるが、それは仕方がない。
これでひとまず、アルテとセシリィを分けることもできた。
内心胸を撫で下ろし、改めて学生チームの面々を確かめる。
一番多いのは騎兵学科で、俺、ミック、ニール、セシリィ、ヒューイ、ランダルか。特機学科はシゲ。工兵学科がスミカ、スフィー、グウェン。
そして支援学科のアルテ、秘紋学科のオリエ、法術学科のカルミア。
それから、ミックとスミカが指導している新入生のイゾルテは支援学科、シゲが指導しているモーリスは彼と同じく特機学科だ。
同じ学科でも専攻によって得手不得手の違いがあるのだが、本来は律奏機での戦闘を専門にしている騎兵学科がこれだけ多いのは、冒険者のチームとしては珍しい。
15人がまとまって活動するのは難しいから連携を取れる人数を考えて3チームに分けるのがちょうど良いはずだが、さて、どうしたものか。
「分かれてもらってはっきりしたが、騎兵が多いな。チーム分けも考えないとならない。でも、それは後にしよう、まずはこの村の説明だ。」
つい口に出してしまったチーム分けの話を一旦置いてから、俺は村の地理について説明を始める。
スクトゥムは村と言っても実際には町並の規模がある。
それどころか、総人口は約2200人と町としても大きい。それなのに村と称されているのは、シディンの西を守る砦としての政治的歴史的な理由があるからだ。
「シディンの成り立ちはみんな知っているよな。初代の国王陛下は律奏機の復元から始まった再開拓時代の初めにシディンにやってきて、城を建て街を築いた。その頃、シディンの西にある平原地帯は剛獣が蔓延っていて、安全に生活できる環境ではなかった。」
基本的なところから始めた俺の説明に、全員が頷く。
「その平原地帯を開拓すれば、国は安定し国民は安心して生活ができる。そう考えた初代シディン王陛下は、自らの右腕と頼む律奏騎士にそれを命じた。それがクレストスだ。」
みんなの反応を見ながらこの村の由来へと話題を移す。
「初代のクレストス、アーマンド・クレストス・ロダンは、剛獣の生態をつぶさに観察し、この村の西にある森林地帯こそその発生源だと突き止め、山脈の切れ目にあるこの地に砦を築くことで剛獣災害を防げると判断した。それから開拓民を募りこの地にやってきて初めて陣を構えたのが、この盾の広場なんだ。」
説明を止めて、テーブルに広げた2枚のうち1枚、村の地図の真ん中を指差す。それから俺は、村の周囲を描いたもう1枚の方へと指先を移した。
みんなは黙って聞いてくれている。
「そういう訳で、この村から500メートルと離れないところに、スクトゥム森林が存在する。元々この国の生命線である平原地帯を守るための村だが、森の際を抜けるマーブレンへの道が発見されてからは交易の要所にもなり、今ではこの大きさになったんだ。」
「国王陛下のお考えでは、危険と隣り合わせになっている砦としての要所に人が集まってもらっては困るから、町にはできない。そういうことでしたわね。」
俺の説明をセシリィが捕捉した。
「ああ。一見栄えているように見えるけど、この村では他の地方よりも剛獣被害が多い。そして定期的に糸脈活性化現象が起こり、時々凌駕級の、つまり、律奏騎士であっても単騎では対応が難しい変異体も現れる。そんな場所にはそれを覚悟した者でなくては住めないからな。」
しかし、それでもスクトゥム森林がもたらす資源や交易路としての価値から、人が増え続けているのが実情だ。俺は村が抱える問題の一つを説明するべきかと、話を区切った。すると、
「クレストスが国の守護騎士だと言われる所以も、よくわかるわ。それで、今回の作戦では私たちはどうするのかしら。」
俺が黙ったタイミングでセシリィが村の成り立ちの話から作戦へと上手く誘導してくれた。俺は彼女の気遣いに感謝しながら、質問に答える。
「カーチスから聞いた話では、俺たちが担当するのは森の中でも比較的安全な北東部の調査だ。剛獣狩りには参加を強制しないが、参加するなら平原部での待機と討伐の補助を任される。」
すぐさま反応したのはオリエだ。
「待ってギルにぃ…あ、発言よろしいでしょうか。」
いつもの調子で話し出そうとしたところを踏み止まり、発言の許可を求めるオリエに、親しい者たちは仕方ないなと笑う。
「いろいろな事情で俺が仕切らせてもらっているけれど、発言は自由にしたい。いちいち許可を求めていると話が進まないよ。みんな、それでいいか?」
俺が提案をして周りに、特に俺と同じ3学年の面々の顔を見ると、まずアルテとセシリィが
「賛成ですよ。」
「私はギルに任せましたわ。」
短くはあるが賛同の意思を示し、次いで他のみんなも同意した。
それからオリエに目を向けると、彼女はおずおずと口を開いた。
「私はまだ戦いに使えるような法術は使えないよ。新入生はみんな似たようなものだと思う。それでもできることってあるの?」
その質問に、新入生たちは頷く者やいい力試しだと意気込む者と、様々だ。
俺にも経験はある。
俺が冒険者として登録をして初めて受けた仕事は小さいものだったが危険はあった。そして、そういう危険に対しての不安を抱いたのもよく覚えている。
それがいきなり剛獣災害の場に連れ出されるとなれば、新入生たちの不安が大きいのも当然だ。
「任務には現地に出ての調査だけでなく、村での調達や連絡もある。新入生は主にそういう後方の任務に当たってもらうつもりだ。わかっていると思うが、これだって重要な任務だぞ。」
俺が彼らの役割を説明すると、オリエは口を尖らせた不機嫌な表情になって
「わかりました。」
一言言ってから横を向いた。
何が面白くなかったのかと訝しんでニールに目線を向けると、彼は妹のふるまいに困ったように頬をかき、それから大きな体を縮めて横に首を振った。
「ギル、明日からは訓練もあるでしょう?」
さっと口を挟んできたのはセシリィだ。
「そこで実地向けの内容も含めたらどうかしら。出来具合次第では新入生だって調査に入ってもいいと思うわ。」
「賛成ですよ。ジョセフさんたちはみんなの面倒を見てくれる話でしたし、公爵様も訓練に人を出してもいいと言っていましたよ。」
「そうそう、久しぶりにジョセフさんに稽古をつけてもらえるんだよな。俺は楽しみだぜ。」
「現役の律奏騎兵小隊に直に教えをいただける機会など、そうそうございませんの。皆さんどれだけ伸びるかは未知数でございますから、それを確かめてから人を配するのがよろしいかと存じますの。」
セシリィを皮切りに同期の面々も意見を出し、その内容はだいたいが同じものだった。
「新入生に任せる任務は訓練の出来を見て、チーム分けをする段階で決めても遅くはないな。今の話のとおり訓練の出来次第では現地組に入ってもらうこともできる。そうしたい奴は頑張れよ。」
俺が話をまとめて新入生たちに発破をかけると、彼らは一斉に返事をして意気込みを見せた。
(いい返事だ。この遠征に参加してきたくらいなんだから、こうでないと困るな。)
「よし、次は今わかっている状況と、村の施設や地理について説明しよう。」
そして俺たちは作戦会議を進め、初めての遠征と剛獣狩りの興奮のためだろうか、夜遅くなるまで話し込んでから解散した。
「じゃぁな、ギル、アルテ。明日は早いんだから、寝坊するなよ。」
「ミックもな。それじゃ、みんなもおやすみ。」
軽口を叩いて自宅へと帰るミックに手を振ってから、俺はアルテと一緒に他の面々と別れて歩き出した。ニールとオリエはまだアンナさんに捕まっているがそのうち家に帰るだろうし、他の学生たちは踊る小鹿亭の隣にある宿に泊めてもらうことになっている。
アルテは、ザンダルガム公爵と共に領主の館に滞在するので、俺と一緒だ。
「ミックに言われて朝日がお邪魔になりましたよ。早起きなんてしたくないですよ。」
眠そうな様子で愚痴るアルテをなだめながら、法術の明かりに照らされた道を館へと向かう。
幼いころに歩いた時と変わりのない道に俺は懐かしさを感じていたが、アルテは次第に愚痴が減って、興味深げにあちらこちらを見ては俺に尋ねてくる。
俺は尋ねられるたびに足を止めながら話をして、また歩き出して、そんな時間を繰り返して館に着いた。




