遠征の始まり
それまで以上に多忙な日々があっという間に流れて、俺たちは遠征に出発する朝を迎えた。
シディン王立軍務学校にはいくつかの校門があり、南側にある一番大きい門は律奏機が4騎並んで通れるほどの大きさがある。
その門の内側には軍団の編成が可能な広さがある行軍広場があって、俺はその広場の門の近くにいた。ミックとニールも一緒だ。
「大所帯になったな。」
門柱の近くから広場を見て、俺は呟いた。
律奏騎兵が4騎並んでも余裕がある巨大な門の脇には、カーチスが駆る律奏騎兵アルクストゥルスが横たわる運搬車両。並んで支援車両、付随する兵員の輸送車と、律奏騎兵小隊の標準的な装備が並ぶ。
小隊の脇には俺たちが乗っていく大型のカーゴが2台。
門を横切った反対側には、アルクストゥルスとは明らかに質が違う装備の律奏機が膝立ちになり、煌糸顕現炉が低く唸りをあげている。
その傍らに艶のある黒地を彫金で飾った、一目で貴人のためとわかる豪勢な馬車。
馬車を引くのは機竜馬。現代では再現が不可能だと言われる、自律して動く機械の馬だ。
「大所帯の上にお偉いさんまで来るなんて、最初の話と違うぜ。」
俺の隣でミックが唸り、ニールは後ろで、
「何かあったらどうしよう。」
と不安を漏らす。
俺は背筋を伸ばしてから、
「いつも通りにやればいいさ。外交術の講義は受けただろう。俺たちが学生だっていうのは向こうも承知なんだから、多少のことは見逃してもらえる。」
俺自身の希望が混ざった推測で二人を励ましてから、門から少し離れた場所に集まった面々を見る。
目立つのは中央にいる一団だ。
完全武装の男たちが前後を固めた真ん中に豪奢な服をまとった壮年の男性が立っている。その傍らには式服の女性が二人いて、前にはカーチスとジョセフさん、そして見知らぬ女性が膝をついて頭を下げている。
そして周りには彼らを窺うように、俺もよく知っている学生たちの姿がある。
その一団からカーチスが手を振って、俺を呼んだ。
「ギル!公爵様がお呼びだ。」
「…今行きます!」
一瞬カーチス相手の口調が出そうになったが、実際に呼んだのはカーチスではない。
俺がそれを意識し直して返事をすると、
「がんばれよ。領主代行。」
「ギル、しっかり。」
ミックとニールが励まして、背中を押してくれた。
「ありがとう。」
一言礼を言って早足で一団に近づく。
すると、武装した男たちが構えた槍の穂先をわずかに逸らして、俺に進むよう促した。俺は彼らの間を抜けてカーチスの横に並び、正面の男性に向いて膝をつき頭を下げた。
「ギルバート・オースデイル、馳せ参じました。」
顔を伏せたまま名乗ると、頭上から低く落ち着いた威厳のある声がかけられる。
「貴様がローランドの息子か。この度の遠征への参加、よくぞ果たした。シディンの守りを任されし我がザンダルガムと貴様の父は知らぬ仲ではない。顔を上げて立つがいい。」
「ザンダルガム公爵のご厚情に感謝申し上げます。」
俺は対面の許可に感謝を返すと、顔を上げて立ちあがり、改めて男性と向き直った。
濃い灰色の髪には白髪が混じっているが、鳶色の瞳は視線鋭く、鍛えられた体躯は堂々としていて自信に満ち溢れている。
俺の父親であるローランド・クレストス・オースデイルよりも10以上は歳上で50歳を過ぎているはずだが、それを感じさせない見事な立ち姿だ。
「この度の糸脈活性化現象は本来の時期よりも早まっており、王はその原因を気にかけておられる。よってこの私自らが原因究明の指揮を取るべく現地に赴く運びとなった。其方らとは偶々同行することとなったが、よろしく頼むぞ。」
バーナード・メリダルクス・ザンダルガム公爵はシディンの南にあって王都の守りの要、十万都市ハースランドを治める大貴族だ。国王からの信頼も厚く、軍を率いる将としても律奏騎士としても優れた実力と実績を持つと聞く。
「はい。私たちも学生の身ではありますが、この国の民として、スクトゥム村の一人として、原因究明のため全力を尽くします。」
俺が決意を示すと、公爵は顎を上げ、
「その意気は良しとしよう。しかし、スクトゥム村の一人として、か。なるほど、確かに面白い奴だ。」
笑いを含んだ声で彼の右に控えた背の高い女性を見やった。
その動きにつられて、俺はその女性を見る。
まとめ上げた明るいブロンドの髪を覆う瀟洒な飾り布。ほっそりとした容貌に、藍色の目。
藍色に散りばめられた金色の煌めきと飾り布に隠されている耳を見てようやく、俺は彼女の正体に気付いた。
「アルテ?」
思わず驚きが漏れた。
そこにいたのは、普段とは違う式服に身を包んだアルテだったのだ。
見慣れた姿と全く違う印象の服装に加えて自然な化粧。それにザンダルガム公爵の堂々とした態度もあって、全く気付いていなかった。
その衝撃にここがどんな場所なのかを忘れてしまったが、すぐに我を取り戻してザンダルガム公爵に向けて頭を下げた。
「申し訳ございません。予期せぬ学友の姿に取り乱しました。」
そんな俺に公爵は、低く笑い声を発しながら鷹揚に話しかける。
「良い。気にするな。アルテア、少々遊びが過ぎたようだな。」
アルテにも声をかけてからもう一度笑い、
「そなたらのことはアルテアから聞いてはいた。一度ひととなりを見たいと思っていたところにこの機会だったのでな。遠征に参加させるついでに試させてもらった。許せ。」
簡潔に事情を話す。
なるほど。
公爵はアルテの後援者だ。アルテ自身は遠征で夏休みが無くなるのは嫌だと言っていたのだが、公爵に言われたのでは参加しないわけにはいくまい。無理やり参加させられる羽目になったアルテはその不満から、俺たちを驚かそうと秘密にしてこの場に現れたというわけか。
「驚きこそすれ、元から気にはしておりません。彼女の参加はありがたく思います。」
そういう事情を理解したとしても、公爵から許せと言われれば応じる他はない。
周りからそう思われることを防ぐため、俺はアルテの参加を歓迎した。
「共に学び、その実力は理解しております。」
その上で俺がアルテの持つ精霊の加護を理解していることを仄めかすと、彼女からすでに聞いていたのだろう。公爵は初めて不敵な笑みを浮かべて俺を見た。
「よかろう。私の下で使うつもりだったが、お前に任せる。下がって良いぞ。アルテア、お前もだ。お互い話があるだろう。」
公爵にそう命じられて、俺は礼を述べてからその場を離れ、アルテと一緒に仲間たちの集まりへと戻った。
「ということで、私も遠征に行きますよ。」
「ということじゃないです。アルテさんが夏休みが無くなるって言っていたのは、嘘だったんですか?」
事情を説明したアルテにオリエが文句をつけた。
「それは本当ですよ。公爵直々に命ぜられたので、私も泣く泣く夏休みを諦めたんですよ。」
公爵の命だと切り返され、オリエが「ずるい。」と呟いてから黙り込む。
「だけどさ、アルテが加わったからいつもの顔ぶれがみんな揃ったぜ。」
さっとミックが口を挟み、俺は彼の話に乗ることにした。
「そうだな。こちらも大人数になったよ。宿は足りると思うか?」
「真眼の酒亭なら間に合うんじゃないかな。」
俺の疑問にニールが答える。
オリエたちはアルテとの話を続けていて俺たちの話に口を出す様子はない。どうやらアルテの話が飛び火してくることは防げたようだ。
内心胸をなでおろしながら、俺は2人と話を続けた。
「剛獣狩りになれば他の冒険者も来るだろ?俺の家は公爵や他の客で手一杯になりそうだから、俺たちが集まるにはどこか考えておかないとな。」
「それもそうだね。ええと、結局何人になるんだろう。」
そう言ってからニールは周りに集まっている学友たちを見回した。
俺たちは学生で隊を組んで調査に協力することが決まっている。そのためにも作戦を立てるために使える場所が必要だが、形式の上では冒険者としての立場で参加するため、そういう意味でも俺の家を使うわけにはいかない。また、寝起きする場所も必要だ。
そういった事情を考えながら、俺も一緒に人数を数える。
まずは俺たち3人とオリエだが、それぞれスクトゥムに家があるから宿泊の心配はない。
次に一緒にいることが多いアルテ、シゲ、スミカ。
チューターとして指導しているグウェン、スフィー、ランダル、カルミアに、俺以外が指導している新入生が2人。俺とアルテが指導していた面々は全員が参加してきたが、チューターが遠征しても新入生の指導は他の者に任せてくるのが普通なのだから、2人もいる、と言う方が適切だ。
(こいつらのやる気が尋常じゃないんだよな。ランダルは嫌がっていたけど、それでも事前受講を済ませてきた。みんな大したもんだ。)
俺とアルテが指導している新入生たちのうちランダルを除いた4人が他の生徒とは違う事情があってシディンに来ている。そのためか普段の訓練も講義も他の生徒より真剣で、わずか数カ月でもその違いは現れてきていた。ランダルも周りの影響を受けているのだろう。こうして特別遠征に参加できるほどの力をつけている。
最後に、少し距離を置いた場所にいるセシリィとヒューイ。
あの日の予告通り、2人も厳しい条件を潜り抜けてこの遠征に参加してきた。
しかし、今まで顔なじみだった俺たちの輪には入らずにいるから、馴染めるように気を使うべきかもしれない。
全員で15人。これが学生チームの顔ぶれだ。
「15人なら、真眼の酒亭でなくてもなんとかなるかも。少し狭いけど、アンナ伯母さんのお店はどうかな。隣に宿があるし。」
ニールが伯母の店を提案してきて、店の大きさや幼少時によく会った女主人の人柄を思い出す。
「それはいいな。場所だってちょうどいい。ニール、頼めるか?」
「もちろんだよ。村に着いたらすぐに話をしに行くね。」
俺がすぐさま頼むと、ニール快く引き受けてくれた。
「アンナ伯母さんの店か。シチューが美味いんだよな。楽しみだぜ。」
ミックは昔食べさせてもらった手料理を思い出しているらしい。アンナさんが作る料理は俺も食べさせてもらったことがあるが、温かみのある店で3人で食べた料理は格別だった。
「きっとみんなも喜ぶよ。楽しみだ。」
その情景を思い浮かべ期待に胸を膨らませたところに、集合の合図が聞こえた。
壮観だ。
律奏騎士1騎、律奏騎兵2騎にそれぞれが率いる支援車両などを含む騎装中隊。
ザンダルガム公爵とその護衛部隊。
そして俺たち学生チームに、部隊全体の補給などを行う支援部隊。
総勢3騎17両98名。
普通の規模の町なら易々と制圧可能な戦力が、シディンの大通りを通ってゆく。
調査を目的とした派遣ではあっても律奏機をはじめとした兵器が一般人の目に触れる機会は少ないため、大通りには人々が集まって俺たちを見送っている。
「うっわすっげぇ。俺たち英雄みたいじゃないすか。」
「ランダル、調子に乗るなよ。俺たちはこれから英雄になりに行くんだからな。」
カーゴの窓から外を見ていたランダルの声に、ミックが注意をする。しかし、そのミックも見送る人々の声に浮かれているようだ。
「そこの2人、規律を乱すな。」
その2人を叱責したのは、ロザモンド先生だ。
きれいに切り揃えられたボブカットに支援部隊の印がついた帽子を被り、白を基調とした式典服を身にまとった彼女は背筋の伸びた凛とした姿勢で俺たちを見回す。
「学生諸君にもう一度言っておく。我々は国王認可の作戦における調査派遣部隊だ。我々の失態は国王陛下のご尊顔に泥を塗ることになる。それをよく心に刻み、一挙手一投足に至るまで注意せよ。わかったな。」
「はい!」
改めてこの遠征の重要さを説かれ、俺たちは一斉に返事をした。
当初はカーチスたちに生徒の指導を一任する予定だった学校側だが、ザンダルガム公爵が同行するとなったために大慌てで教師を同行させることにした。支援学科のヴァネッサ・ロザモンド先生もその1人で、俺たちのお目付け役を任されているそうだ。
他には教頭と、騎兵学科副主任が同行している。
「あーあ、ランダルのせいでお小言をもらう羽目になったぜ。」
ロザモンド先生が自分の席に座ってから、ミックが小声で不満を漏らす。
「ミックも浮かれていただろ。」
俺が指摘をするとミックは眉を寄せて、
「ギルは相変わらずだな。晴れ舞台だぞ。浮かれねぇ方がおかしいぜ。」
言い返してから再び窓の外を見た。
「お、見てみろよ。子どもが手を振っているぜ。」
そして嬉しそうに窓の外へ手を振り、声を出さずに笑っている。
俺も窓の外を見てみると、5歳くらいだろうか。ちょうど剛獣狩りを見た頃の俺たちと同じくらいの子供たちがカーゴを追いかけながら手を振っていた。
窓の外の子供と目が合って思わず手を振ると、その子供は跳ねるように走りながら、両手を振る。
「確かに、悪い気はしないな。」
「だろ?」
子どもの喜ぶ姿に呟くと、ミックが歯を見せて屈託なく笑った。




