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父の思惑

 真夜中、館の書斎にはまだランプが灯されていた。

 中にいるのは主人であるローランドと、彼と彼の息子にとっての剣の師である老人、ラドワンだ。

 背の高い老人は書斎の壁に寄りかかり、しかし体は預けずに腕を組んで、椅子にかけたローランドを見ている。

 そのローランドは、ラドワンが部屋に来る前から書いていた手紙を封筒に入れ、蝋を垂らしてから印章を押し当てて封をしたところだ。

「お待たせしました。師匠。」

 椅子から立ち、師に恭しく手紙を差し出す。

「厄介な弟子のためにすまんな。」

 ラドワンが小さく頭を下げ、手紙を受け取って懐に入れた。

「いいえ。彼とは、古い付き合いですからね。きっとうまく便宜を図ってくれます。」

 騎兵学校時代からの思い出を振り返り、かつての同期生で好敵手でもある男の顔を脳裏に描きながら、ローランドは微笑んだ。

「借りを一つ作りますが、ギル達の面倒を見ていただいたのですから、お安い御用です。」 

 弟子の言葉に笑みを浮かべた老剣士は、書斎の端にあった小さな椅子に腰かける。

「なかなか見どころのある子供達よ。ギルは出だしで躓いたが、それも良い経験となろう。そうだ、明日にはカーチスらも着く。お主に会わせた後で、ギルたちの稽古に使ってやるよ。」

 悪戯を思いついたように笑う師に、ローランドは書棚の一角から2つのシンプルなグラスと淡い琥珀色の酒が入った瓶を取り出し椅子に腰かけた。

 グラスに酒を注いでラドワンに1つを手渡す。

「カーチスという方なら、ギル達には良い学びとなるでしょう。」

「うむ。奴は珍しい奴だが、悪い奴ではない。見ておいて損はないだろうよ。」

 言葉を交わしてグラスを合わせ、お互い一息に飲み干す。

「お主から手紙でギルの稽古を頼まれたときには、また面倒なことをと思ったがな。」

 ローランドが差し出したボトルから酒を受けながら、穏やかな表情で老人は言った。

「私ではアレは教えようがありませんでしたから、助かりました。」

 礼を言いながら、ローランドは師への手紙を出した日のことを思い出していた。

 ギルだけでなくミックにも剣を教え始めてから1年程経った頃だった。体力と運動能力で優れていたミックは、剣の腕でもギルを追い抜くのにさほど時間を要しなかった。

 そして、2人の打ち合いを見ているときに、ローランドはギルの剣が、かつて自身を襲った暗殺者の技と同じだと気付いたのだ。

 そのような技は受けたことはあっても知識さえおぼつかなかったため、ローランドは師匠であるラドワンの知恵を借りるべく手紙を送ったのだ。

 しかしラドワンからの返事はなく、師匠は聖騎士としても冒険者としても仕事があるのだと諦めていたところに、突然、本人が訪ねてきた。

「ですが、突然いらしたときには、驚きました。」

 それまでの経緯を思い浮かべながら、グラスを傾ける。

「そうせねば、お主らを見定めることは出来なんだろ?」

 師の言葉にローランドは頷く。

 聖騎士が訪問してくると知っていたなら、相応の準備をしなければならない。そうなればローランドやギルたちだけでなく彼の部下たちも聖騎士が来るのだと意識してしまい、ラドワンが現状をそのまま見ることはできなかっただろう。

「そういう訳よ。厄介ごとも持ってきたが、許せ。」

 ラドワンが差し出した酒を受けて、ローランドは、師が持ってきた頼み事は古い知り合いへの紹介以上の意味があると察したが、それには触れずに当面の問題となる出来事に話を移す。

「ベルムバウデならば大丈夫です。ですが、師匠の話は確かめなければなりませんね。」

 グラスを傾けて一口の酒を味わい、ローランドは机の上に置かれた書類に目を落とした。

「そちらも厄介ごとよな。出立の間際に渡されたものだが、定期航空監視で発見の後に緊急偵察をした上で得られた、十分に確かなものよ。」

 苦々しい口調を飲み干すようにグラスを干したラドワンは、ローランドが差し出す酒を受けて弟子の顔を見据えた。

「12年に一度の糸脈活性化現象ですが、過去の記録と比べると規模が大きいですね。活性点が5箇所もあります。手強いことになりそうです。」

 返す言葉は冷静で、怯えも猛勇も感じられない。

「それゆえにカーチスを呼んだ。」

 短いラドワンの言葉に頷いたローランドが続ける。

「騎士2人を含めた3騎の律奏機をもってすれば、この規模であっても剛獣の襲撃を防ぐに十分です。」

「実際にこの程度であればな。」

 ローランドの言葉をラドワンは否定した。

 彼は冒険者として数知れない程の剛獣を狩ってきている。その経験は、ローランドにはない貴重な情報源だ。

「これ以上もあり得ますか?」

 率直に師の意見を求めたローランドに対して、ラドワンはゆっくりと頷いた。

「狂乱した剛獣が暴れるだけならお主の見立ては正しい。だがな、剛獣は糸脈から影響を受けて魔導を強める。その手の奴の中には、糸脈の強さが其奴の強さになるが故、自身で糸脈を活性化させる奴もおるものよ。そうなると、質が変わるぞ。」

 師の言葉に、そして表情に、ローランドはただならぬ危険を感じ取って黙り込む。

 彼がこの地を定期的に襲う災害に挑むのは、騎士となってから2度目だ。それが過去に例の無い規模になり得るとしても、彼は立ち向かわなくてはならない。

 しばしの沈黙の後、彼は師に尋ねた。

「時間をおくほどに相手が強くなるのでしたら、守りは不利です。《鬨のウォー・クライ》を放ち、剛獣を誘い出すのはいかがでしょうか。」

 ラドワンが、顎に手を当てゆっくりと考えながら答える。

「それで良い。だが早過ぎれば剛獣は勝ち目が無いと感じて逃げる。時期は洗礼式の翌週が良かろう。」

「それほど早くですか!?」

 ローランドは予想よりあまりにも違う答えに思わず驚きの声を発した。

「ここに来てから森に出向いて調べておったがな。だいたいそんなところだろうよ。」

 平然と答えるラドワンに、しかしローランドはただならぬものを感じ取り、これから迫る脅威との戦いが険しいものだと理解した。

「対策を見直して急がせます。洗礼式までには。」

 ローランドが決意して酒を飲み干すと、ラドワンが彼の言葉に頷いてから、ボトルを差し出してくる。

 それを受けながら見ればラドワンのグラスも半ば空いている。

 ローランドがボトルを持つと、ラドワンは口の端を上げて笑みを浮かべ、グラスを空にした。

 酌を受けながら、ラドワンが呟く。

「わしは歯応えのある狩であってもらいたいのだがな。守る責務があるというのは、面倒なものよ。」

「ご師匠様は相変わらずで、安心しました。守りはクレストスの務めですので、ご安心を。」

 弟子の言葉に不敵な笑みを浮かべた老剣士は、グラスを掲げ、ローランドもそれに応じる。

「我らに良き闘いがあらんことを。」

「皆の平穏を守りたもうことを。」

 それぞれの願いにグラスを合わせ、2人は杯を乾した。

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