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予期せぬ再会

「2年ばかり会わずにいるうちにでかくなったな。もうしばらくしたら追い越されそうだぜ。」

 昔は見上げていたはずのカーチスの笑顔が、今は俺の目線よりほんの少しだけ上にある。月日の積み重ねに驚きながらも、俺はこの再会に喜びを感じていた。

「カーチスは変わらないな。いや、師匠に似てきたかも。髪の毛薄くなった?」

「てめぇ!」

 間髪入れず飛んできた拳を紙一重で躱して両手を上げ、降参のポーズ。

「ごめんごめん。冗談だよ。」

「相変わらず兄弟子に対する態度がなってないな。変わりはないようでうんざりしたぜ。いや、腕は上がったか。」

 力試しを済ませたカーチスが口元を歪ませ、それから俺たちは一緒に笑い声をあげた。

「いつ帰ってきたの?他の国に行っているって聞いていたんだけど。」

「一昨日だ。配属は変わっていねぇよ。相変わらずあのいけすかねぇ侯爵の手下さ。」

「それじゃ、どうして?」

「依頼任務があってな。休暇のついでに片付けるつもりで空きがあったここに整備を頼んだ。」

 隣で立ち呆けているスフィーを置いてきぼりにして俺は兄弟子と話を続けた。

「休暇?」

「あぁ。あー、今度な。結婚するんだ。」

「そうか、結婚で休暇…結婚!?カーチスが!?」

「が!?ってどういう意味だおい。」

 驚きのあまり発した言葉への突っ込みはさっきよりも鋭く、本気の一撃を避け損ねた俺は頭をさすりながら間合いを取った。

「だって、あのカーチスだよ?結婚するって、冗談じゃないよね?」

「冗談で休暇は取れねぇよ!失礼な奴だなお前は!」

「二人とも再会を喜ぶのはそれくらいにしませんか。外にまで聞こえていましたよ。」

 調子に乗って大声でやり合っていた俺たちを低く穏やかな声が止めた。

「ジョセフさん!」

「お久しぶりです、ギル。怪我をしたと聞きましたが、元気そうですね。」

 しっかりと背筋が伸びた真っ直ぐな姿勢で歩いてきたのはジョセフさんだ。

 彼はカーチスの部下で、カーチスが師匠である聖騎士ラドワンから命じられた俺たちへの指導を彼に丸投げしたという経緯で俺たちの3人目の師匠になった人物でもある。

 武術の門派で学び教えた経験があって、俺たちには天才肌のラドワン師匠には足りなかった言葉での説明を補い、体術の鍛錬法と律奏騎兵となるための座学を叩き込んでくれた。

 あの頃に詰め込まれた技と知識は今でも役に立っている。

「おい、俺は呼び捨てでジョセフはさん付けか?ここで何を習ってやがった?」

 口をへの字にしながらカーチスが愚痴る。

「だって、カーチスだからね。それにカーチスは兄弟子だけどジョセフさんは師匠だよ。カーチスがやったことだろ。大丈夫、そういう場面ではきちんとさん付けするから。」

「大丈夫じゃねぇよ!ちったぁ兄弟子の顔を立てることを覚えやがれ。」

「意見具申。小隊長殿、あちらにプライス先生と学生の皆さんもいらっしゃるのですから、隊長らしくお願いします。」

 口の減らない俺に唾を吐く勢いで捲し立てたカーチスをジョセフさんが諌めた。

 口調は穏やかだが表情は平静すぎてまっさらな冷ややかさえ感じる。

「ジョセフ、わざわざ意見具申か。俺はお前のそういうところが大っ嫌いだよ。」

 呻くように言い返したカーチスが姿勢を正した。

「それで、なんでお前らアルクストゥルスを見ていたんだ?俺は悪ガキが悪戯でもするんじゃないかと肝が冷えたぞ。」

 文句をつけながらスフィーを目で示す。

 そういえば、スフィーの話しを聞くためにここまで来ていたんだ。驚きのあまり、すっかり忘れていた。

 だけど彼の話を聞ける状況ではないし、彼も面食らって立ち尽くしてしまっている。

「今日はプライス先生にお願いをして、律奏機の組み上げを見学しにきていたんだよ。彼はスフィー。俺が指導している新入生。スフィー、この2人はこの学校の卒業生で、カーチス・ウィリアム・モリヤとジョセフ・レンドルフさんだ。俺たちの師匠でもある。」

 俺がお互いを紹介すると、スフィーはようやく事態を把握したようで、自己紹介を始める。

「スフィー・ウムリカナン・ケーリンケン。特機学科一学年です。モリヤ先輩、レンドルフ先輩、よろしくお願いします。」

「おぅ。ギルがチューターだと面倒だろうけど、よろしくしてやってくれ。それと、堅苦しいからモリヤはやめろ。カーチスで良い。」

「ジョセフ・レンドルフです。獣粧族とは珍しいですね。シディンの暮らしには慣れましたか?」

「はい。ギル先輩には指導を良くしていただいてます。失礼ですが、ひとつお伺いよろしいでしょうか。」

 自己紹介をしてから、スフィーが緊張した様子で2人の顔を見た。さっきまでと様子が違うが、どうしたんだ?

 カーチスが鷹揚に頷くと、ジョセフさんが促して、スフィーは2人を、特にカーチスに向かって質問をする。

「カーチス先輩は、あの煌剣折りのカーチスさんですか?」

 ごふっ

 カーチスが激しく咳き込んだ。咳き込みながら俺を睨みつける。

「俺じゃない。聞かせたのはミックだ。でも、他にも知っている奴はいるから時間の問題だった。」

 すぐに俺は弁明を述べ立てて、続けて噂を流した張本人も庇った。だいたい他の国から来ているシゲやスミカだって知っていたんだ。どこから聞いたとしても不思議じゃない。

「いらない尾鰭は付けてない分、マシだと思うよ。」

 ダメ押しを付け足すと、カーチスは

「その件については後にしておいてやる。おい、スフィーって言ったな。確かに煌剣折りって呼ぶ奴もいるが、俺はそう呼ばれるのは嫌いだ。やめてくれ。」

不満を露わにしながらスフィーに言った。それを聞いてスフィーが慌てて頭を下げる。

「すみませんでした。俺はそんな話だと聞いてなかったです。」

「わかってる。気にすんな。」

 スフィーの謝罪をさらっと流したカーチスは、もう一度俺を睨みつけ、

「こいつらがどんなふうに話すかは想像がつく。」

声を低く唸る。

「俺たちはカーチスは弓使いで不利な戦いを勝ったって話したんだから、変なことは言ってないよ。」

「それがダメなんだが、ガキにはわからねぇな。」

 俺の言い訳に呆れた様子を見せたカーチスだが、慣れた仲だ。本気でないことくらいはわかる。

「なんで仮面を蹴り割ったのか、理由までは知らないからね。」

「会った頃から口が減らないガキだと思っていたが、そのままで育っていて安心したよ。結婚式に呼ぶ手配をしなくて済んだ。」

「それはないでしょ?」

「カーチス、弟弟子たちを呼ぶのはまずいかと相談してきたのはあなたです。」

「ジョセフ、それは言うなよ!」

 俺たちのやりとりにジョセフさんが割って入ると、カーチスは慌てて彼の口を封じにかかった。だけどもう遅い。

「2人には俺から伝えようか?場所と日取りは?」

 表情に出た笑いを隠さずに尋ねると、カーチスは露骨に嫌そうな顔になった。

「ほらよ。」

 そのまま、カーチスは封筒を俺にポイっと差し出す。俺が受け取ると、

「6月の末だ。場所はな、お前らの村だよ。」

投げやりな様子でそう告げた。

「ええ?!待ってよ。カーチスの式なのに、なんでスクトゥムでやるのさ?なんで?」

 驚いたままで追及すると、ジョセフさんが助け船を出した。

「理由は色々ありますが、一番は「おいやめろ」惚れた弱みでしょう。」

 途中で遮ったカーチスを無視して言い切ったジョセフさんは、何食わぬ顔で反対側の整備台に顔を向ける。

「まずはあちらへ。ミックとニールにも話す必要があるのですから、寮でお話ししますよ。」

 昔と変わらない落ち着いた低い声だが、ジョセフさんの言葉には不思議と嬉しそうな雰囲気があった。


 ミックやオリエの驚きとかプライス先生とカーチスの話とか、最後にあれこれあったが見学は終わり、俺たちは寮の面会室にいた。

 カーチス、ジョセフさん、ミックとニール、そして俺。加えてオリエもいる。

 カーチスが呼んだのは俺たちだけだったのだが、オリエもスクトゥム村の出身者なので声をかけることには承知してもらってから話をしたところ、二つ返事でやってきた。

「ほらよ。お前らの分の招待だ。」

 カーチスが事情を簡単に説明してから、俺に渡したときと同じに投げやりな態度で封筒を机に置く。ミックとニールの分だ。

 2人はカーチスの性格をわかっているので、笑いながらそれを手に取った。

「カーチスが結婚するなんて思わなかったぜ。」

 ミックが封筒を表裏と見ながら笑う。

「おめでとうございます。それにしても驚いちゃ…スクトゥムの村で式を挙げることが。」

 ニールが発言の途中で言い直したから、カーチスの表情はなおさら不機嫌なものになった。

「私には無いんだ。」

 オリエがぼそりと呟くと、カーチスが面倒くさそうな声で、

「俺が呼ぶのはじじいの顔を立てたからだ。お前は弟子じゃないだろ。」

 俺たちが呼ばれた理由を繰り返した。

「式を挙げた後はご領主様が直々に祝宴を催してくれるそうです。そちらではオリエさんも呼ばれるでしょうね。」

「ほんと?やった!」

 カーチスの無神経な物言いに口を尖らせたオリエを素早くジョセフさんがなだめる。

「父さんが?そうか、兄弟子だからだね。それでスクトゥムでって話になったのかな。」

 俺がジョセフさんに確かめると、彼は口元をわずかに引き締めてカーチスと目配せをする。

「それもありますが、実は、別の理由もあるのです。」

 彼らの様子に俺は何も言わずに座り直し、話を聞く姿勢になった。

 ミックとニールも俺と同じくただならないものを感じたようだ。そしてオリエも俺たちを見てから姿勢を正す。

「スクトゥムの森で糸脈活性化現象が起きています。前回から10年しか経過しておらず周期よりも早いのですが、前回並みに強力な活性箇所が確認されています。シディンでは国王認可の対策命令が下され、同時に活性化原因の調査も求められています。」

 ジョセフさんの説明に、背筋の凍る思いがした。

 10年前の活性化現象では今までになく多数の剛獣が出現し、凌駕級と呼ばれる律奏機単騎では対応不可能な変異体も確認された。

 父さんが駆るクレストスは師匠のヴェルミール、カーチスのアルクストゥルスと共にこれに立ち向かったが左脚と両手を失う大損害を受け、身体像を傷つけられた父さんは一年ほど不自由な思いをしていた。

「剛獣狩りはいつ頃なんですか?」

 俺がジョセフさんに問いかけると、

「従来の通りなら半年の猶予がありますが、前回の例を見るに剛獣の中に糸脈干渉を行う個体が生じると見込まれています。その場合、早くて3ヶ月後です。」

テキパキと答えが返ってくる。

「そんな訳で、6月にさっさと式を挙げてから、頃合いを見て一狩りやっちまおうって話になったのさ。剛獣どもが出てくるまでは待機を口実にした休暇延長だ。それに、お前たちも夏季休暇になるだろ。」

「え?6月の式だと夏休みまで間があるぜ。俺たち行ったり来たりかよ。」

 カーチスの話に口を挟んだのはミックだ。

「そう言うだろうと思って、特別遠征講義の申請を出してある。ジジイの名前でな。」

 不敵な笑いで告げたカーチスの一言に、俺たちは顔を見合わせた。それができるなら6月から9月の頭まではスクトゥムで過ごせることになる。

 ミックは目を輝かせていたが、ニールは不安そうだ。

「やったぜ!師匠の名前なら通るに決まってる。」

「待ってよ、確か遠征中の講義を事前に履修しないと欠格だったよね。」

「そうだな。もちろん、お前らはクリアするんだろ?新入生にも参加資格はあるぜ。やってみるか?」

 2人の反応を見てからカーチスがオリエに声をかけると、幼馴染の後輩は迷わず顔を縦に振る。

「やります!あ、ギルにぃ、いいよね?」

 キッパリと答えてから俺の意見を伺ったオリエの目は、絶対に行くという決意に輝いていた。

(拒否したら恨まれるだろうし、するつもりもないんだが。)

 そう思いつつも俺は、一旦拒否をすることにした。

「オリエ、お前は特例受講で講義も圧迫しているよな。2ヶ月分だぞ。無茶はやるな。」

 問題点を指摘すると、オリエはむっと唇を尖らせてから、悩みこむ。

「そうだ!」

 数秒考えただけで彼女は突破口を見つけたようだ。

「夏休みは8月からだけど、試験期間があるから7月の講義は半分だけでしょ。だったら2か月分じゃない。それに、ええと…ジョセフさん、事前履修の可否ってどうやって決めるんですか?」

「講師によりますが、主に面接と試験です。座学も実技も、その学年で求められる実力を既に備えられていることを条件とする先生が多いです。」

 ジョセフさんの答えに、俺は説明をつけ加える。

「オリエ、2年生までは基礎課程で、その間の実技は体力作りだぞ。体が大きくなる歳のうちに鍛錬を重ねて体力をつけるためにそうなっている。どんなに頑張ったって、体の成長は先取りできないぞ。」

「体力はギルにぃたちに鍛えられてるから大丈夫。講義は元々冒険者の仕事を受けられるように余裕はあるんだから、なんとかしちゃう。あとは試験の内容次第だから、調べるわ。」

 俺の説明を聞いてから、オリエは自信たっぷりに宣言した。

 彼女の自信にはそれなりに説得力がある。

 師匠仕込みの俺たちの訓練は、ランダルあたりは「厳しすぎる」と愚痴っていたが、実際に他のチューターたちよりも厳しく、それを乗り越えたオリエたちは確実に他の新入生たちより伸びてきていた。

 俺は成長の先取りはできないと言ったが、既に他の奴らより積み重ねた鍛錬は2ヶ月程度の成長分を上回っていた。オリエはそれを自覚しているのだろう。

 それに、オリエは成績も優秀らしい。特例受講の許可をあっさりと得てプライス先生の講義に出席できたのも、講義での優秀さあってのことだと聞いた。

「それにお兄ちゃんやミックにぃだって、昔自慢してたじゃない。こんな本だってやれば暗記できるんだぜって。」

 俺が考えているところに、オリエからさらに一押し。

「そんなこと言ってたかなー。」

 ミックが俺から目を逸らしながらとぼけ、ニールは苦笑した。

 俺たちがジョセフさんにやらされた詰め込みのことだ。

 まだ5歳の頃の俺たちが本の中身はわからなくてもいいから全部覚えろと言われて、わずかな間にそれをやり遂げた。

 それを出されたら、オリエに無茶だとは言い難い。その上で、

「あの本ね、私もジョセフさんにもらって、全部覚えたんだよ。ええっと…」

オリエは、俺たちにも覚えがある一節を誦じてみせた。

「わかった。それができるなら大丈夫だな。」

 俺は彼女の力を認めるしかなくなった。なぜなら、俺たちが丸暗記させられた中には基礎課程で学ぶ内容も含まれていたからだ。その効果は俺自身が体験してきている。

 俺が認めるとオリエがパッと明るく笑う。そして

「やった。それじゃ、私も参加します。よろしくお願いします。」

溌剌とした声でジョセフさんに頭を下げた。

 ジョセフさんが「なんで俺じゃねぇんだ?」と拗ねたカーチスに伺いを立ててから、

「わかりました。それでは手続きをしておきます。ギル、他にも希望者があったら申し出てください。1週間は騎体を見るために顔を出します。」

オリエと俺に言う。

「わかりました。ありがとうございます。」

 俺が礼を伝えると、オリエは、

「ありがとうございます。あ、そう言えば、カーチスの相手ってどんな人なの?」

ジョセフさんにお礼を言ってから話の矛先をカーチスに向けた。

 露骨に苦々しい顔になったカーチスが

「招待状に書いてあるだろ。読めよ。」

俺たち3人に指図する。

「なんだよ。自分で言えばいいじゃん。」

 ミックが軽口を言って笑いながら招待状の封を開け、中身を見る。見てから首を傾げた。

「フレデリカ・レンドフル?…レンドルフってまさか。」

 俺たちは揃って同じ表情になったまま、ジョセフさんを見る。

「妹です。美人で気立ても良いと周りからも評判でして。」

 ジョセフさんは珍しく親しみのある表情でにっこりと微笑んだ。

「えええ!冗談…ですよね?」

「嘘だろ?」

「待ってよ。オリエがそんな話になったら…」

「お兄ちゃん、それ絶対にありえないから。カーチスだよ。」

「てめえらふざけんなぁっ!」

 カーチスが切れた。


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