表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/206

スフィーの目的

「見学ができてよかったな。スフィーが話をしてくれたから、俺も周りに相談しやすかったよ。」

 スフィーの礼を聞いて、俺はほっとした気持ちを隠しながら彼に向き直り、礼を言う。

 この見学は俺自身もやろうと思っていたことだが、律奏機に関わりが浅い学科の新入生に納得させるには理由が必要だ。それを考えていたところに特機学科のスフィーから相談があって、俺はそれを使わせてもらったのだ。

 というのも、特機学科は騎兵とは反対の役割を担っていて、ある種の対抗心さえあるからだ。その特機学科であるスフィーが律奏機を見学したいというのは、他の面々を誘うのに役立った。

「それにしても、スフィーが律奏機に興味があるとは思ってなかったよ。今日も熱心だったな。」

 そう話を振ると、スフィーは獣粧族の特徴が現れた目で俺を見た。

「俺は、律奏機を知りたいです。知らなければ負けるから。」

 組み上げられていくアルカンスギガスを睨む彼の表情には、隠しきれない怒りが窺えた。獣粧族である彼がこのシディン王立軍務学校に入ってきたからには何か事情があるとは思っていたが、それは俺が思っていたよりも重いものらしい。

「歩きながら話すか。おい、俺は他の騎体も見てくる。オリエ、グウェン、仕上げまでしっかり見させてもらえよ。」

 熱心に見学をしている2人に声をかけて、俺はスフィーを連れて他の面々から離れた。距離を取ってから改めて話しをする。

「特殊機装歩兵は戦列要員だ。支援車両の護衛をする場合もあるが、直接律奏機と戦うことはない。スフィーはなぜ律奏機を敵に見立てているんだ?」

 俺が問いかけると、スフィーはしばらく黙り込んでから、

「戦うことが絶対無いのは、違います。」

たどたどしい言葉遣いで答えた。

 スフィーが言ったことは確かだ。

 特殊機装歩兵は合奏甲冑を使う歩兵で、主な任務は重要な前線の形成、突破。戦術上重要な拠点の攻略とその防御。他には機動力を活かした遊撃になる。

 目立つ舞台で力をぶつけ合い目に見える形で勝敗を決する律奏機に比べると、彼らの任務は目立たず危険だ。しかし彼らなくして戦場は成り立たない重要な兵科でもある。

 戦争法では戦場での小さな勝敗を点数化して全体の勝負を決するのだが、その得点の上でも特機の配分は大きくはない。しかし、その働きによって歩兵たちの動きを進めたり律奏機への支援を断ち切って戦いを有利にしたりと、縁の下の力持ち的な役割があるのだ。

 だから、律奏機と直接戦わないにしても間接的には戦っているし、時には直接戦う場合もある。そういう意味でスフィーの答えは妥当だ。

 しかし、俺はスフィーの理由と、彼の表情に窺えた押し隠した怒りとの食い違いが気になった。

「スフィーが考えているのは、そういう特機らしい戦いなのか?」

 それを確かめるために糸口を開くと、スフィーは複雑な表情を伏せてから悩みこむ。

「俺には、直に律奏機をぶん殴ってやりたいように見えたんだけどな。」

 直感的な印象を口に出すと、スフィーは明らかに狼狽えた。口に出したらダメだと思っていたことを俺から言われてしまったような感じだ。

 それからスフィーは視線を俺から斜め下に避けてしばらく目を閉じ、真っ直ぐに俺を見る。

「俺の父は、律奏機に殺されました。だから俺は、律奏機に負けないようになりたいです。」

 彼の意思を聞いて、言葉に迷った。

 何か事情があってだとは思っていたのだが、スフィーがこの学校に入学してきた理由には、彼の立場を危うくする内容がある。

 ひとまず、誰かの耳に入るのは良くない。

 幸いなことにここは作業の音で騒がしいから、見学を装って目立たない場所を選んでいれば、そう簡単に聞き取られないはずだ。

「そうか。訓練の熱心さといい、何か理由はあるとは思っていたよ。歩きながらでも詳しく聞かせてもらいたいが、いいか?」

 そう促して歩き始めると、彼は俺の横に並んでから話し始めた。


 しばらく整備台の間を歩きながら、組み上げられていくアルカンスギガスを眺める。台を二つ歩くと、五つめの整備台には別の騎体が立っていると気付いた。幸いなことにその騎体は作業中ではなく、俺はなんとなく見覚えを感じながら、そちらへと歩く。

 俺の横を歩いてついてきていたスフィーが、ぼそっと呟く。

「俺の父が戦った律奏機は、こんなにしっかりしていなかったです。装甲はつぎはぎで、錆もありました。」

「そうか。ここのはよく整備されているからな。」

「はい。だけど、3人がかりで、やっと勝ちました。父は大怪我を負って、そのまま死にました。」

「普通は律奏機を人が倒すなんてできないよ。確か…魂獣乃法(ジョウ・コン・ドウ)だったな。」

 彼の話を遮って、俺はスフィーに尋ねた。

 獣粧族は他の人族には無い力を持っていて、その血に獣の力を帯びていると聞く。彼らが血筋として受け継いでいる獣の力は普段から彼らに強い能力を与えているのだが、さらに獣の姿に変身して人には不可能なほどの力を発揮できる。

 その力について聞いておかなければ、律奏機と戦ったという話の意味を掴みきれない。そう感じて聞いてみたのだが、スフィーからは別の話が返ってきた。

「ギル先輩は、魔導とは呼ばないですか。」

「獣粧族の力なんだ。獣粧族の呼び方に倣うのが当たり前だろ。」

 聞き返してきたスフィーに対して、俺は手短に答えた。

 こういう感覚は直樹のものだ。

 この世界では獣粧族のような理解できない超常能力に対しては魔導と呼ぶのが普通だ。しかし俺にはそれが、彼らをあの剛獣と同じもの扱いしているような違和感があって馴染めない。

「ここに来てから、そんなふうに言われたことはありません。ギル先輩、ありがとうございます。」

「…周りに他の奴がいるときは、話を合わせるために魔導と言うときもある。そのときはわかってくれ。」

「わかりました。それで、魂獣乃法(ジョウ・コン・ドウ)のことですけど。」

「あぁ。律奏機と戦えるほどのものなんだな。」

「一応。でも、父が戦ったのは宙賊です。1騎だけでした。正規の軍だと勝てたかわからないです。」

 声を落とした彼は肩に力がなく、うなだれている。

「宙賊か。トロイの辺りは小さな宙浮島に隠れやすいから、賊が多いらしいな。」

 言葉を返しながら、講義で習った内容を思い出す。

 律奏機も航宙艦も基本的には軍に属するものだ。一般には出回ることはない。それが建前だ。

 実際には軍では対応が遅くなることを埋め合わせるために冒険者ギルドに所属している者にも律奏機や合奏甲冑といった兵器の所持を認めている。

 突発的に生じる剛獣災害に対して被害を抑えるため、どの圏域でも国でもこれを認めないわけにはいかないのが実情だ。

 となれば、真っ当ではない連中が律奏機を手に入れるチャンスもある。なんらかの理由で律奏機を持った者が身を落とすこともある。遺跡から発掘した例もある。

 そういう奴らが航宙艦を使って生計を立てるようになったのが宙賊だ。航宙艦を持たない場合もあるが、獣粧族が住むトロイ・アーチペルン圏域では他の圏域から逃げ込んで宙賊となる者が多い。

俺が一通り思い返していると、

「はい。」

スフィーが答えて、一度言葉を区切った。

「騎体は、アルカンスギガスに似ていました。最初は食料と水の補給と言ってきて、それから住む場所と艦や騎体の補給に使える場所を要求して、俺たちが断った途端に攻撃を始めました。」

「それで、スフィーの父上が戦ったのか。」

「そうです。俺たちの里で神獣粧をできたのは、父と叔父と里長の3人でした。だから3人で戦いました。」

「神獣粧?」

魂獣乃法(ジョウ・コン・ドウ)の力の最高峰です。俺たちはダー・コン、蛇の魂を纏います。俺はそれもまだできません。でも、父は神獣蛇の魂を纏えました。纏うと、大きさが、10メートル以上の蛇の姿になります。」

 そう言って彼は、手を使いながら頭に人の上半身がある巨大な蛇の姿を説明した。

「そんな大きさになるのか。俺は小さい頃に剛獣狩りで変異体の蛇を見たことがあるが、同じくらいかもな。」

 変異体の大蛇ノートチスとクレストスの戦いを思い出して話に出すと、スフィーが俺を見る。

「ラテニアにも颶錨(ジュモゥ)みたいな大蛇がいますか?あいつが出てくると父は狩りだと張り切ってました。」

 少し誇らしげな表情を見せた彼に、明るい話にしようと感じて続きを促す。するとスフィーは明るい表情になって、颶錨(ジュモゥ)という蛇の剛獣について話し始めた。

 颶錨(ジュモゥ)は剛獣の例に漏れず強力な魔導を持ち空を飛ぶ蛇の変異体で、全長が10メートルを超える。大物だけあって、狩りが成功すればしばらくはご馳走続きのお祭りになったらしい。

 そうした祭りは大物を狩った時だけの特別な祭りで、また、剛獣の被害や片づけで普段の生活を乱さないために人が集まって協力することから賑やかなものになるのだそうだ。

「それは楽しそうだな。機会があったら見てみたいよ。」

「ミャ・コンも来て神獣に舞楽を捧げます。すごく綺麗でした。」

 取り止めもなくスフィーと祭りの様子を話しながら歩いて、俺たちは奥の整備台に着いた。そこに立っていた騎体は装甲が外されていたので遠目にはわからなかったが、近くに来ると整備台に隠れていた左肩の武器も見えるようになり、見覚えがあるのも当たり前かと俺は納得する。


「アルクストゥルスか。」

 兄弟子であるカーチスが駆り、幼い日に見た剛獣狩りでは見事な弓使いで凌駕級の変異体に止めを刺していた律奏騎兵。それがアルクストゥルスだ。

 カーチスは確か、アウスタル都市国家連合内の他の国に出向しているからこれは別の人のものだろうけど、それでも思い出深い騎体がそこにはあった。

「アルカンスギガスとは違う騎体ですね。」

「ああ。専用の法術弓アトラールを使う、遠距離戦用の律奏騎兵だ。」

 俺が騎体の話をすると、スフィーは、

「弓使い…。」

一言呟いて黙り込む。それから、

「父は弓矢が得意でした。律奏機にも弓使いがあるのですね。」

複雑な表情で巨兵を見上げた。

 彼の様子をしばらく見守ってから、俺は問いかける。

「スフィーは、父親の仇を取るためにこの学校にきたのか?」

 すると、彼は俺を見つめてから顔を伏せ、黙り込んだ。

 拳が固く握られ震えている。

 しばらく何も言わずに、装甲を外されたアルクストゥルスを眺める。カーチスは今頃どこで何をしているのだろう。この話を聞いたらどう思うだろう。

 飄々とした彼のことを思い出していると、スフィーが口を開いた。

「仇を打ちたいと、ずっと考えました。でも、父を殺した律奏機は、父が倒しました。律奏機を相手にしても父は俺を認めません。」

 声が僅かに震えている。今も強い怒りを抱えているのだろう。訓練中に見せた粘り強さの奥には、この思いがあったのか。

「だけど、律奏機との戦い方を学べば、里を守れます。だからここに来ました。」

 そうか。と、俺は心の中で思う。

 スフィーには俺と似た部分がある。ミックとも。

 ただ、俺たちは父親を喪ってはいない。彼の気持ちを安易に俺たちに結びつけるのは間違いだ。

 直樹としての経験がある俺は、それを区別して考えることができる。

「そうだったのか。仇討ちまでしか思いつかなかったが、スフィーはもっと考えてここに来たんだな。すまなかった。」

「いいえ、大丈夫です。」

 俺が謝ると、スフィーは短く応える。

「俺はスクトゥムという村の出身で、その村は国境を剛獣の襲撃から守る役割を担わされているんだ。俺の父が領主で、律奏騎士で村とこの国を守っている。」

 俺が自分のことを話し始めると、スフィーは黙って耳を傾けてくれた。先輩後輩という立場もあるが、彼の眼差しはそれ以上に熱心だ。

「俺もいつかはあの村に帰って律奏騎士であの村を守るんだ。だからスフィーの気持ちも少しはわかる。里を守るためにここに来たって聞いて、俺は嬉しかったよ。」

 スフィーはぐっと歯をかみしめてからうつむいた。わずかに肩が震えている。

「そのために役に立つことは学んでくれ。俺はお前を応援する。チューターとしてでなくて、俺自身の考えだ。そうだ。俺にも獣粧族(ハシュワーヌ)のことを教えてくれよ。そうすれば助言もしやすくなる。」

 そう締めくくると、スフィーは何かを堪えながら、無理やり絞り出したような声で、

「はい。ありがとうございます。」

返事をした。

 まだ12歳だ。強い決意があってきたとはいえ、故郷から遠く離れた圏域にきてから色々と抱えているものもあるのだろう。顔を伏せている彼の隣で、俺は何も言わずにアルクストゥルスを見上げていた。


「俺の騎体に何の用だ?」

 唐突に声をかけられて俺は、驚いてそちらを振り向いた。

 声に聞き覚えがあったからだ。

「カーチス?」

「俺を知っているのか?いや、お前、ギルか!?」

 軍服を着て俺たちの後ろに立っていたのは、俺の兄弟子で律奏騎兵のカーチスだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ