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整備見学

「ギル先輩、お願いがひとつあります。」

 その日の夕方、午後の自主訓練を終えて寮に帰る用意をしたところで、スフィーが声をかけてきた。

 スフィー・ウムリカナン・ケーリンケンはトロイ・アーチペルン圏域を発祥とする獣粧族(ハシュワーヌ)だ。彼自身もトロイの出身なのでラテニアの言葉には不慣れで、訛りのあるイントネーションと片言が抜け切っていない言葉遣いはぎごちない。

 しかし何ヶ月か前に比べれば上手くなっているし、俺も彼が訓練に挑む真剣な振る舞いに感化されて指導をしているうちに、獣粧族(ハシュワーヌ)の特徴が混じった会話にも随分と慣れた。

「スフィーが頼み事なんて珍しいな。遠慮せずに言ってくれ。」

 彼がかすかに顔を下に向けると、鼻から頬にかけて横長にある青みかかった銀の鱗が複雑な色彩を反射する。険しい表情で数秒の沈黙。

 やがて彼は、明るい緑の虹彩に縦長の瞳孔を持つ目を俺に向けると、

「俺も見たいです。ええと、実物の律奏機を。」

そう訴えた。

「わかった。プライス先生の許可が必要だから、俺から話をしてみるよ。」

 あっさりと受けて答えると、彼の瞳孔が縦線のように細くなり、それから2度瞬きをした。

「良いですか?」

「許可をするかは先生だからな。でもできるだけ頼んでみる。」

「先輩、ありがとうございます。」

 そう言って頭を下げたスフィーは、寮までの道を走るために教科書やノートを詰め込んだ重い鞄を担ぎ、背負った。俺も同じく背負う。

 改めて見回せば他の面々も帰り支度は終えていて、グウェンとオリエも戻って用意を終えていた。

「よし、全員寮まで走って帰るぞ。出発!」

「いきますよ。はい、いちに!」

 俺の号令と共にアルテが掛け声を始めて、俺たちは寮へと向かった。


「うぉお!すげぇ!」

 巨大な機械が並ぶ整備場に入るなり感極まった叫びを上げたのはミックだ。だが、俺たちも俺たちが引き連れてきた新入生たちも目の前の光景に感動を感じているのは同じで、ミックと同じく声を上げている奴も何人もいる。

「毎年見学に来る生徒はいるのですが、ギルバート君のグループは活気がありますね。」

 ゆっくりとした口調で俺に話しかけたのはプライス先生だ。作業はほとんどを研究室の面々に任せているから、俺たちが見学を頼んだら、気前よく案内役まで引き受けてくれた。

「プライス先生、今日は見学を許可してくださり、ありがとうございます。大勢になってしまいましたが、よろしくお願いします。」

 俺が先生に礼を言うと、チューターをやっている三学年の面々は指導をしている新入生たちを並ばせて、

「よろしくお願いします!」

一斉に挨拶をした。

 俺、ミック、ニールがチューターを務める3グループにシゲが加わった総勢22人。

 大人数だ。

 だが、そんな俺たちが並んでいるのは広い整備場のほんの一角に過ぎない。建築制限のある街中ではあり得ないほど高い整備台の最上部は、説明によれば15mの高さがある。天井はもっと高い。

 鉄骨で組まれた縦に長い枠組みに収まっているのは、鉄と木を組み合わせた巨大な人型の骨格。クレーンで吊るされた姿には、動かないとわかっていても畏怖を感じてしまう。

 それが意味するところを噛み締めながら、俺は立ち並ぶ一団に向きあった。

「今日はこちらのプライス教授のご厚意により、律奏機の組み上げを見学させていただけることになった。皆は言わなくてもわかるだろうが、ひとつ間違えれば命に関わる危険な作業だ。作業の手を妨げないよう注意すると共に、プライス教授と現場担当者、そしてチューターの指示には即座に正確に従え。」

 新入生たちの返事を待ってから、俺はプライス先生にお辞儀して場所を譲り、列に加わった。

 のんびりと俺たちの前に歩み出た先生が、みんなを見回してから口を開く。

「デレク・プライスです。本学にて律奏機構造に関する講義を受け持っています。それから、これ、ですね。律奏技官長補佐を務め、本学で訓練に用いられる律奏機の整備を管理しております。よろしく。」

 ゆっくりと一人一人の顔を見ながら自己紹介をした先生は、この学校における律奏機整備の現場レベルのトップだ。律奏機設計に関する研究と講義をしながら生徒が使う律奏騎兵アルカンスギガスをはじめとした律奏機の整備を指揮している。

 挨拶を終えた先生は、最初の方は部下が案内しますと言って仕事に戻ってしまった。先生の後を引き継いだ3人のうち1人が前に出て俺たちを見回す。

「見学の案内を務める研究員のケネス・ペルニエルだ。ご覧のとおり作業は危険でしかも多忙だ。絶対に邪魔をするな。」

 難しい顔で言った作業着の男性は、俺たちの返事を待たずに説明を始める。

「この整備場は律奏騎士及び騎兵の整備ができるよう規格化されている。最大収容数は5騎。律奏騎兵1小隊と予備騎1騎に復元処置を施すに十分な人員を有する。これは一般的な航宙艦の機能と同等で、整備科では整備場を含めた関連設備のために独自に煌糸顕現炉を保有している。」

 何人かが感嘆とも呆れともとれる吐息を漏らした。

 十万人以上の規模を有する都市でなければ設置されない煌糸顕現炉が、ここでは学校に属する一部門の設備だ。無理もない。

(あるところにはあるんだな。これはこの世界だからか。)

 俺はそう考えて納得したが、町や村の生活も見ていた経験と直樹としての視点も含めると、内心は複雑だった。

 ケネスさんは生徒たちの反応には関心がない様子で説明を続けている。

「あれはアルカンスギガスだ。最上級生の試験のために解体整備をおこなっている。現在、骨格の組み上げを完了し機能系の設置中だ。今日中に二次装甲までを完了させ、動作試験を行う。」

 そこまで話してから、チューターたちを横目に見たケネスさんは、

「現状はわかったな。余計な手間をかけさせて予定を遅らせるような真似はするな。では、整備台の説明をする。来い。」

きつい口調で注意をしてから歩き出した。


 間近、と言っても10メートル以上の距離を置いて俺たちは整備台を見上げた。人の体よりも太い鉄骨を組んで作られた枠組みには足場やクレーンが備えられていて、作業をしている人たちは律奏機の重い部品を扱うために奏力服を着ている。中には合奏甲冑のように外骨格に近いものの姿もあった。

「あれ、ロボスじゃないか?」

 ミックの声。彼が示す先には床に置かれた資材を持ち上げて運ぶアルカンスロボスがいた。装甲を外されて細身になっていたが、俺たちには見慣れたものだ。

 反応が遅くなる欠点はあっても、力仕事においては人間より憑奏機の方が確実に勝るということなのだろう。整備台に登っている人は奏力服か作業服で、役割によって使い分けされているのがよくわかる。

 それにしても、憑奏機といい場内を走る貨物用のワゴンといい機械が動き回る景色は普段の生活とかけ離れ過ぎていて、本当に同じ世界なのかと疑問に思うほどだ。

 そんな印象を受けながら辺りを見ていると、ケネスさんの説明が始まった。


「あのギガスの右脚は、今からマスルスレイブの取り付けだ。内部の神経系、糸脈系、循環系、支持筋系は終えている。」

 ケネスさんが指で示した先を見上げれば、クレーンが複雑な紋様を刻まれた金属の塊を持ち上げている。末端には金具を取り付けられていて全体的に細長く、人の背丈で3人分くらいの長さがある。

 上下が細くなっている形は人の筋肉によく似ていて、クレーンがそれを吊るしたまま動いて巨大な骨格の骨盤付近で止まった。

「あれは大腿四頭筋の半分だ。骨盤から膝の下まで伸びる大きな筋肉だから、接続も頑丈にできている。」

 アルカンスギガスの太腿の高さに足場が伸びて停止し、作業が始まる。足場自体が可動式の支持具に支えられていて、作業に合わせて上下していき、それに乗った3人がマスルスレイブを取り付けていく。

「質問よろしいでしょうか。」

 グウェンが手を挙げた。いつもは周りの陰に隠れがちなのだが、専攻を目指す場所では積極的だな。

「手短にしろ。」

 ケネスさんのきつい口調でグウェンは口籠もってしまったが、一度両手を握り締めてから顔を上げた。

「マスルスレイブはなぜ筋肉のように動くのですか?」

 いつもより大きな声での質問に対して、ケネスさんは

「わかっていない。」

 一言で返した。周りから疑問の声が上がる。

 マスルスレイブは律奏機の動力として無くてはならないものだ。それがなぜ動くのかわかっていないというのは、俺にとっても衝撃だった。

 そんな俺たちの様子に眉を寄せたケネスさんは、説明を付け加える。

「マスルスレイブは単一機能ゴーレムだ。しかしただの鉄の塊が自ら変形して動くなど物理的にあり得ない。そうなれば刻まれる秘紋の働きによると考えるのが当然だが、ゴーレムに使われる秘紋は非常に複雑で、解明はされていない。しかし複写によって問題なく稼働する。」

「秘紋を解明する研究はされているのですか?」

 口早に説明を終えたケネスさんにグウェンが食い下がると、彼は、

「君は基礎研究をやりたいのか?だったら大学へ行きたまえ。」

きつく言い切って背を向けた。グウェンが顔を伏せる。

「ご教示ありがとうございます。シディン王立大学には私からお願いします。グウェン、それで良いな。見学に集中しろ。」

 俺はケネスさんの立場を考えてグウェンに指示をした。

 彼はこの作業の担当者であって学者ではない。その上、忙しい中俺たちの説明をしてくれている。無理を言うのは筋が通らない。

 律奏機の基礎的な知識はプライス先生に頼る方が良いだろう。先生なら大学にも伝手があるに違いない。

 納得し難い表情ではあったが、グウェンは了解して返事をした。ランダルが話しかけている様子はあるが声は小さい。今のやり取りから考えて、私語に対しての注意は必要ないだろう。

「次は臀筋の接続だ。後面は部品を騎体と整備台との隙間を通して運搬するため、作業に注意を要する。」

 ケネスさんは俺たちを気にせず説明を続ける。

 みんなも大体の要領は掴めたのだろう。それからの見学は順調に進んだ。


 組み上げの流れは骨格に制御を行う神経系や煌糸力の伝達を行う糸脈系、専用の液剤を運ぶ循環系を組み込みつつ筋肉となるマスルスレイブを取り付け、それらを覆う一次装甲と外装となる二次装甲を装着して完了となる。

 整備場の急がしさからも俺たちの都合からもそれを全て見ることは難しかったので、右脚の装甲を取り付けたところで見学を一度終え、希望者だけ残ってプライス先生の案内で残る工程を見学した。

 三学年では俺とミック、そしてニールの相方で秘紋学科のウォーレン。新入生では当たり前のようにグウェンとオリエ。ニールやミックの班から3人。そしてスフィーが残った。


「グウェン、質問のときはきつく言ったが、俺からプライス先生に頼んでもいいぞ。」

 組み上げが終盤になり日が暮れてきた頃、俺は空いた時間を見計らい、熱心に見て回って一息ついた様子のグウェンに大学の話を確認した。

 彼女の隣にいたオリエは小さく笑い、グウェンは、

「ギル先輩ありがとうございます。ケネスさんって、いつもあんな感じみたいで悪気はないって皆さん教えてくれました。だから気にしてないです。先生のことも私、自分で頼んでみます。ただ、先輩の許可が必要になったらお願いします。」

いつになくはっきりした言い方で返事をした。

 こう言えるのなら大丈夫だろう。俺が安心して頷くと、

「ギルにぃは色々心配しすぎなんだよね。」

とオリエが笑う。

「うるさいな。それより見てみろよ。ギガスの一次装甲が仕上がったぞ。」

 俺が顔を上げると、頭上ではアルカンスギガスの頭部を覆う細かな装甲や布地が固定され、眉間に備えられた魂装座と顔面の機器を覆うように、仮面を取り付けるところだった。

「ねぇグウェン、煌術技官になったら、私はあれに乗るんだよ。」

 オリエが目を輝かせ、魂装座を指し示す。

「律奏機は2人で動かすものだから、なんだよね。もう聞き飽きちゃった。」

 珍しくグウェンがからかい調子に応えると、オリエは慌てて彼女の口に手を当てる。

「こんなところで言わないでよ!」

 半ば叫んだ後輩に、

「そんな大声を出すな。整備中だぞ。だいたい2人で動かすなんて当たり前だろ。騎手は騎体の制御まではできないんだからな。」

と指摘すると、2人は俺を睨みつけてから黙り込む。なんだよそれ。

 事実、律奏機は騎手だけでは操縦できない。

 自分と完全に同調する制御系によって身体のように自在に動かせる律奏機だが、逆を返すと人体に備わった機能しか操作できないという欠点を抱えている。

 第一、人体だって本人の意思通りになる部分はわずかで、大半は自動的に働いている。それらの機能を同調することで騎体の神経や循環系の動きは自動化されているが、元々人体にないものはどうしようもない。

 例えば動力源である煌糸顕現炉だ。動き出してしまえばある程度は心肺と同調できるらしいが、それをやると騎手の影響を受けすぎて不安定になるので外部から制御をしている。

 他にも、騎体を支える多くの法術や煌糸構造の制御は、騎手1人には荷が重すぎる。

 この欠陥を補うため律奏機のほとんどが2人で操縦する。1人が騎手となり、もう1人が騎体の制御を担当するのだ。

 ラテニアの律奏騎兵は支援車両に乗った煌術技官が憑装と同じ仕組みを使って騎体の眉間にある魂装座に意識を乗り込ませ、そこから制御を行う。

 騎兵にとってはそれが常識だ。

「当たり前のことだろ?」

 俺がそう呟くと、隣からは「わかってないね」「うん」と囁き声。

 居心地の悪さを感じたところに、

「ギル先輩、今日は、ありがとうございました。」

スフィーが声をかけてきた。

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