決着
ワイマーの鋭く巧みな剣撃が続く。俺は煌糸を読み取る感覚を研ぎ澄ましながら剣を受け、流し、打ち返し、弾いて凌ぐ。
だが一手一手詰将棋のように守りを切り崩す彼の剣技は俺の上を行き、徐々に俺の煌糸が描く球は狭められ追い詰められ、突破口は一つずつ確実に閉じられていく。
その上、アルカンスロボスの兜に組み込まれた簡単な計器には、継振筒に蓄えた煌糸力が残り少ないと表示された。
どうやら王道の剣は煌糸力の消耗を早めるらしい。加えて俺はワイマーより大きく激しい動きを使ってきたから、あいつの継振筒にはまだ余裕があるはずだ。
このままではジリ貧だ。間合いを変えて俺の有利な状況に持ち込まなければ負ける。
ワイマーもそれはわかっている。だからあいつは剣筋をコントロールして俺の体勢を崩し、間合いを開くことも縮めることもできないように慎重に戦いを進めていた。
「ワイマー、お前の技は見事だ。」
不利にも関わらず湧き出してきた気持ちを俺は声に出した。
「多少は己の分を弁える謙虚さが身につきましたか。」
ワイマーの答えには相変わらずの高慢さがあったが冷静で、その剣には全く乱れがない。そうでなければ困る。
「お前のおかげで、俺は師匠たちから学んだ技が正しいと確信できた。これからも迷わずに進んで行ける。感謝するよ。」
わずかにワイマーの剣筋が乱れたが、俺はそれを無視した。
「そしてすまなかったな。今までは逃げていたよ。行くぜ。」
俺は剣を振って、ワイマーが袈裟懸けに繰り出した一撃を真っ向から打ち返した。
彼の剣が大きく弾ける。俺は真っ直ぐ踏み込む。
そう、俺もワイマーも同じ剣使いだ。
体術を使って剣技の間合いから逃げていたのでは、たとえ勝負に勝ったとしても、自分の技から逃げたことになる。
だから引かず、逸らさず、踏み込んだ。
一呼吸で体勢を立て直したワイマーが間合いを取りながら繰り出す剣を、俺は悉く撃墜した。
その全てに絶歩の威力を乗せた。
騎体の重さを操作する技術は俺が師匠たちから学んだ技の集まりだ。ワイマーには扱えない。それは剣を合わせる一振りごとに威力の差を生み出してワイマーの剣筋を乱した。
剣と剣がぶつかり合う重い音を響かせて俺はワイマーに迫る。威力に勝る俺の剣を受けるワイマーは間合いを離せず、左右に騎体を振りながら不安定に下がる。
今度は俺が追い詰める番になった。
一歩一歩、ペースを変えずに歩いて間合いを詰める。
その一歩に、すべての歩みに、断歩と絶歩を駆使した煌糸の流れを作りながら、俺は進んだ。
(ただ歩くだけなのに、なんて複雑な動きだ!)
学んだ技をまとめ上げたそれは、単に歩いて斬る。ただそれだけの、技とは呼べない代物になってしまった。
しかし、かつて見た聖騎士ラドワン・ヴェルミールの剣は、雲泥の差こそあるが今の俺の剣と同じだ。
直感だが、確信がある。
これで良いのだ。と。
ワイマーの流れに合わせた剣と体術が結果として一歩歩いて振るだけの動作になり、激しい音と共に彼の剣を弾き飛ばした。
「おのれ!」
叫んだワイマーが叫び弾かれた威力に逆らわず後退。
体勢を整えてさらに引き、盾を前にして構えた。
(まずいな。)
流れが途切れた。
たまたま上手く行った剣が、次も同じようにできるだろうか。いや、できる。やらなければならない。
「あれはラドワン師匠の剣だよ!ギル、すごいよ!」
「そのままやっちまえ!」
(あいつら。後で懲罰は確実だろうに。)
ニールとミックの声援が俺の背中を押して、地面を蹴り砕いて突き進む。
黄橙色の煌めきが俺の行手を阻み、がむしゃらに突進してきたワイマーと激しくぶつかり合った。馬鹿な!あのワイマーが自分からこんな戦法を?
至近距離の組み合いの中ワイマーが剣の柄頭で俺の兜を横殴りにする。師匠の剣にこだわりすぎた俺はそれを防げず、辛うじて逸らした頭を柄頭が打つ。足が滑り体勢が崩れる。
騎体が宙に浮いた。
俺の技はすべて重さを地面へと打ち込んで使う。ここからは使えるものがない。いや!ある!
咄嗟の直感が俺を動かして、ロボスは可動域の限界まで胴を捻り右足を地面へと蹴り込んだ。その反動で威力を生み出した剣を胴と大盾の重さを軸にして振る。
突進して俺に寄りかかっていたワイマー相手に間合いもへったくれもなく、握った剣の柄頭があいつの兜の左側に運良く当たった。
無茶な動きから受身を取ることもできず、俺たちは同時に倒れて土埃を巻き上げる。
早く起き上がらなくては。
そう考えるより早く身体を回すと、うつ伏せに倒れていたワイマーは既に身を起しつつある。元々アルカンスロボスの習熟には差がある。そしてあいつはこういう基礎動作も甘くは見ていなかったと思い知った。
俺より早く膝立ちになったワイマーは剣を持ち直すと、地面を蹴って立ち上がりながら俺の上に剣を振り落とす。
間一髪、大盾の防御が間に合った。だがこれでまた仰向けだ。ワイマーは俺の騎体を跨いで大盾を押し退け膝で左脚を押さえ込むと、剣を持ち上げ切っ先を俺の胸へと向ける。
「私の勝ちだ!」
雄叫びを上げ剣を突き下ろすワイマーに俺は脳裏に閃くあの時のクレストスの動きだ閃いたイメージのまま右足を抱え込むように上げて彼の腰を蹴り飛ばす当たっただが浅い!
逸れたワイマーの剣は俺の左肩を貫…。
激痛が走り、俺の視界は闇に閉ざされた。
「うあぁッ!」
意図せず発した叫びは普段から馴染んだ声で耳に響き、ぐぐもった反響を残す。
目の前が暗い。一体何が起きた?
自分がどこにいるのかわからなくなって周りを確かめようとしても全身が拘束されていて指一本動かない。
なんだこれは?
焦燥と恐怖が高まって助けを呼ぶべきかと思った瞬間に、目の前に光が灯った。
『騎体憑装強制解除。原因:重度損傷発生。同調槽開放開始。』
赤い文字で描かれた表示は、俺が操るアルカンスロボスが重大な損傷を受け、強制的に俺との繋がりを解除されたことを示していた。
あの激痛はロボスの肩を剣で貫かれ、そのダメージが憑装していた俺に反映されたものだ。そして剣が騎体を貫くような大きな損傷に安全装置が働いたのだ。
「確かに痛かったな。カーチスが言った通りだ。」
拘束が解かれ、全身を覆っていた装置が動いて光が差し込んでくる。暗闇の中で膨れ上がった不安が解けて俺は深く息を吐いた。
同調槽が完全に開かれ動かなくなってから、俺は椅子から降りるため胴を固定するベルトを外そうとした。
「あれ?」
左腕が動かない。
いや、動かないのは肩だ。手は動く。肘も。
左の肩だけがまるで綿でも詰め込まれたみたいにぼんやりとしていて、感覚が無い。それだけじゃない。左の肩の存在そのものがぼやけて感じられ、自分の身体として受け入れることができない。
動く右手でベルトを外す。体がうまく動かせず手間がかかり、それが俺の焦りに拍車をかけた。
「腕が?なんでだ!?」
立ち上がろうとした俺は左腕の不意の動きにバランスを崩し、同調槽の手すりにつかまって耐えた。
「ギルバート君、動くな。君は身体像欠損を起こしている。」
明瞭な女性の声で命じられ、俺は自分の身に何が起きているのかを理解した。座学で学んだ通り動きを止めて、深呼吸をする。
身体像欠損症候群。
律奏機と同調した状態で機体が損傷すると、乗り手にそのダメージが反映される。
軽度の損傷であれば痛みですむが、重大な損傷の場合は乗り手自身の自己認識が傷ついて自分の身体を「忘れて」しまう。そして最悪の場合は生命維持に関する臓器の存在を忘れてしまうためその機能が止まり、死に至るというものだ。
なるほど、俺は今、左肩を「忘れて」いるのか。
ゆっくりと、動かせる部分を確かめながら身体を低くして座席に座る。俺に命令した声の主が同調槽の隙間から俺を覗き込んだ。
「よろしい。それではギルバート君、状況を報告せよ。」
強い意志を感じさせる太い眉に真っ直ぐ整ったボブカットの女性教師は、端的な命令口調で指示をした。
「ロザモンド先生、了解しました。左肩の感覚がありません。まるで元から無かったような感じです。それなのに腕の感覚はある。まるで出来損ないのパズルになったような気分です。」
「それだけ話せるなら生命に問題はありませんね。煌糸構造を診断します。姿勢を整えて待機しなさい。」
報告すると先生はいくぶん柔らかな、それでも生真面目さを感じさせるいつもの口調になって俺に命じた。
彼女はヴィネット・ロザモンド。支援学科の教師だが、怪我だけでなく命の危険もある律奏機の訓練のため騎兵学科の授業も担当している。
身体を包む無骨な灰色の服は奏力服という筋力増強機能を持つ奏具だ。その上に治療部隊の証である白い上着を纏った彼女は上着の裾をまくって腰に下げた構術具を取り出した。
封紋石と呼ばれる宝石に秘紋を封じ、構術筒という筒の中に収めた道具だ。単純な機能しか持たない奏具と違って、筒に収められた封紋石の並びを変更して複数の法術を扱える。
使うには相応の訓練が必要な代物だが、法術支援専攻の教師ともなれば目隠しをしていたって必要な法術を構築できる。
慣れた様子で構術具を操作する彼女に、俺は座席に座ったまま浮かんできた疑問を問いかける。
「先生、試合はどうなりましたか?」
ワイマーとの勝負が騎体の損傷で中断されてしまったとわかるにつれて、中途半端な決着に対する後悔が湧いてきたのだ。
「勝負は君の勝ちです。しかし、君の続行は認められません。」
「そうですか…ちくしょう。」
無念さが呟きになって漏れた。
試合のルールで相手に重傷を与えてはならないと決められていた。だから俺にこれだけの傷を負わせたワイマーが反則負けになったのだ。しかし、実戦ならあいつの勝ちだ。いや実戦なら、安全装置が無い本物の律奏機だったら騎体から切断されることもない。
俺はまだ戦えた。
ヴィネット先生は何も言わずに構術具を起動した。
杖状の構術具の先端に青白く光る煌糸が紋様を描くそれが変化して消えると、数秒後に彼女の前に再度光が舞って図形を描き出し、消えた。
俺にはわからない図形の集まりだったが、先生はその意味するところを読み取って頷いてから俺に告げる。
「2週間あれば治ります。他にも軽微な像欠損があるので3日間は運動禁止。腕を固定するから身体を起こしなさい。」
俺は言われるままに身体を起こし、先生が腕を回して布で左腕を固定するのを待つ。
そうしている間に試合は進んでいたのだろう。俺とワイマーの試合が終えたなら、次はヒューイとガリィだ。
離れて聞こえる剣撃の音に意識を向けると、
「勝者、ガリエナ・ジョンソン!」
訓練場から、ダニーの声が聞こえてきた。
生身のまま訓練場に戻ると、頭ひとつ以上は高い背丈の鉄像が横一列に並んだまま首を回らせて俺を見下ろした。
壁のような威圧感を感じながら近付いて列を回り込み、肩に1番の番号が刻まれたアルカンスロボスの隣を通りつつ、顔は向けずに声をかけた。
「勝負は俺の負けだ。」
「当然です。私が田舎騎士に負けるなどあり得ません。」
ワイマーの返事を聞きながら列の前に立つダニーの正面まで早歩きで進む。
「ギルバート・オースデイル。戻りました!」
「状況報告!」
「はい!左肩他の身体像欠損症候群により全治2週間。3日間の運動禁止です!」
「この間抜けめ!」
ダニーの怒声が響く。
「剣を止められなかったのはワイマーの落ち度だ。だが剣を防げなかったのはお前の失敗だ。自分がどれほど間抜けなのかよく反省しろ。そして動けるようになったら一から叩き直してやる。覚悟しておけ。」
怒りを露わに怒鳴りつけ、俺を睨む。
視線に負けまいと胸を張って「はい!」と返事をすると、ダニーは俺に戻るよう命じてから補助の教師を呼んだ。
俺たちが見ている前で、運ばれてきた手甲と足甲を素早く身につける。
ダニーは試合の前に、1番になったやつと手合わせをすると言っていた。しかし、なぜ生身のまま防具を身につけているんだ。憑奏機を使わないつもりか?少なくとも合奏甲冑くらいは…いやまさか…。
「ガリエナ・ジョンソン、前に出ろ。俺が相手をしてやる。」
ダニーはそう告げて、戸惑う俺たちを放ったまま訓練場の中央に向かう。ガリィが動かずにいると、
「ガリエナ!早くしろ!」
怒声が叩きつけられた。
並んだ鉄像の中から一体が慌てて前に出て、走り出した。
ダニエル・ワインバーグ。
シディン王立軍務学校の悪名高き名物教師である彼は、特務機装歩兵としても律奏騎兵としても多くの武勲を挙げながらも士官待遇を殴り飛ばし、教師を命じられてからも前線要員として軍に属しているという筋金入りの戦闘狂だ。
もちろん実力は折り紙付き。先輩たちからもダニーとやりあっても驚くなと、意味深な笑いと共に釘を刺されてきた。
しかし、目の前でアルカンスロボスと向かい合う姿には驚くを通り越して呆れる他はない。
身長は190cmを超え鍛え上げられた身体を持つダニーだが、それよりも一回り以上に大柄な憑奏機と比べれば、彼が不利なのは明らかだ。
そもそも鉄の騎体と生身とでは固さも重さも違うし、重い騎体を動かす膂力は人とは比べ物にならないほど強い。
多分俺たちは全員、俺が今感じていることと同じことを思っているはずだ。
「正気か?」
誰かの呟きがそれを肯定する。
その直後、
「始め!」
ダニーが号令を発した。




