勝ち抜き戦
「ちくしょう!惜しい!」
ミックが叫んだ。
敗者復活戦の競争で競り合ったニールとラッドだが、あと一歩のところでラッドの押しに当たり負けたニールがバランスを崩してしまった。憑奏機の扱いではやはりラッドに一日の長がある。
だがラッドがニールに仕掛けた隙に他の騎体が脇を通り抜けた。
あの騎体は?と番号を確認する。13番。ヒューイか。
ヒューイは同期の中でも目立たない方だが昔のニールのように素早く機敏な動きを得意としている。ラッドとニールが競り合ってぶつかり合う後ろで隙を窺い続けていたのだろう。2人を抜き去ってからラッドの猛追をじりじりと引き離してゴールした。
「1位はヒュアード・ライトベルだ。全員集合!」
ダニーが号令をかけ、俺たちは彼の前に並ぶ。
「勝ち残りの8人はここに残れ。他の者は訓練場西に行って騎体操錬だ!行け!」
競争に負けた6人が訓練場の西へと駆け足で向かう。
騎体操錬は歩く走る倒れる起きるなど騎体の操作に関する基礎的な練習をするための、組体操みたいなものだ。簡単な操作だが正確にやろうとすると地味に難しい。
彼らが西側に到着して並び一斉に両手を上げ始めたところで、ダニーが声を発した。
「勝ち残ったからといい気になるなよ。力試しでたまたま勝ったところでそれが実力だとは言わん。だが、俺と戦う奴を籤引きで決めてもお前らは納得できんだろう。だから勝ち残りをやってもらう。わかったか!」
「はい!」
俺たちは8人そろって返事をした。
この勝ち残りで1位になった奴がダニーと戦う。そうなれば悪名高きダニエル・ワインバーグと俺たち全員との実力にどれだけの開きがあるかがわかる。そういうことだ。
「全員待機!」
ダニーが号令を発して、補助教員に籤を持ってくるよう命じた。
相手が決められるまでの合間に、俺は勝ち残った8人について思い返す。
まず俺、ミック、そしてワイマーと取り巻きのガリィ。
ガリィは刺突剣という突きに特化した長い剣の使い手だ。槍よりも持つ場所が限られ正確さを要求される刺突剣を見事に使いこなす。
そして他の4人。
敗者復活戦で1位を取り戻ってきたヒューイ、長剣使いのカスパー、オーソドックスに剣と盾を使うデュランと、細剣二刀流のセシリィ。
全員の実力は知っている。だがそれはあくまで人の身体でのこと。憑奏機での実力はやってみるまでわからない。
しかし、今までの訓練と先ほどの試合の様子からすれば、手強いのは断トツでワイマーだ。憑奏機の練度も剣の腕も頭一つ以上は抜きん出ている。
それから剣技でも騎体への熟練でも高いレベルのミック、ガリィ、セシリィの3人。
ガリィとセシリィは女の力と体格を技術で補い、他の同期と比べても見劣りしない実力を持っている。
女性でありながら騎兵を目指す彼女らを甘く見れば、間違いなく負けるだろう。
ヒューイは片手剣と短剣を巧みに使う。競争でも見せたが、足での攪乱には要注意だ。
カスパーはニールと同じく長剣の使い手だが、多彩な技を駆使する攻めが手強い。
デュランは視野が広く仲間のフォローが上手い奴で、どんな武器でもそつなく使う。今は基本的な片手剣と盾だ。個人戦では長所を生かしにくいだろうが、その判断力は侮れない。
相手が誰であろうと、油断はできない。
改めて気持ちを引き締めると同時に、ダニーが声を上げた。
「ヒュアード・ライトベル!デュラン・グリーズヒル!」
トーナメント初戦はヒューイとデュランに決まった。
勝負はあっけなくついた。
デュランの右側に向けて走り出すヒューイ。盾を持たない彼からすれば、盾が無い側から攻めるのは当たり前のことだ。当然、デュランも向きを変えてヒューイを正面に捉えようとする。
2人の剣が打ち合わされ、ヒューイが真っ直ぐ飛び込む。これに対してデュランは盾を前に構えてヒューイの剣を押さえ込むように前に出た。
盾に当たって動きを止めれば右手の剣で一撃。後ろに下がっても左右に逃げても元通り。お互い序盤の様子見なら妥当な流れだ。
デュランが考えたのはそんなところだろう。だが、ヒューイは別のやり方を選んだ。
両手に持った剣と短剣をデュランの盾に打ち込みぶつかり合う力を受け流し、盾を上へ跳ね上げつつ自分は下へと身体を落とす。
低い!
大きく足を開いて肩がデュランの太腿より低くなるほど身を伏せたヒューイはそのまま駆け抜け、後ろに残した足を振ってデュランの両足を刈る。
盾を流されたところに横から足を刈られたデュランはたたらを踏んで体勢を整えようとしたが、ほどんど伏せた姿勢からバネ仕掛けのようにとびかかるヒューイの追撃は素早かった。
振るわれた剣を躱そうと身を仰け反らせたデュランは、とうとう堪えきれずにバランスを崩す。受身を取ろうと身体を捻ったが、転倒して起きあがろうとした右手に膝を置かれ、首筋に短剣を突き当てられた。
「勝者、ヒュアード・ライトベル!」
ダニーが勝敗を告げた。
デュランは駆け足で訓練場の西へ行き、体操組に混じる。ヒューイは元の位置に戻った。
補助教員が整地をしている間にダニーが籤を引く。
「ガリエナ・ジョンソン、セシリィ・ハワード。前に出ろ!」
偶然にも女生徒同士の対決となった。
女性の律奏騎兵は珍しいが全くいないわけじゃない。貴族の家に生まれた女子が様々な事情のために律奏騎士となるべく育てられる。そういう話は噂でも物語でもしばしば耳にする。
男女の体格や筋力の差は明確で女性はどうしても戦いには不利だ。
しかし、律奏騎に乗ってしまえば関係ない。女性の身で戦いの道を目指す覚悟があるからか、生身では体力の不利を埋め合わせるために人一倍努力をしている者がほとんどで、騎兵学科を卒業した女性には高い評価を受ける者が多いと聞く。
ガリィもセシリィもその例に漏れず優秀な使い手だ。生身でも同期の中では中堅の実力を持ち、得意とする武器は違えど繊細で正確な技術は侮れない。
その2人が対峙して、武器を構える。
ガリィは刺突剣。
地面に立てれば柄が自分の目線にくるほど長い剣で、頑丈に作られた四角い断面を持つ針のような作りは突き刺す攻撃に向いている。人の身体では隙間にねじ込むか術技でも使わない限り板金の鎧には通じない武器だが、律奏機用のそれは人間用とは比べ物にならないほど頑丈に重く作られ、律奏騎自身の重さも相まって装甲を貫き鉄の体を傷つけるのに十分な威力を有する。
セシリィが使うのは細剣という細い片手用の剣で、刺突を中心とはしているが斬撃もできる。とはいえ刺突剣のような威力は無く、律奏機で使うにしても基本的には装甲の隙間を狙う戦法が主となる武器だ。
セシリィはこの細剣を二刀流で器用に扱い、体捌きと合わせて両手持ちの大剣が振り落とされても柔らかく受け流して攻撃に転じる技術を持っている。
2人とも刺突重視で正確さを要求される武器を使うが、ガリィは一撃必殺の貫通力、セシリィは足捌きと受け流しと手数。
戦い方はかなり違う。
2人が対峙して互いの切っ先を合わせ…ようとした途端に、刺突剣が細剣を叩く。
鋼が打ち合わされる音。
ガリィが顎を上げ、セシリィのロボスを見下し、細剣を構え直したセシリィの騎体がガシャッと音を立てた。
一呼吸おいてから、ガリィが構えた剣の先に、細剣の先が合わされる。
直後にダニーは何も言わずに手を上げ、振り下ろした。
「始め!」
号令と共にセシリィは飛び出して前に出された鋭い切っ先を右手の剣で押さえつつ左の剣で突く。狙いは喉元。
だがガリィは落ち着いた動きですっと身体を落とした。
アルカンスロボスの顔を覆う仮面を突き刺す寸前で、セシリィの細剣が止まる。
ガリィが、手甲と刺突剣の腹で細剣をまとめて跳ね上げながら踏み込んで蹴りを放つ。身体が浮いたセシリィは腰に蹴りを受けて飛ばされ、足を踏み替えながらかろうじて転倒を防いだ。
その好機に、ガリィは優雅に長い刺突剣を一振りしてから、構え直した。
(遊んでやがる。)
ガリィのやり口に、俺は心の中で怒りを感じた。
最初の挑発は、まだ試合の範疇だ。あれくらいの事で冷静さを欠くなんて騎兵としては失格。そいつ自身の落ち度になる。
しかし、その次にやった、セシリィの突きに自分の顔を晒す真似は度を越している。
律奏機の騎体は破損をすると騎手自身が持つ身体像を傷つける。例えば胸を貫かれ心臓の身体像が失われると、脳は心臓の使い方がわからなくなって心臓が止まる。
心臓は胸の奥にあるから強固な装甲で守ることができる。それに、即死してしまうなら戦いなのだから仕方ないとも言える。だが、それが繊細な部品からなる顔ならどうか?
だから顔面攻撃は禁忌だ。戦争法の規定に基づく戦争なら、それだけで大きなペナルティを負う。
しかもガリィは女だ。顔の身体像を失うことは、彼女の人生から多くを奪うだろう。
ガリィはそれを逆手に取って、セシリィが突きを止めるとわかっていたからあんな真似をやった。
実戦ではそういう手を使う奴だっているはずだ。セシリィにはいい経験になるだろう。だが、ガリィのやったことが真っ当かと言われると、首を横に振るしかない。
再び2人が剣を打ち合わせた。
しかし、最初にペースを乱されたセシリィは感情的になりすぎてしまった。直線的な動きが多くなり、持ち味のしなやかさや足捌きを見失い、反対に落ち着き払ったガリィの技に追い詰められていく。
何度か勢いを取り戻そうとしてから、セシリィはガリィが前に出て放った突きを身体を低くして躱し、そのまま地を這うように踏み込んで逆転を狙う。だが、それを見越していた蹴りで肩を止められ、兜への蹴り下ろしで地面に顔を叩きつけられてしまった。
倒れたセシリィから一歩離れたガリィは、起きあがろうとしている憑奏機の、右肩と首の装甲の隙間を刺突剣で突く。
「勝者、ガリエナ・ジョンソン!」
ダニーが勝利を告げると、ガリィは剣の先端を抉るように捻って抜き、セシリィから離れた。
立ち上がったセシリィが、礼をしてから体操組へ駆けていく。あの深さで抉られたなら、重症にはならないが右肩は損傷して痛みもあるだろう。
だが、それを理由に戦いが避けてくれるはずがない。
セシリィは負け組の中に混じると、肩のことはなんでもないと言うかのように腕立てを始めた。
「あいつも根性あるよな。」
ミックが彼女の動きを見ながら褒め、俺も頷いて同意した。そこにガリィが口を挟んでくる。
「叙勲騎士の娘風情が努力したところで多寡が知れていますのに。必死ですわね。」
「お前だって大差ないだろ。」
ミックがすぐさま言い返した。
セシリィの父親は叙勲騎士だ。
叙勲騎士は律奏騎兵でありながらも大きな功績を上げ律奏騎士を賜り、一代限りの貴族として認められた者の称号であって、その後の働き次第では爵位を与えられる場合もある。
そしてセシリィは一人娘だ。
親が賜った律奏騎士は、その子供が騎兵となり功績を上げ騎体を受け継ぐにふさわしいと示せなければ、国に返すことになる。
彼女にはそれが我慢ならなかったらしい。
それは、律奏騎士を目指しているミックにとっても他人事ではない。
だからガリィに対しても、男児に恵まれなかった伯爵家に生まれ育ち軍務学校に入学してきた事情を知った上で、似たようなものだと指摘したのだろう。
「だいたいさ、家の偉さで強さは決まらねぇよ。」
ミックが吐き捨てるように言う。ロボスの眼球がガリィを見た。
「あぁ、マイケルさんは平民上がりでしたわね。ギル?教育が…」
「ミックは。それからニールも、俺の友人で共に並び立ってシディンとスクトゥムを守る仲間だ。お前が何と言おうがそれは変わらないよ。」
俺は前を向いたままでガリィの言葉を先読みし、それを遮る。
ガリィとラッドの家はワイマーの家、シアボルド侯爵家に近い間柄にあって、3人の関係も家の関係を反映している。だからガリィには俺たち3人も同じように、俺が上だと見えている。
俺はそれを否定した。
「そんな気概ではクレストスはミックが乗る羽目になりそうね。」
ガリィが騎体を俺に向けて言い返してきた。声は冷静だが、その動きに装甲が強く打ち合わされ音を立てている。お前呼ばわりで感情を表に出す程度の相手ではないはずだが、何が彼女の気持ちに刺さったのだろう。
「そうかもな。大事なのは俺が騎士になることじゃない。剛獣の被害から国を守ることだ。だがな…」
落ち着いて答えた俺の考えはおそらくガリィにとって予想外だったのだろう。わずかに腰が引けて機械の眼球が揺らいだ。彼女が動揺したわずかな合間、俺は一度言葉を区切る。
「俺は家柄でクレストスを受け継ぐつもりはないし、他の奴に渡すつもりもない。」
ガリィが姿勢を戻すと同時に、俺は顎を引いて彼女を横眼に睨み、断言した。
ちょうど籤引きが終わる。
「マイケル・アデラルド、ギルバート・オースデイル。前に出ろ!」
偶然にも俺とミックが当たってしまった。だが、これは好機だ。
「ちょうどいいな。俺たちの技を見せてやるよ。」
「ギル、やるのか。だったら遠慮しねぇぞ!」
静かに告げた声にミックが応え、俺たちは同時に足を踏み出した。
週2回の投稿にしていましたが、執筆のペースが厳しいのでこれからは週1回にします。
基本的には日曜日の6時から7時の間で投稿しますので、よろしくお願いします。




