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試し合い

「多少はマシになったが貴様らはまだヒヨッコだ!剣の振り方も身の躱し方も見れたものではない。そんな有様で戦場に出せばひとときも保たずに戦死する。少しばかりできるようになったからと図に乗るな!」

 講義の最初に恒例の怒声が始まった。

 半月ほど続けた走り込みの中で俺たちは憑奏機での運動に慣れて無駄に時間を浪費することはなくなった。その分、走り終えた者から剣の素振りやお互い剣を打ち合わせての訓練が許可されるようになっている。

 やっと戦い方の訓練だ。

 そう思うとやる気にも違いが出る。

 走り終える順番は大体決まっていて、まずワイマーとその取り巻きの2人。続いて俺たちと他に2人がほぼ同じくらいに剣の素振りを始める。

 そんな状況からさらに一週間。

 俺たちはワイマーたちにじりじりと詰め寄り、後続の奴らも徐々に速くなり、全員の差が10分以内に収まるようになった。

 その翌日に聞かされたのが、さっきの台詞だ。

 ダニーは、一呼吸置いてから不意に声を抑えて話を続ける。

「貴様らは走れる剣を振れると思っているようだが思い違いだ。多少動ける様になったところでミミズ並みだと徹底的にわからせてやらねばならん。だが口で言っても聞く耳もあるまい。そこでだ、今日は貴様らの技量がどの程度なのか試す。」

 ダニーの眼の座り方が今までの比じゃなく厳しい。

 厳しさに気持ちを呑まれるようでは騎士にはなれない。そう考えて俺は、心の中で気合いを入れた。

「これから勝ち残り形式で試合を行う。一位になった奴には俺が手解きしてやろう。」

 平静で落ち着き払った言葉に、俺は衝撃を受けた。

 ダニーらしくない。だが、それが逆に真剣さを感じさせる。しかもその中身が大事だ。

 あの悪名高いダニエル・ワインバーグと剣を交えるだと!?

 動揺したのは俺だけでなく、俺たち全員の騎体がガシャンと音を立てた。

「異論が無ければ始める。無いな。俺がこれから名前を呼ぶ。呼ばれた者は訓練場中央に出ろ。中央を向いて全員待機!」

「はい!」

 14騎の憑奏機が一斉に、時計回りで後ろを向いた。


 試合の進行は、籤引きで戦う相手が決まるトーナメント方式だ。ただし人数が14人なので、ダニーは少し工夫をしていた。

 手前に並んだ中からダニーが籤を引いて呼ばれた者同士が戦う。勝てば勝者として列の右に戻り次の戦いに挑む。敗者は列の左に集まって最後に全員で競争をして、1位の者に復活の機会が与えられる。

 そうして残った8人を籤引きで4組に分けて戦い、残った4人を同じく籤で2組にして戦い、最後に残った2人で決勝だ。

 俺は騎体に待機の姿勢をとらせながら、呼ばれるまで同期たちの戦いを見守った。


「マイケル・アデラルド!イワル・ヘンミング!」

 初戦はいきなりミックが呼ばれた。対戦相手はイワルだ。

 訓練場の中央に進み出た2人が武器の先端を合わせて間合いを測り、対峙する。

 イワルは長柄斧を得意にしていて、その長さを活かした先制から自分のペースに持ち込む戦いを好む。対するミックは片手剣だけで、間合いでは明らかに不利だ。

「重傷となる攻撃は禁止だ。相手を無力化するか、急所への寸止めで勝利とする。お互いに礼!はじめ!」

 ダニーの号令で2人は動き出した。

 詰めようとしたイワルに対してミックは左に、イワルから見れば右へと回り込む。動きに緩急をかけながらイワルが振るう長柄斧の先端を打ち落とし、タイミングを計っているようだ。

 俺たちは同期として既に2年以上を過ごしてきているので、それぞれの戦い方も癖もわかっている。だから当然、イワルはミックが得意にする突進を警戒して小刻みな突きを繰り返す。守りが固い。

 ミックがイワルの周りを2周ほどしてからの踏み込みでバランスを崩し体が流れた。その隙を逃すまいとイワルは突きかけていた斧を半歩の踏み出しで小さく回し、ミックへと振り下ろす。

 だが、それはミックのフェイントだった。

 俺たちがジョセフさんから学んだ技は重心の操作で重さを速度に変える。憑奏機の不慣れな騎体だがミックは技を使い、流した体を一瞬で切り替えイワルの一撃をかいくぐった。

 躱した動作から突進に繋げる。左腕の装甲を長柄斧の柄に滑らせながら進むミックに武器を右に流されたイワルは左脇を晒した。

 ミックが剣をイワルの脇腹めがけて突き、胸と腹の装甲の隙間に切っ先を食い込ませて止める。あの角度なら心臓をひと突きだ。律奏機なら騎手が乗る同調槽を貫いている。

「そこまで!勝者マイケル・アデラルド!」

「よっしゃあ!」

 ミックが高々と剣を掲げた。


 試合が進み4回目に呼ばれたのは、

「ワイマー・オズワルド!ニール・セドリック!」

ワイマーとニールだ。

 片手剣と盾を構えるワイマーに対して、ニールは両手持ちの長剣。リーチはニールが有利だ。

 2人は互いの切っ先を合わせた間合いで一礼し。ダニーの号令を待つ。

「はじめ!」

 号令がかかった直後にニールが長剣を振った。ワイマーの左肩から斜めに切り下ろす。

 ワイマーが盾で受けて半歩下がり、即座に踏み込んでニールの手首を狙う。体を引いたニールの右手スレスレを切っ先が通り抜けて、ニールは柄から離した左手を刃に添えて長剣を振り上げた。狙いはワイマーの右脇だ。

 手首を捻って剣を返し長剣を跳ね上げたワイマーは、盾をかざしつつ踏み込んだ。跳ね上げた剣の動きがそのまま振り下ろしに繋がっている。

 ニールは左肩目がけて振り下ろされる剣に対して一歩足を引きつつ身体を落とし、その重みで長剣を引き落としてワイマーの剣筋に重ねる。剣を切り落としつつ腕狙いか。

 両者の剣が火花を散らし、2人は離れて再び構えた。

「あれを防ぐのか。」

 一瞬の攻防を見て、ニールと同じ長剣使いのカスパーが呻いた。

 今の一合、長剣と剣の違いがあるから、ニールの一撃はワイマーの剣を打ち落としながら右腕を打っていたはずだ。しかしワイマーは剣を捻るだけの最小限の動きでそれを防いだ。

 お互いに寸止め狙いなので体勢を乱さずに間合いを取り直したが、ニールが本気で切り付けていたなら彼の長剣は下に流され、今頃はワイマーに追撃されていただろう。

 しかし、ニールが弱いというわけじゃない。

 ニールはワイマーの剣を紙一重で見切り、剣筋を重ねて切り落としを仕掛けた。これは彼が生まれ持った動体視力の賜物で、俺たちが真似ようと思ってもできるものじゃないし、防ぐのも難しい。

 同じ長剣使いのカスパーが、あのカウンターが通じないということに驚く。そのくらいの技だ。

「流石だな。」

 俺はワイマーの技量に感嘆し呟く。

 同期の中でも常のトップを競う実力は、憑奏機に乗っていても変わりないわけだ。

「当然のことですわ。ワイマー様はあなたたちとは違うのです。」

「その通り。聖騎士の弟子などと調子に乗っていても、所詮は凡俗だな。見てみろ。ワイマー様に全て見切られている。」

 俺が呟くと、横から女生徒が口を挟む。続いて男の声。俺たちがそちらを見ると、

「本当に。動きがぎごちなくて、見ていられないですわね。」

 女生徒が嘲るような口調で続けた。

 俺は試合に視線を戻しながら言い返す。

「ガリィ、ラッド、ワイマーの実力は認めるが、ニールがラドワン師の弟子だと増長したことは無い。俺もミックもな。ご主人様の強さに図に乗って出鱈目を言うなよ。」

 ニールを貶した2人はガリエナ・ジョンソンとコンラッド・ロバーツ。2人ともワイマーの家、シアボルド侯爵家と近しい貴族の出で、ワイマーとは幼少からの付き合いがある。

 わかりやすい言い方をすれば、取り巻きというやつだ。

「実力が足りないのは事実ですわよ。ほら。」

 俺の反論に対してガリィが試合を指差すと、長剣の間合いを巧みに盾で封じたワイマーがニールに連撃を仕掛けていた。とんでもなく速いというわけではないが、的確な一撃一撃がニールの動きを抑え込み、守りを切り崩す。

 ニールは流れを押し戻せなかった。

 まるで詰将棋みたいに一手一手と余裕を削り落とされ、間合いを取ることもできないまま苦し紛れの蹴りでワイマーを引き離そうとしたニールは足を取られて背中から倒され、胸に切っ先を押し当てられる。

「あのような有様で聖騎士ラドワン様を師と呼ぶことを、思い上がりでないならどのように言い表すべきでしょうか?」

 ガリィの憑奏機の顎が上がる。

「もう一度だけ言うが、ご主人様の勝ちを自分の勝ちのように言うのはやめておけ。例えニールが勝っていたとしても、俺たちはそんなことは言わない。勝者の顔に泥を塗るからな。」

 取り巻き2人が肩をすくめる。こんな言い分が通じない相手だとはわかっていることだ。

「ラドワン師の教えを受けたことは紛れもない事実だ。それ以上でもそれ以下でもないし、試合に負けたところで事実が変わることもない。余計な思い込みで色を付けていると、それが癖になるぞ。」

「負け惜しみもそれだけ口が回るのでしたら、騎士ではなく詩人になられるべきでしょうに。新入生を口実に使ってこそこそと何かやっていたようですけれど、付け焼き刃でしたわね。」

「所詮は親の七光りだ。」

 わかっていても言わずにはいられなかったが、やはり2人には届かない。

 仕方がない。分かりやすく実力を見せられなければ聞く耳を持つ気もないんだからな。

 そう思いながら前を向けば、ダニーが籤引きを始めている。

「次!ギルバート・オースデイル、コンラッド・ロバーツ。前に出ろ!」

 運が良いと言うべきだろう。俺とラッドが呼ばれた。

「ちょうど良いな。実力でわからせてやるよ。今年になって憑奏機に乗ったヒヨッコに負けたら、お前の家名に傷がつくぞ。」

「その言葉忘れるな。そのまま突き返してやる。」

 俺の挑発に手にした槍の石突でガンと地面を叩き、ラッドが小走りに中央へ向かう。

 俺はニールの方へ顔を向け様子を伺って、気に病むな、と拳を掲げてから試合に向かった。


 ラッドと訓練場の中央で対峙した。

 俺が持つのは片手持ちの剣と大型の盾。脛まで届く長い盾は人間なら取扱いに苦労するところだが、憑奏機の鉄の体で構えるとそれほどの重荷ではない。人体に比べて圧倒的に重いから、その分盾に振り回されずに済む。

 ラッドが構える槍も同じだ。

 鉄製の柄の槍なんて相当の力が無ければ扱えたものじゃないが、筋力を騎体が保証してくれる律奏機にとっては標準的な武装だ。ただし、本気で槍の扱いに慣れようという奴は生身の時にも膂力を鍛え鉄の槍を持つ。ラッドもそういう奴の一人だ。

(同期の中に油断できる相手はいないが、こいつは手強い方だからな。)

 憑奏機への熟練と槍と剣の間合いや威力の違いは俺が不利なところだ。だが実戦でそれが言い訳になるはずがない。この試合は負けられないのだと俺は気合を込めて構えた。

「始め!」

 ダニーが号令を発すると同時に俺は大盾を前にして間合いを詰める。

 2歩進まないうちに上から叩きつけられた槍を大盾で受け、足を止めた隙を狙った突きを剣で叩き落とす。すぐさま大盾で槍を抑えながら走り込むが、ラッドは半歩引いて槍を回し石突きで俺の踏み込んだ右足を打つ。

(甘い!)

 踏み込みはフェイクだ。地につけた足先を緩めて脛を打った勢いを殺しつつ左足を踏み替えてさらに踏み込む。

 さらに下がったラッドが俺の右肩目がけて穂先を振り落とすが、身体が流れていては苦し紛れにすぎない。

 大盾に剣を隠して突撃。穂先は大盾の縁を叩き、その反動で槍を引き戻したラッドは俺の右に回る。人よりもはるかに重い憑奏機の勢いを止めることは難しい。奴は俺が足を滑らせると考えたんだろう。

 実際、奴を追おうとして地面を蹴った俺の足は土を踏み砕いて滑る。身体が流れた俺の頭めがけて、奴が槍を振り上げた。

(俺を見くびったな。)

 奴は俺が憑奏機の扱いに慣れていないから、バランスを崩すと思ったのだろう。だが俺はダニーをはじめとした関係する教師たちと交渉し、オリエとグウェンの指導と称して憑操機を使う許可を得て技を使えるよう鍛錬したのだ。

 滑る憑奏機の骨格を意識する。人体と律奏機のそれらはだいたい同じだ。足を浮かせて体の重さを自由にした一瞬で骨格の軸を揃え、バランスを取る。

 ラッドの予想よりも早く俺が立ち直ったため、奴の穂先はアルカンスロボスの兜スレスレを通り地面にめり込んだ。

 再び奴の槍に大盾を乗せて重みをかけつつ、身体を前傾してから足を進める。

 ラッドは冷静だった。間合いを詰める俺に対して槍を持つ手を滑らせ体当たり。剣を突き出す余裕を潰す。

「上手いな。だけどこれはどうだ?」

 生憎だが俺の狙いは突きではない。

 奴の左腕に右肘を乗せ、大盾を奴の右半身に重ねて押し付けた。

 触れた部分から重みを一瞬かけて、同時に右足を踏み出して奴の両足の間に置いてから前に進む。踏み出した俺の足が逃れようとしたラッドの足を遮った。

 奴がバランスを失って後ろへ転び、俺はその動きに合わせ剣の刃をロボスの首に押し当てた。

「そこまで!勝者ギルバート!」

 左足を大きく踏み込み体勢を低くラッドを抑え込み、背中を地面につけて倒れた彼の首に刃を触れさせたままでダニーの判定を聞く。

「ラッド、お前はミックの戦い方から俺の突きを予想したよな。その思い込みがお前の敗因だ。癖になるぞって言っただろ。」

 俺はラッドに小声で告げてから、中腰まで身を起こす。

 切っ先は首筋に当てたままだ。本当に相手を無力化しない限り、油断してはならない。

 ラッドの返事はなかった。

 立ち上がり剣を鞘に戻した俺は、起き上がったラッドと一礼してから、勝者の席に向かった。

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