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憑奏騎

「こんなに小さいのか。」

 俺は俺よりも頭ひとつ以上は背が高い甲冑を見上げて、呟いた。隣に立っているニールが身長2メートルと少し。彼よりも拳一つ分くらい頭が高い。

「本物と比べたらちっちゃいよなー。」

 ミックも俺と同感らしい。ニールは黙ったままだ。

 周りにいる生徒たちの様子を見てもほとんどは同じ印象を抱いているようで、そうでないのはワイマーとその両脇についている2人だけか。

「おいお前たち。小さくても立派な律奏機だぞ。それをまともに使えん内は、本物には触らせんからな。」

 訓練場の広い空間を圧倒して、野太い声が響く。

 振り向くとニール程ではないが背が高く、そしてニールよりも逞しい身体を薄手の訓練服に包み丈夫なカーゴパンツを履いた男性教師が、頑丈な軍靴の踵を床にダン!と叩きつけた。

「整列!点呼!」

 俺たちは一斉に踵を返し、駆け足で教師の前に並ぶと声を張り上げて点呼をする。逆らう奴どころか遅れる奴だっていない。

 ダニーには逆らうな。

 騎兵学科の先輩から後輩に受け継がれる言い伝えのひとつだ。

 ダニーことダニエル・ワインバーグはこのシディン王立軍務学校の教師であり、律奏騎兵として多くの実績を持つ軍人だ。特殊機装歩兵としても高い評価を得ており実力は折り紙付き。しかし現場好きの度が越して上官を殴りつけて現場に向かったという曰くつきの人物でもある。

 俺たちは軍務学校に入学してからの2年間で何度か。そして3学年となり直接指導を受けるようになった二カ月でうんざりするくらいに、それらを体験してきている。

 実際、騎兵学科に所属している学生の中には貴族が多く、家が保有する律奏機に乗った経験がある者さえいる。そういう生徒に教育をしていくには上官であっても殴り倒すような人材が必要なのかもしれない。

 隊列の前で俺たちを睨みつける眼光は意外なほどに穏やかだが、誰一人として直立不動の姿勢を崩す者はいない。

「お前たちはこの二か月間で、律奏機に関する理論・構造・操縦・運用・その他もろもろの知識を学んできたはずだ。そしてこれからこの憑奏騎『アルカンスロボス』を用いて実際の操縦を学んでもらう。それに際して言っておくことがある。」

 騎兵学科3学年14名の一人一人の顔を射抜くように見据えながら点呼順に前を歩き、そして戻りながら、ダニーは威圧的に告げた。

 そして一呼吸置いて、

「貴様らが学んできた知識なぞクソだ!戦場では何の役にも立たん!頭の中でものを考える前に動け!できない奴はここを去れ!それもできん奴は俺がケツを蹴り飛ばしてやる!覚悟しろ!」

わかっていてもなお肝が冷える強烈な怒声を叩きつけてくる。

「はい!」

 俺たちは迷わず返事する。迷えば拳が飛んでくることは身に染みている。

「覚悟が決まったな。全員騎乗!」

 突然の命令。

「はい!行くぞ!」

 オレは周りに声をかけて走り出す。ミックとニールはすぐに続き、俺と同じタイミングでワイマーが何か言って走り出し、他にも2人が動いた。他の奴らは遅れた。

(頭の中でものを考える前に動け。)

 ほんの十数秒前にダニーが言った通りのことだ。

 自分の番号が書かれた重厚な機械に囲まれた座席に座ってベルトで体を固定する。

 固定しながらざっと目を走らせれば、すでに学んだ通りのものが確かにある。

 手順に従って、座席の前に立っている憑奏騎の起動を行う。

 一次継振筒接続

 像影板起動、良し

 制御系動作確認…同調槽…魂粧珠…調弦機…良し

 二次継振筒接続

 同調槽起動、良し!

 座席の右脇にあるレバーに手をかけて、その先端のボタンを指で強く押し込みながらレバーを下げる。座席の周りに備えられた機器が動き出し、俺は素早く右腕を規定の位置に戻した。

 両手両足胴も頭も、全身がクッションを備えた頑丈な金具で固定される。

 動くのは口と指先だけだ。

 顔の覆いに仕込まれた表示が赤から緑に変わる。

「騎乗完了!」

「そこまで!騎乗解除し全員整列!」

 俺が完了の報告を叫ぶのと、ダニーの掛け声はほとんど同時だった。

「あーっ、あと少しだったのに!」

 誰かが嘆く声が聞こえた。馬鹿野郎!と思わず心の中でそいつを詰る。

 手順に従って座席から降り、走ってダニーの前へ並ぶ。

 全員揃った。

「3分もくれてやったのに騎乗を完了したのは3人だ!3人ではまともな陣形も組めん。貴様らは全員まとめて戦死だ!」

 叱責の声が響く。

「そして下らん口を利いたやつまでいた。その一言で脱出が遅れる。口からクソを吐く前に手を動かせ!連帯責任だ。全員その場で腕立て30回。開始!」

「はい!」

 俺たちは素早く床に伏せ、腕立てを始める。

 手は抜けない。文句も言えない。回数が増えるだけだ。真剣にやっても増える場合があるが、やらなければ確実に増える。

 その日、俺たちが初めて律奏機と呼べるものに触れた講義は、懲罰の訓練と騎乗をひたすら繰り返して終わった。


「ギル?へろへろですよ?」

 あっけらかんとした表情で俺たち3人の有様を言い表したのは、支援学科のアルテだ。

 俺とは新入生を指導するチューターとして組んでいて、ここラテニアでは珍しいフェア=レイアである彼女はその藍色の瞳に無邪気な好奇心を隠そうともせずに歩いてくる。

 ダニーの過酷な講義を終えた俺たちは全身ガタガタで歩くのも厳しいくらいに疲れ果て、それでも食事にはありつかなければ午後の講義で身が持たないと食堂までやってきたところで、顔を合わせた途端にこの一言だ。

 見ればわかることをわざわざ聞かれて、しかも悪気の一つもない表情で子供みたいな言い方をされて、思わず力が抜けた。

「ダニーの講義だったんだ。」

 何とか一言だけ言い返して、俺たちは食事を配るカウンターへ向かう。すると「そうなんですか。」と軽く流したアルテもすぐに俺の横に並んだ。

「みんなで食べましょ。あっちに席を取ってもらってありますよ。」

 後ろに立つミックとニールを振り返れば、2人ともいつものように頷いている。

「そうするよ。誰がいるんだ?」

「みんなですよ。あ、カームはいません。」

 それで通じると信じ切った声に、行けばわかると諦めてカウンターへと列を進んだ。

 カウンターで皿を兼ねたプレートに盛られた昼食を受け取り、アルテの案内で食堂の中程へ向かう。その辺りにはだいたい見慣れた顔ぶれが20人ほど固まっていて、4人分の席があるテーブルを6つ占めていた。

「ギルにぃ、こっちこっち。」

 オリエが手を振って呼ぶテーブルには俺がチューターとして指導している新入生たちがいる。カルミアは居ないが、あいつは姉のアルテとの同席か騒がしい食堂の雰囲気か、おそらくその両方が苦手という理由で1人での食事を好んでいる。

 彼のような性格の者でも無理矢理同席させるチューターが多いのだが、俺はチームで上手くやっているなら良いと考えて時々声をかけるだけにしていた。

「よう。ありがとうな。」

 席を開けてくれた後輩たちに礼を言って椅子に座る。ミックとニールは近くに居た自分たちが面倒を見ている後輩たちの席へ行った。

 腕立ての繰り返しでこわばった腕をほぐすように手を振ると、俺と同じ騎兵学科の新入生であるランダルが話しかけてくる。

「ギル先輩、お疲れじゃないですか?ミック先輩やニール先輩も。」

 軽い口調で尋ねられ、俺は笑いながら今日の講義について話をすることにした。

「さっきまでダニエル先生に絞られていたんだ。今日は憑奏機の実習初日だったんだけど、起動までいかなかったよ。」

「憑奏騎っすか。律奏機のミニチュアですよね。練習用の。」

 ランダルが興味を示してくる。それだけでなく、秘紋学科のオリエや工兵学科のグウェンもこちらに顔を向けてきた。

「ギルにぃ。憑奏機って騎兵とは違って憑装で動かすんでしょ?」

 オリエの疑問は騎兵学科では最初の方で学ぶことだったが、意外に知らない人も多いところだ。俺は自分の復習も兼ねて説明しようとパンを口に入れながら少し考え、飲み込んでから話し始めた。

「オリエの言うとおり、憑奏機は憑装で動かす。遠隔式の同調制御を憑装って呼び分けているんだけど、この辺りは憑依支援と紛らわしいところだな。」

 そう切り出して、律奏機と憑奏機の違いについて説明する。

 憑奏機はランダルが言ったとおり、律奏機のミニチュアだ。

 全高12メートル近い律奏機は騎手が胸の同調槽に騎乗し、煌糸顕現炉が作り出す煌糸力を騎手の煌糸構造を模倣して騎体全身に巡らせることによって騎手と騎体を同調して操縦する。

 それに対して憑奏機は律奏機の5分の1程度の大きさで、騎手は騎体の外にある同調槽に乗る。

 そして同調槽が騎手の煌糸構造を読み取り騎体に転写することで操縦する。煌糸顕現炉を積める大きさは無いから、替わりに煌糸力を蓄積する継振筒という筒を積んでいる。

 どちらも騎手は騎体を自分の体のように操作できる点は同じだが、遠隔操縦である分だけ憑奏機の方が反応は遅い。その反面、実際に乗るわけではなく小型で万が一の被害も小さい憑奏機は、騎兵学科の学生が練習する道具として優れている。

 俺たちが講義で見た憑奏騎アルカンスロボスは練習用に特別に作られたもので、実際の律奏騎兵『アルカンスギルム』を、大きさの違いを考慮しつつ縮小した構造になっている。

 アルカンスギルムはシディンが属するアウスタル都市国家連合で最も数多く運用されている律奏騎兵だ。癖がなく扱いやすい騎体だから軍務学校を卒業すればだいたいはこれに乗ることになる。それに合わせた練習をさせているわけだ。

「同期から聞き出したんすけどね、ワイマー先輩たちの家にはロボスがあるらしいっすよ。」

 俺の話が一区切りつくと、ランダルが声を潜めて言ってきた。ロボスはアルカンスロボスの略称だ。

 ワイマーはシアボルド侯爵家の長男だ。侯爵ともなれば大体は律奏騎士を所有しているし、憑奏機は練習以外にも使い道があるから、持っていても不思議じゃないな。おそらく、取り巻きたち2人の家にもあるのだろう。

 だったら、同じことをやっていても追いつけないわけか。

「やっぱりそうか。ワイマーは操作に手慣れている様子だったから、そうなんじゃないかと思っていたよ。」

 俺がワイマーたちの動きを思い出しながら感想を言うと、ランダルは

「家柄のおかげでそういうので練習してきてるんだから、成績だって良くて当たり前っすよね。」

と笑う。表情や口調の陽気さでつられそうな雰囲気があったが、俺はそれをあえて諫めるべきだと感じ口を開いた。。

「ランダル。それは違うぞ。」

 場の空気がさっと冷える。

「ワイマーは相当に努力をしてきているんだ。確かに人は生まれ育ちで不公平だが、実力は努力無しじゃ身につかないぞ。」

 軽い調子の笑顔を見据えて言いつける。きつい言い方にはなったが、ランダルはさほど気にする様子もなく

「やだなぁギル先輩、冗談っすよ。硬いなぁ。」

笑いながら手をひらひらと振って受け流した。

「人の努力を家柄のおかげだと言うのは、侮辱だからな。それに、そう言う奴は家柄を口実に努力をしない奴だと思われる。やめた方がいいぞ。」

 軽く流されたとはいえ食事時にこういう話を延々と続けるのはまずい。俺は声を和らげて付け加えるだけにとどめ、最低限の注意だけ伝える。

 こういう部分を甘く見ているとランダルのためにもならないことは指摘しておく必要があるからだ。そこに、

「ギルが立派なことを言ってますよ。」

「ギルにぃは昔からこういうところあるよね。」

「そうだな。ガキの頃から変わらないぜ。」

アルテが余計な口を挟んでオリエがそれに乗って、俺の後ろからミックの笑い混じりの肯定が飛んできた。

 茶化すなよ、と言い返して笑う。

 和やかな雰囲気が戻ってランダルもミックたちの話を笑いながら聞いている。上手くフォローしてもらって助かった。

 食事をだいたい終えてから、ランダルの話から思いついていたことを話に出した。善は急げだ。

「ところで、オリエとグウェンに頼みがあるんだ。他のみんなにも。聞いてもらえるか?」

「うん。いいよ。」

「はい。できることでしたら。」

 快く返事をしてくれた2人。他のみんなも興味があるようで、俺はまだアイデアの段階だと念を押したうえで話を始めた。

 そうして昼食を済ませて、俺たちはまた講義へと向かった。


 初日は散々な結果に終わった憑奏機での実技だが、一週間ほどダニーにしごかれた俺たちは全員が2分以内に起動できるようになった。

 元々軍務学校に通うのはその道を目指して幼少のころから鍛えている者が多いし、騎兵学科はその中でも一番の花形だ。基礎課程の篩い落としを経てここに残っている奴らはそれだけでも相当に優秀な部類に入る。

 だから実際に憑奏機を扱いだすと、それほどかからずに起動して立って歩くくらいはできるようになった。だが、

「整列!点呼!」

 ダニーの号令が響く。

 総勢14騎の憑奏機は木と鉄の足底で地面を踏み荒らして整列し、歪んだ声で点呼をとる。

 その足取りは生身と比べてひどく乱れていて、たどたどしい。

「遅い!貴様らはそれでも騎兵学科か!」

「はい!」

 もちろん、そんな俺たちを許すダニーじゃない。早速怒声が飛んできて、俺たちはお決まりの返事を叫んだ。

「ふざけるな!貴様らよりも芋虫の方がまだ早いぞ!全員場内を10周!走れ!」

 容赦なく罰を課されて、俺たちは一列になって訓練場を走り出した。

 憑奏機は同調槽からの憑装によって遠隔操縦をするので、行動範囲に制約がある。その中で余裕を持って動けるように作られた訓練場を外周に沿って走ると1周400メートルほどになる。

 そして憑奏機は重い。

 人間の身体と違って金属と木材で作られた騎体は人体の5倍近い質量がある。法術で重量は軽減されると言っても質量は変わらないから、走ると固く整えてある地面であっても容易く抉ってしまう。

 地面が荒れれば走ることは難しくなる。しかしダニーは常にペースを保つように指示し続けた。

 2周目には足元の土はさらに荒れ、特に4隅のカーブでは方向を変えるために深く抉られてしまっていて滑りやすく、騎体の重さもあって外へ膨らんで壁にぶつかる者までいる。

 動きが鈍る原因は重さだけじゃない。

 騎手の身体は一人ひとり違うが、憑奏機の騎体は同じ規格で作られている。自分の身体のように操縦できる仕組みを備えていても、憑奏機の大きさや手足の長さは自分の身体のそれとは違う。

 カーブに差し掛かった俺の足元が滑り、とっさにもう一方の足を踏み出した位置が経験からわずかにずれる。重い騎体の重心はそのわずかなずれで横に振られ、俺はつんのめって地面を転がった。

「あぶねっ!」

 くぐもったミックの声がして、俺を掠めた騎体が背中で地面を削りながら壁に突っ込む。

「ギル、ミック、大丈夫かい?」

 ニールが足を何度か踏みかえて立ち止まる。「止まるな!」とダニーの怒声が聞こえた。

「大丈夫だ。」

 早く起きなければニールまでペナルティだ。思うように動かない騎体に意識を集中して立ち上がると、さほど遅れずにミックも立ち上がって俺たちに顔を向けた。

「師匠に追いかけられたときよりは、ずっと楽だぜ。」

 幼馴染の軽口に俺たちは騎体を揺らす。3人とも笑ったのだと動きで分かった。

 ミックの言うとおりだ。あの鍛錬の日々に比べたらこれくらいはどうってことはない。

 そして、俺たちは再び走り始めた。

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