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冒険の結果

「お前がティーエか。そこに座って本名と階級を名乗れ。お前たちは後ろだ。」

 イーシャンと名乗ったその男性は、私たちを取り調べの部屋まで連れてきて、見下した声で命じた。苦力の頃はしばしばこういう声を聞かされたと、奇妙な懐かしさを感じる。

 私は白やリーヴァより前に1人で座らされ、その目の前には机を挟んで横を並んだ4人の、威圧的な表情で椅子に腰掛けた人たち。

 男性が3人で女性が1人。歳はみんなカークさん以上かな。イーシャンさんが真ん中に座り、5人になった。

「感じ悪ぅ。」

 白の囁き。確かに、和やかに話を聞こうという感じじゃない。

(圧迫面接)

 思い出の呟きに、私は心を引き締めた。

 なるほど、こちらより多い人数、威圧的な態度、彼らの顔が見えにくい逆光の照明。どれもが私たちに自信を失わせて冷静な考えをできなくする工夫なんだ。

 イーシャンさんが…さん付けはいらないかな。彼がバサリと書類を机に投げ出した。

「本名と階級を名乗れと命じたはずだが、なぜ名乗らなかった。」

 あからさまに怒りを滲ませた言い方に、パチン、と、何かが切り替わる。

「イーシャン様が座られる前に名乗るのは失礼と考えました。私はティーエ。階級は冒険者です。」

「この国に冒険者という階級は無い!」

 彼の左の、山の様に盛り上がった肩を持つ男性が怒鳴る。両肩だけでなく全身が逞しく、首周りが私の腰周りくらいはありそうだ。

 名乗っていないから、とりあえず筋肉ダルマとしておく。名乗らない人が悪い。

「苦力から人売りに売られましたが、その人売りは不当な売買に手を染めていました。ですから、ホウシェン『圏域』での階級は定まっていません。冒険者は…。」

「黙れ。私はお前に弁明を認めていない。」

 我ながら信じられないくらいに冷静な反論をイーシャンが遮る。圏域と国を間違えたと語気を強めてあげたのが効いたのかな。私が黙ると彼は筋肉ダルマと目線を交わらせた。

「それは初耳でした。」

 しれっと返すと、右端でペンを走らせていた小柄な男性が肩を震わせた。

「ナージェンくん、被疑者は反抗的であると記録を。ティーエくん、その様な振る舞いは君たちに不利な結果になるとよく理解したまえ。」

「承知いたしました。冒険者ギルド連盟法を遵守した振る舞いをいたします。」

 にっこりと、顎を上げて鼻先から微笑むと、苦虫を噛み潰したように口を歪めたイーシャンが、書類を読み、それから尋問が始まった。

 ホウシェンでの冒険者の立場は弱い。

 だけどこの大空世界でのホウシェンの立場は弱い。

 黒やカークさんが教えてくれた大空世界の事情と、その広い世界全てに通じる冒険者ギルド連盟法の知識は、イーシャンにはよく効いた。

 イーシャンが敵意を隠そうともせずに人の上げ足を取ろうとしているのは、冒険者がホウシェンの社会の中で疎まれながらも立場を得つつあること。それがホウシェンの圏域間での発言力に影響を与えていることと無関係ではないはず。

 それだけに彼らは必死だった。

 辛辣に、横柄に、こちらの回答を歪めて聞き返し、同じ質問を繰り返し、考え込むと言い訳を考えているのかと罵って時間を奪い、時にはリーヴァにもそれを向けて脅し、彼らはなんとかして私から失言をもぎ取ろうと躍起になる。

 その都度、白が混ぜっ返しはぐらかし、私は思い出が囁く知識で相手の手の内を見抜いて切り返した。売られていた間に受けたお頭たちの手口が役に立ったのは不幸中の幸いかな。

 躍起になったイーシャンは私たちから都合のいい証言を得られず、私たちは訊かれたくないことが話題に上ることを防ぎ続ける。

 尋問は夜半を過ぎて続いた。

 イーシャンとペンをカリカリさせている人以外はこれ見よがしに寛いだ様子で、筋肉だるまは部下に運ばせた飲み物を喉を鳴らしながら煽っている。

 それもこっちを苛立たせるためなんだと思う。確かに疲労はあって喉の渇きも感じる。だけど、

 私は苦力だったんだ。

 お頭たちの仕打ちに勝ってきたんだ。

 砂竜の目の前に立って向き合ったんだ。

 ついでにフェリスの質問責めにも。

 舐めるな。

 イーシャンが欠伸を噛み殺した瞬間に睨みつけてやると、彼は眉間に皺を寄せて姿勢を正した。

 筋肉ダルマたちもピクリと体を揺らす。

 白がしっかり食べさせてくれていなかったら、もっとキツかったかな。

 後ろに気持ちだけで感謝してから、私は5人に視線を巡らせる。私は大丈夫だと背筋を伸ばして告げる。

「他に何か、ございますか?」

 尋問は朝方まで続いた。


 そして私たちは、勝った。


 欠伸をしながら酒場に戻ると、フェリスとカークさんが待っていた。テーブルには岩蜜入りの水が注がれたジョッキが3つ。

「おつかれさま。ちょうど今頼んだところだよ。」

 いつもの穏やかさでカークさんが私たちに勧めると、壁越しに店主を呼び、水を運べと命じるイーシャンの怒鳴り声が聞こえる。

「上手くやったみたいだね。たいしたもんだ。」

 カークさんに褒められて私はくすぐったさに照れ笑いをしながら、水で喉を潤す。甘さと冷たさが何よりのご馳走だ。

「ほんと疲れたわぁ。休むから、あとはよろしくねぇ。」

 白が水を飲み切ってから立ち、私たちを促す。

 3人とも考えは同じで、私とリーヴァも立ち上がり、カークさんにお礼を言ってから宿に繋がる渡り廊下へ歩く。

 トコトコと軽い足音もついてきた。

「ちょっとフェリス、何の用?」

 白がさっと振り返ってフェリスを睨む。

「あのね、ボクね、みんながどんなふうにお話ししたのか、すっごく聞きたいんだ!」

 いくつもの色彩を宿す瞳と満面の笑顔に「ひっ」と息を詰まらせた白が、よろめいて壁に肩をぶつけた。

 あ、これ、逃げられないやつだ。

 リーヴァと顔を見合わせて、一緒にため息をついた。


 フェリスとの「お話し」が始まると、寝起きだった黒はさっと身支度を整えて朝食だと部屋を出て行ってしまい、私たち3人でお子さまの相手をする羽目になった。

 しばらくしてから白が逃げ出しリーヴァはダウンして、私が残る。やがて昼の日差しが窓から差し込んだ頃、

「もう無理…。」

そう言ったのは覚えている。

 ベッドの上で目を覚ましたら、日が暮れかけていた。

 起きて身支度を確かめて、また次の日だったりしないよね?と独り言。それから渡り廊下を通って酒場へ。

「あ、きたきた。ティーエちゃんこっち!」

 明るく呼ばれて顔を上げると、ツァイシャさんが手を振っている。テーブルにはメイヤーさんたちと私たちのチームが揃っていて、ジョッキを片手に賑やかだ。

「ツァイシャさん、メイヤーさんたちも!早かったですね!」

 足早に近付いて席に座る。すぐに体調を聞かれて診察の結果を答えると、ツァイシャさんに頭をくしゃくしゃにされた。

「あの先生の見立てなら安心ね。何度も倒れるから気を揉んだのよ。」

「メイヤーは、もしも病気とかだったらどうしようって、ずっと言ってたね。」

「それはあんただろ。」

「どっちも。」

 最後にボソッと呟いたライアスさんが睨まれる。無視してチーズを乗せて焼いたパンをかじるライアスさん。

「あの、心配させてしまってごめんなさい。大丈夫です。ありがとうございました。」

 明るい雰囲気の中で心配のお詫びとお礼を言ってから、

「それで、もう仕事は終えたんですよね。」

尋ねてみると、みんな一瞬固まった。

「え?」

「うん。依頼は片付いたわ。後始末がまだあるけどね。」

 にんまりと笑うメイヤーさんに、嫌な予感がする。

「あの…。」

「ティーエ。」

 確かめようとしたところを、黒に呼び止められた。

 私が口をつぐんで振り向くと、

「嫌なことは先に片付けるか、後回しにするか、選んで。」

目を細くして笑顔で尋ねる。

 ちょっと、怖いよ。あれ?なんかみんな同じ顔になってる?リーヴァ?どうして目を逸らすの?

「さ…先にします。」

 嫌なこと、とわざわざ言われたら後回しにできるはずがない。周りの圧に負けて選ぶと、メイヤーさんたちが椅子から立った。

「それじゃあ、作戦の反省会にしましょう。この子借りるわよ。」

「後から行く。私たちも言いたいことが山ほどある。」

 黒に告げながら私の肩をポンと叩く。黒が返した一言に気持ちが真っ黒に塗りつぶされた。

 リーヴァが、

「ごめんなさい。口止めされていたの。」

と囁くように謝った。言われてみれば昨日から口数が少なかった!そういうこと!?

「たっぷりと『反省』してなさいねぇ。また後でぇ。」

 白が笑ったままで手を振る。カークさんまで!

「やだああああ!」

 もちろん、私の反抗は無駄だった。


 翌日。

「行ってきます。」

「がんばってね、ティーエ。」

 トボトボと宿を出る私をリーヴァが見送る。昨日の恨みが混じった気持ちで彼女を睨むと、

「自業自得なんだから、さっさと行け。」

黒にきつく突っぱねられた。

 今日から私は見習いとしてメイヤーさんたちのチームで雑用係。カークさんや黒たちが野盗を壊滅させた後始末で忙しくなるので、その間に、

「冒険者の常識を学び直せ。」

と預けられてしまった。

 そりゃ、作戦を乱したのは私だし、砂竜相手に上手くいったのは結果論で下手をしたら全員死んでいたと言うのもわかるけど、みんなで寄ってたかって叱った挙句にこれって酷くない?

 トボトボと渡り廊下を渡って酒場に出ると、

「あ、きたきた。」

ツァイシャさんの声。4人とも揃っている。

「おはようございます。よろしくお願いします。」

 挨拶をすると、元気出せよとクアンさんに背中を叩かれ力の強さに思わず咳き込む。

 メイヤーさんがクアンさんに「加減しなよ。」と言っているけれど、諌めるという感じではない。

「四ヶ月だけだけど、任されたからには厳しくやるから覚悟してよ。」

 メイヤーさんが不敵に笑い、私は思わず背筋を伸ばした。

「はい。」

「街中の仕事だけだから、そんなに身構えなくてもいいわ。無茶な仕事はないから。」

 快活に笑うメイヤーさん。そのとき酒場の中から「あれが例の?」と声が聞こえてきた。

「見せ物にされる前に行くよ。」

「まずは私からね。ティーエちゃん、早速だけど図書館に案内してあげるわ。」

 何事かと思っているうちにメイヤーさんとツァイシャさんに急かされて、私は宿から連れ出された。


 訓練と依頼と訓練と勉強に追われる日々が始まった。

 十万都市の規模を誇る月門には冒険者ギルドの建物も複数あって、朝と夕に連絡員の手伝いと称する走り込み。時々襲撃付き。

 昼間は依頼をこなすか訓練をするか。夕食前に訓練をして、夜には主にツァイシャさんと本の虫。悪戯しないようにと譲ってもらった構術具は取り上げられてしまったから実験はできなかったけれど、刻紋台は手元にあったからこっそり秘紋を刻んで夜更かしして叱られたりもした。

 リーヴァは私とは別にディンジァさんのチーム、蒼盾衛士で訓練と依頼を受けていて、その中でも時々顔を合わせる機会があって話ができた。

 最初は一緒じゃなくてすごく寂しかったけど、何度か会ったら安心して、寂しさも薄れていった。

 彼女との話しでわかったのだけど、私はこの街のギルドでちょっとした注目の的だったらしい。そして目立つ新人ともなれば変に絡んでくる輩も居るのは当たり前だから、地元に拠点があって顔が効くメイヤーさんたちに預けた方が安全だと判断したそうだ。

「最初からそれを話してくれたら良いのに。」

 愚痴ったらリーヴァはなぜか困った顔で笑っていた。

 フェリスは週に1回くらい、メイヤーさんたちが拠点にしている宿まで来て有無も言わさず泊まり込んだ。

 その翌日は決まってみんなに同情の目で起こされたし、そのうち1日は前日の夜更かしと重なったせいで眠すぎて、訓練中に銃の安全装置をかけ忘れて叱られてベッドへ放り込まれる有様だった

「無茶はやめろってっ何度言ったら……」

 次の日はたんこぶが痛くて目が覚めた。ひどい。

 そんなふうにメイヤーさんたちとの半年が過ぎた。四ヶ月の予定が延びた理由は、カークさんの鎧を処分して新しいカーゴを手に入れることになり、それが手間取ったから。

 その間どうするのか尋ねられて、ここまで慣れたのだからと延びた分もメイヤーさんたちのお世話になった。

 その間にひとつ、大きな決断をした。


「カンパーイ!」

 みんなが掛け声に合わせてジョッキを掲げる。

 野盗退治の後片付けまでしっかり終えて、メイヤーさんが依頼を受けていたチームで集まり慰労会をしようと声をかけたのが先日のこと。3チーム35人で街の酒場を借り切って賑やかだ。

 ディンジァさんのチームの人たちも声をかけてきてくれて、特に筒込めの仕事を受けながら一緒に訓練と依頼も受けていたリーヴァは引っ張り凧。好評だと聞いていたけど本当みたい。

 だけど、あれは別の意味で話しかけている人の方が多い感じ。リーヴァは押しに弱いから助けてこないと。

「お、砂竜の嬢ちゃんも来たか!」

 強面な男の人たちに捕まって、そのままテーブルにつかされる。あーっ、二の舞になりたくない誰かーっ。

 そんな私たちを見ていたメイヤーさんと白が、しばらく笑って楽しんでから助けてくれた。

 みんなのテーブルに戻り岩蜜入りの水で一息つく。

「つかれたよー。リーヴァ、うちのチームに来いってすっごい勧誘されてるんだもん。」

「今週はずっとよ。」

 疲れ果てた様子でリーヴァが項垂れる。

「そう言ってくれるな。リーヴァたちが居なくなると聞いて、奴らも寂しいのだ。」

 ディンジァさんがジョッキ片手にやってきて、手頃な椅子に腰掛けた。

 唐突にツァイシャさんが私の袖を掴む。

「ティーエちゃんともお別れなんだよね。」

 涙ぐむ彼女に思わず釣られそうになってしまって気持ちが揺れて、私は心の中でもう一度、決意を言葉にする。

 私たちは、ホウシェンから旅立つんだ。

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