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月門の街

 あれから私は、ずっとカーゴの中に寝かされていたらしい。目が覚めたらカーゴは行商の一団に合流していた。

 捕らえた野盗から本隊が行商を襲う手筈だと聞き出したカークさんがあの鎧で文字通りひとっ飛び。戦いが始まったところに駆けつけて、ディンジァさんのチームと協力し、野盗をあっという間に片付けてしまったそうだ。

 そして野盗たちを連行する行商の一団から別れた私たちは、月門へと向かっている。

 徒歩なら3日でもカーゴでの移動となれば1日かからない距離。だから私を医者に診せると交渉し、依頼は完遂した扱いにしてもらったそうだ。

 砂竜でやった無茶もあって詳しい事情は聞くに聞けないまま、カーゴは月門に着いた。

 ディンジァさんから教えてもらったお医者さんで降ろされ白とリーヴァが付き添いに残る。他の3人は報告があると言ってギルドへ行ってしまう。

 お医者さんのはずだけど、そこは質素ながら他とは違う造りの建物。しっかりとした扉は丁寧に手入れされてきた深みのある色合い。扉の上と、そして建物の上にも、深い黒色の木と白く光る金属を組み合わせた装飾が飾られている。

「見たことない紋章ねぇ。どこのかしら?」

 白が首を傾げると、

「夜と安息の女神ニェレイの聖印ですわ。我が神の神殿に御用でしょうか。」

横から駆けられた声に振り向くと、ほんわかとした声に似合うふくよかな女性。私のお母さんより少し年上かな?その人がにこにこと笑顔で近付いてくる。

 黒に近い紺色の服は深夜の空の色のようで、栗色の髪には白髪が混じっている。

「はじめまして。ホウシェン冒険者ギルドに所属のティーエです。ディンジァさんに教えてもらって、診ていただきたくて来ました。ヘンドリック先生はいらっしゃいますか?」

 ディンジァさんからの紹介状を差し出して自己紹介をすると、女性は目を細め、

「あらあら、ディン坊の知り合いなのね。先生はこっちよ。いらっしゃい。」

私たちを隣の小さな家に招いた。


 お医者さんの先生は初老の痩せた、と言うよりはやつれた男の人で、だけど眼にはギラリと力がある少し怖い感じの人。

 案内してくれた人はヴェーナさん。神殿の導師補佐を務める傍ら、ヘンドリック先生の診察を手伝っているそうだ。

「傷はない。両眼も揃っている。問題はない。」

 先生は一通り症状を聞いてから舌を出せ、目を見せろ、と偏屈な調子で指示をしながら診察をして、最後に深い青の紋を描いて法術を使い、言葉少なく結果を伝えた。

「良かったわね。異常は無いそうよ。先生、帰ってもらってもいいかしら?」

「カミルの茶を3日分。」

「承知しました。それじゃ、こちらにいらっしゃい。」

 ヴェーナさんが先生の言葉を補って、私たちを診察室から連れ出す。

 こぢんまりとした居間で待たされ、白が退屈そうにし始めた頃にヴェーナさんがお盆を持ってやってきた。

「先生は口下手で、いつもあんな調子なの。気を悪くしないでね。これは寝付きをよくするお茶よ。夕食の後に煎じて飲むといいわ。」

 お盆の紙包みがテーブルに置かれる。

「ありがとうございました。あの、お礼はどうしたらいいですか?」

 慌てて診察代の話を出すと、ヴェーナさんは手をパタパタさせて笑う。

「先生はギルドから報酬をもらっているから、診察だけなら気にしなくていいのよ。ディン坊の紹介だからお茶もサービスね。」

「そ、そうなんですか?」

「あらぁ、ティーエにはまだ教えていなかったかしらぁ。」

 苦力の頃に目の玉が飛び出すような代金を耳にしたことがあった私には、お医者さんに診てもらって無料というのは信じられない。白がとぼけた調子で笑う。それから、

「ギルドに入っていると、良いこともあるのよぉ。その分報酬から引かれているんだから、使わないと損だわぁ。」

私に教えながら、慣れた様子でテーブルに小さな革袋を置いた。

「ところで、ニェレイはディアシスの神様よねぇ?お布施くらいさせてもらっても構わないかしら?この子無茶をするから危なっかしくて、またお世話になるかもしれないわぁ。」

 そう付け足してから白が手を下ろすと、ヴェーナさんは革袋を丁寧な作法で持ちあげた。

「このようなご厚意をいただけるとは、わが神もお喜びになられます。あなた方に安らぎのひとときがありますように。」

 そして恭しく揃えた両掌に革袋を乗せ、その上に橙色の光で小さな紋を描く。

 それからはありきたりな挨拶をして、私たちはギルドへ向かった。


 月門の街は十万都市にふさわしく、夕方でも法術の明かりが道を照らし賑やかだ。途中の広場では手軽に食べられる料理の味を自慢する露天商の声に、芸を披露する人たちの楽しげな曲や歌。

 そういうお店にやたらと呼び止められる白は気前よく料理を買いまくり、私たちにも押し付けながら街を散策して適当な広場の一角にある石像の台座に腰を下ろした。

「ほら2人とも座りなさい。新しい街に着いたんだから、ここの味を楽しまないのは損よぉ。」

「みんな待っているから、早くギルドに行った方が…」

「今回は色々あって説明も長くなるから、大丈夫よぉ。今のうちにおなかいっぱいに食べときなさいねぇ。」

 わたしの反対を遮って貝の剥き身らしき串焼きを握らせた白は、自分が持っている肉を一口かじってリーヴァに回す。

「あらこれおいしいわぁ。ほら、リーヴァも。」

 黙って受け取ったリーヴァはお肉をちょっぴりかじり取ってから、私に手渡した。両手に串となってしまって、焼貝を口に入れて白に回す。

 飲み込んでから、神殿で気になっていたことを白に尋ねる。

「白って神様を信じているの?あ、ほら、さっきお布施って言ってたから。」

 不思議そうな目で見られて説明を付け加えると、白は「あぁ、あのこと。」と呟きながら次の串焼きを手に持つ。もぐもぐごっくん、リーヴァに手渡して、

「お布施っていうのは口実よぉ。冒険者なんて無茶を言ってくる奴が多いくせにギルドの報酬は安いから、反対に少し色を付けておけば付き合いやすくなるわぁ。」

ひらひら手を振ってから私に答えた。

 お礼として渡すとギルドとの契約に絡んで面倒になるから神殿への寄付という体裁でお金を渡したと、そういうことらしい。

「しばらくはここに居ることになると思うしぃ。」

 にんまりと笑う白の表情に、何かが背筋を這い上がるような感じ。

「ティーエ、はい。」

「あ、ありがとう。」

 リーヴァに串焼きを手渡され受け取ってから違和感を確かめようと白を見る。

「ち・な・み・に、お布施の額はぁ…」

 おまけのように伝えられた数字に私は絶句した。苦力なら一カ月くらい生活できる額。

「やっぱり、お医者さんって高いんだ。」

「当り前よぉ。こっちの首根っこ掴んでいるんだもの。だけどこういう相場も知らないと見くびられて逆効果だから、憶えておきなさいねぇ。」

 もう少し驚かずに済むように教えてほしいなと思いながら頷いて、私は焼き肉に嚙みついた。


 それからもう一つ広場で食べ歩きして、暗くなってからギルドに着いた。

 ギルドの建物は他の街と同じように1階で食事ができる酒場をやっていて、でもこの街では隣の建物が宿になっている。建物は別でも渡り廊下で繋がっているようで、今まで見てきたよりも立派な感じ。

 入り口の扉から入ると、

「おつかれ。飲み物を適当に頼んでおいたよ。」

 平凡で穏やかな声が私たちを呼ぶ。

 3人が待っていたテーブルには店員の女の子がジョッキを6つ置いている最中で、フェリスが真っ先に口をつけているところだった。

「結果は?」

「問題ないわぁ。」

「そう。」

 黒が問いかけてくると白が答えて、少し表情を曇らせた黒は私を見る。

「心配かけてごめんなさい。異常は無いそうです。」

 改めて私からも報告すると、黒は納得した様子で椅子に背を預けて、

「だったら良い。頭に問題が無いならこれからも安心。」

 目を逸らして呟く。頭の上の耳がひらりと横になった。

 それからみんなで席に着いた。

「そっちはどうだったのぉ?」

 白が3人に尋ねると、黒はため息をついて話し始めた。

「野盗の件は報告をした。ギルドは現場の確認と野盗の確保をするのでこれから強行軍。かなり前から活動している大きな賊だから、軍にも話が行くそうだ。多分出頭を求められる。」

 白がうわぁと嫌そうな顔になる。

「砂竜についても、今回の対応についてギルドが詳しく話を聞きたいそうだ。ティーエ、答えられるようにして、覚悟しておいて。」

 水を含んだところに名指しされて喉が詰まる。胸を叩いてから、

「私が?どうして?」

聞き返すと、黒が呆れたように鼻先を通して私を見た。

「ティーエは砂竜に何をしたか覚えてないの?あなたがやったのだから、あなたが説明する。当たり前。」

 辛辣に言い切られて俯いた。

「それから、カークだけど…」

 私の不安を他所に黒がカークさんに話を振る。

「オレのことは流人での筋もあるから、気にしなくていいよ。」

 世間話のように話始めたカークさんは、やんわりと私たちが関わらないように釘を刺して、

「それから、甲冑はダメだ。脊椎まで歪んでいて直せない。ここでカーゴごと処分するよ。」

あっさりと付け加えた。

「え?嘘ですよね?」

 思わず信じられない気持ちが漏れた。

 合奏甲冑は立派な兵器で、買おうと思って買えるものじゃない。買えたとしてもとんでもない値段だろうし、カークさんの鎧は他とは別物だって私だってわかる。

 私が作戦を乱したせいで、カークさんが私たちを守るために、あの鎧を壊してしまった?

「元々傷んできていたのさ。騙し騙し使ってきたけど、もうオレの手には負えない。いずれはこうなるとわかっていたんだよ。」

 カークさんが微笑んで私を気遣う。

「それが今だっただけさ。ただ、みんなの足が無くなるから不便になるのは承知してね。」

 普段は穏やかなだけのカークさんの声に、微笑みと同じ寂しさが少しだけ感じられた。

「カーゴは残せないのぉ?荷物運びができて楽だったのよぉ。」

「生憎、アレはカーゴとひと組でね。」

 白とのやりとりの間も申し訳なさが積もってカークさんをじっと見続けていると、

「気にしなくていいんだよ。オレはアレが無くなって、スッキリしているんだからね。」

 そう、私に笑った。

 だからと言って私の気持ちが晴れる訳じゃない。どうやって償ったらいいのかもわからない。わからないけれど、私のやったことだ。まず、謝ろう。

「カークさん、ごめんなさい。」

「うん、いいよ。」

 頭を下げると、あっさりとした返事。

 信じられない気持ちで顔を上げると、

「誰も死ななかったからね。」

また、カークさんは笑った。

 何も言えない。

 顔を下に向けたまま何も言えずにいる私の肩を、誰かが突いた。

 指の主は白。

「そんな顔をしていたら報告でいらない勘ぐりをされるわよぉ。ほら、あの怖いおっさんがギルドの監査員。今から聞き取りなんだからシャンとなさい。」

 白が指さした先、奥の扉からカウンターを回り込んできたその人は、ガッチリとした身体に鋭い目つきで、髪をぺったりと後ろに流して固め、髪型と同じに固い足音を立ててやってくる。

 黒がさっと立ちはだかって話を始めた隙に私は白に顔を拭われる。

 すぐに男の人に呼ばれた。リーヴァと白も一緒だ。

 それが長い夜の始まりだった。

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