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人と獣と

 砂竜を革袋から引っ張り出そうとした私を、

(感染症)

思い出が止めた。

 そうか、この子は怪我だらけだから、私が触り過ぎると良くないんだ。

 静かに袋ごと持ち上げようとする。重い。

「運べばいいのね。」

 柔らかな声がして、細い手が革袋を易々と持ち上げた。

 リーヴァだ。額の鉄冠を通して浮かび上がった白い光が角の形に編まれている。

「ありがとうリーヴァ。優しくしてあげて。」

 手短かに伝えると、そっと頷いた彼女は両手で革袋を抱える。

「リーヴァ、そいつは捨てな。」

 メイヤーさんが声を低く命じる。そして、

「ティーエ、あんたは人が触れた子猫は母猫に咬み殺されるって知らないのかい?ティーエがやろうとしているのは、そういうことだよ。冷たいようだけど、放っておくんだ。」

私に告げた。

 だけど、

「メイヤーさん、人の匂いが付いた子どもを殺してしまうなら、村まで取り返しには来ないはずです。砂竜が猫と同じだと確かめた人、いますか?」

 思い出の囁きを言葉にして運転席のメイヤーさんに言い返す。

 普段は陽気な彼女の表情が今は別人のように厳しい。

「好奇心で危険を冒すつもりはないよ。それを確かめたいならあんたが命を張りな。私らは作戦通りにやる。ティーエ、これが最後だからね。」

 冷たい声で告げて黙り込むメイヤーさん。その判断が冒険者としては正しいのは、私にもわかる。だけど私は一呼吸、さらに深く息を吐いて、吸って、彼女の目をまっすぐ見て、

「ありがとうございます。でも、行きます。」

言い切ってから、私はリーヴァが持つ革袋に手を伸ばした。頑張ればなんとか運べるはず。

 だけど、リーヴァは体をひねって腕で私の手を遮った。

「私も行くわ。ティーエじゃこの子を運びながら走れないでしょう。」

 リーヴァがそっと囁いて、メイヤーさんに目礼してカーゴから一歩離れる。

「わかった。新入りでも冒険者なんだから、これ以上は言わないわ。死なないように上手くやりなさい。」

 メイヤーさんがそう言ってからカーゴを動かし、村に向けた。

 去っていくカーゴの小さな窓からツァイシャさんが慌てる様子がチラッと見えた。早口すぎな何かを叫ぶツァイシャさんに手を振るけれど、小さな窓だからすぐに彼女は見えなくなる。

 そしてカーゴの後ろを高機動車でついていくライアスさんが目の前で止まった。

 いきなり手に持ったものをポイっと私に放って、

「返せよ。」

一言呟いてからすぐにカーゴを追っていく。

 慌てて受け止めたそれは私の手でも扱えそうな大きさの銃だった。

 作戦会議の中で銃はあるけど砂竜の巨体には効果が無いと聞いていた。でも、もしもまだ野盗が潜んでいるのなら身を守る役に立つし、それに、なぜかちょっぴり勇気が出た。

 よし、やろう。

 カークさんから預かった奏具を起動して偏向法術を発現させる。左手にライアスさんの銃、右手にはツァイシャさんからもらった構術具。

(コルト32オートとスミス&ウェッソンM36?)

 思い出が呟いた。なんで疑問形?

 なるほど、形が似てるんだ。納得。

 でも今はそれどころじゃない。

 これから挑むのは下手をしなくても命懸けな相手。しかもこの賭け、勝ち目がほとんどない。

「リーヴァ、危ない目に合わせちゃうけど…だけど、一緒にきてくれて嬉しい。」

 声をかけると、リーヴァは革袋を抱えたままそっと頷いた。凌駕状態の角と月々と白み始めた空の光が、彼女の優しげな微笑みを照らす。

「行こう。」

 落ち着いた気持ちで号令をかけ、私たちは走り出した。


「あああ、ティーエちゃんなんて無茶をおおおお。」

「落ち着けよ。それより、こいつに本隊の動きを聞き出す方が先だろ。奴らが砂竜相手に賭けに出たなら、合奏甲冑の一つや二つはあって当然だ。ディンジァたちの方がやばいぜ。」

「でもでもでも砂竜相手なのに…あれ?フェリスは?」

「さっきから居ねえな。静かなわけだ。」

「え?いつの間に?」

「楽幼族がやることを気にしていたら日が暮れるぞ。」


「やっぱりティーエとリーヴァを仲間にして良かった。さーて面白くなってきたぞっ。」


 カーゴが動き出した。砂竜をオレが引きつけメイヤーたちは村の被害を確認し生存者を保護する。作戦の通りに動いてくれているね。

 それを確かめてから何度目かの突撃を引きつけていなし、瞬光矢を叩き込む。

「効いてないよね。」

 奴はオレの狙いに慣れてきていて、光の網をくぐり抜けても当たるのは守りが固い場所だけだ。

 わざと距離を離し助走が必要な突撃を誘うと、視界の端に白い光点。

「ちょっと待てよ。あいつら何やってんの。」

 望遠、暗視、やはりリーヴァだ。

 ティーエと2人で仲良く走り込みかい?こんな時に?荷運びの仕事は受けてないよね?

 2人は真っ直ぐこちらにやってくる。魔眼族の晶眼は魔導器官だ。砂竜だってすぐに気付く。

 ほらね。

 尋常じゃない吠え声を放ってから2人に向けて走り出す砂竜。

 おい待てよ。オレを無視?完全に?

「それは聞いてないよ。」

 奴さん、いったいどうした?

 瞬光矢を隙だらけの脇腹に撃ち込んだ。それなりの傷だが全く怯まず走る砂竜。

 光爆翼を全翼起動して一直線に追いかける。ダメだ。

 標準装備では推力が足りない。ちくしょう、強襲装備なら。

 2人は立ったままティーエがあのおもちゃみたいな構術具を構えている。構術が長い。光爆翼の超負荷推力なら…ダメだ間に合わない!早く逃げろ!

 砂竜は口から泡を噴きながら、2人に飛びかかった。


 リーヴァと一緒に走って近づくと、砂竜がまた大きく吠えて走り出す。私たち目がけてだ。間違えようがない。

 砂竜は近づくだけでも危険で、あの網に巻き込まれれば人の体くらい簡単に引き裂かれてしまうって聞いた。何をするにも足を止めないと。

 迫る巨体にさっきの恐怖がよみがえる。だけど、私は不意に、人売りのお頭たちと戦うって決意したあの時のような自分に気が付いた。それは私ではない誰かが私を離れた場所から見ていて、その誰かの考えが私の中に写しこまれているかのようで、今何をするべきかを冷静に考えることができた。

 ライアスさんの銃は服のポケットにしまい込み、構術具を構える。仕込んだ法術の順序を頭の中で思い出し、操作手順を確かめた。私の法術は発現までがとても遅い。間に合うけどミスはできない。

 タイミングを計る。

 近づく砂竜の体を覆っていた光の網が突然消えた。なぜ?

(子どもまで巻き込む)

 思い出の呟きに私は理解してホッとした。

 砂竜はあれだけ怒り狂っているように見えても、子どものことはわかってる。

 構術具の筒先を砂竜に向けて引き金を引く。空中に描かれる秘紋。素早くシリンダーを回してからまた引き金を引き、回して引き、そのまま引き、そのまま引き、引き金を引くたびに新たな秘紋が継ぎ足される。そしてそれらは秘紋を描き続けるだけで何も起こさない。

  Script-Sprite、Function-Fairy、Pixel-Pixie、Pixel-Pixie、Pixel-Pixie…

 私がいくつも描いた秘紋は、秘紋そのものを制御する法術だ。私の理論をツァイシャさんがやっつけ仕事で形にしてくれた試作品だけど、それらはきちんと仕事をした。

 最後に私が刻んだ光の秘紋を選んで引き金を引く。

 懐中電灯くらいの明かりを生み出すはずの秘紋が何重にも描き直されてから消えて、

 閃光が砂竜を照らした。

 目が眩んだ砂竜は狙いを外し、急いで横に走った私たちのすぐ脇を通り過ぎる。

 巨体が跳ね飛ばす砂や石が撒き散らされる。偏向法術で守っていなかったら、それだけで大怪我をしただろう。

「リーヴァ、その子を出して!」

 お願いをしながら砂竜を睨む。

 地面を滑って倒れていた砂竜は上から開く瞼でまばたきしながら、こっちを向いた。

 間近になったからはっきりとわかる。私じゃなくてリーヴァを、彼女の手元を見つめている。

 私は確信した。そしてしばらく動かずにいてくれたら、と期待する。

 だけど砂竜はゆっくりと、4本の足で体を持ち上げた。

 次に襲われたら避けられない。

 それでも、生き残るために、その可能性を少しでも上げるために、できることはやる。

 右手に持った構術具のシリンダーを回して、次の法術を用意。きっとこれじゃ止められないけれど、私の方に注意は引けるかも。

 私は覚悟して息を呑んだ。

「伏せろ!」

 私と砂竜の間に滑り込んだカークさんから、厳しい声。

 彼が根元だけになった槍を掲げて空色の光を煌めかせると、大きな半透明の盾が現れた。

 それが合図だったみたいに砂竜が吼えて爪に煌めきを纏わせ、カークさんに振り下ろした。


 振り下ろされた爪を力場の盾で受け止めると、蜂を通して甲冑が警告を発した。

 盾を突き抜けた奴の爪は保険で構えた左腕を通してオレの両足を砂地にめり込ませ、その衝撃に耐えきれず外骨格がひしゃげてマスルスレイヴが何箇所か千切れたらしい。

「痛いな。これは。」

 生身の体からも文句を聞かされて、思わず愚痴る。多分、骨にヒビくらい入ったね。

「2人とも、何をしにきた?」

 平静を保ちながらもう一度、後ろの2人に尋ねると、

「カークさん、この子を治して!後でどんなことでも聞きますから!」

 ティーエがとんでもないことを言い出したよ。

 リーヴァが持った革袋から何かを出そうとしているのは見えていたけど、治して?

 砂竜の幼体か。なるほどな。

 うん、ティーエの考えはわかった。無茶の極みだけどわかった。今となってはそれに賭けるしかない。問題は、治癒の法術ってけっこう手間がかかるんだよね。

 ほら、奴がまた爪を振り上げている!治す前にオレが重体になるよ!

 諦めながら盾を構えた途端に、轟音が響いて砂竜がよろめいた。不意打ちに奴が体を捻ると、腹に三条のデカい切り傷が見える。

「おっきな貸しができたわねぇ。しばらくは任せてもらってもいいわよぉ。」

 砂竜の陰から姿を見せた白さんが、にんまりと笑う。その横で黒さんも。

 ああ、借りを作るくらいならもう1発くらいやられていた方がマシだったかな。

「できれば、良いのをくらう前がありがたかったね。」

 苦虫を噛み潰した気分で言い返し盾を解除すると、後ろからは疫病神の声。

「ティーエはすごく面白いね。ボク楽しかったよ。それに、砂竜の子どもを見るなんて滅多に無いんだよ。」

 お子さまがポーチから水筒を出して、砂竜の幼体を洗っている。下手に薬を使わないのは正解だ。だけど今までどこにいた?

「ほら、カーク!サボってないで早く早く!」

 容赦なく急かすお子さまに兜の面を開け文句を言ってやろうとしたけど、

「こっちが先だね。」

揃って見上げてくるリーヴァとティーエの眼差しに責められた気分になって、オレは膝をついて幼体に手をかざした。手のひらに染弦した煌糸で召喚陣を描き、盟約を唱える。

 背中から轟音。猫さんたちはきちんと砂竜を抑えてくれそうだ。

 2人の戦いに目を向けたフェリスが、

「白、黒、3時の尖り岩。そこからいつもの4番!」

叫んで仕掛けの位置を伝えている。なるほどね。

 これならこっちに集中できるよ。

 盟約を唱え終えると、定められた通りに呼び出された精霊が召喚陣の煌糸から力を受け取り砂竜の傷を癒した。

 オレの術は多業(ダオレン)の技だ。効果は本職に及ばない。回数頼りで済む傷であることを祈っておこう。

 生命の描く煌糸構造を参照して肉体を再構築するのは恐ろしく複雑な工程で、司る精霊に何度も願い、染弦を繰り返して力を支払い、傷を見極めながら盟約を唱え続ける。

 染弦も召喚陣の描画も盟約の詠唱も楽じゃない。くそっ、額に汗が滲みやがる。新人2人が神妙な顔で見つめているし、手は抜けないな。やれやれ。

「縫合するときみたいに、傷を押さえた方が良いですか?」

 ティーエが、いつになくはっきりした口調で聞いてきた。ありがたい。甲冑の手では細かいことはできないからね。

「大きな傷は一度少しだけ開いて奥から押さえる。そうしないと中に傷が残るからね。」

 盟約の合間に頷いて指示すると、ティーエはそっと、布ごしに砂竜の傷を押さえる。初めてにしてはまあまあだ。やりやすいよ。

 ティーエに声をかけられ、リーヴァがオレに手を伸ばした。持った布でそっと汗を拭われる。

「2人とも助かるよ。」

 染弦をしながら一言添えると、2人はやっと表情を緩めた。


 何度目かになる大振りを躱してからさらに後ろに飛んで、尻尾の一振りを避ける。

 こいつが村を襲った理由はティーエが連れてきてだいたいわかった。野盗の奴らは後で潰す。そうでなくても潰すけど潰す。

「あいつ、頭が冷えたみたいねぇ。」

 白が楽しげに、角からバリバリと光を編み出した砂竜を笑う。躱すのがさらに難しくなった。

「多少頭が良くても所詮は獣。仕掛けを使って押さえてから一撃。誘いはやって。」

「ええ?私が危ない方なのぉ?」

 偏向法術をかけ直しながら指示した作戦に言い返し砂竜へ走る白。

 まったく、口が減らない。

 白は奏爪(ゾゥツァ)の光を纏って跳躍し、砂竜が空中で叩き落とそうとしたら、

 りりん

手首をひらっと捻って法術を発現。真横に飛んで爪を避け、地面に転がってからまた走る。

 砂竜が気を取られたその隙に印を書する。

 轟音を束にして奴に叩き込む。薄い石壁くらいなら崩せる術だけど、奴は煩わしそうにひと鳴きしただけ。どうしてこんなにタフなのか。光の網が音を散らしているのかもしれない。

 くすんだ黄色の光を纏う砂竜の、同じ色の目がギラギラと私たちを睨む。

 よしよし、それは良い。良い子だからもっと来い。

 突進を警戒するように横へ走ると、奴は私と白を視界に収めながら突き進んできた。

 そこだ!

 砂竜がつんのめる。胸から顎を強かに地面に打ちつけものすごい音を立てて、それから右の前足を忌々しそうに睨んだ。よし、拘束の法術を仕込んだ罠が効いた。

 捕らえられた足を動かそうと体を数度振った奴が足に光を集めると、地面ごと罠が吹き飛んで自由になる。

 それだけの隙を見せたら、私たちには十分すぎる。

 アイコンタクトすらいらない。私が走り込んで奴の目の前に印を書し、印が消えるより早く白が入れ替わって手を振る。

 たららりらんりりん

 猫人族の術には重ね合わせの技がある。

 私の術の威力を白の術に委ねて束ねた一撃は砂竜の額を守る緻密で兜のように硬い鱗を切り裂いて、奴は頭をはね上げられてからどどん、と地面を揺らして倒れた。

「やりすぎたかしらぁ。」

「油断しない。」

 からかい調子の白の声にピクリとした砂竜が、血を流しながら頭をもたげて身を起こした。

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