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技の正体

 俺の父ローランドは、騎士だ。

 この世界の騎士は飾り物ではない。戦いの技量と教養と人格で選ばれる、戦争のエリートだ。

 そして父は代々この地の守りを任されてきた家に生まれ、いくつもの戦争をくぐり抜けてきた実力がある。もちろん、俺達では父には遠く及ばない。

 その父が本気で剣を振る姿を、俺は初めて見た。

 その剣が通じない剣技も同時に見せられた。

 ラドワンの剣は父に比べて早くない様に見えたが、一歩も動かずに、父の鋭い打ち込みをことごとく捌いて受け流したのだ。

「すげぇ…」

 隣で見ていたミックが呟く。

「うん。無駄がないんだ。」

 俺は、見たままの印象で返事した。

 老人の周りに球形の壁があるかの様に、父の剣が捌かれている。攻める剣撃が鋭く早いせいで、球の完璧さがはっきりと見えた。

「鍛錬を怠ってはいないが、まだ荒い。」

 言うが早いか、ラドワンが父の剣を弾き、父が剣を引き戻すわずかな隙に、自分の剣を滑り込ませる。背丈に見合う長い腕がしなって軽やかに振られた剣は、しかし、それを受けた父の表情と打ち合わされた激しい音に見合う威力で、たった一撃で父は2歩、後ろによろめいた。

 瞬く間に守勢に立たされた父に淀みない曲線を描いて次から次へと剣が襲いかかる。父は受け止め、流し、打ち返したが、ラドワンの流れを止められず一手毎に体勢を崩されていった。

 だが、不利な状況をしのぎきり、父は再び攻勢へと転じる。その直前から俺は、老人の動きに不自然なものを感じていた。

(何かおかしい。)

 俺は思った。老人の動きが、それまでの淀みないものと違った感じになっていたからだ。

と、ニールが驚いて声を上げる。

「ギルの動きだ!」

(!?)

「そうか!そうだよ。あれはギルの動きだ。お前、いつもあんな風にぎごちないんだよ!」

 驚いた俺にミックの声が畳みかける。

(なんだって?じゃぁ、俺はあんな風にしているのか?でも、あの動きは…)

 あまりの驚きに言葉を忘れて、俺は日本での記憶を振り返っていた。

 オリンピックやプロのスポーツ競技、それに剣術を習っていた知人が試合で見せていた動きの記憶だ。彼らの動きは、どちらかというと今の、それまでより硬さを感じさせるラドワンの動きに近いように見える。

 そして俺は、直観的に理解していた。

「俺が間違えていたんだ…。」

 その衝撃が、独り言になって口から洩れると、老人の優しげな眼が俺を見る。

 ほんの一瞬だったが、俺には彼が微笑んだのだとわかった。

 そして、守勢に立たされながらも老人は父の剣を流し、緩やかな一撃を繰り出す。

 俺たちは再び驚くことになった。

 その一撃は父の守りをあっさりとすり抜け、父が驚いて躱そうとしたときには首元に切っ先を突き付けていたからだ。

「ギルの剣だ…」

 ミックが呆然と呟いて、俺は、それ以上に驚いていたからもう言葉もなかった。

 降参した父に一声かけたラドワンが俺の前に立ち、

「今やって見せたのがおぬしの技よ。わかったか?」

 俺は茫然としたまま、首を横に振る。

「だろうな。ギルバート、この技は詭道であって王道ではない。不意を突けば一撃は取れるが、そこまでの剣よ。」

「あんな打ち込みで、どうやったんですか!?」

 俺に変わって、ニールがラドワンに質問する。

「簡単なこと。ワシはな、煌糸の力を消したのさ。」

「煌糸って、秘奏術で使っているっていう煌糸ですか?」

 あっさりとした答えに、俺が震える声で問いかけた。

 老人が俺をじっと見つめてから、頷いて答える。

「お前さんたちではわからんだろうがな。剣技も煌糸の力を使う。いや、剣だの術だのと言わんでも、歩く走るも同じことよ。」

 さっきの直観が、確信に変わった。

 俺は、日本で学んだやり方で、この身体を鍛えてきた。そう、煌糸が無い世界のやり方をこの世界でやっていたんだ。俺がミックにもニールにも及ばないのは簡単な話だった。

 ラドワンの説明が続く。

「身体を動かすには身体の力と煌糸の力を使う。それが普通だ。それゆえ皆、気付くことなくまわりの者の煌糸を見ておるのよ。ワシはそれを消して剣を振ったのさ。」

 俺は身体だけの力で、周りは全員が、身体と煌糸の力を使っている。それがどのくらいの差を生むかは、ラドワンを父が攻めていたという結果ではっきりしていた。

 そして、俺が時々ミックやニールに勝てた理由もわかった。

 煌糸を使わない俺の剣は、普段見えているものが見えないから、受ける方は反応が遅れてしまうときがあるんだ。

「でも、どうやったら…」

 俺は、絶望を感じて呻いた。

 今のままではだめなのはわかる。1と1+1とでは勝負にならない。でも煌糸の使い方なんて知らない。そんなことは習ったことが無い。

 騎士の家に生まれたのだから、それを生かして騎士になればと考えていた俺は、これからどうすればいいのかわからなくなってしまった。

 その困惑が俺に別の閃きをもたらしたが、混乱していた俺にはそれを考える余裕もなかった。

「ふうむ。よし、ローランド。洗礼式までワシにギルバートを預けよ。鍛えてやる。」

 俺を見下ろしていたラドワンが、唐突に言った。

「よ、よろしいのですか?」

「今は仕事も受けておらん。3カ月で使えるようになるかは、ギルバート、お主次第だ。」

 父に答え、それから俺を覗き込んだ彼は、厳しい口調で言いつけた。

 その鋭い視線に呑まれかけたが、俺は歯を食いしばった。

 ままならないこの身体に振り回されなくなるきっかけがつかめるなら、ここで臆するわけにはいかないと、俺は自分の経験から判断したのだ。

「ラドワン様。よろしくお願いします。」

と頭を下げる。

 後ろからミックが声を上げた。

「ラドワン様。俺にも、俺にも剣を教えてください。俺は騎士になりたいんです!」

「僕も、お願いします。」

 ニールまでが続いて、二人で頭を下げて頼み込んでいる。

 半分期待はしていた通りの流れに、俺は心の中でほっとした。今まで一緒に練習していた2人が一緒だったら、きっと大丈夫だ、と。

 そして老人は、初めて狼狽えた表情をして、父に顔を向ける。が、

「師匠、その2人も私の身近な者の子供で、私にとっては我が子も同然です。どうかよろしくお願いします。」

 いきなり腕試しをされた意趣返しだろうか。先手を打った父に頭を下げられて、ラドワンは言葉に窮してしまった。

 そして額に手を当てると、

「2人も4人も変わらん。鍛えてやるよ。」

と、ため息と共に吐き出した。

 こうして俺たちは、父の師である老剣士、ラドワン・ヴェルミールの教えを受けることになったんだ。

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