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朧げな道

 気が付くと、私は硬い寝台の上に寝かされていた。カーゴの低い天井が目に入る。

 頭の中は不思議なくらいにすっきりしていたけれど、答えを得られなかったもやもやはまだ心の奥にあった。

「ティーエ。」

 不安と気遣いを感じる囁き。寝台の足元の方で、リーヴァが私を見下ろしていた。

 近づいてきて額に手を当てられると、彼女の長い銀髪がさらりと揺れる。

「良かった、気がついたのね。具合はどう?」

 囁くように私の頬を撫でる手が温かい。

「ちょっと待って。…うん、大丈夫。心配させちゃってごめん。」

 手足の指を動かして身体に異常がないことを確かめた私は、リーヴァに答えを返してから起き上がる。

 リーヴァがそっと背中に手を添えて私を支えた。少し頭がふらっとする。それから、

「おなかすいた。」

呟くと、リーヴァはくすっと吹き出した。

 口元を手で隠して笑いを堪えながら、

「無理もないわ。丸一日眠っていたのよ。」

驚くようなことを告げてから立ち上がる。

 そして呆気に取られ立とうとした私を手で止めてから

「待ってて。パンをスープに入れてあるから、持ってくるわ。」

いつもより弾んだ声でカーゴの後ろへ行き、大きなカップとスプーンを持って戻ってくる。

 まだ湯気が立つスープにパンをちぎって浸したごはん。具合が悪いときにはよく食べてたっけ。

 お祈りを捧げてから、手渡されたスプーンでリーヴァが持っているカップから柔らかくなったパンを口に運ぶ。

 よし、食べられる。大丈夫だ。

「美味しい。」

 思わず呟いたら、リーヴァがくすくすと笑い出して、カップが揺れた。

「ちょっとリーヴァ、こぼれちゃうよ。もう、笑うのやめるか私に寄越すかどっちかにして!」

 そう言っても笑い続けている彼女から、私はカップを奪い取る。ご飯は大事。

「ごめんなさい。いつものティーエだって思ったら、急に可笑しくなってしまって。」

「もう。…良いけど。」

 まだ笑いが収まらないリーヴァを横目にご飯を食べる。そうしているとカーゴの後ろの、大きな扉に組み込まれた人が通るための小さい扉が開いた。

 覗き込む頭の上で三角形が2つひらっと動く。

「ティーエ、目が覚めたんだ。」

 淡々とした声はいつもより少し冷たい。

 その声にふさわしく不機嫌そうな半眼に口を引き結んだ顔で、黒がカーゴの入り口の陰からじっと私たちを見つめている。

「起きたの!?じゃあボクも…」

「実はオレの甲冑には新型が積んであってね。あれを持ち出すのは苦労したんだよね。」

「へぇ、面白そうな話じゃない。何があったのさ。」

「え?なに?カーク、ボクも!」

 フェリス、カークさん、メイヤーさんそしてフェリスと声が聞こえてから黒の頭の上から白がひょこっと顔を見せた。

「あらぁ。ご飯食べてるじゃない。良かったわぁ。ほら黒、すぐに呼ばれなかったくらいで拗ねたらダメよぉ。」

 黒の背中を押しながら入ってくる白。リーヴァがあっと小さな声を上げた。

「別に気にしなくて良い。健康状態を確かめる手間が省けた。」

 リーヴァが狼狽えているうちに黒が先手を取って彼女の口を閉じさせて、寝台の横に立つ。その後ろに白。

「ティーエだから、食べてるなら大丈夫。目が覚めて良かった。」

 チクリとした言い方で黒。しばらく私を見てから、カップを指差す。

「冷める。食べた後で詳しく聞くから。」

 表情を和らげ淡々と告げて、文句を言う白を引っ張ってカーゴを出て行った。白の手が最後に見えて、扉は開けっ放しになる。

 外でも食事時のようで、会話が弾んでいる様子。

「リーヴァのご飯は?」

 気になって尋ねると、もう一度あっと声を発した彼女はカーゴの隅にあった自分の分のお皿を持ってきた。

「後で食べるつもりだったのよ。」

 肩を狭めて言い訳するリーヴァ。思わずクスッと声が漏れる。

「ちょうど良かった。一緒に食べよ。」

 それをフォローするように提案すると、リーヴァは笑って頷いた。


 その日の午後、私たちのチームは全員がカーゴに乗り込んで移動した。

 メイヤーさんとディンジァさんも納得の上で、護衛の当番から外してもらったそうだ。

 カーゴは大きい乗り物だけど大きな荷物が乗せられているから狭いしタイヤの音がけっこう響く。

 そんな中、みんなで膝を突き合わせるようにして座る。

 カークさんは運転があるからいないけれど、声を伝える奏具があって話はできる。

「それで、何があった?」

 黒が短く私に問いかけた。

 しばらく考えてから

「ツァイシャさんの話を聞いていたら急に頭が重くなって、目の前が真っ暗になって、気がついたらここに寝かされていたくらいかな。よくわかんない。」

私は体を縮ませながら答えた。震えている自分に気がつく。

 本当のことは話せなかった。だって、

 家族に売られたあのときのお父さんやお母さんや兄弟たちの、そして何よりおばあちゃんの顔が目の前に浮かび上がってきたから。

 みんなに、ごめんなさいと心の中で謝った。だけど、思い出のことはどうしても口に出せない。

 押し黙る私。ぐるぐるといろんな考えが頭の中でこんがらがっている。

 しばらくタイヤの音だけが続いてから

「もしかしたら、人売りの奴らにやられて脳に問題があるかもしれない。カーク、医者の伝手はある?」

黒がそう言って、奏具に話しかけた。

「月門なら十万都市だからね、探そうと思えば探せるよ。でも、ディンジァに聞いた方が間違いないね。護衛が仕事で月門を拠点にしているんだから、顔馴染だっているよ。」

 カークさんの声が返ってくる。

「リーヴァが仕事をするんだから、ディンジァだって悪いようにはしないよ。」

 そう付け加えてから、カークさんは言葉を切った。

 納得した様子の黒が、みんなを見てから私に顔を向け、

「よし、ティーエは今日は休むこと。様子を見て外に出ても良いけど、当番からは外す。もう団長まで話を通してあるから。」

 いつものように指示する。

 私が「うん」と頷くと、黒はリーヴァに看病をするよう言ってから、白とフェリスに声をかけて出て行こうとする。

「黒、待って。」

 彼女を呼び止める。

「なにかある?」

 立ち上がりかけたまま尋ねる黒に、こんがらがった心の中から頭を出したものをつかまえて、

「私、ツァイシャさんに秘紋法を習いたい。」

言葉に乗せた。

 黒が、今まで見せたことのない形相になった。

「それはできない。ティーエ、秘紋の話の最中に倒れたことを忘れた?ツァイシャは何度も謝っていた。みんながどんな気持ちになったか想像もできないの?」

 頭を上げて私を見下ろし、いつもよりずっと平坦な、気持ちを全部押し潰すような冷淡な声で、黒が拒絶する。

「それはわかるよ。でも、それとは話が別でしょ?」

 本当のことを隠した後ろめたさと彼女の気持ちが私を抑え込もうとしたけれど、それらよりも強い気持ちが私を奮い立たせた。

「私はあれを学びたい!」

 それから、黒との喧嘩が始まった。


 なだめるリーヴァも囃し立てるフェリスと白もお構い無しに感情丸出しの罵詈雑言が飛び交い続け、くたくたになった私に声を枯らした黒が

「もういい。好きにしなさい。でも、同じことをやったら許さない。」

折れた。

「倒れなければいいんでしょ。」

「この、減らず口め。」

 言い返した私をひと睨みしてからカーゴを出ていく。

「黒があんな風に言うなんて珍しいわねぇ。でも、怒っているわけじゃぁないの。だから大丈夫よぉ。」

 白が体をかがめて私の頭を撫でながら言う。

「うん。心配してくれたんだよね。みんなも。」

 私が応えると、白はにこりと微笑んでから

「ほんと、素直じゃないんだから、苦労するわぁ。ツァイシャにはわたしが頼んでおくから、ゆっくりなさい。」

 手を離して、からかうネタが増えたと喜びながらフェリスを連れて立ち去った。


 リーヴァと2人だけになる。

「ティーエ、休んでいた方がいいわ。」

 寝台に横になるよう勧めるリーヴァに、心配をかけて申し訳ない気持ちもあって素直に応じた。

なぜだろう。気持ちが軽くなった感じがある。

「あー、つかれたー。」

 寝転がって手足を伸ばす。毛布がばさっとかけられた。

「本当に大丈夫なの?黒とあんな風に言い合いをするなんて、思わなかったわ。」

「私もー。」

「えぇ?」

 私の返事に驚くリーヴァ。

「あのね、私、リーヴァが羨ましかったんだ。」

「羨ましい?」

「うん。リーヴァは私より力があるし、染弦でチームの役にも立てるって。そうそう、さっきカークさんが言ってたけど、筒込めの仕事するんでしょ?」

 吹っ切れたのか明るい気分のまま出てくる言葉に、リーヴァが頷く。

「ええ。上手くできるかわからないけど。」

「きっとできるよ。それでね、私って、チームの足手まといなんだよね。それがすごく悔しかった。それで、ううん、それだけじゃないんだけど、みんなの役に立ちたいのもあって、絶対に学んでやるって。そうしたらあんな感じになっちゃった。」

 自分の考えが途切れないよう思いつくままに一気に言うと、

「そうだったの。でも、わかってもらえて良かったわね。」

囁くような優しさが返ってきた。

「うん。」

 短く返事を返してから、目を閉じる。

 すると

「それだけじゃないって言ったのは、どうして?」

問いかけの囁き。

 熱を測ろうとしたのか、そっと額に乗せられた手のひらが心地よい。

「知りたかったの。ただ、知りたかった。」

 目の前に持ち上げた手に力がこもり、そしてゆるむ。

「この世界を知りたかったの。秘紋はきっと、その扉になるから。」

「そう…。」

 リーヴァの声には困惑した様子があったけれど、彼女は何も聞かずにいてくれる。


 そう、「知りたい」という気持ち。心の底から湧き上がるそれには目的が無い。ただ、知りたい。

 一切を。

 この世界の全てを知りたい。

 その入り口の扉が秘紋なのだと、私はなぜか確信していた。

 扉の先に何があるのか全くわからなくても、目指す何かが無くても、私はその扉を開いて、その向こう側を見たい。どんな道があるのかさえ朧げだけど、その道を歩いていきたい。

 その気持ちが、私を突き動かした。

 そんなことを糸を解くように話して、話しながら自分の気持ちを見定めた頃には私はすっかり疲れていて、リーヴァの手の温かさがそれに拍車をかける。

「やっぱり疲れちゃったから、寝るね。」

「その方がいいわ。おやすみなさい、ティーエ。」

「おやすみ、リーヴァ。」

 そうして、心地よい微睡に、私は沈んでいった。

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