冒険者の旅
数日後。
私たちは長背の街を囲む城壁の、いくつかある城門の外にいた。
門は3つあって、私たちがいるのは外から見て左側にある大きな門の近く。幅は大人3人が両手を広げて並んだくらいあって、黒い舗装はどんな重さの車でも余裕そうな立派なもの。
右側にあるのは馬車が通るくらいの小さな、それでも2mよりは幅がある門。
その真ん中に、巨大な門がある。
高さも幅も頑丈さも段違いなんだけど、こういう門は大きな街ならどこでもある。昔はあんなに大きな門を何が通るんだろうかと思っていたけれど、今はカークさんたちに教えてもらって知ってる。
律奏機。全高10mを余裕で越える人型兵器が通る門。
そういうものがあるのだと聞かされて、みんなが口を揃えていなければ信じられない気分になったし、今も実感は無い。
みんなから聞かされたことを思い出しながら、門の周りを見る。
小さな門の周りには朝の市場に売り物を持ち込む人たちが城門をくぐるために列を作っていて、その誰もが私たちを訝しげな表情で、それを隠そうともしないで見つめている。
実際に見られているのは私とリーヴァが見張を任されている大きな車。カーゴと呼ばれることが多いゴツい外見で、列に並ぶ粗末な木の荷車や馬車と違いすぎて、本当に同じ世界のものなのか怪しいとさえ思う。
実際に、あの人たちと私たちは住む世界が違う。
カーゴにはこれからの旅や冒険者の仕事に必要なものを積んでいるけれど、実際はカークさんが使う合奏甲冑のための支援車両だって聞いた。
この世界には人を脅かす脅威が多くて、その中でも剛獣や弦獣と呼ばれる超常的な力を使う危険な生物に対しては素早く動ける戦力が必要。
そして冒険者というのは、人の数や管轄やそう言う細々としたことのために動きが遅くなりやすい軍から委託を受けて動く、即応性を補うための予備人員である。そう、全ての圏域に通じる法に定められている。
それは冒険者全員が担う義務を意味していて、例えば剛獣として指定されている生物に襲われている人がいたら、原則として冒険者は救助をしなければならない。
そのために冒険者は必要な武装が許されてる。
これが圏域を超えた組織として冒険者ギルド連盟が成り立っている理由で、一冒険者であるカークさんが合奏甲冑という立派な兵器を所有できている理由。
だから砂の色に塗られたカーゴには、冒険者ギルドに所属していることを表す立派な金属製のエンブレムが取り付けられている。かなり目立つ。
でも、日常生活を営んでいる普通の人たちからは、異質な世界に住んで強い戦力を持っている冒険者というのは、階級から外れた存在ということもあり、お世辞にも良いものと思われない。
視線は痛い。
遠間からも近くを通る人からもそんな視線を向けられ続けちょっぴり挫けかけたところに、
「ティーエ、あれはリーウェイさんかしら。」
リーヴァが門を指差した。
私もそちらを眺めると、左側の門から出てくる車に乗ったリーウェイさんの姿が見えた。
リーウェイさんが乗っている車は駄車と呼ばれている車で、後ろにも2台ついてくる。先頭は木の屋根がある客車だけど、ついてくる2台は幌張りの荷車。
駄車は竜駄というトカゲと鶏の合いの子を大きくしたみたいな生き物を使う車。竜駄は気性や性質から馬よりも扱いにくいのだけど強靭で力があり、その分値が張る。
馬車ではなく駄車を使っているあたりから、この一団は貴重なものを運んでいるのだと容易に想像がついた。
「そうだね。みんなも呼ぼうか。」
予定通りにやってきたリーウェイさんにちょっぴりホッとした私は、厚い木でできたカーゴの扉をトントンと軽く叩いた。
「しゅっぱーつ!」
お子様が号令をかけて、行商の一団はゆっくりと動き出す。
実際にはフェリスの号令じゃなくて行商の団長さんにフェリスが合わせただけなんだけど、周りの人たちは笑いながら歩いている。
人が歩く速さで進む一団には5台の車。先頭から、行商人さんたちお得意という冒険者チームのカーゴ、行商人さんたちが乗る客車、荷車が2台、そして私たち。
カーゴの小さな窓から外を見ると、周りには徒歩の冒険者たちが陣形を組んで歩いてる。車があるのに徒歩の速さに合わせて進む理由は、周りの警戒と竜駄の体力を温存して万が一の場合に逃げる余力を確保するためだって聞いた。
「カークさん、なんだか私たちが見張られているみたい。」
運転席に座るカークさんに、私は彼らの印象を伝えた。もちろんカークさんもそれはわかっているはず。タイヤが石畳を転がるごとごとという音が聞こえる中、カークさんは前を見てハンドルを動かしながら口を開いた。
「オレたちは新参だからね。信用されていないんだよ。」
いつもと変わりない口調で説明してくれるカークさん。
「そうなんだ。でも、白は一緒になって話してるよ。」
「白さんはそういうのが得意だからね。早く馴染んでオレたちを信用してもらわないと、それこそいざという時に困る。だから、みんなと仲良くしてもらうようにお願いしたんだよ。」
「そうなんだ。」
話をしながら窓の外、冒険者の人と話しながら歩いている白を見ていると、それに気づいた彼女が笑って手を振った。
普段の艶やかな服装の下に身を守るための厚手の服を着ていても白の体格は隠せなくて、冒険者たちに自己紹介をしたときは男性陣の鼻の下がはっきりと伸びていた。
ただ、白が今話をしているのは女性冒険者の一人だ。
濃い茶の巻き毛が溌剌とした印象のその人はメイヤーさん。丈夫そうな生地のごつごつとした服に身を包み、左手には小さめの盾、腰と背中には剣。背中の方は長くて先の部分を覆う鞘に納められていて、その鋭さと剣身の厚さが目に留まる。
私が白に手を振り返すと、メイヤーさんも笑顔で手を振ってきたから、もう一度手を振った。
「あの子はなかなかやるね。」
カークさんが前を見たまま呟く。
「わかるんですか?」
思わずその横顔に尋ねると、ちらっと目線だけ私に向けてから
「わかるよ。歩き方とか姿勢とか、ヒントは色々あるからね。ティーエもそういうのは覚えた方がいいかな。相手の力量を読み違えるのは、命に関わるからね。」
そう言ってからメイヤーさんがなぜ強いとわかるのか、カークさんは説明する。
わかりやすいところは、と最初に説明してくれたのはメイヤーさんの服。
あれは奏力服という奏具の一種で、カークさんが使う合奏甲冑の親戚くらいの装備なんだって。
人の身体に備わる煌糸と干渉する法術を使っていて、身体に合わせて力を増幅し動きを助けてくれる服。彼女が着ているのはそれに加えて身を守るための防具も仕込まれているらしい。
そして奏力服も合奏甲冑と同じで、扱うには訓練が必要。増幅された力に振り回されない技術と、身体と服の反応の誤差を埋め合わせる熟練。
「普通に歩いているでしょ。あれは奏力服を着こなしているからできるんだよ。」
確かにメイヤーさんの歩き方は普通の人が普通の服で歩いているような感じ。普通はぎごちなく、言い方を変えると機械っぽい歩き方になるんだって。
「それから背中の剣ね。握りを見てごらん。よく使い込まれている。」
私が見つめるとメイヤーさんがちらっとこっちを見たから、私は慌てて前を向いた。
「ほらバレた。そういうところも覚えてね。」
そう言うカークさんの声はいつもよりほんのちょっと明るい感じで、その分だけ余計に気恥ずかしい思いをしながら続きを聞く。
あれだけの長剣なら重さもそれなりにある。冒険者が使う奏力服は指の力までは増してくれないからメイヤーさんはそれを技術で補っているはずで、背負っていても違和感がないことを合わせて考えると相当な手練れだ。カークさんはそう断言した。
「他にもあるんだけど、キリがないからわかりやすいところだけね。さりげなく見ながら覚えてもらうのが早いかな。要は場数だよ。」
話を締めくくったカークさんの言葉に私はいつかの倉庫での戦いを思い出したから、
「助けてもらった時カークさんと戦っていた人たちがいましたよね。あの人たちは動くときの光に勢いがあって、カークさんは細かかったんですけど、あれも見分けるところですか?」
そう尋ねてみた。
カークさんがこちらに顔を向けた。左の眉が少し上がっている。
「えーっと、ああ、あの時か。よく覚えていたね。うん、目の付け所は良いよ。よし、今日は休憩の時間まで座学にしようか。」
口の端っこを少し上げたカークさんの声は、いつもより少し陽気な感じがした。
休憩の時間になった。
カークさんの座学は運転をしながらなのに難しくて、合奏甲冑に使われている部品の規格や仕様まで詳しく聞かされて、知恵熱が出そうな気分でカーゴを降りてからお昼ご飯。
他のチームの人たちとも顔を合わせながら食べる。
朝の顔合わせでは名前だけだったから改めて、そして少し詳しく自己紹介をする。
そうは言っても休憩時間は短くて、私たちも含めて3チーム18人の紹介は慌ただしかった。だからきちんと話ができたのは白が仲良くなっていたメイヤーさんとその仲間だけ。
もう1チームの皆さんは人数も多いし、男の人だらけだし、また今度。
メイヤーさんのチームは女性2人男性2人。カークさんが羨ましそうに何か呟いた。
剣士のメイヤーさんに秘奏術を使うツァイシャさん、拳闘士のクアンさん。この3人は生まれも育ちもホウシェン。それから尖った長い耳を持つ魄銘族で銃使いのライアスさんはディアシスという圏域の出身。
月門と長背という二つの大きな街を中心に活動している彼らは、普段は月門にあるギルド直営の宿を拠点にしていて、行商の護衛もよく受けているんだって。
「それなら早いうちに、想定される危険を教えておいてほしい。」
干し芋を齧りながら黒。尋ねられたメイヤーさんは
「一番多いのは野盗かもね。時期が当たると剛獣や野良の竜駄も出るけどさ。ほら、カーゴが付いてるなんて金になるものを積んでる証拠だから。」
黒のそっけない話し方を全く気にせず歯切れ良く答える。そこから
「厄介なのは凶化した鉄豚だな。とにかく硬い上にタフだ。」
「そうそう。それから砂海の岸を通るときは、運が悪いと砂竜に見つかるよね。あいつは私たちの装備で歯が立たないから基本は逃げるよ。」
クアンさんツァイシャさんと続く。ライアスさんは口数が少ないけれどカークさんがみんなの話を聞いては声をかけていて、2人でボソボソと喋ってる。
「あんたらは合奏甲冑を持っているんだってね。みんな、砂竜もやれるかもって期待してるよ。」
メイヤーさんが話題を振ると、カークさんが嫌そうな顔をした。私たちに対してもだけど、カークさんはあの甲冑について、あまり聞かれたくないみたい。
そこに黒が割り込む。
「使い所を考えるにも敵について方針を知りたい。いつもならどうする?」
「それはもちろんだけど、あんたらが何をできるか話してくれなきゃ。それによっては私たちの作戦も変わるんだから。」
「当然教える。ここに来て仕事を受け始めた頃は、ミャ・コンの技に不慣れなチームと組んで苦労した。」
「あんたらも大変なんだね。いいよ、時間まで作戦会議と行こう。あぁ、ディンジァのチームは固め役だから融通が利かなくてね。だからあんたらと絡むのはほとんど私たちって話になっているんだ。改めてよろしくね。」
時間が限られている中のやり取りだから無駄はできないとばかりに話をまとめ、メイヤーさんは黒に手を差し出した。
「ん。」
黒が短く答えて手を握る。
そこからは難しくてよくわからない話になって、私はただ頷いては聞いたつもりになるだけだった。
午後は私とリーヴァが外を歩いた。
幸いなことに天気は良く、冷涼で乾いた風が日差しの暖かさとちょうどよい。
リーヴァは簡素で丈夫な服装で剣を腰に差し、頭には金属製の輪。輪は彼女が魔眼族だとわからないようにするため額を覆う形で、こめかみや頬、それと後頭部も守っているけれど、防具としては頼りない。
ただ、魔眼族には晶眼が発揮する桁外れな回復力があって、でも最大の弱点がその晶眼だから、軽装の剣士に見せかけておくことには意味があるって、みんなの意見でこうなった。
「ティーエ、寒くはない?」
「うん。歩いているから風が気持ちいいよ。」
「そう。」
気遣いに応えると、柔らかな微笑み。
私が着ている服も簡素で丈夫さと便利さと値段だけで選んだものだけど、カークさんがおすすめしただけあって風はきちんと止めてくれている。
砂漠が多いホウシェンに合わせて地味な、砂のような色は物足りないけれど、贅沢は言えない。
車輪やブーツの底で突き固められた道は歩くと、砂と砂利がこすれる硬い音が鳴る。2人の揃わない足音に重なるタイヤの音は重い。
「それにこんなに早足なんだから、寒さを感じる余裕ないよ。」
小柄な私に一団の速さを合わせるはずもないから、実はずっと急ぎ足。それも風が心地よいと感じる理由。リーヴァもいつもよりは早足になっている。
「それもそうね。でも、汗をかいているわ。休むときには気をつけてね。」
「リーヴァってば、お母さんみたい。」
心配が過ぎるリーヴァに、つい、くすくすと笑う。するとカーゴから黒の声。
「ティーエ、あなたは見張り。油断はしないで。あれ、見えてる?」
はっとして窓から伸びた指を見て、指が示す先を見て、私はあっと声を上げた。
「何かいる!」
私の驚きに周りから、何人分かの笑い声が返ってきた。
前の駄車の脇を固めているクアンさんは、隠そうともせず大きな声で笑ってる。
小高い砂丘の斜面にいた獣は短い四本足に太く丸々とした体。前面が平らに反り上がった鼻の両脇には、体からしたら小さな、多分私の手首から指先くらいある牙。
私の声に反応したのか砂丘の陰へ隠れていく背中は黒光りした毛に覆われていて、光を反射して少しだけキラキラしている。
「あいつは、俺が昼に言った鉄豚だ。メスだな。」
振り向いて教えてくれるけれど、私には笑われたことの方が気がかりだった。もうみんな気付いてはいたんだ。
「雄もいたらご飯になったのに!あーあ。」
クアンさんにまとわりついていたフェリスが残念そうに空を見上げて回る。楽幼族は人並み外れて鋭い勘を備えている。そして意外にも頭の回転は超早い。
だからフェリスは鉄豚には気付いていた上にその先まで考えてたんだ。
「いやいや、今回は狩りまでやらねーよ。」
「そうなの?やろうよ!」
そんなやりとりをする2人の声を聞きながら、
「わからなかったわ。影の中だったもの。」
リーヴァが呟いた。
足元を見ながら言っているのだと、砂利混じりの道と丈夫なブーツの爪先を見ながら思った。
「冒険者やっていけるのか自信無くしちゃうね。」
「えぇ。」
しんみりと話しながら、だけど団の速度には合わせないとならないから遅れたと気付いては足を早めてを、2人並んで繰り返す。
「リーヴァ、ティーエ、あなたたちお葬式みたいよぉ。」
白がカーゴから声をかけてきた。
「冒険者になりたてで上手くできるはずがないわよぉ?ほらぁ、新人さんは顎を上げて歩きなさいねぇ。」
手をひらひらさせて笑う白。
白のことだからからかい半分励まし半分なんだろうけど、落ち込んでいるところに新人扱いされて、それが事実なだけに言い返しようもなくて、
「わかってる!」
私はいーって顰めた顔を白に向けてから、道を蹴る爪先に力をこめた。
「ティーエ早すぎるわ。カーゴの横にいないと。」
すぐにリーヴァから制止の声がかかって、
「だって、リーヴァは悔しくない?悔しいでしょ?あんなふうに言われて。できるようにならなくちゃ。」
ぐるぐるしている気持ちをリーヴァにぶつけてしまう。
(これだって良くないってわかっているのに。)
ままならない気持ちの中で理由を考えれば自分の注意力が足りないのだと分かりきった結論に辿り着く。だけど、そこからどう進んだらいいのかわからない。
唇を引き結んで歩くうちに自然と視界には砂利混じりの砂が広がって
(周辺視。)
唐突にいつもの思い出が囁いて、心の中に、いつもと違う情景が溢れ出した。
「そりゃ、社会人チームの趣味のバスケだけどさ。それでも、上手くなりたいんだよ。」
その男の人は、目の前の宙空に浮かぶ光る板(実際には彼がアイウェアで見ている映像で、自分もデータ共有をして見ているんだよ)に挑みかかるような姿勢で、板のあちこちに出鱈目に書かれた番号を、指先で番号順に触れていく。
思い出が拍手をしてはしゃいでいる。
胸の奥から湧き上がる暖かな気持ち。これは何?
次は私の番だ。
あいうぇあが眼の前に映した光の板。描かれた番号を探して指先で触れていく。上手くいかない。多分。いえ、絶対に彼より遅い。
狙った番号と違うところを触れてしまって、それが赤く光る。ミスだと知らせる甲高い音。
目と手の連動。
知らない言葉が、それを読んだ知識になって伝わってくる。だけど次の番号が見つからない。もどかしさが積もる。悔しい!
「ティーエ?」
柔らかな呼び声に我に帰ると、リーヴァは私より3歩くらい前にいた。
「何?今の…。」
「大丈夫?疲れたなら休んだ方がいいと思うわ。」
リーヴァが横まで戻ってきてから、背に掌を当てた。
服を通してほんのりと暖かさを感じて、それは思い出の中の暖かさにとてもよく似ていて。
「ティーエ?」
「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっと考え事してたの。」
もう一度呼びかけられてやっと、私は足を踏み出せるようになった。
リーヴァは心配性だから、テキパキと歩いて先に進む。「置いてくよー。」と笑ったら「もう。」と困った顔で笑いながら追いついてきた。そして、
「何を考えていたの?」
隣に来て尋ねてくる。
「えっとね…さっきみたい見張りで早く見つける練習の方法。良いのを思いついたんだ。」
「そうなの?すごいわティーエ。」
思い出を言い訳代わりのついでに自分の思いつきに仕立てて答えると、リーヴァも乗ってきた。
全部じゃないけど嘘をついちゃった。
申し訳ない気持ちを飲み込んでから、周辺視トレーニングのやり方を話す。リーヴァも見張りなのに鉄豚を見逃したことは気にしていたみたいで、道具があったら朝にやってみようって約束した。
歩きながら必要な道具をカーゴの窓からカークさんに尋ねると、
「あるよ。ミーティング用の書板ならちょうど良いんじゃないかな。」
いつもの口調の答え。2枚あるかと確認したら、6枚あるって。やった!
小走りに戻って伝えたら、リーヴァは
「頑張りましょう。」
と、いつになくしっかりと頷いた。
それからの旅路は私たちが周りからあれこれ教えられながら足が棒になるくらいに歩いただけで、一団は街道沿いの村に着く。
周りの畑には麦が茶色く色付いていたけれど、それよりも旅人相手の商売が稼ぎになっている村なので、私たちは歓迎ともてなしで出迎えてもらえた。
だけど私は踵にできた靴擦れが痛くて、それを話して紹介してもらった宿になんとか辿り着く。
「一日目からこんなんじゃ、1ケ月半なんて無理だよ。」
金沙湾から長背への旅には余裕のある手紙運びを受けていて自分たちのペースで、しかも移動のほとんどはカーゴだったから、こんなことにはならなかった。思い出が靴擦れ防止の豆知識を披露しているけれど、それ、今は煩わしいだけ。
ベッドに腰掛けて足首を揉みほぐしながら不安と悔しさに嘆いていると、隣にいたリーヴァが口を開くよりも早く戸が開く。
「行進大変だったでしょ。足、見せてもらえるかな?」
カークさんが入ってきた。白い布と樽を抱えてる。
私の姿を見るなり眉尻を叱られた犬みたいに下げた。
「やっぱりね。痛いなら仕事中でも言わなきゃ。見せてごらん。」
さっと私の前に座ると、私の足首を掴む。動かせない。細身なのにすごい力。ちょっと怖い。
「洗ってから治すからね。」
「ひゃあっ!」
カークさんはそう言うなり私の足に水をかける。いきなりすぎ!冷たさに変な声が出ちゃった。
それを完全にスルーしたままカークさんは私の足を、傷に障らないよう丁寧に洗い、それから手をかざした。
明るい空色の光が煌めいて、囁くような呟き声。
傷の周りが心地良い熱さに包まれて、それが去ると痛みは全くなくなってしまった。
見れば靴擦れが完全に治ってる。
それから反対の足も。
前にも見たけれど、自分で体験してみると驚きがすごすぎて、私はずっと治療をするカークさんを眺めてるだけだった。




