新しい依頼
「お前さんたちに客だ。」
2階の部屋でフェリスに邪魔をされながら黒から座学を受けていると、店の主人から声がかかる。
私は、お昼ご飯に話し合っていた通りに3人で店に降りた。隅の方のテーブルには、私たち以外の3人がいる。
カウンターにはリーウェイさんの姿。
わざとみんなからも見えるテーブルをお願いすると、冒険者ギルドの連絡役も兼ねている主人は
「構わんよ。」
とだけ返事をしてから、待っていたリーウェイさんに声をかけた。
そして私たちが席に着くと、すぐにリーウェイさんがやってきて挨拶してから、
「ティーエさんのチームの皆さんですか。」
フェリスをチラリと見てから、確認してくる。
「はい。こちらがリーダーの黒です。それとこっちの子がフェリスです。」
決めておいた通りに答えた。
「フェリスだよ。よろしくね!それでもが…」
「リーダーの黒です。獣粧族の習わしによる誓言の身ゆえ偽名ではありますが、よろしく。」
余計なことを言う前にフェリスの口を押さえた黒が名乗ると、明らかに腰が引けた様子でリーウェイさんが
「楽幼族がいるとは聞いていませんでした。」
と、漏らした。
「何か不都合でも?」
すかさず黒が問う。しかしリーウェイさんは予想とは違った表情を見せた。
「いえ、仕事で楽幼族と関わったことがありますから…その…さぞ苦労をしているだろうと。」
正真正銘の同情を寄せられて、私は思わずフェリスを見た。本人は全く意に介さずくるんと可愛らしいおめめを私に向ける。
「ぷふっ。」
隅のテーブルから白の声。笑いを堪えられなかったみたい。
黒の耳もぷるぷる震えている。
フェリスの同席は予定していたよりも効き目があった。
楽幼族は、その好奇心と行動力と、他の人族には無い資質のため、どこでも厄介者として受け入れられている。
そして、楽幼族に秘密を守るなんて期待はできない。
この子が居て難色を示すなら、リーウェイさんの依頼は何か隠し事があるってこと。つまり危ない橋の可能性が高い。
普段の黒たちならそう言う仕事も受けるらしい。
でも私やリーヴァがいるのではリスクの高い仕事は避けたい。それがみんなの考え。
それを見定めるために敢えてこの厄介者を表に出した。のだけど、
「あの、あちらの方は?」
我慢できず吹き出した白を見て、リーウェイさん。少なくとも会話を聞かれていると意識されてしまったのは間違いないからか、黒が素早く答える。
「あの3人もチームの仲間です。仕事は私とティーエでやりましたから、私だけ同席しました。」
「違うよ!ぼくもお話しするからだよ!」
「気にしないでください。」
眉間に皺を寄せっぱなしになった黒はお子様の発言を封殺して、
「それで、依頼者ご本人が話をしたいと伺いましたが。」
憮然としたままリーウェイさんに話を促した。
リーウェイさんはまず、私が店主さんに預けておいた指輪が間違いないと確認したこと、すでに報酬を含めた手続きは終えていることを私たちに伝え、それからすぐに主人を連れてくると断りを入れて店の外へ出て行く。
「上手くいったのかな?」
「もちろん!」
「…結果は悪くないから、安心して良い。」
私がつい漏らした疑問に、2人が答える。すっかり疲れた様子の黒はため息混じりだ。
「切り替えていく。ここからが本番だから。」
黒が背筋を伸ばし自分に言い聞かせるようにして水を一口。そしたらリーウェイさんが、中年の男性を連れてやってきた。
足取りはしっかりしているその人は、中肉中背と言うにはお腹の辺りに無理があるので、ゆったりとした布地を身体に巻く服を着ている。
まだ黒髪が残るけれど年月の積み重ねを感じさせる白髪は7:3に分けられていて、皺が目立ち始めた笑顔に誠実さを印象付けている。
依頼主のシェンさん。
私は依頼のために会ったことがあるけれど、みんなは一応、初めてだ。
チラリと黒を見ると、彼女は私の不安を察したのか小さく頷き、背もたれに体重を預ける。それで私は椅子から立ち、シェンさんにお辞儀した。
「ティーエくん。君たちの仕事には本当に助かったよ。この指輪は、本音を言えば戻らなくても仕方ないと諦めていたのだ。感謝する。」
シェンさんが鷹揚に声をかけてから、頭を下げた。
ちょっと驚いた。と言うのも、ホウシェンでは冒険者は一般人よりも下の階級として扱われているから。
感謝の一言はともかく、頭を下げるのは、苦力だった頃の経験からしてもほとんどありえない。
(そのくらいに大切なものだったんだ。)
そう感じた心の片隅に、ちくりと痛みが走る。あれ?
依頼を受けた時のシェンさんの嘆く姿は見ている私が辛くなるくらいだった。その姿を思い出してちょっと納得。きっと、あの姿に共感したんだと思う。
シェンさんは私たちに挨拶してから隅のテーブルの3人にも目礼し、それから、どっこいしょ、という掛け声が聞こえそうな動きで椅子に腰かけた。
「それでは、改めまして。依頼主のシェン・ザイグンだ。」
人のよさそうな笑顔で私たちに挨拶したシェンさんが、もう一度頭を下げる。
「あなた方が指輪を探し出しくれたこと、本当にありがたく思う。これは家内の形見でね。うっかり流してしまったと聞いた時には目の前が真っ暗になった。この手に戻ったことが心底うれしいよ。」
ゆったりとした話し方だけど、丁寧なお礼。それから、
「報酬についてはギルドに言い含めた上で、私からの感謝の意を込めた額にさせてもらった。承知しておいてほしい。」
予想外のボーナス。内心ガッツポーズをした。けれど、表に出さないようにしながら聞く。
だって、店の主人にはお願いをして黒と私が探したことにしておいたのに、シェンさんは私たち6人を(フェリスまで!)きちんと見ながら話していたから。
さっきは依頼を受けた私に対してだとしたら、今のはチームに対してのお礼。
階級の違いがある中でここまで礼を尽くすのは、難しいんじゃないかな。
「リーダーの黒です。獣粧族の習わしによる誓願の身ゆえ偽名ですが、ご容赦ください。すでに指輪はギルドを通じてお渡ししてありますが、私どもの仕事に満足いただけて何よりです。ありがとうございます。」
黒が、リーウェイさんの時より丁寧に挨拶してから、お礼をする。
リーウェイさんは依頼主の使者だから、下になり過ぎないようにしていたんだ。
そのリーウェイさんはシェンさんの右後ろに少し距離をとって控えている。さりげなく私たち全員が目に入る場所でまっすぐに立っているのは、冒険者の一団に対して油断しないという姿勢の表れなんだと思う。
それからシェンさんの感謝の繰り返しと思い出話が続き、ちょっと飽きてきたかも、と思ったところで、
「それで、今日ギルドに依頼した件についても、ぜひあなた方にお願いをしたいのです。」
シェンさんが依頼について切り出してきた。
はっとして黒を見ると、彼女は落ち着いた様子で、いつものように淡々と
「礼を尽くしていただきましたが、依頼は依頼です。内容をうかがってから判断します。ギルドへの依頼書を確認してもよろしいですか。」
事前に決めておいた通りに、手続きに則って検討することを伝えた。
シェンさんは依頼書の確認は当然だと答えたので、黒が隅のテーブルに目配せをして、すぐに席を立った白が主人から依頼書を受け取ってやってくる。
ついでにシェンさんやリーウェイさんにもいつもの調子で目線を送る白に、シェンさんは
「これはまた貴重なものを見た。タカマガハラはイワトノリの祭衣ではありませんか。その爪飾りも。」
白の手に目を留めてから言う。
いつも周りを動揺させている白が、今回は目を大きくしてからにこりと笑った。
「あら、よくご存じねぇ。おっしゃる通りよぉ。旅に使えるようにアレンジしてあるから本物とは少し違うけれど。」
「そうでしたか。仕事柄トロイにも縁がありまして、話に聞いたことがあったのです。それにしても、素晴らしい。立ち振る舞いといい本物としか思えなかった。」
「お上手ねぇ。ご縁があったらぜひお話ししたいわぁ。」
シェンさんの誉め言葉をさらっと流し、黒に依頼書を手渡した白は、軽い調子で挨拶してから元のテーブルに戻った。
シェンさんもさっと切り替えて、依頼書を読む私たちをうかがう。
依頼書は私でも読める内容なんだけど、それが意味するところをさっと理解するにはまだ経験が足りてない。黙って読んでいた黒が顔を上げるまで、私は何度も書類を読み返していた。
(手紙の配達…正規のルートでも送るけど、事故に備えて自前でも何通か手配するうちの一つ…送り先はセレナ・アーチペルン?ホウシェンの外!?ううん、途中まで運んで、そこからは別の人なんだ。私たちは月門の街まで。)
「妥当な依頼です。行商の一団に同行するとありますが、これはシェンさんの関係者ですか?」
「そうです。月門で共同に店を構えている家の者です。護衛を兼ねるのでしたら私から話を通して報酬に上乗せしますよ。」
「実はこちらには合奏甲冑があります。」
黒の唐突な発言に、シェンさんが腰を浮かせ、一瞬隅のテーブルを見やってから
「それは、本当ですか?」
確認するように問う。
黒はその反応を当然のように頷いて
「もちろん。」
あっさりと答えた。
合奏甲冑は奏具と呼ばれる道具の一種で、煌糸の力で動く鎧。思い出が言うにはパワードスーツとかいうものが近い。
ホウシェンでは貴族が兵力として抱えているか、裏の社会で大きな力を持つ家が持っているか、いずれにしても個人としては強力すぎる兵器なので普段目にする機会はない。らしい。
カークさんに教えてもらった話では普通の合奏甲冑でも通常武装をした兵士10人以上の戦力になるそうだから、実は私たちのチームってすごいのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「合奏甲冑を持っているのであれば、その依頼をお願いするのは無駄が多いですな。」
シェンさんはそう言ってからリーウェイさんに手で合図をする。笑顔なのは変わりないのだけど、雰囲気が違う。そう、目が笑っていない。
「この手紙はいくつかのルートに分けて送るものですが、そのルートの中には途中襲われる危険が高いものもあります。あなた方には安全な方を用意したのだが、合奏甲冑があるのであれば、別の隊に護衛として雇いたい。」
リーウェイさんが差し出した書類を受け取り、シェンさんが新しい依頼を黒に差し出した。
「なぜ安全な仕事を持ってきたのか、伺っても?」
「ティーエ君はまだ子供で、しかも初仕事だと聞いていましたからな。仲間がいるといっても危険にさらすのは、こちらの商売にもあらぬ噂が立つことになって都合が悪いのです。」
シェンさんは話を区切り、私を見てから
「しかし合奏甲冑があるなら、それを安全なルートの護衛に使う方がおかしい。」
そう続けた。
「筋は通っています。それならカーゴを同行させても問題はないと考えてよろしいですか。」
納得した様子の黒は、依頼書を確かめながら尋ねる。
「もちろんです。」
「手紙の内容について伺っても?」
「それは、護衛の依頼には関係がないはずです。」
「おっしゃる通りです。返事は明日でよろしいですか。」
「そうしてください。ただ、依頼を受けるなら、合奏甲冑を確認させてもらえないだろうか。」
簡潔なやりとりから出てきたシェンさんの申し出に対して黒は隅のテーブルを見る。カークさんがひらっと手を振って立ち上がった。
「お見せします。ティーエ、話は終わったからあなたは部屋に戻っていい。白…。」
シェンさんに返事をしてから、黒は私に淡々と指示をした。いつもの口調だけど、有無も言わせない雰囲気がある。それから白に声をかけて、席を立つ。
「ティーエ、街を歩いていたら珍しいお菓子を売ってたのよぉ。一緒にお茶でもいかがかしらぁ。」
黒はシェンさんと話をしながら店の外へ。それを見送りながら白が私を誘う。
「白!ずるいよぼくも!」
私より早くお子様が食いついて、黒の後ろから駆け戻ってきた。
リーヴァも立ち上がって、4人で二階の部屋へ向かう。
すると、黒たちが出て行った出入り口を見て、白が呟く。
「あの様子なら、きっと儲かるお仕事になるわよぉ。楽しみだわぁ。」
いつかの倉庫の中、私に手招きをしたあの時の、あの貌で。
心の底から冷たいものが湧き出して、それを振り払うように、私は頭を振った。




