お願い
「届け物、ですか?」
唐突なお願いに私は聞き返した。
机を挟んで前に座っているのは、指輪探しの依頼を持ってきた男性だ。私のお父さんと同じくらいの歳に見えるその人はリーウェイさんと言って、この長背の街でも大きな方から数えた方が早いくらいに大きな商家に仕えている。その商家の主人が依頼主のシェンさん。
「はい。主人に指輪を見つけていただいたと伝えたところ、大変にお喜びになりまして。主人はあの下水から見つけてくれたのなら信頼できるだろうと、あなた方にこの仕事も依頼したいと申しております。」
リーウェイさんの話に下水の中での出来事や、リーヴァや黒の姿が思い出され、みんなの苦労が報われたのだと嬉しくなって、つい表情が緩む。
(規約。)
思い出がそっと囁いて、私の浮かれる気持ちに冷や水を浴びせた。
冒険者ギルドは圏域間冒険者ギルド連盟法に基づく超圏域機関だ。その規約にはこの世界全ての冒険者が守るべき事柄から、その土地の慣習に合わせたものまで、様々な決まり事がある。
『特定の者からの直接依頼には応じない。』
これは私たちが冒険者になったときから聞かされている、全ての圏域で共通の規約だ。有力な冒険者の抱え込みや未熟な冒険者からの搾取を防ぐ目的から、融通を利かせつつ建前半分にしつつだけど、進んで破ることはしないくらいに徹底されてる。
ここホウシェンでは伝統的に流人たちが冒険者のような仕事を請け負っているので冒険者ギルドの立場は弱く、それ故に流人ではない冒険者を守るためこの規約は固く守られている。
らしい。
カークさんからの受け売りだけど、それでもこんなに早く役に立つなんて思わなかった。
「すみません。お話は嬉しいんですけど、規約があるのでお受けできません。」
流人と冒険者は似たもの扱いで、ホウシェンでは一般人から外れた特殊な、どちらかと言うと低い立場になる。
だから姿勢を低くして断る。
ちらっと店主さんを見ると、目が合ってから少しだけ顔を縦に振った。
「そうですか。いや、これは私が手続きの前に声をかけたのが悪いです。ギルドを通じてお願いしますよ。それではこの話はまた後ほど。」
リーウェイさんは、断っても気分を害した様子もなく、どちらかというと思った通りという感じに頷いてから
「もう一つ、主人はあなた方に直接お礼を伝えたいと強く希望しています。できることでしたら依頼の手続きの際に、あなた方ともお会いしたいと。」
(ドア・イン・ザ・フェイス)
思い出が囁いた言葉と意味に、顔が強張った。
まずスレスレに規約違反だけど善意に思える申し出をしてから、これを断らせて本命のお願い。お礼を直接言うのは禁止されていない。
多分、そこで顔を合わせてお礼をして、断りにくくしてから依頼の話に繋げるんだ。
思い出の一言と同時に、そんな考えが巡る。
笑顔を作る。
リーウェイさんはどうしても依頼を受けさせたいみたい。もちろん、こういうのは気をつけるようにとカークさんも黒も言ってた。
そうなんだけど、依頼を受けるときに会ったシェンさんの、指輪を失くして嘆く姿は悪い人に思えなくて、それが私を頷かせていた。
だから、
「わかりました。でも、チームのリーダーは他の人なので、相談させてください。」
1人で答えたらダメだと言い聞かせながら、そう食い下がるのが精一杯だった。
「上出来。よく頑張った。」
リーウェイさんが帰ってすぐに黒が出てきて、椅子に座り込んでいた私の頭を撫でる。
「見てたの?」
「うん。あれくらい1人でなんとかできないと困る。」
「そう。ありがとう。」
助けてくれればと思う気持ちが出てしまったけれど、黒の淡々と言い切る声に、見守ってくれてたとわかった。
「あれで良かった?」
「1人で決めていたら殴ってた。」
不安を抱えながら質問すると、端的な答え。
言葉は乱暴だけどつまり、相談に持ち込んだのは正解。
(不正解のところもあったけど、言うほどじゃないから言わないんだよね。)
黒は生真面目そうに見えて悪戯好きなところが玉に瑕だけど、目的もなく誤魔化したり騙したりしない。
言葉が少なくなりがちでも教えてもらう側としては問題をきちんと伝えてもらえるから、ありがたい。
偶然だけど良い人に会えたと、私は心の中で感謝した。
それを直に言うと黒は照れて拗ねちゃうから、
「えー。そんなことで殴られるなんて酷い。」
敢えて反撃してみる。
「ティーエが1人で請け負うなら、『そんなこと』にしておく。だけどチームで受ける話だったらどうする?あと、相談するつもりならもう少し粘って話を聞き出しておいて。」
口をへの字にした黒がミスの指摘をしてくるけど、怒っている様子はない。
とっつきにくい印象がある彼女だけど、白が何かある度に「黒の取扱説明書」を周りに話すので、話すのは面倒なくせに教えたがりな黒の性格はわかっているし、黒もそれを承知してる。
そんなわけで、私たちはこう言う感じにお互いやりとりするようになった。
「今度は気をつける。黒、ありがとう。」
きちんと指摘をもらった形になったのでお礼を言うと、黒はあっちを向いて階段に向かう。むず痒そうな顔がチラリと見えた。
「部屋で座学。」
一言だけ残して、黒は部屋へ。私も急いで追いかけた。
部屋で黒から、多分さっきのこともあって、いつもより厳しめに頭に詰め込まれていると、いつの間にかお昼になっていたみたい。
帰ってきたリーヴァに部屋の戸をノックされて、私はそれに気付いた。
「ティーエ、おつかれさま。」
囁くような柔らかい声がこそばゆい。そんなリーヴァは、カークさんとの訓練が厳しかったんだろう。額から玉のような汗が流れた。
「うわ、リーヴァすごい汗。いつもより厳しかった?」
「そんなことはないわ。カークさん、前よりも上手くなったねって言ってくれたのよ。」
こういう聞き方をするとリーヴァは必ず「できる限り当たり障りのない答え」をしてから話を逸らす。心配をかけたくないのか、咎められたくないのか、どっちにしてもちょっと寂しい。
それにカークさんは私にも同じように褒めてくれる。それは「偏差値15が16になったね。」くらいの意味でしかない。私もリーヴァも、まだまだ冒険者として半人前以下だ。
「今日も剣の訓練をしたの?」
そういうことをわかった上でリーヴァの話に合わせると、彼女はそっと頷いた。
リーヴァは私より年上だから体格が良い。お互い育ち盛りなのだから何年か経てば、とも思うのだけど、今から追いつけるかと言われると自信がなくなるくらい違う。
魔眼族だから見た目以上に力持ちで怪我にも強い。
そんなわけで、彼女はカークさんから剣の手解きを受けることを選んだ。
ううん。選んだというより、とりあえずそれをやっておいたら?と言われてとりあえずやっているって感じ。
「振ってもあまり辛くなくなってきたわ。」
だけど訓練の後にはいつもよりちょっとだけ弾んだ声。半分は成り行きからでも、リーヴァにはこういうのが合っているのかもしれない。
「リーヴァが剣を覚えるなら、私は法術かな。そうすれば2人で助け合えるよ。」
思い出から得た冒険者のイメージでよくある組み合わせを言うと、リーヴァは柔らかな微笑みを浮かべる。
だけど
「ティーエが法術?期待しない方がいい。」
黒がざくっときつい現実を突き刺してきた。
思わず恨みのこもった目で黒を見る。
いつもと同じ調子で淡々と私の夢を砕いた黒は、それが当然と態度で示しながら続ける。
「カークがあれだけ教えても染弦ひとつできない。一番の基礎ができないんだから、どの法術だってできない。」
「まだ2ヶ月だよ。続けてみなきゃわかんないよ。」
その言い方にカチンときて言い返したけど、内心、私には無理かな、とも思う。
法術と言うのは超常現象を引き起こす技術で、やり方によって色んな系統があるんだけど、そのどれにも染弦という作業が必要になる。
この世界には煌糸という目に見えない触ることもできない不思議な力でできた糸があらゆるところに張り巡らされている。その煌糸を震わせて自分の色に輝かせることが染弦。染弦した煌糸から得られる力で法術を使う。
だから、染弦ができない私には法術も使えない。それどころか、術技と呼ばれる法術みたいにすごい力を発揮できる技も使えないんだって、カークさんに言われた。
正直、落ち込んだ。
白と黒は法術を使える。それもミャ・コンの血族にだけ伝わる特別な法術。カークさんは法術も術技も使える。フェリスはあんな風だからって思っていたら多少は染弦できるみたいで、その煌糸の力で予め込められた法術を発現する「奏具」っていう道具は扱えるらしい。
リーヴァもできる。晶眼の力まであるのに。
煌糸の力を使えないのは私だけ。みんなずるい。
普通の人ならひと月くらいで多少はやり方がわかるはずなのに、と教えられ落ち込んだ分だけ悔しくて、ずっとカークさんに教えてもらっている。
いるけれど、未だに染弦ができる兆しはない。
「きっと使えるようになるもん。」
最後に付け足した反撃は、ひどく弱々しかった。
そこに
「誰でも練習すればできるから、気長にやると良いよ。」
一歩引いた感じの穏やかな声。カークさんだ。
トレードマークの、そして唯一かもしれない個性の帽子を今は被らずに手に持っていて、汗を拭う姿はなんの変哲もないただのおじさん。そんな風に見えてカークさんはダオレン(多業)と称される凄腕の流人で冒険者。
剣も銃も法術も体術も使えて、さらには強力なパワードスーツ、違った合奏甲冑を使える。
実際、知らない人からこのチームの中で一番強い人は?と聞かれたらカークさんだと答えて、外見からは想像できない答えを笑われると思う。
「それに、染弦だけが法術を使う方法じゃないからね。先にそっちも教えようか?」
カークさんの申し出に私は目を輝かせ、黒は「うわぁ」とドン引きになった。
どういうことかと2人を交互に見る。そのとき、
「カーク!早くしないとぼくたちおなかぺっこぺこだよ!もう食べるよ!」
お子様の催促が階下から響いて、カークさんが珍しく慌てた様子になる。
「しまった、2人を待たせていたんだ。そんなわけだから昼食にしようね。もう頼んであるからさ。」
空腹なあの2人の目の前に私たちのご飯。
3人とも何も言わずに階段を駆け降りた。
雑談から朝にあった仕事の話までみんなと話しながら、簡単な食事をとる。リーウェイさんからのお願いを私が話すと、1人を除いて顔を見合わせた。
1人は面白そうと笑ったけどこれはいつものこと。
「オレはこの街には詳しくないから、あれこれ聞かれても困るよ。」
カークさんが真っ先に予防線を張る。
金沙湾を中心に活動していたカークさんは、前の仕事の都合で街にいられなくなり、他のみんなもあの街にいる理由はないから、用が済んだらさっさとこの長背にやってきた。
だからカークさんの言い分には一理あるんだけど、ホウシェンに一番詳しいカークさんがそう言うのに、苦力として小さな世界で生きていた私や隠れ里でひっそりと暮らしていたリーヴァなんて言うまでもない。
「流人の伝手でなんとかならないのぉ?」
白が流し目を送ると、カークさんがつまらなそうに水を飲む。
「やばい家ではないよ。そのくらいだね。」
「それじゃあ前と同じ。」
短い説明に黒が不満を漏らす。
「商家なんですよね。何を扱っているんですか?」
少しでもヒントを、と思って尋ねると、カークさんはほっとした様子で、
「食料品や薬品をやっていて、ホウシェン以外にも取引先があるって話だね。売る相手はこの街にくる行商の連中が多いらしいよ。」
「こっちから外にも売るの?」
カークさんが左の眉をひょこんと上げた。
「もちろん。周りの町や村から集めたやつを輸出しているよ。地元では公平だって、それなりに好評だね。」
なんだかんだと噂を聞き集めたりしているあたりが頼りになるから、ついつい話を聞くばかりになってしまうけれど、私がきっかけなんだから少しは考えないと。
「悪い噂は無いみたいだから、会うのは良いよね。」
そこからが問題なんだと思っていたら、
「今のティーエの調子なら、そのまま依頼まで引き受けそう。夕食のチーズを賭けてもいい。」
淡々と黒が釘を刺す。
「そうねぇ。でもそれって、多分賭けにならないわぁ。」
やんわりとした口調で金槌を振り下ろす白。
「そこは、周りで助けるところじゃないですかね。」
援護に見えるけどなってないカークさん。
リーヴァは困った顔でおろおろしてる。
「ティーエは良い子だから大丈夫!きっと面白いよ!」
とどめを刺されて、私はテーブルに突っ伏した。この大丈夫は絶対にダメなやつだ。
私は苦力だった。
苦力は辛い労働だけのために一生を使う。その辛さに耐えてきたんだから、私はどんなことだって耐えられる。
そう思っていた頃もありました。
苦力の仕事はやれば終わる。考えなくても命令の通りにやればできる。冒険者の仕事はそうじゃない。
「じゃあどうしたらいいのよ。わかんない教えて。」
とうとう私は根を上げた。




