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 翌日。


 稽古の時間より早くにミックの家へ行った俺は、出てきたミックに「昨日はごめん!」と開口一番に謝ると、多少ぎごちなくしながらも一緒に稽古に向かうことにした。

 家から出るときにミックが、庭にいた男性に手を上げて、

「父さん!行ってくるよ!」

と明るく声をかけた。

 それを聞いたミックの父親は、左手を上げてから俺に気付いた様子で頭を下げ、それからミックに声をかけてくる。

「行ってこい。坊ちゃんにも旦那様にも失礼をするなよ。」

 少ししゃがれた、だけど温かみのある声に送られてから俺が振り向くと、彼はもう自分の仕事に戻っていた。

 その右腕は、包帯で縛られている。

 2年前、俺が自分を取り戻してから1年経った頃に、村の近くで狼のような獣に襲われて怪我を負い、動かせなくなってしまったのだ。

 ミックが俺の父に頼み込んで剣を習うようになったのは、そのしばらく後だった。

「ミックのお父さん、元気になったな。」

 その頃の彼等の姿を思い出し、歩きながら声をかけると、嬉しそうなミックの返事が返ってきた。

「うん。少し指が動くようになったんだ。良くなっているって母さんも言ってた。」

「動くようになったのか。良かったな。」

 さっき聞いたミックの明るさの理由がわかって、思わず声が大きくなる。

 医者からは期待するなと言われていた怪我だ。回復する兆しだけでも嬉しい。

「ありがとうな。嬉しいよ。それでさ、父さん、必ず働けるようになるから、お前が騎士になりたいなら、頑張れって言ってくれた。」

 そう伝えるミックの表情は、晴れやかだった。おじさんもおばさんも、ミックが騎士になると剣を習い始めたことをずっと反対していて、ミックを支えていたのは祖母のサミーだけだったんだ。

「じゃあ、一緒に騎兵学科へ行けるな!」

 不思議と素直な気持ちそのままに、嬉しさを言葉にできた。ミックが俺を見て、パッと笑う。

「うん。洗礼式が終われば、学校に行ける。がんばろうな。」

 その言葉に俺が頷き、一緒に王都や学校のことを話しながら俺の家へ向かう。

 家の前で待っていたニールを見つけた頃にはミックも俺もすっかり稽古に挑む姿勢になっていた。


 走り込みから素振りまでを父親の指導を受けながらこなして、それから相手を変えながらの打ち合い。時には3人で乱戦もやる。

 その合間に、父からの指摘を受けて、俺たち3人は稽古をこなしていた。

 3人の中では俺の負けが一番多い。

 切り結ぶ動き一つ一つでどうしても一瞬遅れてしまい、追い詰められて負け、というパターンの繰り返しばかりだ。

 たまに思いがけず良い打ち込みをできる時があって、そういう一撃はミックもニールも防げないのだけど、俺にはどうやっているのかがわからず、結局、2人には一歩及ばないままだった。

 そんな感じのいつもの稽古を終えようとした頃、

「師匠!どうしてここに?」

 父が驚いた様子で姿勢を正し大きな声を発したので、俺たちは動きを止めてそちらを見た。

「なに、噂でお前さんの息子が洗礼の年だと聞いてな。ちょうど近くに来ておったから、顔を見に寄ったのよ。」

 飄々とした口調で言いながら、布を巻いた様な異国風の服を着た老人が俺たちに近づいてくる。

 禿げ上がった頭や顔のシワで老人だとわかったが、その身体つきや足捌きは父よりもたくましく感じるほどで、長い剣を腰に下げ颯爽と歩いてきた。

 父より頭半分は背が高い。190cmくらいだろう。老人は眠たげで優しげな目尻の下がった目で俺たちを見下ろしながら、父に尋ねた。

「お前の息子は、あぁ、こいつだな。髪と目の色がお前たち譲りだ。」

 唐突に上から見つめられ、俺は呆気にとられていた。だから俺に代わって父が応えた。

「はい。息子のギルバートです。ギル、この方はラドワン・ヴェルミール様だ。私の剣の師であられる。だから、お前、いや、お前たちにとっても師と呼ぶべき方だよ。」

 父に紹介されて挨拶に気付いた俺は、一度呼吸を整えてから右手を胸に当ててお辞儀した。

「ラドワン様のお目にかかるこの良き日に感謝いたします。ローランド・クレストス・オースデイルの子、ギルバート・オースデイルです。」

 俺は貴族式の挨拶を教えられていたので、その通りに上手くやれたはずだ。それに続いて、ニール、ミックが辿々しい挨拶をする。

 老人は鷹揚に手を挙げ、首を傾げ面倒そうに笑いながら、挨拶を受けてくれた。

「ワシは一介の冒険者にすぎんよ。お偉い挨拶など、かえってむず痒いな。ところで、ギルバート、お主」

 そう言って、彼は俺に近づいてグイッと頭を下げて顔を寄せ、問いかける。

「なぜその様な身体の使い方をしている?……あぁ、分かってはおらんのか。なるほどな。ローランドも苦労しているだろう。」

 問いかけの途中で、俺が何を言われているのか分かっていないと察したのか、一人で結論を出した彼は頭を上げると父の方を見て言った。

 それが、父の期待に応えていないと普段から感じていた俺には気に障った。

「待てよ!俺のやり方が違うって言うのか?なんでわかるんだよ!?」

 それに対して老人は、父が俺に何か言おうとするのを右手で制し、

「違うどころか大間違いだ。だがな、ワシの生業は口でなく剣よ。見て覚えろ。」

と言うが早いか、父に向かい合って剣を抜いた。

「ローランド、クレストスを見たぞ。ぬるい戦ばかりで技が鈍っておろう?構えよ。」

 嘲りを含んだその言葉に、父が、厳しい表情で返事をしてから剣を抜いて構えた。

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