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精霊の加護

 銀砂亭を出たらすっかり暗くなっていましたよ。

 だけど寮監のロルフさんには許可はもらいましたし、ゆっくりでも門限には間に合うから、夜風を楽しみながら歩けますね。

 広場の周りを囲む道と広場の境目に並んだ色の違う石畳。街の中では子供たちがよく踏み石をして遊んでますね。

 楽しげな様子を思い出して、ちょこん、と、ブーツを乗せてみましたよ。

 次の一歩も、ちょこん。

 あら、楽しい。

 ギルはサイモンさんとまだお話ししてますし、遊んでいるとは思われないように。

 ちょこん

 ちょこん

 うふふ

 え?

 もちろん、楽しいですよ?

 そっとお返事をしながら遊んでいたら、サイモンさんがギルに、小さなワインの瓶が入るくらいの箱を手渡してました。

 なんでしょう?

「…ロルフさんに、ですか?」

 いけない。ギルの声が運ばれてきちゃいましたよ。

 ダメですよ。これじゃ盗み聞きになりますよ。

 踏石をやめてみんなにお願いをすると、二人の会話はすっと遠ざかり。よし、聞き取れなくなりましたね。

 だけどギルは人を待たせすぎですよ。

 私の耳はこの街の人族よりよく聞こえるから、ギルがサイモンさんとお話ししたいと頼むから、わざわざ大袈裟に離れているのに、待ちくたびれそうですよ。

 話が気になるとみんなが声を届けようとしちゃうから止めているのも大変なんですよ。それなのに、ギルってば…やっと終わりそう。

「アルテ、すまない。待たせたね。」

 箱を脇に抱えたギルが小走りでやってきて、さっと頭を下げたから、

「もう少し待たせたら、次のお詫びを考えるところでしたよ。」

ちくりとしてあげました。

 石畳の境をさりげなく踏みながら、返事を待たないで歩きます。

「それは勘弁してくれよ。サイモンさんが俺の師匠と同期だって聞かされて、こっちも寝耳に水だったんだからさ。」

 スノーパレードはそんなに堪えたのかしら。狼狽えて言い訳するギルの顔、ちょっと可笑しいですよ。

 そうね、ギルはきちんとしていますよ。だから意地悪はもうしませんよ。

 周りでギルの気持ちを教えてくれるみんなにお礼を伝えて、

「師匠って、聖騎士さんですか?」

ギルに聞き返し、いけない、確かラドワン様はもうおじいちゃん。サイモンさんと同期のはずが…サイモンさんがすっごく若作りならありますね。ありますよ。

 それなら今度サイモンさんに聞かないと…

「アルテ、ラドワン様ではなくて、別の師匠だよ。俺には師匠が4人いるって言わなかったか?」

 ギルが苦笑いしながら返事をして、おまけにサイモンさんの秘密も消しとばしちゃいました。

 こほん

「お父さんと、この学校の先輩方も、でしたよね。じゃあ、サイモンさんの同期って、先輩方ですね。」

「普通はそっちが先に出てくるんだけどな。」

 あ、少し怒ってます?

 やっぱり怒ってますね。ありがとう。助かりますよ。

 私の疑問にみんながすぐに答えて、お礼の気持ちを煌糸に乗せて捧げました。

「だって、ギルの師匠は聖騎士様だって、2年前から聞いているんですよ。それに、ギルは先輩方のこと、あまり尊敬していない言い方をしてたから、出てこなかったんですよ。」

「あぁ、ジョセフさんは尊敬しているけど、カーチスはなぁ。そうか、それでか。」

 納得した様子のギル。

 もう怒ってないよと、みんな。

 みんなも落ち着いたみたい。

 おかげで私も落ち着きましたよ。

 みんな。

 私にとっては物心ついた頃からのおともだち。他の人たちは精霊と呼びますけど、みんなはみんなですよ。

 命の営みが震わせる煌糸の煌めき。それを食べて生きるみんなは、物の身体を持たないかわりに、どこにでもいるのですよ。

 みんなは目に見えないかわりに、生き物の、小さな草花や虫であっても、感情という命の営みを感じとるんですよ。そしてみんなは、特別に「美味しい」らしい私には何かにつけて話しかけてくれる。

「サイモンさんはカーチスとジョセフさんとはよくつるんでいたんだってさ。悪い遊びは大体カーチスに覚えさせられたって。」

 少し自慢げに話すギルの気持ちは、きっと穏やかなんですね。みんなも落ち着いてますよ。

「それで、その箱を渡されたんですか?」

 お友達へのおつかいを頼まれたのかも、とギルが抱えた箱を見て尋ねたら、ギルは首を横に振って

「いや、これはロルフさんによろしくって渡されたんだ。サイモンさん、学生が問題を起こすたびに寮監や学校の先生と話をするから、お世話になっているんだってさ。」

あ、さっき聞こえたのは…いけない、これは聞こえなかったことでしたよ。忘れておかないと。

 はい、忘れましたよ。

「それなら、門限に間に合うようにしないといけませんよ。急ぎますよ。」

「大丈夫だよ。十分間に合うくらいに店を出たんだから、ゆっくり行こう。」

 足を早めた私をギルが引き止めて、夜道のお散歩になりましたよ。冷たい風が心地よいですね。普段は出歩かない時間なので、みんなの囁き声もいつもと違う旋律を奏でてますよ。

こんなに気持ちの良い夜なんだから、歌のひとつくらい出てくるものですよね。

 みんなの歌に合わせてハミングしながら歩く私の隣を、ギルは黙って歩いてますよ。

 え、困っているのですか?

 囁き声にくるりと回るとギルの眉間にシワが。

 あらら?

「ギル?」

 歌を止めて声をかけると、ギルははっとした様子から

「銀砂亭は楽しかったな。良かったよ。」

微笑みましたよ。

 何に困っていたのでしょう。でも、今言ったのは困っていたならおかしいですよね。

「もしかして、歌がうるさかったですか?」

 不思議に思って尋ねると、ギルは顔を横に振ります。

「俺は気にならないよ。食事を楽しんでくれたんだと思ってた。」

 食事は楽しかったですよ。それに、今も。

 だけどギル?それじゃあどうして困っていたんですか?

 今も、表情は笑っていますけと、困っているってみんなが言ってますよ。

「食事はとても。特に、スノープラネッツは最高でしたよ。」

「それは良かった。あれ、サイモンさんが特別にコースに入れてくれたんだ。本当ならスノーパレードにだけ出すデザートなんだってさ。」

「えぇっ?!」

 いろんなことが頭をよぎって、声を上げちゃいましたよ。

 それなら美味しさも綺麗さも納得ですよ他の料理と違う感じの器も仕方ないですよおねだんどうなったのでしょうデザートがあんなに美味しいならフルコースなら

「ギル、スノーパレードには改めて挑戦ですよ。」

 決意を口にしてしまって、目の前でギルが笑顔を固まらせて青ざめてから、失敗したと悟りましたよ。

 みんなも言わなくてもわかりますよ。これじゃあ今日の食事じゃお詫びになってないと言ったのと同じですよ。

 ギルが不安になるのも当たり前ですよ。

「違いますよ!今日の食事が素晴らしかったんですよ。だからこれから頑張ってスノーパレードに来られるように挑戦したいって意味ですよ!」

 スノーパレードのお値段は先輩方から聞いています。3学年から卒業まで4年間、冒険者としての仕事できちんとお金を貯めればなんとかなるくらい。

 もちろん、学業に差し障ってしまう様では論外ですよ。学生としての本分を全うした上に余裕があるくらいでなければ、そこまでのお仕事はこなせない。そのくらいの、頑張ればなんとか手が届く目標。

 私は今年2度目の3学年で、もう推薦してくださった公爵様に迷惑をかけてます。だから、このくらいの目標を達成できないと、家族にも顔向けできないですよ。

 それに、美味しいご飯ですよ。軍とか冒険者とかよくわからないことより頑張れますよ。

 ギルに訴えながらそんな気持ちを整理していると、ギルが、それはもうわかりやすくホッとして息を吐いてから

「驚かさないでくれよアルテ。てっきり、俺がまた奢らされるのかと。」

肩を落としました。

「チームを組むんですから、一緒に頑張りますよ。みんなと一緒に来ましょう。オリエちゃんやグウェンちゃんもきっと張り切りますよ。」

「俺がやるのは決定なのか。」

 ギルがさらに肩を落としましたよ。だけど

「だけど、そういうので釣るのも有りだな。目標としてなら、有りだ。」

呟いて考えを切り替えた様子が表情にもはっきりと、ギルは顔を向けて笑いました。

「良いんじゃないか。俺もどんな料理なのかが気になるし、やろう。」

 やりました。さすがはギルですよ。

「やっぱりギルは頼りになりますね。これで明日からも頑張れますよ。頑張りましょう!」

 嬉しさのあまりくるるん、と回って勢いそのままギルに

 あ、これはちょっと近いですよ。

 と、突然ギルが、鋭い視線を向けてきます。

 えっ?どうしたんですか?

 警戒?緊張?敵意?

「じゃあアルテ、その話は明日にして、早く帰ろう。」

 ギルはそう言ってから一歩近付いて、近い近い!

 背丈が同じくらいなんだから顔が、顔が。慌てちゃうじゃないですか。ギル待って手を取るのは反則ですよ。何があったんですか?

「誰かにつけられている。さっきから怪しかったんだけど、アルテのおかげではっきりした。」

 エスコートの時より近くに寄り添って囁いたのは、ロマンティックさの欠片もないどころかハンマーで叩き壊す様な警告。

 みんなが教えてくれてたことと一致して、納得できました。でも、今のギルのやり方はダメですよ。後でお仕置きですよ。

 ひとまず半歩距離を取って、と。

 心の中で唄を奏でて、みんなに話しかけます。

 私自身の煌糸の煌めきを複雑な音階に模して震わせると、それは、みんなへ捧げる糧として、みんなへのお願いとして、瞬く間に辺りへ。

「ギルの言うとおり、5人いますよ。後ろに2人、前に2人、高いところに1人。」

 冷たい声になっちゃったのは当たり前ですよ。せっかく夕食を楽しんだのに、台無しなんですから。

「待て、アルテ、後ろだけじゃないのか。」

「間違いなくいますよ。しかも敵意ばっちりですよ。詳しくは後で話しますから、まずはなんとかしましょう。」

 これで、帰り道にみんなのことをどこまで話すか考える必要は無くなっちゃいましたよ。あぁもう、いま絶対不機嫌な顔になってますね。

「荒事になるだろうから、アルテが持っていてくれ。俺がなんとかするよ。」

 隣を歩くギルが、ロルフさんから渡された箱を差し出してきました。

「ごめんよ。実はスミカから、注意するようにって言われてたんだ。多分、俺への嫌がらせだと思う。」

 それでさっき、ワイマーの話が出てきたんですね。あんな話をするのはギルらしくないって思いましたよ。

「同じチームだから気にしませんよ。それより、街の中では武器も法術も使えませんね。だから私は足手まといにならないようにしますよ。」

「ありがとう。助かる。前を突破して逃げよう。」

 ギルの作戦に頷いたら、私たちの前後を遮るように、黒い服と覆面という絵に描いたような不審な人たちが姿を見せましたよ。手には杖を、剣のように構えて。

 ギルが私の前に出て

「なんのつもりだ?」

 前の2人に話しかけて上着を脱ぎ左腕に持つと、不審者たちは黙ったまま距離を詰めて…みんな、わかってますよ。この人たち、やる気ですね。

 ギルから預かった箱を抱えて走りますよ。道際の建物の近く、上にいる相手から死角になるように。

 そうすると、ギルが私を他の4人から守るように立って構えました。左腕から垂らした外套を盾のように前に掲げて、右手を脇に。

 その影に隠れるよう身を縮めながら、身を守る術を握りましたよ。それは式典服のボタン。真鍮製の飾りボタンは要領の通りにすると握り込む動作で外せて、投げつければ相手を怯ませるくらいはできるんですよ。

 さぁ準備はできましたよ。

「はっ、無駄な真似すんなよ。」

 不審者の1人、左から2番目の肩幅の広い人が嘲って杖を振り上げてギルへと迫り、合わせてその両側の2人もギルへ。

「俺が狙いか!」

 ギルの声。バサッと上着を翻えし杖を妨げて踏み込んだギルは、肩と腕を打たれても平然としてますね。

「名乗りもせずにかかってきた割には大したことないな。スプーンより重いものは不慣れなのか?」

 そして落ち着いた皮肉を黒服な皆さんに。

「こいつ!生意気な口を叩きやがって。」

「田舎騎士の跡取り如きが女連れで銀砂亭とか、立場を教えてやるんだ。」

「連れている女が落第姫だってのはお似合いだけどな。」

 男たちがそれぞれ言い返して…なんですかそれ?ちょっぴりカチンときましたよ?

 上着からそっとボタンを取り外し、心の中で失礼なやつに狙いを定めておきますね。

「そうか。お陰でお前らがどんな奴らなのかはっきりした。叩きのめしても表立った問題にはならなさそうだ。」

 ギルが打たれたところをさすりながら冷静な口ぶりで告げてますよ。

 その間に私は周りの様子をみんなに尋ねました。

「チッ。さっきから妙な感じがして面白くねぇんだ。生意気な口を黙らせてやる。」

 さっきは動かなかった1人が杖を一振りしてギルへ一歩踏み寄りましたよ。だけどみんなが私に警告してます。狙いは私だと。

「作戦通りにやるぞ。かかれ。」

 そいつの号令で男たちが動き、3人はギルに殴りかかり、1人は壁際から駆け寄り私に手を伸ばしてきます。残念、捕まるつもりはないですよ。

「逃げますよ!」

 ギルに伝えるために短く叫んで、ボタンを投げつけるふり。私を狙った奴は、足を止めて両手を顔の前に翳しました。よし、足を止めましたね。

 身体を捻ってギルを襲う3人目、さっきの失礼な奴にボタンを投げつけて、その動きのまま振り返って壁際をダッシュ。

 ズダン!

「ゲファッ!」「うわぁっ」

 すごい音と男2人の叫び声。

 え?殺意?

 みんなの囁きに振り返ると、男たちの2人を転ばせたギルが3人目の杖を受けようとしてますよ。みんなの声は上だと。上から、この街中で、殺意があるようなやり方。

「ギル!上から弓矢!」

 私を追おうとしていた男が目を見開いて足を止めて、杖を受け流したギルの姿が真横にブレて、

 キン!

 石畳に火花が散って矢が跳ねました。

 ギルに杖を受け流された男はつまずいて壁際で驚いていた男に倒れ込んで、

「今のうちだ。」

ギルが私の手を引いて走り出しました。

「屋根で射線を切りながらですよ。」

「わかってる。ありがとう。」

 相手が射てないよう角を曲がってからしばらく走って、みんなが誰も追って来ないと教えてくれた頃には、普段は来ないような路地に入り込んでました。

「ギル、もう大丈夫ですよ。」

 声をかけるとギルは足を止めて、

「アルテ、怪我はないか?」

 あら、一番に私ですか?

 ちょっぴり嬉しくなっちゃいますよ。

「もちろん。あんな奴らは余裕ですよ。それよりギルですよ。杖で叩かれてましたよね。」

 ギルが平気なのはもうわかっていますけど、心配してくれたお返しに聞いておきますね。

「あんなのはシゲと打ち合うのに比べたら、小枝で撫でられたくらいだよ。踏み込んで威力も殺してるし、アザにもならない。」

 ギルは上着を着直しながら答えて、それから、

「弓矢はヒヤッとしたけどな。アルテ、助かったよ。」

私を見て、お礼の言葉。

 言葉に詰まりました。

 話をするって決めていたんですけど、いざとなると怖いですね。だけどギルは他の人たちと違うからって、さっき決めたんですよ。

 深呼吸をしてから。

「役に立って良かった。みんなが教えてくれたんですよ。」

 話の糸口を繋ぎました。

「みんな?」

「みんなです。他の人たちは、精霊って呼んでますね。」

 怪訝そうなギル。そうですね。誰でもそうなりますよ。

「ギルには私の、精霊の加護のことを話しておこうって思っていたんですよ。これから一緒にやっていくために知っておいてもらった方が良いと思うから。」

「アルテが精霊の加護を受けていることは、前に聞いたけど。」

「そうですけど、精霊の加護があると何ができるのかは、話してませんよ。公爵様にも口止めされてますし。」

 できるだけ明るい感じに話をすると、ギルはあたりを見回してから

「だったら、歩きながら教えてもらおうかな。そうだ、箱は俺が持つよ。」

穏やかですけど真剣な眼差しで右手を差し出しました。

 抱えていた箱をギルに返して、2人で並んで歩き始めてからしばらくは、どこから話そうか考えちゃいましたよ。

 だけどギルはその間ずっと黙っていて、そのおかげできちんと考えてから、みんなの穏やかな囁きを聞きながら考えてから、私は人には教えられないはずのみんなのことを話し出せたんですよ。

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