スノープラネッツ
「それじゃあ、カームはザンダルガム公爵とは関係無くこの学校に入ったのか?」
後輩たちの話をしていく中でアルテからカルミアの話を聞き、俺は驚いて聞き返した。
カルミアもアルテと同じで、公爵の推薦で入学したものとばかり思っていたからだ。
「はい。カームは精霊の加護が無いから、公爵としても推薦する理由がないそうですよ。でも、カームはここでは実力で身を立てないとならない厳しさを感じていたみたいで、自分で周りを守れる力を持ちたいって。」
そこで、訓練の最中にカルミアに聞いてみた入学の理由を思い出した。確かあの時には、「家族を守りたい。」と言っていたはずだ。それと、確か…
「私は、カームには普通の生活をしてほしかったんですよ。軍務学校出では何かあれば矢面に立たされるのに、あの子、私の言うことを聞かなかったんですよ。」
俺がカームの言葉を思い出している間、少し頬を膨らませてアルテが不満を漏らす。
(お互いに心配しているのに少しずれているのは、似た者姉弟なのかな。)
ワインで不満を飲み込むアルテを見ながら、俺はカームの言葉を心の中で繰り返す。
『姉さんは普通の人からは変に見られる。だから僕が守ってあげないと。』
そう言って鍛錬のため走っていったカームの表情には、どこか思い詰めたようなもどかしさが感じられた。こういう誤解は解いておきたいと感じ、俺はカルミアの気持ちも伝えようとする。
「アルテはそう言うけど、近くにいてくれた方が安心なところもあるだろ?ご両親だって。」
「それはそうだけど、心配なのは別の話ですよ。」
「それにカームにしたら、アルテがどこかで口を滑らせたり、悪い奴に騙されたりしないか心配なんだと思う。」
「んむ…。」
カルミアの言葉をそのまま伝えるのはまずいと思い、俺なりに話をすると、アルテは何か言おうとした言葉を一度飲み込んだ。
そしてささやかな咳払いをしてから、
「ギルはもー少し私のことを信頼してくれても良いと思いますよ。」
肩口の毛先までしなやかな髪を右手の指に絡ませながら、目線を逸らして抗議する。
「これでも滑らせて良い話とよくない話の区別くらいしてるんですよ。それにみんなが教えてくれるから、そう簡単に騙されませんよ。」
(怒らせたかな。いや、そうじゃないか。)
口を引き結んだ表情には見覚えがあった。アルテではなくカルミアが見せた、もどかしさを感じさせるあの表情だ。
「そうなのか。」
俺は短く答えてアルテの様子を伺い、それから今の思いを口に出す。
「加護もコーラスも、それから公爵のことも、当たり前みたいに話すから、わかっていないと思ってた。ごめん。」
「謝らなくても良いです。私だってそう見せているんですから。」
後半では目を逸らしながらアルテ。
その仕草は時々やらかしては誤魔化すときの彼女の癖だが、スルーした。
「いや、これから一緒にチューターをやっていくのに、俺は噂とか目立つところばかりでアルテを決めつけてた。これからはやめるよ。」
「ありがとうギル。ギルはそう言ってくれるって…だから今までも話していたんですよ。」
柔らかな笑みで応える彼女は、さりげなく目元を指で拭ってからテーブルに目線を落とした。
俺の視界にテーブルが入るとメインディッシュの皿はもう空いていて、顔を上げると回廊の向こうにいたサイモンさんと目が合う。
ナイフとフォークを決まった形に置くと、すぐに店員たちがやってきた。
飲み物が注がれ、手で摘める大きさのチーズが三つずつ並べられた皿が俺たちの前に置かれる。
「ギルバート様、デザートの準備にお時間をいただきます。申し訳ございませんが、少々お待ちください。」
テーブルまでやってきたサイモンさんが丁寧に告げて戻っていった。
するとアルテが強い口調で身を乗り出し、
「ところでギル、私、今日はデザートが一番の楽しみだったんですよ。わかりますか?わかりますよね?ここからは難しいお話は無しですよ。」
いつになく真剣な眼差しで、今までの話を打ち切る。
「あ、あぁ。わかった。どんなデザートなのか楽しみだな。」
勢いに押されながら頷くと、アルテは椅子に深く腰掛け直してからチーズを摘み、そのまま、藍に金の煌めきを宿らせた双眸で俺をじっと見つめる。
夜空のように果てのない深さを感じさせる視線に明るいブロンドの前髪が数本揺れて流れ、それを払う優雅なしぐさに俺は不意に心臓が跳ね上がる感覚に見舞われる。
動揺を誤魔化そうと、無意識にワインを口に含むと、アルテがそれで思い出したという様子で口を開く。
「ギル、帰りに大事な話があるから、飲みすぎたらだめですよ。」
吹きそうになった。
慌ててワインを飲み込み咳込むのを止めようとしながら見ると、口元に手を当てて笑いをこらえるアルテの姿。
してやったと満足げな表情に咳払いをして喉を落ち着け息を飲み込む。今日の話を思い返せば、これくらいやり返されるのはおかしくはない。
「わかったよ。どうせ学生用の軽いワインだけどな。」
この世界では子供のころから酒を口にする機会はあるが、その有害さも経験的に理解されている。俺たちの年齢では出されるワインも薄めたものが普通だ。
だから前後不覚に酔っぱらうには相当な量が必要になる。
当たり前の話だが、それをわざわざ口にしたのは、アルテにしてやられた悔しさからだ。
「わかってくれたならいいんですよ。」
くすくすと笑いながらアルテ。
このやりとりで何かわかるところがあったのだろうか、それまでより気楽にお互いの思うところを話し合っていると、店員たちがワゴンを押してやってきた。
テーブルの上に豪奢な燭台と花瓶にさした花が飾られ、蠟燭に火がともされる。
そして俺たちの前には香草茶が注がれたカップとアイスクリームがシンプルに丸く盛られた皿、手元に手洗い水が汲まれたボウル。それらが置かれてから、テーブルの真ん中へ銀のボウルがかぶせられた大きな皿を、ゆっくり慎重に、二人の給仕が運んだ。
別の店員がサイモンさんに指示されて大皿に触れると、その縁に沿って薄桃色の光が複雑な紋様を描く。
紋様は揺らめきながら形を変えつつやがて消えて、ボウルがかたりと小さく音を立てた。
「本日のデザートは、スノープラネッツになります。」
サイモンさんが告げると給仕がボウルをまっすぐ持ち上げる。
それに引かれるように、大皿の上にあった白い球体がふわりと宙に浮かんだ。
一口大の大きさのそれらは霜がついて白く見えているが、光が透けている様子からすると中身は透明なものなんだろう。9つの凍った玉が空中に浮かび、皿から伸び上がる煌糸の光に支えられて揺れている。
「表面のみが凍っているものです。お取りの際には手で柔らかくつまんでください。味わいの変化がございますので、融けないうちからお召し上がりください。」
サイモンさんの説明が終わり、彼らが立ち去ると、それまで何も言わずにスノープラネッツに見入っていたアルテが
「ギル、いただきましょう。」
我に返ったかのように急かしてきた。
「じゃぁ、一つずつ取っていこうか。アルテ、楽しみだったんだろう?先手は君からどうぞ。」
ぱっと表情を明るくしたアルテが、お礼の一言もあわただしく、どれにしましょうと指を伸ばす。楽しげな彼女の様子に、周りも明るく暖かくなったような気がするほどだ。
アルテが中ほどにあった凍った玉を指でつまんで、大粒のブドウのように一口にした。
二度口を動かして目をまん丸に見開いて、それから数回噛み締めて食べたものを飲み込むと、アルテは数回瞬きしてから俺に
「ギル、ギルも早く。すごく美味しいですよ。」
と捲し立てる。
急かす彼女に返事を返しながら、俺は浮かぶ氷の玉からちょうど目の高さにあったものを選んで摘みとった。指先に氷の冷たさと硬さと、力を入れると潰れそうな薄さが感じ取れる。
反応が楽しみらしいアルテにじっと見られたままで少し気恥ずかしく感じていたが、どうこう言おうとしている間に表面が融ける感触が伝わってきたので、俺は素早くそれを口にした。
氷の冷たさを噛み締めるとそれはあっさりと砕けて、中から溢れるように甘みとハーブの爽やかな風味とゼリーの食感が現れ溶け消える氷の冷たさと混じり合いながら心地よい余韻を残して喉の奥に消えていった。
「美味い。」
俺が呟くと、アルテが強く頷きながら
「そうでしょ!ほんとに美味しい。」
と笑顔になる。
皿の上に浮かぶ氷菓子に目を向けると、中には凍っていないゼリーが仕込まれているからだろうか、表面についた霜の白さが薄れて内側の青さが透けてきている。
そして蝋燭の揺れる光が融けるスノープラネッツに反射し、屈折し、常に変わりながらも同じにはなり得ない煌めきを描く。
アルテもそれには気付いていたのだろう。
「食べちゃったら残念なくらいに綺麗だけど、次の、もらいますよ。」
下側の一つから摘み取り、それから俺にも
「私は選んだから、ギルもどうぞ。」
と勧めてくる。
同じように下側から一つを摘み顔の前にかざすと、照明の光に透かされて中身の青さだけでなく、いくつかの色合いが影の中に見て取れた。
「ギル、早くしないと。ほら、せーのっ。」
アルテが朗らかに言うなりスノープラネッツを口に放り込み、俺もつられて同じようにした。
さっきより氷が薄くなり、噛みしめたときの食感が柔らかい。冷たさが薄れたからか、中には細かなゼリーがあるとわかる。それらそれぞれの味が絡み合って複雑な風味を描き出している。
「本当に味が違いますよ。」
目を丸くしてアルテが小さく叫んだ。そのままの勢いで次に手を伸ばしかけるが、俺が香草茶のカップを手に取ると、思い直したように彼女も茶を一口口に含む。
香草茶が口の中を濯いで温めたところで、どちらが先ということもなく指を皿の上に伸ばし、一緒に氷菓子を口にする。
「また味が変わった。ほとんど融けきっているから、甘さや中のゼリーの風味がよくわかるよ。」
「そうね。あ~、もう融けきっちゃいましたよ。」
少し残念そうに言いながらもうっとりと浮かぶゼリーの光彩を見つめてから、アルテは香草茶を一口飲んでから、手元のアイスが置かれた皿に手を添えてスプーンを持つ。
「こっちも美味しそう。ねぇ、ギル?」
アルテに促されて俺もスプーンを持ちアイスの皿に左手を添える。
指先に感じるひやりとした空気の冷たさ。
怪訝に思ってスプーンを持ったままの右手の指先をアイスに近付け冷たさを探ると、皿の上にはドーム状に冷気が漂っていた。
(この皿も奏具か。さすがに慣れてきたぞ。)
どうやらアイスが融けるのを防ぐために法術が使われているらしい。それを探っていた俺を不思議そうな顔で見ていたアルテだが、一度手元に目線を落とし、
「冷たくて美味しいですよ。」
そう言って笑い、二口目を口にする。
居心地の悪さを感じながら口に運んだアイスはオーソドックスなミルクとハーブの風味。すでに融けたスノープラネッツから冷たさを引き受けるにふさわしく、上品な甘さと舌触りが喉を冷やしながら降りていく。
「さっきから美味いとしか言葉が出てこないな。少し気の利いた言い回しができたら良いのに。」
「ギルは詩人ではないんですよ。だから、気にしなくていいですよ。」
クスクスと声を控えながら笑い、アルテが俺を慰める。幼少時の読書生活や前世に鍛えた機転があると言っても、騎士となるための鍛錬と貴族としての学習に子供時代を使っていた俺は、この世界特有の文学的な教養があるとは言い難い。
その上この味と演出だ。
騎士としてなら、あるいは冒険者としてなら十分やれる自信はあるが、この店の料理がどれだけ素晴らしいかを伝えるには、全く足りない。
(アルテはあぁ言ったけど、こういう場面なら決まり文句の一つくらい言えないとな。)
課題が一つ増え、それを伝えようと口を開く。
「一応貴族の端くれなんだ。なのに美味しいしか出てこないんじゃ、サマにならないよ。こっちも鍛えておかないと、ワイマーあたりが喜んで食いついてくる。」
「あの人達、ギルが入学式にやり返してからはおとなしいみたいですよ?」
アルテも印象は残っていたんだろう。俺が同学年の貴族の名前を出すと、彼についての話になった。
「らしいね。でも、そういう時には影で何か根回しをしていたりするから、アルテも気をつけろよ。俺と組むことになって迷惑だろうけど。」
「もう。迷惑だなんて思っていませんよ。」
アルテが目を細めて俺を睨む。
ワイマーやその周りの連中は、入学式の行進で俺とアルテが担当する新入生たちに圧をかけて失敗させようとしていた。それはアルテの機転で上手く切り返し、トラブルにはなっても失敗ではない形で収めた。
それからは連中が目立ったちょっかいをかけてくることはなくなり、二学年までと比べて落ち着いて学業の忙しさに集中できるようになった。
あれからひと月以上になるな。
それはともかく目の前ではアルテが抗議の目線で俺を睨んでいる。自分から話に出しておいてなんだが、今はワイマーたちよりアルテだ。
「俺の家のせいであいつらに絡まれているのは確かだからな。でも、そう言ってもらえるとありがたいよ。」
「はいはい。ギル、まだ残っていますよ。食べちゃいましょ。」
まずは宥めようとした俺の答えは気に入らなかったのだろう。アルテは軽く流してから3つ残ったスノープラネッツに話を移した。
さっさと一つ摘んだアルテに続いて、俺も一つ取り、そして見覚えのあるものに気がついて口へ運ぶ手を止めた。
摘んだゼリーのボールを回しながら確かめる。
多分、これはそうだ。
「どうしたんですか、ギル?」
一口にゼリーを頬張って飲み込んだアルテが、不思議そうな声で尋ねてきたので、俺はスノープラネッツの中身を見ながら気付いたものを伝える。
「アルテ、これ、中にカエルレラ山脈があるぞ。シディンから西側の景色だ。」
「ええっ?ホントに?」
俺の答えを聞いたアルテは、さっと最後の一つを手に取り間近で確かめ始める。
「そう言えば、似ているような気もしますけど。」
だけど彼女にはピンと来なかったらしい。無理もない。
「間違いないよ。俺はシディンから帰るときも、この山を見ながら帰るんだ。見間違えたりしない。」
自分の心を確かめるように口から出た言葉は、俺が思ったよりもしっかりとした声になった。
アルテはそれを聞いて微笑んでから、柔らかな口調で
「ギルは、故郷で騎士になるんですね。」
そう、告げた。
今更なことを改めて聞かされ違和感はあったが、アルテの表情には真剣さもある。
「あぁ。ここに来たのもそのためだからな。俺は騎士になる。ミックとニールは騎兵になって、俺が戦功を立てて王国から律奏機を賜る。そうすれば、スクトゥムもこの国も、もっと安全になる。俺たちはそう誓ってやってきたんだ。」
彼女が、その内容はわからないが何か真摯な気持ちがあって告げた事だとは、表情からわかった。
だから、自分の目的と理由をしっかり言葉にして、俺自身の言葉で、アルテに伝えた。
誰かに何かを伝えるために言葉一つの責任も背負わないなら、それが伝わるはずがない。
そう感じたからだ。
「ギルは、きっとできますよ。ほら、食べちゃいましょう。」
微笑みながらアルテは応えて、それから口調を明るく俺を急かし、返事をする間もなくゼリーを口にする。
「最後まで美味しいですよ。この味は一生忘れられません。」
ゼリーを味わって香草茶で一息つき、アルテは満足そうに呟いた。
その様子を眺めてから、手にしたゼリーを、故郷までの景色を口に放り込んで噛みしめる。
融けて優しい甘さの中に様々な味わいが現れては混じり合い消えた。
「ギル、美味しかったですね。」
「あぁ。本当に美味しかったよ。」
朗らかな笑みのアルテに、内心で胸を撫で下ろす。
入学式にやらかしたお詫びにはなっただろう。約束通りにはできなかったが、満足はしてくれたようだ。
それからしばらく話をしていると給餌たちがきて、食器が片付けられてから、サイモンさんが三人の店員を連れて姿を見せる。
「ギルバート様、間もなくお約束の時間となります。」
予約した時間の終わりを告げられ、俺とアルテはお互い顔を見合わせた。
「もうそんな時間でしたか。素晴らしい食事にすっかり忘れていました。」
お礼を返すとサイモンさんは一礼して少し離れ、俺たちは一緒に食後の祈りを唱えてから、席を立つ。
店員が一人ずつ俺たちに付き添い、彼らに手荷物を預けてから、サイモンさんの案内で出口へと向かった。
元ネタはたこやきです




