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銀砂亭の夕食

「食前酒です。」

 アルテと俺の前にワインを注がれたグラスが置かれ、サイモンさんから交代した給仕の男性が、銘柄を簡単に説明する。

 今日の料理は完全にお任せだ。

 前世で多少の経験があっても、この世界のこういう店で披露できる知識も経験も無い。それにサイモンさんに任せたのだから、素人が口出ししたら彼を紹介してくれた師匠たちにまで泥を塗りかねない。

 給仕には軽く頷いて話の礼を伝え、グラスを持ち上げて

「それじゃあ、乾杯。」

 アルテとグラスを合わせる。

「ギル、今日はありがとう。嬉しいですよ。」

 さっぱりした軽い風味のワインで喉を潤し、アルテが柔らかな表情で礼をした。さっき慌てたからだろうか。まだ頬に赤みがさしている。

「ありがとう。喜んでもらえて嬉しいよ。」

 ここまでの苦労が報われた。そう思うとつい嬉しくなってしまった。

 俺もやはり緊張していたんだろう。彼女の笑顔で気持ちが楽になって、しばらく店の様子や食事への期待をお互いに話す。

 それから給仕の人たちが前菜のサラダを持ってきてテーブルに置き、説明を終えた。瑞々しい野菜にさっと線を描くようにかけられたドレッシングが、彩り豊かだ。

 盛り付けの美しさに感心していると店員たちがいなくなった。話も途切れてしまったので、俺はエレベーター前での疑問をアルテに尋ねてみることにした。

「さっきの話なんだけど、アルテがザンダルガム公爵の推薦で入学してたのは、少し驚いたよ。」

「やっぱり信じてなかったんですね。模擬戦の時もそうでしたし、もう慣れましたよ。」

 口ぶりは拗ねた様子でも表情は柔らかく、口元に多少の不満を表しながらサラダを一口。

「アルテを信じてなかったわけじゃなくて、公爵の考えがわからなかったんだ。噂で聞く限り、フェア=レイアが軍に加わることを喜ぶタイプじゃないだろ。」

 時間を置いたおかげで、冷静に説明できた。しっかりと弁明できたところで、俺も前菜に手をつける。

(美味いな。これなら地球でも通用するよ。)

 一般人向けとは格が違うだけあって、野菜の鮮度も味付けも普段の食事とはものが違う。さっぱりした味付けが瑞々しさを引き立てている。

「それは…。」

 珍しくアルテが言い淀む。

「言えないことなら言わなくて良いよ。そう言う事情って、この学校じゃ珍しくないんだからな。」

 俺が口を挟むと、アルテはわずかに首を横に振り、

「隠す必要は無いんですよ。お父さんがダニエル先生と仲良しで、ダニエル先生はザンダルガム公爵の元部下。その伝手で公爵に話が行ったんですよ。」

「そうだったのか。」

と短く応えながら、俺は内心冷や汗を拭う。

 アルテにおかしなことをすれば、ダニエル先生が敵に回るかもしれない。それは、この学校の生徒にとってはかなり厄介だ。

 少なくとも俺は入学式での一件がある。ダニエル先生に目をつけられている可能性は考えておいた方がいいな。

 そして、アルテの様子から彼女の事情にも踏み込まない方が良さそうだと感じた。

 だが、

「うちは交易商だったんですよ。だけど、カームが小さい頃に、私のせいでラテニアに来ることになっちゃったんです。」

 そう、自分の両目を両方の人差し指で示しながら、アルテが話し出す。

 まず、話してくれるところまでは話を聞いてからが良さそうだと、アルテを見ながら黙っていると、

「私のように両眼が同じ色の子供は、精霊の加護を受けている可能性があるんですよ。6歳になって巫女様の巫術を受けたら、しっかりとバレちゃったんです。」

 控えめな声だけどあっさりした調子で話し、それから、サラダを一口。

「バレたら、どうなるんだ?」

 話の切れ目に尋ねる。すると、アルテはワイングラスに口をつけて一息ついてから答える。

「巫女様に預けられて、巫女の候補になるんですよ。家族とは縁を切られちゃうんです。それで、私は家族と離れたくなくて、全力で抗議したんですよ。」

「よく、ラテニアまで出て来れたな。」

「え?」

 アルテの話から今に至るまでの経緯をなんとなく察し、つい口から出た疑問にアルテが目を丸くした。

「あぁ、アルテのように精霊の加護がある子供は貴重だろうから、ラテニアに入港するまで色々あったんじゃないかな?って思ったんだ。」

 俺が自分の閃きを言葉にして説明すると、アルテは口を少し尖らせて、半ば笑いの混じりで睨む。

「はい。色々あったんですよ。でも、ギルは急ぎすぎですね。お話しがどこかへ行ってしまいましたよ。」

「そうか。ごめんよ。」

 自分が口を挟んだことを謝ってから、改めて、話を聞くのだと決める。

 そうしていると、再びアルテが口を開いた。

「色々あってラテニアに入港した私たちは、お父さんが仕事で仲良くなったダニエル先生を頼って、事情も話したんです。」

「加護のことも?」

「はい。そうしたらダニエル先生は、フェア=ウェルス圏域の動向もラテニアでの危険も含めて、下手な隠し方をするよりしっかりしたところに所属してしまった方が安全だって。それから、ザンダルガム公爵に紹介してくださったんです。」

「そこから軍務学校に?」

「はい。初等学校も公爵様のお墨付きでしたよ。」

 話を聞いて、俺は内心首を傾げた。

(ザンダルガム公爵にはどんな利点があるんだ?仲が良い元部下の紹介で、そこまではやらないだろう。)

 他の圏域から滅多にいない人材の亡命を受け入れたとなれば、国家ではなく圏域間の問題になりかねない。公爵は有能で他の圏域との外交を務めたことがあるそうだから、そういう危険を理解できないはずがない。

 下手をすれば、圏域間戦争までは行かなくても、国家決闘になるような話じゃないか?いやそれよりも、

「アルテは今の学校で良かったのか?ラテニアに来てからは公爵の言うがままみたいだけど。」

「私ですか?私は家族と一緒に過ごせて、学校でお友達もできて、満足ですよ。」

 彼女自身がどう思っているのか気になって問いかける。

 すると、アルテは目を細めて答えてから微笑んだ。

「公爵様のお考えや難しいお話も気になりますけど、お父さんもダニエル先生も、『卒業までは大人に任せておけ。』と言って、詳しくは教えてもらえませんでした。」

「そうか。」

「はい。それに、私のせいで故郷から出てきたんですよ?わがままは言えないです。」

 それなら、と、俺はアルテの考えに納得した。

 普段の彼女は朗らかで、正直なところ天然っぽいズレ方が感じられるところもあり、そういう過去を感じさせる様子は無かった。わかっていないから不満も無いのかとも考えたけど、それは間違いだったらしい。

 それだけに彼女自身が今の状況を受け入れているのか不安に感じたのだが、気にしている様子はない。

 不満があっても割り切っている感じだ。

 考えがまとまったところで、給仕たちがワゴンを押してやってくる。

 皿が空いて適度に間を置いたタイミングだ。

「仔羊のスープでございます。」

 二品めの、透き通った具の無いスープとパンが置かれ、グラスにはワインが注がれる。

 給仕の男性が料理の説明を終えて立ち去る。

 個人的な話しを続けるのは今でなくても良いなと感じ、俺はアルテにスープを勧める。

「美味しそうだな。冷めないうちにいただこう。」

 そうしてからスープを口に運ぶと、濃厚な風味に思わず声を上げそうになる。それを飲み込んでから、

「これ、美味いな。こんな風味のスープは初めてだ。」

 大声は控えてアルテに伝える。それでも言葉の端々に驚きが出ていて、俺は一瞬周りを窺った。

 前菜のサラダがあっさりとしていて、彩りに比べて物足りない感じもした。だが、肉と野菜の濃厚な旨味たっぷりのスープが、それを補ってあまりある満足感を与えてくる。サラダはそこまで考えられて味付けされていたんだろう。

「本当。とても美味しいですよ。それにお皿の柄とスープの色がきれい。」

 アルテの感想に、俺は頷いて賛成した。透き通った琥珀色のスープは模様が描かれた白い皿とシャンデリアの光とで、宝石箱のように煌めいて見える。

「そうだな。こんなのは他では見たこともない。アルテはどうだい?」

 料理に気を取られて会話がなくなりそうだと、俺は手近なところから話を振る。

「初めてですよ。公爵様のお屋敷に招かれても、こんな美味しいものはなかったですよ。」

 後半は内緒話の風に声を潜めて答えたアルテが

「これからメインだと思うと期待で踊りそう。ギル、美味しすぎても叫んだりしたらダメですよ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて忠告してくる。

 そういうことを言ってくるか。機嫌はいいみたいだから、こちらもそれなりに返してみるか。

「叫ぶとしたらアルテだろ。なぁ、行きつけの店で踊ったりしてないよな?」

 あ、目が泳いだ。

「えぇ…そんな、お店で踊るなんて…。」

「聞いておいて正解だった。アルテに驚いて叫ぶ羽目にならずにすむ。ここでは踊らないでくれよ。」

「じ、自分からやったのではないですよ?みんなに言われたから…。」

「ほー、それでそれで。それはどこの店かな?」

 根が素直なんだろうな。俺が言い返すと、アルテはあっさりと口を滑らせてから、慌てて言い訳する。

 適当に話を合わせながら、俺は話をしやすいように行きつけの店のことに話題を変えた。

 お互いに冒険者としての仕事もしているので、それなりに冒険に関する店や美味い食事ができる店は知っている。

 ただ、俺は三学年になったばかり。二学年までの厳しい篩い落としを終えたところなので、特に後者の情報はほとんど無い。

 その点アルテは1年間の経験があるから、そういう店もよく知っていた。

 普段とは違う景色の中だからか話も弾み、食事より話の方が進む。そうして聞いた店の数が両手の指に余り始めたあたりで、メインディッシュを乗せたワゴンを給仕の店員が押してきた。

 焼かれた肉の香りが有無も言わせず俺たちの会話を止めさせ、湯気の立つ皿がテーブルに置かれる。

「オヴィズメーレンのステーキでございます。」

 店員が料理を紹介すると、アルテが

「えぇっ?」

と小声で驚いた。目の前に置かれた皿と店員とを2度見てから、自信がなさそうな視線を俺に向ける。

 彼女の動揺も当たり前だ。オヴィズメーレンというのは、羊とよく似た弦獣〜魔導を使う危険な生物〜なのだから。

 危険と言っても剛獣の様に自分から人族に危害を加えることは無い生物で、それらの場合は弦獣と呼ぶことが一般的だ。

 もちろんオヴィズメーレンも穏やかな気性だ。しかし、怒らせると相当に危険だとも聞いたことがある。

「確か、羊に似た変異体でしたね。聞いた話によれば狩るのは難しいため、なかなか入手できないものだとか。」

 そんな代物が食卓に出てくるのは正直驚いたが、態度に出ないように気をつけながら、確認と説明を求めて店員に話しかけた。

「こちらは専属で契約している冒険者が狩猟しております。魔導に目覚めたオヴィズメーレンは肉質が良くなり、羊に比べて柔らかく深い味わいを持つようになります。当店では狩猟した後に適切な処理と熟成を行い、ご満足いただける味に仕上げております。」

「それは素晴らしい。楽しませてもらいます。」

 そういえば冒険者ギルドで聞いたことがある。

 魔導を得た弦獣は生命維持のためのエネルギーを煌糸から得られるようになるため、体質が変化する。オヴィズメーレンは身体を支えるために魔導を使うため筋肉が柔らかくなり、脂肪を細かく含む、いわゆる霜降りになるのだそうだ。

『狩れたら塩を振って焼くだけでいいから食ってみな。旨すぎて2度と忘れられないぜ。』

 俺に冒険のことを教えてくれた先輩の言葉が浮かぶ。

 そして目の前のステーキは香りだけでも風味の豊かさがわかるソースと見事な焼き色が合わさっていて、俺の食欲を煽り立てている。

 店員に礼を言うのももどかしくナイフとフォークを持つと、向かいではアルテがワインで喉を潤し、意を決したように俺を見てから食器を手にした。

 2人で黙ったまま、ステーキをナイフで切る。

 手応えを感じないほど易々と刃が通り、一口大に切り分けた肉片を口に運ぶ。

 噛み締めると程よい弾力がふわりと切れた途端に溢れる肉の旨みがソースの香りと絡まり合って二度三度と口を動かすたびに違う表情を見せながら喉にまで広がり気がつけばその至福の塊を飲み込んでしまっていた。

 顔を上げると、アルテがぽかんとした表情で俺を見ている。それから彼女は、グラスを手に取り、ワインで喉を流してから、ナイフとフォークを手に取った。

 俺も同じようにしていた。

(美味すぎだろ。地球でもこんなの食べたことないぞ。)

 強いて言うなら天音と一緒に行ったあの日のレストランの味か。しかし、あの時は味どころじゃない気分だったし、この世界での食事に慣れていた分だけこちらの方が衝撃的だ。

 最初に食べた味が信じられなくて口にしたふた切れ目もやはりとんでもなく美味いという印象だけが記憶に残り、どんな味だったのか言葉にならない。

「美味いな。」

 ぽつんと、短く、俺はアルテに伝えた。

「うん。」

 短い返事が返ってくる。

 それから皿の半分くらいを食べるまで会話らしい会話は全くないまま過ぎた。


 ふとあまりの美味さから我に返って、無言の食事は礼を失する行いだと思い出し、俺はアルテに声をかける。

「アルテ、さっきの続きなんだけどさ。」

 アルテははっと俺を見てから、ワインを一口。それから少し考えて、返事をする。

「お店巡りのお話ですか?」

「そうそう。アルテが教えてくれた店とか見て回りたいと思ってさ。みんなにも勉強になるんじゃないか?」

 メインディッシュがきて途切れてしまったが、さっきは行きつけの店を教えあって、後日、話に出た店に行ってみる流れになっていた。

 その話に戻しつつ、面倒を見ている新入生の事も含めていくと、アルテも力一杯な様子で頷いた。

「賛成ですよ!行きましょう!!」

「よし、明日にでもみんなに話をしよう。冒険者関係の店を回って顔見知りになっておけば、あいつらもやる気が出るだろう。」

「そうね!ギル、今からどのお店からにするか考えますよ。」

「あぁ。」

 極上の料理と適度な酒のおかげか後輩たちへの気持ちの現われか話は弾み、みんなを連れて行く店はすぐに決まった。

 それから、入学式から時間が経ち人となりが見えてきた新入生の面々について、どちらともなく話し始めた。

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