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精霊姫

「私たちもやりますよ!」

 徐々に離れながらシゲとミックに向かって走る俺とニール。その後ろから、アルテの声。

「せーのっ。」

 突然のかけ声から、彼女は澄んだ声で歌い出す。

「ギル?」

「気にせず行こう。」

 不安を覚えたニールを一言で引っ張り足を早める。

 入学式で会ったときからアルテは法術も使えると言っていた。支援用の術なら、作戦の邪魔はしないはずだ。

 直感の通り、法術のために広く煌糸が活性化されたときのピリピリした感じが背中で強まる。

 フェア・レイアには歌を使う法術体系があると聞いたことがある。それだろうか。

 歌声の中、俺たちは突撃してきたシゲとミックに、先手を仕掛けた。

 シゲの初撃をニールが長剣の切先で妨げて防ぎ、その隙に踏み込みを仕掛けようとしたミックを短剣を投げて止める。

 それは一瞬の間を作るだけだったが、そのわずかな間でニールが長剣を引き戻し、大きく振り回し、二人の勢いを止めることができた。

 たたたん

 単奏式の銃器に特有の軽い発射音。ニールへ横から近付いていたスミカが飛び退いて躱す。

 銃や弓矢は剣よりも攻撃のタイミングを読みやすい。指先への集中が強いために、煌糸が見えやすいからだ。スミカなら余裕で避ける。

 だが、それで十分だ。死角からの不意打ちを得意とするスミカを止めてくれれば、目の前の2人に集中して戦える。

(それにしても、歌いながらか。すごいな。)

と、俺は驚きを抑え込んだ。

 援護をしたアルテは、まだ歌い続けている。法術を構築しながら銃撃なんて聞いたことがない。

(それに歌詞がわからないし、聞こえ方が変だ。)

 歌も普通じゃない。歌詞は確かにあるのに、その意味が伝わってこない。そして、歌声が重なって聞こえてくる。

(この世界にはタイルがある。なのに伝わらない。アルテは何の言葉を歌っているんだ?)

 タイルはこの世界そのものに組み込まれていると言われる超巨大規模の法術で、人族の言葉をリアルタイムで翻訳するという信じ難い代物だ。

 だが、今聴いているアルテの歌は、タイルの効果を受けていない。

(人族の歌じゃないのか。法術だからか。)

 頭の中にいくつもの考えが浮かぶ。しかし俺は、浮かんだ考えを振り切り戦いに集中した。

 幸い、俺の驚きは他のみんなも感じていたことなんだろう。歌に気を取られている隙に一撃を受ける羽目にはならなかった。

 目の前の相手に意識を切り替えると、俺は身体の動きが普段より軽く、周りの状況がはっきりとわかることに気付いた。

 ニールが長剣を振ると、その一振りにシゲとミックが大きく退く。

「ちくしょう、それはずるいな。」

 ミックが文句を言い、シゲも珍しく戦闘中に口を開く。

「支援法術。しかも秘紋でも奏具でもござらん。アルテ殿を見くびっており申した。だが!」

 そう言うなり、シゲがニールに斬りかかる。

 気合と共に振り下ろされる刃に対し、ニールは緩やかな弧を描く剣筋で切り上げていなす。

 すぐさま切り返し踏み込むシゲ。切り上げた懐に入り、長剣の長さを逆手にとるつもりだ。

 その間にミックは俺を攻め、ニールとの間に割り込み分断する。

 シゲとニールでは、シゲの方が二枚は上手だ。このままだとニールがまずい。

 ギャリン

 金属が擦れ合う耳障りな音が鳴りシゲが飛び退いて背後の異変を感じ取ったミックが素早く振った剣で長剣を弾きながら大きく避けた。

 長剣を切り返したのではシゲの切り上げに間に合わないと判断したニールは、切り上げの途中からシゲの手首を狙って突き下げて勢いをそのままにミックを切り払ったのだ。

 速さもタイミングも、何より正確さが見事な一撃で、2人をまとめて退かせてしまった。

 チャンスだ。

 俺はミックに八足断歩で詰める。倒すためじゃない。注意を引くためだ。一撃を加えてから距離を取ると、

 たたたんたたたん

期待通りの銃声。ミックが脇腹を手で押さえてから、両手を上げた。

「マジかよ。避けたつもりだったんだけどな。」

 自分が戦闘不能になったと明確にしてから剣を収めるミック。アルテの弾丸は見事に的帯の的を捉えていた。

「噂は本当だってさ。」

 そう言ってから後ろを向いて、銃撃に足止めされたスミカに対峙する。

 スミカは、右手を臍の前、左手を胸の真ん中に柔らかく開いてまっすぐ立つ。

 この構えはスミカが本気になった証拠だ。迂闊に動けばあっという間にやられることを、幾度も経験してきた。

 アルテの支援があっても油断はできないと構えて機を待つと、後ろで動きがあった。

 キィン!

 刀と長剣が打ち合わされる音。

 シゲの打ち込みとニールの膂力がぶつかり合っている。だが音が少し変だ。

 横目に見ると、シゲが左手を刀から離していた。

 さっきニールが放った突き下ろしは、シゲの左手首に当たって手甲に弾かれていたはずだ。

 だが、シゲは刃を潰していない剣なら左手が使えなくなったのだと判断したのだ。それでも、シゲが気合と共に打ち込む刀はニールの膂力と互角。

 そう、互角だ。俺は考えるより早く決断した。

 たたたん

 再び銃弾がスミカを止めて、俺は彼女に背を向けるとニールの援護に走る。アルテが止めてくれるなら、1人でスミカを相手にするよりニールと一緒にシゲを倒す方が早い。

 シゲが俺たちより強いと言ってもアルテの歌声が背を押した俺とニールの2人には敵わず、最後はスミカが降参して模擬戦を終えた。


「完敗だ。なんだよ、アルテってめちゃくちゃ強えじゃん。」

「まだまだ修行が足りませんの。」

「うむ。ニール殿の突きも見事で御座った。」

「ふっふふーん♪」

 負けた側3人の前で胸を張るアルテ。

 何か釈然としないものを感じながらも、アルテの強さは確かだからと俺は彼女に話しかけた。

「3人相手でもやれるって言ってただけのことはあったな。スミカを止めるとは思わなかったよ。」

 スミカが悔しさを滲ませて俺を見てから下を向く。この手の表情を見せるなんて、記憶にない。

「えへへ、銃は得意ですから〜。コーラスは使うつもりなかったんですけど、最初に失敗しちゃいましたから、思い切りやったんですよ。」

 俺たちに褒められたアルテがにやけながら出した言葉に、模擬戦が終わってから1人考え込んでいたニールが顔を向けた。

「コーラスって、あの歌のことかな?」

 短い問いかけに、アルテが陽気な調子で答える。

「そうですよ。お母さんから教えてもらった、私たちの一族に伝わる術なんです。私が歌えるのはほんの少しですけど。」

「フェア・レイアの法術か。」

「コーラスは御二方で歌うものと聞き及んでおりますの。アルテ様お1人で扱えるのは不思議に存じますわ。」

 俺の言葉を遮ってスミカがコーラスについて説明し、疑問を投げかけた。すると、

「精霊さんにも歌ってもらっているんですよ。」

 アルテが軽い口調で答える。

「精霊…アルテ様が精霊魔法を修めたのみならず、精霊の加護をお持ちという噂は、まことなのですね。」

「はい。仲良しなんです。あ、いけない。このことは言うなって言われているんです。ですから、内緒ですよ?」

 スミカが問いかけると、アルテは朗らかに答えてから慌てた様子で手を振った。

 精霊魔法は法術の一種だ。

 精霊の力を借りて術を使うので、秘紋法や奏具にとは違う性質があると聞いた覚えがある。支援学科なのだからアルテが何らかの法術を使えるのは当然だが、精霊魔法だけでなくコーラスという法術まで収めているとは思わなかった。銃の腕といい、何かと規格外だ。あの噂も当然だろう。

 そしてスミカだ。彼女については武術の腕は知っていたが、コーラスやら精霊の加護やらと色々なことに詳しいとは思わなかった。これも認識を改めておかないとな。

 俺がアルテとスミカに感心していると

「実は私、精霊魔法は苦手なんです。でも、得意って言っておいた方が良いって言われて、あぁっ、これも内緒でした。内緒ですよ?!」

アルテが慌てたついでに口を滑らせて、さらに慌てて、半泣きになって頼みだした。

 あぁ、仕方ないな。

「アルテ、ここにはそう言うことを迂闊に話す奴はいないよ。」

 そう宥めて安心させる。だがミックが

「俺たちの秘密はアルテに言えないって、よくわかったけどな。」

負けた仕返しとばかりに突き放した。

「えええ?」

 アルテの叫びをみんなの笑い声が打ち消して、周りもさっきの様子を指摘しはじめた。

「口を滑らせたのは私ですけど。そんなふうに言うのはひどいですよ。」

 何度も言い合ってから観念して顔を背けたアルテも、声は笑っている。

「ごめんよ、笑いすぎた。」

 俺も結局は笑いを堪えられず、拗ねてみせているアルテに慰めの言葉をかけながら時計を見た。

「あぁ、そろそろ寮に戻らないと、新入生の朝練に忙しいな。」

 時間を告げると、みんなもすぐに立ち上がって片付けを始めた。


 片付けはすぐに終わり、みんなで話をしながら空き地を出て行く。和やかな会話の中で一番後を歩いていたニールが1人足を止め、輪から離れた。

 気づいた俺は、隣で黙って立ち止まる。

 ニールが空き地を振り返る姿を見てなぜか、みんなには気付かれたくないと感じたからだ。

 それから他のみんなが少し離れると、ニールが

「アルテさん、すごいね。僕は大して役に立たなかったよ。」

暗く呟く。

 俺はニールが作戦通りにやり遂げていたから、思わず反論してしまう。

「ニール、お前シゲを抑えきっただろ。あいつにカウンターを決めてたじゃないか。あれがなかったら勝てなかったぞ。」

「違うよギル。あれはアルテさんの支援があったからなんだ。いつもの僕なら、あんなことはできなかったよ。」

「そんなことは…」

 無い、と言おうとした俺は、ニールが振り向くと何も言えなくなってしまった。

「僕にはわかる。できなかったんだよ。」

 震える声で感情を噛み潰しながら、ニールが呻く。

「ギル、ニール。どうした?置いてくぞ!」

 幼馴染の嘆きにかける言葉をなくして立ち尽くしていると、後ろの様子に気づいたんだろう、ミックが大声で俺たちを呼ぶ。

 ニールが目を拭ってから歩き出した。

「ギル、ごめん。大丈夫だよ。」

と、手短に謝って。

 ミックに返事をして追いかけるニールの、子供の頃よりずっと大きくなったはずの背中を見ながら俺は、自分が大きな失敗をしたんじゃないかと漠然と感じていた。

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