訓練の始まり
翌朝。
シゲトヨとスミカとの鍛錬を終えて寮の門に着くと、そこには新入生たちが集まってすごい人だかりになっていた。
彼らとチューターとなった三学年の生徒、合わせて100人くらい。この新入生たちを加えた朝練祭りは毎年恒例で俺も経験した。
この学校には三つの寮があり、加えて例外的にシディンの自宅から通うことを許された生徒がいる。
朝の訓練はだいたいその4つのグループで集まるところから始まるらしい。4つ目の自宅組はバラバラらしいけど、ほとんどが貴族なので、自然とまとまるようだ。
そして、そのグループ同士で、新入生たちをどれだけ振るい落とせるかを競い合うのが、この朝練祭りだ。
元々は先輩としての格を見せつける振るい落としだったが、いつのまにか寮対抗のお祭りになってしまったものだと聞いたのは、俺が祭りを経験した後のことだ。
ひどい話だとは思うが、軍は戦争のためのもの。ひどい目に遭わされて当然のものだ。それを最初から叩き込むために必要なのだから、あいつらにもしっかりとわからせてやらないとな。
かつて経験させられた出来事を思い出しながら門に近づくと、オリエが俺を見つけて手を振ってきた。
「ギルにぃ、おはよう。その人たちは?」
挨拶してから、俺の後ろにいたシゲとスミカを見て聞いてくる。あー、ここは甘くしたらダメなところだな。
「オリエ、徽章を見ろ。まず挨拶。」
俺が強い口調で言ったので、オリエは一瞬固まってから姿勢を正して頭を下げた。
「ごめんなさい。おはようございます!」
「まだ入学して10日も経たないのですから、その様に叱らなくてもよろしいと存じますの。ギルバート様は厳しいのですわね。」
スミカが微笑みながら優雅な仕草で、オリエと、俺の声に気付いてやってきたチームの面々にお辞儀した。
「いや、スミカ。規律は規律だぜ。しっかり覚えないと後々面倒なことになるよ。」
横から声をかけてきたのはミックだ。ニールも後ろについてきている。
「ミック、ニール。お前たちも朝の鍛錬は終わりか?」
「うん。今朝は新入生のことがあるから、早く終わりにしたけどね。オリエはギルが相手だからって、馴れ馴れしい言葉はダメだよ。」
ニールが俺に答えてから、オリエを注意する。
「はーい。兄さんは会うとすぐにそうなんだから。」
不機嫌そうな表情を作ってニールから離れようとしたオリエに、ランダルが話しかける。
「オリエ、こちらの立派な先輩、君のお兄さんなのか?」
「うん。兄のニール。あっちがミックにぃ。ギルにぃと私と、4人とも同じスクトゥム村の出身なの。」
ランダルが驚いたように俺たちを見て、
「すごいな。一つの村から4人がここに通っているなんて、あまりないんじゃないか?ギル先輩、もしかして皆さんでチームを組んでいますか?」
興味深げに尋ねてきた。
実は今朝、その話もするつもりだったので、ランダルだけでなく他の面々も呼んでから説明する。
「ランダルの言うとおり、俺はミック、ニール、シゲトヨ、スミカ、この4人とチームを組んでいる。仕事にはこいつらが入ることもあるから、朝練の間に挨拶をしておいてくれ。」
説明を終えると、ミックが話を続ける。
「騎兵学科のマイケル・アデラルドだ。今日の朝練は俺たちがチューターになっている新入生たちも一緒だから、よろしくな。」
それを皮切りに自己紹介が始まり、その間に俺は、仲間達が受け持つ新入生の顔を見て回る。
こうして同じチームの者同士で新入生との関わりを広げるのは、互いの知識や分野の差を補い合うためだ。
アルテは留年したため三学年のチーム仲間がいない。だから、俺たちのような顔合わせはせず、それぞれの新入生の中に混じって話をしていた。
この面々と組になっているチューターの中には別の寮の生徒もいる。そのうちこちらにも顔は出すだろうが、今日は競い合う敵だ。
「ギル、定刻でござる。」
シゲに時間を知らされ、俺は指示を発する。
「よし、走り込みに出るぞ。新入生は4列縦隊を取れ。俺たちについてこい!」
そうして寮違いでいない新入生を除いて20人の後輩を引き連れて、俺たちは2年前に経験した走り込みに出発した。
俺とシゲが先頭を走り、新入生の列が続いて、最後尾に他の4人が続く。これは脱落した新入生を最後まで走らせる役が必要だからだ。
外周5kmある校舎周りのコースを、声を上げさせながら走る。声が小さくなったら後ろの面々が即、檄を飛ばして、追い上げ続ける。
先頭を走る俺とシゲについてきていた新入生たちだが、声を出し続ける負担は想像より大きい。
校舎を半周もしないうちに彼らの中で差がつき隊列が伸び始めた。
俺のチームの中で遅れたのは、オリエとカルミアだ。ランダルも顎が上がり始めている。
「カーム!しっかりしなさーい!ほら、手をしっかり振って足を上げるんですよ。いちに、いちに!」
アルテの声でカルミアと、それに合わせてオリエのペースが少し戻った。
そのまま少し走り続けると、後ろから聞こえる掛け声のおかげだろうか。俺のペースも新入生たちのペースも安定してくる。
「シゲ、アルテはあれ、やめると思うか?」
この走り込みは新入生を篩い落とすことが目的だ。アルテの掛け声はありがたいけど、その目的には合わない。
「振り切るが良かろう。」
シゲが短く答えた。同感だ。
アルテは新入生たちが脱落するのを見捨てることはできない。それは彼女の経歴だけでなく、普段の振る舞いや入学式の行進で見せた大胆さからも確かだ。
「そうだよな。よし。」
俺はそう決断して、号令をかける。
「みんな慣れてきてペースが良くなったな。だから、少し早くするぞ。ついてこい!」
言い切ってから、それまでは駆け足行軍の早さだった足を、俺のペースに早めた。
このペースを保てるのは、シゲとミックだけだ。アルテは多分無理だろう。
「ギル?早いですよキツイですよ!?」
後ろからの悲鳴じみた抗議は無視した。
新入生からも不満の声が上がったが、後ろからミックが、大きな声で
「お前らペース上げろ!相手が攻めてきても文句だけか?口先じゃ剣も術も止められねぇぞ!」
と煽り立てると、黙ってついてきた。
そして再び隊列が伸び、1人、また1人、新入生が遅れて列から脱落していく。
遅れた新入生はスミカがまとめてゴールまで走らせるし、歩けなくなってしまった者はアルテとニールが保護することになっている。
だから俺は、容赦なくペースを保って走り続けた。
俺のチームからは、まずカルミアが脱落し、少し後にオリエが止まって座り込んだ。ランダルは遅れながらも頑張っていたが、残りが半分以下になるときに周りの新入生たちとまとめて脱落した。
スフィーは安定したペースでついてきて、グウェンはその小柄な体格に反して、しかし息を荒くしながら走り切った。
寮の門の前で俺が足を止めて振り向き、
「集まれ!」
そう号令を発したときに残っていたのは4人。
スフィーは列に立ったが、グウェンと他の2人は倒れてしまった。
すぐに上級生が駆け寄り、救護を始める。
スフィーも疲弊はしている様子だが、まだ余力を感じる。ハシュワーヌは身体能力が高いと聞いていたが、間違いではないようだ。
「総員、装備点検!次いで剣技の鍛錬を始める!」
スフィーが服装の乱れを正している間にシゲが木剣を2本持ってきた。そして、姿勢を正したスフィーに木剣の一方を渡してから、自分自身も木剣を構える。
「某が100打ち込む。受けてみせよ。」
スフィーがシゲの言葉を理解できたのかも怪しく木剣を構えようとするが、俺はそれを待たずに号令をかける。
ある意味では一番の外れ籤を引いたスフィーは、あの雄叫びと共に打ち下ろされた木剣を一度は受けた。大したものだ。
だが、受けた木剣ごと頭に一撃されてよろめいたところに2度目を振り下ろされ、彼は両手を顔の前に掲げてへたりこんでしまう。
無理もない。あいつの剣は新入生には刺激が強すぎる。
「シゲ!」
木剣を止めたシゲを呼ぶと、俺は木剣を手に前に出た。
「スフィー、シゲの剣は速くて重い。そういうときの受けはこうやるんだ。」
即座に打ち掛かってきたシゲの木剣を受ける。スフィーのやり方と正しいやり方を切り替えながらしばらく続けていると、彼は何かを掴んだ表情で立ち上がった。
「残りは99で御座る。」
シゲが短く問うと、スフィーは木剣を構える。
やはり、何か固い決意があってここに入学したのだろう。彼を脱落させるのは簡単ではなさそうだ。
それに、彼が立ち上がって激しい剣戟を受けている姿を見て、へたばっていた奴らも目に光が戻ってきた。
「俺たちは最下位かもしれないな。先輩たちに文句を言われそうだぜ。なぁギル、どうする?」
ミックが隣に来て、楽しげに話しかけてきた。
彼が目線で指した先には、汗だくで息を切らせたランダルがスフィーたちを見て、足を引きずりながらもシゲの方に歩いている姿がある。
「頼もしい限りさ。先輩たちだって、すぐにわかってくれるよ。」
それまでは煩いだろう。とまでは言葉に出さず、俺は答えた。ミックなら言わなくてもわかる。
「ランダル!勝手なことをするな。到着したら隊列を組み装備点検だ!他の奴らもまず並べ!」
答えてから指示を出す俺の後ろで幼馴染は何も言わず、俺の肩を叩いてから同じく訓練に戻った。
「よーし、腕立て始め!」
翌日、校庭の真ん中で。
先輩たちの号令がかかり、俺たちは回数を叫びながらの腕立て伏せを始めた。
朝練祭りで俺たちが受け持った新入生の脱落率は全新入生の中で最低で、さらに歴代でも最低を記録した。
それはつまり「新入生たちを脱落させられないくらいにお前たちの力が足りない。」という理屈になって、俺たちが基礎訓練をやらされる羽目になったわけだ。
これも毎年恒例で、俺たちも2度同じ光景を見ていたから、仕方ないとわかっている。
だが、耐えられなくなるまで無理矢理しごかれ続けるのは、キツいものがある。俺は幼少頃から鍛えられてきた経験があるし、それは他の面々も同じだ。
ただ、アルテはそういう経験が少ないらしく、かなり辛そうだ。
(でも、助けるとまずいんだよな。)
要は最下位になって寮のみんなの足を引っ張った懲罰なのだから、本人がやり遂げない限りは周りが認めない。
仮に誰かがアルテを庇って、それがこの場では認められても、別の形でアルテに対しての私刑が行われるだろう。
アルテもその辺の事情はこれまでの経験からわかっている。だから、黙ったまま歯を食いしばって腕立てを続けている。
やがて全員が動けなくなるまでの腕立てが終わり、腹筋、スクワットと続いて、暗くなった頃には俺たち全員が立ち上がれないくらいになっていた。
だけど、しばらくして、
「起きるぞー。いっせーの…せっと!」
ミックの掛け声に合わせて、俺とニールが体を起こして、その勢いを止めずに立ち上がる。
「キツかったね。みんな大丈夫かな。」
「うむ。」
「ニール様、お気遣いありがとうございます。」
ニールがまだ倒れたままの3人を気遣うが、シゲとスミカは返事をしてから体を起こし始める。
でもアルテは
「大丈夫じゃないですよ。こんなのあり得ませんよ。なんで3人とも平気なんですか?」
と、うつ伏せのまま文句を言う。
「平気じゃないけど、慣れてるからな。」
ミックが答えながら手足のストレッチを始めた。
俺たちは幼少期から聖騎士ラドワンという超一流の師匠に、それから律奏騎士である父さんやカーチスやジョセフたち優秀な軍人にも鍛えられてきた。
それだけの面々だけあって、師匠たちの教えは立てなくなるまで何度も追い込むような、身体を壊すギリギリを見極めた厳しいものだった。
だけど、限界近い鍛錬を繰り返したおかげだろう。俺たちは疲労から回復するのは早いし、疲弊したままでも相応に動く方法が身に付いている。
そして俺たちの経験は、武術の家に生まれ育ったシゲやスミカよりも厳しかったらしい。タフさだけは、天賦の才と環境に恵まれた2人に対してさえ勝るくらいだ。
「聖騎士ラドワン様が師匠なんだから、甘えたこと言えねーし。」
四股踏みの姿勢でのストレッチをしながら、ミックが付け足した。
「5歳の頃から年1回は師匠に追いかけ回されていたし、カーチスさんやジョセフさんにも、村に来るたび徹底的にやられたよね。」
「ニール様、カーチス様とおっしゃったのは、もしかして、あの煌剣折りのカーチス・ウィリアム・モリヤ様であられますの?」
ニールが懐かしそうに言うと、スミカがその隣で問いかけた。
不名誉な称号を露骨に嫌がるカーチスを思い出したんだろう。ニールが困った顔をする。
「うん、この学校ではそう呼ばれてるね。」
ニールが声を細めて答えると、シゲが
「そうであったか。噂に聞いておったが、まさかお主らと所縁あるとは。」
と話に乗ってくる。
そういえば、シゲやスミカとは一緒に鍛錬をしていても、鍛錬の内容にはお互い秘密の部分もあって、師匠たちについて詳しく話したことがない。
だから、ちょうどいい機会だと俺たちは師匠を肴に盛り上がりながら身体を動かしていた。
すると、
「仲間外れはひどいですよ。」
いつの間にか身を起こしていたアルテが半眼で俺たちを見ながら、じっとりとした口調で愚痴る。
辺りがアルテの口調そのままに、本当に湿っぽくなった気がした。
仕方ないな。
「みんなアルテが一番キツそうだったから、休ませていただけだよ。起きたなら一緒にやろうぜ。」
不機嫌そうなアルテに普段の様に声をかける。
それから、輪になってストレッチをしていたところに場所を空けた。
彼女は無言になって話に入り、高く手を伸ばす。
「もーこんなのは無しです。新入生のみんなはやる気を出しすぎですよ。明日からは知りません。」
大声で文句を言いながら手をぶんぶんと左右に振って身体をほぐし、それから、声を落として愚痴りながらも周りに合わせたメニューを始める。
アルテが本気ではないのは短い付き合いでもわかっていたから、それぞれが相槌を打ちながら彼女の愚痴を聞き流し身体をほぐしている。
「それで、さっきの煌剣折りってなんですか?」
しばらく愚痴って気が晴れたんだろう。アルテはサラッと話題を戻した。
「俺たちの師匠だ。卒業前の模擬戦で相手の面を蹴り割ったんだよ。」
「それも決勝戦でね。それでカーチスさんは反則負けになったんだよ。でも、相手は仮面を割られたのに勝ちは無いって、煌剣勲章を辞退したんだって。」
「そんなわけで、煌剣折りのカーチスって呼ばれているんだ。本人は嫌がっているけど。」
ミック、ニール、俺とかわりばんこに説明すると、アルテは首を傾げて
「あれ?皆さんの師匠さんは聖騎士さんだって聞きましたよ?」
よくある質問を返してきて、俺は少し困った。
師匠たちの関係は伝えておいた方が良いと感じたが、中には俺がやっていた間違った身体の使い方のように、他の生徒に聞かれたくないこともある。
「俺たちの師匠は4人いるんだ。ただ、話すと門限に間に合わなくなるな。」
俺が時間を心配してみせると、スミカが
「それでしたら、明日の朝に鍛錬をしながらお話しいただくのがよろしいかと存じますの。アルテ様もご一緒にいかがですか?」
と提案してきた。
アルテは一瞬悩み小声で何か呟いたが頭を振って、
「もちろん。これからチームを組むんですから、よろしくですよ。」
吹っ切ったように答える。
他には反対意見もなく、俺たちは翌朝の予定を話し合いながら寮に戻ることにした。
2022/05/26 後で書いた部分と矛盾があったので、一部修正。




