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幼馴染

 そんなある秋の日のことだ。

「ギル!シディンからの行商隊が来ているってよ。明日稽古が終わったら行こうぜ。」

 幼馴染みのミックが、木剣を肩に担いで俺を見下ろしながら言った。

 こいつは俺より半年程年上で、俺の乳母をやっているサミーの孫だ。俺の母は体が強い方ではなく、そのため俺はこいつと一緒にこいつの母親の乳をもらっていたこともあるらしい。

 この年齢では半年分の差は大きく、こいつはなにかと兄貴面をして俺に接してきていた。

 そして今は、週に一度父から習う剣の稽古のために、木剣を使って練習をしていたところだ。

 俺は、転ばされて小突かれた頭を手で押さえながら起き上がる。自分でもわかっていたが、不貞腐れた気分が顔に出るのは止められなかった。

「いいよ。みんなと行ってきなよ。」

 興味はあったのだが、腕試しをして1勝3敗1引き分けという結果が悔しくて、つい拒絶の言葉を吐き出してしまう。

 俺は顔を逸らしていたけど、ミックが審判役をしていたニールと顔を見合わせたのは、見なくてもわかった。

 ニールは父の部下カーニィさんの息子で、俺より2か月ほど年下だ。

 俺たち3人は、親同士が親しく、歳も同じなので、当たり前のようにいつも一緒にいるようになっていた。

「ギル、行こうよ。オリエも楽しみにしているから。」

 ニールが柔らかな笑顔で声をかけてくる。

 オリエはニールの、もうすぐ3歳になる妹で、俺を見れば舌足らずに「ぎるにぃ」と声を上げて駆け寄ってくるくらいに懐いている。

 彼女の話を聞いた俺は2人の思惑もすぐにわかり、さらに不機嫌になった。

「ニールお前さ、どうせ俺にオリエの相手をさせておいて、自分達は好きなものを見て歩くつもりなんだろ。」

 2人を睨みつけながら言うと、思った通りだったようでミックとニールがバツの悪い表情でお互いを見る。

「やっぱりギルにはバレちゃうね。でも、オリエが楽しみにしているのは本当なんだ。」

 そう言うニールが困ったようにしていても俺が横を向いたままでいると、ミックが、木剣を肩に担いだままで

「なぁギル。お前さ、頭はいいけど、なんか違うぞ。」

と、不満をぶつけてきた。

「なんかって何だよ。半年大きくて強いからって、偉そうにするな。」

「そうじゃない。お前の剣だって何か違うんだよ。ぎごちなくて、いちいち考えてて。」

 ぶつけられた不満をそのままはね返した俺に、語気を荒げてミックが応じる。普段から何事も負けてささくれ立っていた俺は、その語気に釣られ反射的に怒りを吐き出した。

「考えていて何が悪いんだ。なにも考えなかったら、ただのバカだろ。力任せに剣を振ってるだけで勝てるからっていい気になるな!」

「お前ふざけんなよ!」

 ミックが大声を上げて俺を突き飛ばし、それを受けた俺が殴り返す。そこからただの取っ組み合いになって、そうなってしまえば俺はミックには到底敵わないので、わかっていた通りの結果だけど地面に投げつけられて倒れた俺を睨みつけたミックは、何も言わずに家に帰って行った。


「あれはギルが悪いよ。」

 いつも温和なニールが、珍しく不愉快な気持ちを口調に出して、俺の隣に座った。

「わかってるよ。」

 泥の中に沈んでいるみたいな気分で返した声は、もしかしたらニールに聞こえなかったかもしれない。

 そう、あれは俺が悪い。

 ミックは、よく考えてる奴だ。

 この世界は俺が生きていた日本と違って、命を失う危険が多い。そのせいか、子供であっても大切な誰かを失うことを受け入れているところがあって、同年代の日本の子供に比べて大人びている。

 そしてミックは、そんな子供達の中でも強い決意を持っている。

 なのに俺は悔し紛れに、あいつが自分で決めて練習してきた剣を馬鹿にした。

 ミックがなぜ剣を学ぶようになったのかを知っているのに、だ。

(30以上歳上なのに、俺はガキ相手に何してるんだよ)

 俺の思い通りにならないこの身体が恨めしかった。

 日本で育つ間に学んだ科学的に立証された教育と訓練の経験が、この身体では扱いきれず空回りしていて、その苛立ちをミックにぶつけただけだ。

「わかっているよ。」

 俺は、ニールに聞こえるよう、もう一度呟いた。

「そうだよね。ミックも、きっとわかってると思う。じゃあ、夜になるから、また明日。」

 そう言ってニールも帰って行った。

 あれこれ言わないのは、物心つく前からの付き合いで彼の気遣いだとわかったし、それがありがたかった。

 俺は地面にゴロリと寝転がった。

(何が違うんだ。)

 空が暗くなっていく中で秋の風と虫の音を聞きながら考えていたが、すぐに空腹感を感じて気が散ってしまい、しかたなく俺は起き上がる。

(歳が違う。身体が違う。でも、そんなことじゃない。)

 そして、うんざりした気分で頭を振ると、

(考えても仕方ないな。気分を変えて帰ろう。)

 家への道を歩いて行った。

 俺の家は領主の館でもあり砦でもあるから、町から少し離れている。

 石やレンガを使って建てられた建物や道を抜けて町を出ると、辺りは麦畑や牧場や森がある長閑な景色に変わった。

(この景色だけを見ていたら、ヨーロッパの田舎っぽいんだよな。天音ならもっと細かいことまでわかるだろうけど。)

 心の中で呟きながら歩く道には点々と街灯が灯されていて、辺りを白く照らしている。

(でも、中身は違う。これは、地球に無かった。)

 この灯りは電気でもガスでも油でもなく、法術で灯されているのだと、母から聞いた。

 街灯の中にある継振筒に煌糸の力を籠めると組み込まれた法術が発現し、光る。この仕事を町に住む秘奏師がやっているのだそうだ。

 これを聞いて俺は(ゲームの世界か?)と驚いた。

 煌糸とか、法術とか、初めて聞く言葉ではあったが、しかし、それまでにも経験していた不可思議な出来事の答えを得て、ここは典型的なファンタジージャンルのゲームのような世界なのだと納得した。

(『いたいのいたいの飛んで行け』で怪我の痛みが消えるんだからな。)

 初めて体験した本物のファンタジーは新鮮で、驚きと楽しみを交えつつ、凄いところに生まれ変わったのだと感じたのを覚えている。

(魔法があるような世界で生きるなんて想像もしなかったけど、地球にはなかったものを学べるのは、面白いかもな。俺は騎士の長男だから、騎士になるのが当然なんだけど。)

 そんなことを思い出しながら歩くうちに子供らしくあっさりと嫌な気分も晴れてきた。

(今できることは、騎士になるための努力か。それと、ミックには謝らないと。)

 自分のしたことにも、これからするべきことにも折り合いをつけることができ、俺は家についてから家族と食事をして眠りに就いた。

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