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新入生

 正門前に広がる行軍広場。

 それを真っ直ぐに貫く広い道の両側、一方には三年生が、もう一方には新入生が並んでいる。

 三年生は2人1組で固まって、前庭の半分に各組の間に間隔を開けて6列になっていて、各列はだいたい8組ずつ。

 向かい合う新入生は、今年は多めで322人だと聞いた。5人1組で列を作り、列が8列横並びの団体に固まっていて、四角く並んだ団体が8つ。

 子供とは言え、軍務学校に進む気概の持ち主がこれだけ集まる様は、迫力がある。

 そして彼らは、号令とともに俺たちに向かって歩き始める。定められた線を5人縦列となって、それぞれのチューターとなる2人の前へ。

 背筋を伸ばして待っていた俺とアルテの前にも、5人の新入生がやってきて並び、先頭の男子の掛け声で右向け右、全員が俺たちを向いてから、一斉に足を止めた。

 男子が3人に女子が2人。この学校は男子の比率が高くて、だいたい三割くらいが女子だから、それほどおかしな組み合わせじゃない。

 ただ、男子の中の1人が他の4人だけでなく、周囲からも注目を浴びている。見つめるのは教師に注意されるからか、彼の容姿によるものか、それとも彼の特徴的な形の耳のせいか、チラチラと目線の定まらない生徒が、俺の視野の中の大半を占めている。

 本人もそれは気がついているのだろう。時々、表情に苛ついた様子が窺える。しかし線の細い、制服が無ければ女子にしか見えない容姿に加えて深い紫と鮮やかな青のオッドアイのせいで、苛立たしげな仕草でさえ絵になる始末だ。

 他の面々を見ると、もう1人気になる生徒がいたが、こちらは俺個人のことなので、後にしよう。

 まず、入学式まで彼らを案内しないとな。

「君たちのチューターに任命された、三学年騎兵学科のギルバート・オースデイルだ。2年間の基礎教程では慣れない生活での苦労も多い。チューターはそんな時の相談役でもあるから、気楽に話しかけてくれ。」

 かつて聞かされた言葉を俺の言葉で伝える。

 新入生たちは全員俺を見て、熱心に聞いているようだ。俺に続いてアルテが自己紹介を始めると、例の男子生徒の表情が陰った。

「三学年支援学科のアルテア・ティア・ラティアスです。どんな些細なことでも頼ってくれていいんですよ。そうそう、私が初めて相談したのは、学食のおすすめでした。ちなみに私のおすすめはCセットのクッキー。紅茶にとても合うのですよ。」

 それで、と、続けようとしたアルテを手で制した。

 新入生たちも、あの男子生徒が渋面になっている以外は笑いを堪えている。

「緊張が解れたところで、君たちの番だ。自己紹介をしてくれ。」

 和やかな雰囲気を作ってアルテのフォローをしつつ、右側の男子生徒から始めるよう促した。

 1人目は慣れない様子で俺たちに身体を向け、敬礼してから名乗る。

「ランダル・バートラン。騎兵学科であります。」

 緊張で固くなっているが、ハキハキとした声は彼の容姿に似合っている。撥ねたこげ茶の髪や大きな丸みのある目、濃い肌の色、長い手足。立ち振る舞いから見ても、体力には自信がありそうだ。

 敬礼を解いて彼が体の向きを戻す。

 即座に2人目の男子が動いた。

「スフィー・ウムリカナン・ケーリンケン。工兵学科であります。」

 2人目は、少し高いが落ち着きのある声で俺たちを見ながら名乗る。変わった韻の名前が気になって顔を見ると目が合い、俺は彼もラテニアで多数を占めるユ=リウムではないことに気付いた。

 目にかかる黒髪に紛れてはいるが彼の瞳は縦に長い。それに気付いて見てみれば、頰と鼻のあたりには一見アザの様だが、鱗がある。

(ハシュワーヌか。なのに軍務学校に入学だなんて、どういうことだ?)

 訝しむ俺に対し、彼はしっかりと眼を合わせたまま一呼吸置き、それから手を下ろし姿勢を戻した。

 その間に俺は考える。

 ラテニアとティアシスという2大圏域のどちらにも与せず、閉鎖的な中立を保つトロイ・アーチペルン圏域。

 ハシュワーヌはトロイで最大勢力を占める人族だ。そして、彼らは血筋に由来する魔導を持っていて、その働きによって人以外の獣の特性を身に帯びている。

 その魔導が奏具や律奏機との同調を妨げるので、それらを装備として使うラテニアの軍隊で実力を発揮する機会はないだろう。

 それなのに、彼は軍務学校に入学してきた。

(気をつけた方が良いな。)

 考えながら3人目、例の男子生徒の声を待つ。

「カルミア・シア・ラティアス。法術学科であります。」

 淡々とした名乗りに思わず隣を見ると、アルテが満面の笑みを浮かべていた。そしてカルミアは仏頂面だ。

(弟か、確かに、似ているな。)

 改めて2人を比べて観察すれば、顔立ちはよく似ている。そして、彼の耳はアルテの耳と同じく大きく尖った特徴的な形をしている。

(そして、フェア=レイアか。)

 フェア=レイアは秘境の陸洋島フェア=ウェルスを生活圏とする人族で、深い森に覆われた領域から出てくることは稀だと言われている。

 似たような耳をしている人族は他にもいるが、2人の透き通る様な白い肌や髪、そしてカルミアのオッドアイは、フェア=レイアの特徴と一致している。

 おそらく、そうなのだろう。しかし、なぜその2人がラテニアの軍務学校に。

 そこまで考えて、嫌な予感が脳裏をよぎった。

(7人のうち3人が圏域外発祥の人族。待て、まさか。)

 俺は自分の直観が囁いた事実を認めたくないあまりに、4人目の、2人いる女子の一方を食い入る様に観察する。

 小柄ではあるが体力はありそうなしっかりした体つきで、体格に比べて手が大きく、全体的には短く切り揃え、もみあげの部分だけ伸ばした髪。

 いや、もみあげにしては、生え方が顎に近くないか?

「あ…あのっ、グウェンミル・ヴァンガスカ・エドバリム・ゾンデニガ・パルム・ザンべノンです。工兵学科ですっ!」

 俺が感じた違和感は、緊張を振り払う様に力を込めた名乗りではっきりした。

 マルガン。ディアシス圏域を発祥とする、人族だ。

 彼らの多くは村窟と呼ぶ半地下集落に住み、男女共に髭を伸ばす慣習がある。そして、自分が生まれた村窟と父母の名前と祖父母の家名を姓として使うと聞いた。つまり、名前が長い。

「ギル、グウェンちゃんを見過ぎですよ?そんなに可愛かったですか?」

 アルテのツッコミに我にかえり、咳払いを一つ。

 グウェンは緊張したのではなく、俺が凝視したせいで動揺していたようだ。

「いや、鍛えた手だと思っていただけだよ。」

 取り繕った言葉は俺の意図より早口になってしまう。周りの視線が痛いが、狼狽えて式典に影響するのはまずい。

 もう終わったことだと切り替えて、最後の女子生徒に眼を向けた。

 口を少し尖らせた、不満の表情。

 カッコ悪いところを見せたからかと恥ずかしく思いつつ、不機嫌な時の癖は相変わらずだと、なぜか少しホッとする。

「オリアーナ・セドリック。秘紋学科であります。」

 ニールの妹、オリエだ。

 秘紋学科は法術系の中でも人数が少ない学科で、秘紋法という法術の一体系とその応用に関して学ぶ。

 人数が少ない理由は、単に秘紋法の難しさにある。

 しかし、修めることができればこれほど将来有望なものもない。というのも、奏具も律奏機も、十万都市を動かす煌糸顕現炉も、全て秘紋法の産物だからだ。

 秘紋法を学び煌術技官となれば、生活に困ることはない。逆に引く手数多で困ることになる。

 オリエは、俺たち3人がシディンの軍務学校を目指していると知ってから律奏機について学びだした。そしてやがて、父さんの部下や時々村に来たカーチスたちに学んで秘紋学科を目指すようになった。

「クレストスには煌術技官が必要なんだって。だからわたし、秘紋学科へ行くの。」

 その頃にオリエが、口癖のように語っていた夢。

 あのよちよち歩きで俺と遊んでいた幼な子が、並ではない努力を経て夢を叶え、今ここにいる。

 それを思い、俺が眼を細めて顎を引くと、オリエは明るく微笑んでから、姿勢と表情を正した。

 俺は、オリエからランダルへと視線を移した。それから、

「ランダル、スフィー、カルミア、グウェンミル、オリアーナ。今日から君たちは基礎課程に入る。三学年まで残る者は30%弱。今年の新入生322人ならば約100人という厳しい道のりだが、お互いに支え合えば皆が乗り越えられると信じている。」

 一人一人を心に刻むように名前を呼び、そして激励する。

「何かあっても私がいるから大丈夫です。大船に乗ったつもりでどんとこいですよ。」

 アルテが俺に続くと彼らの表情が少し緩む。

 そこで俺は彼らに待機を命じて休ませ、俺自身も直立の窮屈な姿勢から足を肩幅に開いて、肩の力を抜いて教師の号令を待った。

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