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チューター

 学校の南側には大きく堂々とした造りの正門があり、その外は広場になっている。

 ここは行軍広場と呼ばれていて、律奏機が走れるように基礎から整地された広場は縦横共に1キロメートル前後というとんでもない広さがある。

 律奏機の練習だけでなく色々な行事での演習をするために用意された広場で、この学校にある演習場の中でも特別な施設として扱われている。

 門からは頑丈な舗装をされた30m幅の道が真っ直ぐに南へと広場を半分に区切っている。

 門から見て道の左側には教師の案内を受けている新入生たちが並び、反対に俺たちがいる。

 俺たち案内役は、入学式にあたって新入生たちを親から預かり、講堂まで連れて行く役目だ。

 式の後には校内の説明をして回る仕事もあって、それはこれからずっと続く仕事の始まりだ。

 2人1組で5人の新入生を受け持つ。それがこの学校の伝統なのだと、ジョセフさんに聞いていた。

 その役目は「チューター」と呼ばれている。

 チューターは自分が受け持った後輩たちに学び舎での生活を教え、間違いがあればそれを正すように叱咤し、悩みがあるようなら相談にのって励まし、彼らが厳しい2年間を乗り越えられるよう支える。

 そうして人間関係が上下にも広がりやすくなり、在学中だけでなく卒業してからも、多くの場面で価値あるものになるのだ。

 俺は、2年前に俺たちの前に立っていた2人を思い浮かべながら、指示された場所で新入生を待つ。

 成長期の2年の違いは大きく、あのときの2人は強く立派に見えた。

 今の俺はどうだろうか。

 そんな不安を表には出さないように、俺は隣の女生徒の様子を伺う。

 明るいブロンドの髪を肩に下ろした彼女は、その長くて特徴的な形の耳で、ラテニアを発祥とする人族のユ=リウムではないとわかった。

 全体的に色素が薄く細身。多分、フェア=レイアだろう。話には聞いたことがあったが、実際に会うのは初めてだ。

 秘境と呼ばれる陸洋島で暮らす人族がなぜここにいるのかはわからないが、目の前の彼女は新入生たちをキョロキョロと落ち着きなく見ていて、緊張しているように思えた。

 すぐに俺と目が合った。藍色の瞳には光の加減によって細く金色が煌めき、繊細な輪郭と合間って神秘的な印象が強い。だけど彼女は、そんな印象とは反対の朗らかな、少し照れた笑顔を浮かべてから、しゃきっ、と姿勢を正した。

 ここに呼ばれたときの名前と彼女の襟に付けられた徽章で、彼女が前々から噂に聞いていた人物だと確信する。

「アルテア…だっけ?やっぱり、緊張するよな。」

「アルテア・ティア・ラティアスですよ。アルテと呼んでくださいね。」

 弾む声で名乗ってから、アルテは顔を俺に近付けて自分の口元に右手の人差し指を添えた。藍色の瞳に金の筋が煌めいて悪戯っぽく俺を見上げる。

「ギルバート・オースデイル君でしたね。さっきの口上、かっこよかったですよ。チューター、一緒に頑張りましょ。よろしくです。」

 朗らかな笑顔で褒められて俺は、彼女から目を逸らして頰をかいた。正直なところ少しくすぐったい。そこで、アルテのことに話題を振ってみる。

「こちらこそよろしく。アルテは、その徽章は支援学科だな。法術を使えるのか?」

「もちろんですよ。でも、得意なのは銃器になります。」

 えっへんと胸を張った姿と銃器、そしてラテニアには珍しいフェア=レイア。噂に聞いていた通りの人となりに、俺は少しほっとした。

「噂通りだな。アルテってあの…」

 気を緩めてつい口に出た俺の前振りに彼女の表情が固まって

「支援学科の落第姫…」

「あああああああああああああああああああ!」

俺の声をかき消すような絶叫を両手と一緒に上げてから、その両手を下ろして俺の口を塞ぐ。

「…今の、なに?」

「あ、あの人って確か…」

「あれが例の?」

 大きな叫びに周りの連中が注目し、彼女を知っている生徒から話が広がると共に、アルテの顔が青ざめていく。

 そして、泣き出しそうな目で俺を責めるように睨む。目立つ真似をしたのはアルテなんだけど、

「あぁ、えぇと。ごめん。」

 トラウマを抉る一言を言ったのは俺だから、と謝ると、彼女は俺から一歩離れて、俯いた。

「もうお終いです。新入生にまで聞かれてます。私はこの1年間ずっと、これからもずっと落第姫って笑われるんです。えぐっ。」

 俺の不注意だった。

この学校で落第はそれほど珍しいことじゃない。それに彼女の様子には落第を気にしている様子が感じられず、それで、彼女の失敗を軽々しく口にしてしまった。

 肩を落とす姿があまりにも哀しげで、アルテの周りが暗く見える。不憫に感じた俺は、彼女の肩に手を置いて話しかけた。

「軽率な発言だった。ごめんよ。それに心配ないさ。新入生は道の向こうだぞ。聞こえてない。しばらくすればみんな気にしなくなるよ。」

 ジト目で俺を見上げるアルテからは、何の返事もない。無言の圧力と周りからの好奇の視線が俺を責め立ててくる。

 スミカのときといい、今日は厄日なんだろうか。

「あー、余計なことを言ったのは本当にすまなかった。後でお詫びするよ。ほら、機嫌直してさ。そんな風にしたままだと、それこそ新入生に笑われるぜ。」

 頭を下げてから頼み込むと、やっと彼女は顔を上げて、しかし不承不承と言った面持ちで

「そこまで言うなら勘弁してあげますよ。そのうちわかることが今になっただけですからね。」

 俺から顔を背けるついでに新入生にも背を向けた。

 そして、

「よし、やり直しです。」

 パンと両手で頬を叩くとひらりと回り、笑顔で俺に向き直る。

「改めて、よろしくですよ。ギルバートさん。」

「ギルで良いよ。よろしくアルテ。」

 彼女が差し出した手を握り返して軽く振る。

 アルテは朗らかな笑顔で俺に応え、それから

「それじゃあギル、お詫びは大聖堂前の銀砂亭でスノーパレード。約束ですよ?」

 シディンでも一番有名で一番豪華な食堂にあるメニューの中から最高と名高いコースの名前を聞かされて、俺の気分は、アルテの笑顔と真逆の、凍った湖底へと沈められた。

「いや、それって確か…。」

「お詫びするって言いましたよ?」

 氷の上に顔を出した俺を明るい声で突き落とすアルテ。軍務学校では学生であっても稼ぐ手段はあるし、実際に俺はそこそこ稼いではいた。しかし噂に聞くスノーパレードの額は2年間で俺が貯めた額を上回る。まずい。なんとか交渉しないと。

 俺はきっかけを掴もうと口を開きかけたが

「総員、所定の位置につけ!新入生は整列!」

 教師が大きな声で指示を発した。

 あの声はダニエル先生だ。この学校一の実戦派で、校長や貴族たちですら恐れる教師の1人。前線大好きなあまり仲が良い上官を殴ってわざと降格したという、曰く付きの人物だ。

 余計なことをして目をつけられるわけにいかない。

 俺は姿勢を整えて所定の位置に立ち、直立したまま、式の間にアルテが今の話を忘れてくれるよう祈っていた。

 そして、そんな俺の内心に関わりなく教師たちの指示が終わり、道の向こうで並び直した新入生たちが、号令に合わせて一斉にこちらを向いた。

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