学友との出会い
軍務学校に入学して間もない頃だ。
俺は、鍛錬を人目を避けて続けるために、寮から少し走り込んだ辺りの林の中を散策していた。人目を避けて、というのは理由があって、一つはジョセフさんから習った鍛錬法が彼の流派の基礎であり秘伝でもあるので、できることなら門人以外には知られたくないと頼まれていたからだ。
そして彼らの軍務学校時代の話で、この林の中にいくつか人目につかず使える場所があると聞いていた俺は、それを探していた。
そうして何日か探して候補になる場所も見つけた頃、散策の最中に奇妙なかけ声を聞いた。
ひたすら声を絞り出し続ける鳥のような声と、合わせて繰り返し響く音。
どこからと探した俺が鬱蒼とした茂みと木々と坂道を越えると、その怪音は突然大きくなり、視界がひらけた。
小高い丘のように思えたその斜面は実は歪んだCの字型の高台で、中は平坦な窪地になっていた。その平地から怪音がはっきりと聞こえてきて、俺には誰かが木剣で木を打って鍛錬をしているのだとわかった。
なぜなら、それとよく似た剣術を、直樹としての俺はよく知っていたからだ。
示現流。
友人は、自分が習う剣術をそう教えてくれた。
彼がやっていた練習とよく似た音に懐かしさ混じりの好奇心を覚えて、俺は迷うことなく斜面を降りたんだ。
俺が斜面を降りて林の中を音の方へ向かうと、激しく木を打っていた音と異様な叫びはぴたりと止まって、辺りに静けさが戻った。
(気付かれたのか。まぁ、変に隠れたような形にならない方がいいかな。)
そう思いながら先へ歩くと、
「誰ぞ?」
と、男の声がした。
「私は、ギルバート・オースデイル。軍務学校騎兵学科初級生であります。」
しっかりとした声だが妙な言葉遣いだと感じながら返事をする。声変わりはしていないのに肚が据わっていて、聞いた印象は年上のようだった。
「同期であるか。某はシゲトヨ・アズマイと申す。学科は特機学科にてオースデイル殿と同じく初級生で御座る。して、ここに何用か。」
同じ初級生と聞いて緊張が緩み気が楽になった俺は、気さくに話しかけることにした。
「君も初級なんだ。実は鍛錬に使える場所を探していたら、君が練習をしている音が聞こえてね。示現流…あー、いや…」
「お主、今なんと言うた?」
気が緩んで口から出た一言にシゲトヨが反応して、俺は言葉を失う。
彼の声に鯉口を切る微かな音が重なって聞こえたけど、それは原因じゃない。
殺気
あの、剛獣狩りで経験した、正真正銘の殺気が、今俺に向けられている。
半端じゃない。まるで喉元に刀の切先が突きつけられているようだ。
その鋭さに言葉を失った俺は、ごくりと唾を飲む。
何が不味かったかは明らかだ。示現流というのは日本のものであって、この世界のものじゃない。それを言ってしまったのが失敗だった。
だけど、こいつはなんで、この世界にはないはずの言葉にここまで反応しているんだ?
直樹の頃の経験と、直感が、俺に口を開かせた。
「昔の友人が、その剣術を学んでいたんだ。薩摩の初太刀は受けるなと言われていたと、そういう、一撃にかけた技を鍛えるための練習だと彼から聞いた。」
嘘は、ダメだ。
俺自身がそう判断したのだと、言葉の後から理解した。
俺の眼をまっすぐ見据えてから、彼が動く。
身体を低くして前に倒し、鞘を走らせ足から手まで伸ばしての抜き打ちが、下から俺の右脇に
ガキン!
俺の右手に抜かれた剣が、無意識のうちに踏み出した半歩と鞘を押さえた左手と共に刀を受け止めていた。切り上げのはずなのに俺の身体が浮きかける威力だ。
「真で御座るな。」
俺の説明に嘘がないと、今ので納得したのだろうか。彼は刀を納めて頭を下げた。
「失礼致した。」
「冷や汗が出たよ。」
彼が皮一枚のところで止めるつもりなのは、幼少からの師匠との修行のお陰でわかってはいた。それでも、彼から発せられた気迫に俺は技で応えることを当然と感じ、そのときには刀を受けていた。
「某も驚き申した。今の抜き打ちを受けられる者は、藩の道場でも多くはござらん。」
「止めてくれたから受けられたけど、君がそのつもりだったらどうなったかな。」
「オースデイル殿はよく鍛えておられる。初手では手首を挫き鞘に剣を食い込ませるのがせいぜいでござろう。」
「その次は上段からだろ。俺の負けだな。」
「それはやらねばわからぬことゆえ。」
不敵に笑いながら答えた彼の表情からは先程の険しさはもう無くなっていて、俺は、俺を凌ぐ実力を持つこの男を気に入っている自分に気付いた。
刀を受けたあの一瞬、俺には彼が愚直なまでに積み上げてきた真っ直ぐな生き方を感じたからだ。
この世界の人は煌糸を見る。
そして煌糸はその人の在り方を映す。普段は見えなくても、ギリギリの凌ぎ合いの中でそれを感じ取れることが、時々あった。
今もそれを感じ取ったのだろう。そして彼も。
だから俺は彼に手を差し出して、提案した。
「ギルと呼んでくれないか。もし良ければ、俺もここで練習をしたいんだ。実は人に見せたくない練習があってね。」
すると彼は驚いた様子で数秒俺を見てから、
「承知いたした。某のことは、シゲで結構。」
答えながら握手を返してきた。
シゲと一緒に朝の鍛錬をするようになり、しばらくしてから同郷だと連れてきたのがスミカ・タチバナだ。
彼女は工兵学科の初級生で、シゲとは幼少の頃からお互いの家の道場を行き来していたそうだ。
シゲは剣術だが、彼女は無手の武術を伝える宗家の生まれで、お互いに家に伝わる技への誇りがあって、よく意見をぶつけ合っていたらしい。
俺もミックやニールを紹介して、あいつらもしばらく一緒に朝の鍛錬をしていた。しかし村にいた頃から互いの技を競い合っていたので練習は別にやって時々試合をする形に落ち着き、朝の鍛錬はシゲとスミカの2人とするようになっていた。
それから2年、3人で続けた森の鍛錬場での鍛錬は、何か特別な事情が無い限り続いた。
幼少の頃から武術を伝える家に生まれて技を磨いてきた彼らとの練習は、俺にとっても良い刺激になり、多くを学んだ。
ミックやニールとは、夕方や休日の昼間に腕試しをしたり、お互いに近況を話して相談してきて、そこにシゲとスミカが加わり始めて、学校でも5人で過ごすことが多くなっていた。
「わたくしも、ニール様からは頑ななお気持ちを察しましたの。どうしてその様になさるのかは、お量りかねますけれど。」
スミカの意見に、俺は思い出から今の話へと意識を切り替えた。2人ともミックやニールとは何度も話をして試合もして、性格もわかっている。
それに、2人とも戦いを通じて相手を知ることに長けている。先祖から受け継いできた対人戦闘の技が、人を見る力も養ってきたらしい。
特にスミカは、修めている武術がその様な技を重んじるため、信じ難いほどに鋭い。
そのスミカにも賛成されると、さすがに俺では幼馴染を庇いきれなくなってしまった。
「今日は入学式の案内と昇級式があるから、早めに切り上げないとならないだろ。その話はまた今度にしてもらえないか。」
「承知。」
広場の一角に向かいながら提案すると、シゲが短く頷き鞘に左手を添えた。
「そうしていただきたいと思案しておりましたの。お心遣い嬉しく存じます。」
スミカがすうっと場所を移して、俺たちは正三角形に向かい合う。
そして、はじまりの合図を待った。




