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新しい友

(とうとうここまで来たんだ。)

 心の中で呟いてから俺は、質素で無駄のないつくりの部屋の中、机に置いたノートを開いた。

 2年前の日付が書かれた最初のページには、シディン王立軍務学校騎兵学科入学と書かれていて、俺たちがこの王都シディンにある学び舎で過ごしてきた年月の始まりが記されている。

 紙をめくり読み進める。

 剛獣災害の日から間もなく初等学校に入学して軍務予備校へ。7年間を鍛錬と勉学に勤しんだ俺は、ミック、ニールと一緒に軍務学校に合格した。

 軍務学校に入学して最初の2年は基礎課程と呼ばれているが、その実態は苛烈なカリキュラムによる篩い落としだった。

 一緒に入学して希望に燃えていた仲間が次々と退学し、あるいは兵役課程へと移っていく。そんな中でも俺たちは互いに励まし合い、新しい友人も得て、厳しい過程を乗り越えた。

 そして明日、俺たちは三学年になる。

 基礎課程の厳しさに耐えた生徒たちは、学科毎の専門的な教育を受けるようになる。

 そう、ここからが律奏騎士への第一歩だ。

(明日から、俺たちは律奏機を与えられる。とうとうここまで来たんだ。)

 その気持ちを今日のページに書き込んで、俺は部屋を照らす奏具の灯を消した。



「おはようギル、今日も早いな。」

「おはようミック。お前もな。」

「2人ともおはよう。早いね。」

 ミックと俺とニールが、寮の玄関で挨拶する。

 2年間続けてきた日課だ。

 他にも同じように朝の自主鍛錬をしている顔ぶれが何人かいるが、それぞれのグループで固まっていて、多くの会話はない。

「今日から三学年だって言うのに、同じことやるのもなんだな。ギル、お前はいつもの所へ行くんだろ?それまでは俺たちに付き合えよ。」

 ミックが木剣を俺に投げながら、いつもの調子で腕試しに誘ってきた。俺たちの中ではミックが何かを言い出すのが恒例だ。

「僕は、どうしようかな。」

 ニールが自信なさげにやんわりと断ろうとして

「ニール、身体が大きくなったんだから、お前もっと強気にやった方がいいよ。」

と、ミックに窘められた。

 そうかな?と俺たちを見下ろすニールの背丈は、歳相当な俺たちより頭ひとつ半は高い。父親のカーニィさん譲りの上に鍛え続けた身体は分厚く大きくて、実際腕力では俺たちだけでなく学年の中でも一二を争う。

 ただ、ニールにとっては、それは悪いことになっていた。

「最近は、ギルにもミックにも追いつけないから。」

 以前は俺たちよりも小さい身体で、目と反射神経とスピードという天賦の才に恵まれていたニールだけど、身体が大きくなったせいで、スピードと一緒にそれまで有利だった闘い方を失ってしまったんだ。

 そこに、背が伸び始めてからの成長痛がニールの鍛錬に影を落とした。

 ニールは強い。

 少なくとも同じ三学年になる面々の中では、上から数える方が早い。あの洗礼式の後も師匠やカーチスやジョセフさんは時々俺たちの様子を見にきてくれ、俺たちは3人で励まし合いながら鍛錬を重ねた。そのおかげで俺たちの実力は軍務学校の平均を大きく上回っていたんだ。

 でも、二つのハンデを負ったニールでは、俺たちの鍛錬にはついてこれなかった。それが劣等感になったのか、ニールは俺たちを避けるようになっていたし、生来の柔らかな人の良さが落ち込んだ暗さに隠されていた。

「でもさニール、早さで追いつけないなら、別のやり方を見つけないとずっとそのままだぞ。」

 ミックが容赦なく指摘する。

「実力なら、ニールは俺たちに負けてないよ。ただ、今は戸惑っているんじゃないかな。ほら、師匠に会う前の俺みたいに。」

 勘違いしそうな雰囲気を感じて、俺は言葉を足しながらニールを励ました。あの頃の自分なら、ミックの直球な言い方は辛いはずだ。

「そ、そうだよ。あれだけ鍛錬してきたんだぜ。前みたいにやっているうちに、何かわかるさ。」

「そうかな。」

 慌てて言葉を継ぎ足すミックに、背中を丸めたニールが呟く。

「そうだよ。時間もあるから、まずは身体を動かしてみよう。」

 ニールに木剣を手渡し、俺たちは昔からのやり方で向かい合った。



「ニール殿はそれほどに悩まれておるのですな。」

 時代がかった言葉遣いで、シゲトヨが俺を見ないまま言った。

 俺よりも少し大柄で、がっしりとした体つきに無駄のない筋肉。俺と同じく日本でならまだ子供の範疇に入る年齢だが、頭上に刀を上げた構えは見事なものだ。

 袴を履き上半身をはだけた姿のため、身体には無駄な力みが無いのが見て取れる。

 風切り音。

 振り下ろす刀の威力が身体に伝わるような、寒気がする鋭さ。

 寡黙なこいつがニールの様子を心配する俺の話に口を挟んだということは、何か考えてのことだ。

「あぁ、シゲはどう思う?」

 軍務学校に入学してからしばらくして偶然知り合った友人は、今では、お互いの内容は違うのに一緒に鍛錬をするという関係になっている。

 俺は、余計なことは一切口に出さないこいつの性格が日本の友人に似ていて気に入っている。

 元はこいつが1人で使っていた学校の敷地にある林の奥の目立たない広場に勝手に顔を出して、ひと悶着はあったけど仲良くなって、同じ場所で鍛錬をするようになった。

 その友人の考えはどうだろうと気になって促すと、刀を鞘に収めた彼は立って数メートル先の地面を見たまま口を開いた。

「ニール殿は驕りに囚われておられる。過去のやり方ならば自分の方が上だと。」

「よくそこまで言い切れるな。」

 幼馴染に対する一切加減の無い指摘にカチンときて、つい言い返すと

「試合での剣筋がそう言うておりましたが故。」

 バッサリときた。

 こういう奴だからと気持ちを切り替え話を続ける。

「シゲ、もう少しわかりやすく頼むよ。」

 だけど、

「わたくしは、アズマイ様の御言葉のとおりと存じますの。」

突然の横槍にゾクっとさせられた。

 少し低めで艶のある声の持ち主は、いつからそこにいたのか、林の木の陰から姿を見せる。

「スミカ、驚かすなよ。」

「スミカ殿であったか。」

「驚かれましたなら、申し訳ございません。興味深いお話しでしたもので、つい。」

 そうは言いながらも彼女は清楚な微笑みを浮かべたままで、その切れ長の目には隙ひとつ感じられない。

 結い上げたブロンドの髪には紫水晶の簪。

 和服の裾を全く乱さずに近づいてきて、彼女は優雅にお辞儀した。

「おはようございます。本日は良き日にあられまして、嬉しく存じますの。」

 顔を上げたその一瞬だけ、微かな柔らかさが目元に現れ、すぐにいつもの整った表情に戻る。

「俺もだよ。学科は違うけど、みんな頑張ろう。」

 驚いたのは俺の未熟だ。実際、シゲは彼女に気付いていた。

 だから、彼女の不意打ちには話を戻さずに今日の嬉しさを伝えながら、俺はこの鍛錬場の仲間たちと出会った頃を思い出していた。

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