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旅立ちの朝

「夕べはお楽しみだったわねぇ。」

 疲れた声のリーヴァに朝ごはんだと短い眠りから起こされて、疲れ果てたまま食堂に降りた私に白が声をかけてきた。

「おはようございます。」

 掠れた声で返事した。気がする。

「やっぱり。」

と呟く黒。

「やーう!ティーエおはよう!これ美味しいよ。」

 私をこんなふうにした元凶が、すっごく元気にパンを振っている。

(食べる元気もないんだけど)

 ぐったりと、彼女たちとは違うテーブルの椅子に腰掛ける。目の前に差し出されたのは水が入ったジョッキ。

「フェリスは加減がないからね。大変だったね。」

 ジョッキを置いたカークさんが同情しながら向かいに腰掛けた。

(優しさに泣きそう。)

 目元を拭ってから思わずため息をつく。

「明るくなるまで質問責めだったもの。無理もないわ。これ、ティーエの分よ。」

 リーヴァが置いたお皿には、固いパンと山羊の乳のチーズ。質問責めに付き合わされたリーヴァにはそれほど疲れた様子がない。

 魔眼族だからかな。ずるい。

 でも、そのおかげでリーヴァの優しい笑顔で起こしてもらって、ご飯も持ってきてもらえた。

 だから、

「カークさん、リーヴァ、ありがとう。糧ある朝に感謝します。働きある昼に感謝します。安らぎある夜に感謝します。」

 お礼を言ってから感謝の祈りに手を合わせ、チーズをつかんで口に運ぶ。

 あぁ、何ヶ月ぶりだろう。チーズは苦力の頃もご馳走だったけれど、今はあの頃より何倍も美味しく感じる。

 水を飲むと、冷たさとほんのりとした甘さがチーズの塩気と一緒に徹夜の疲れを洗い流す。

 やっと元気が出てきて、私はパンをかじった。



 昨夜、あれから私たちは助けてくれたみんなが泊まっている宿で一晩過ごすことになった。

 最初に、改めて名前だけの簡単な自己紹介。

 そしてカークさんから事件の大筋を聞いて、これからお頭やあの男の人が違法な人身売買の罪で裁かれ、二度と日の目は拝めないだろうと伝えられた。

 私たちと一緒にいた人たちは、きちんとした人売りに渡されてから身元を確かめ、売られた人なら売られて、拐われた人なら返されるみたい。

 不安になって、リーヴァを見た。

 私は間違いなく「売られた」側で、リーヴァは「拐われた」んだ。

 だから、リーヴァは家族の元に返されて私は売られていくことになる。

 リーヴァも私を見て、それからカークさんに何かを言おうとした。したけど、それより先にカークさんが話し出す。

「実はね、魔眼族はホウシェンの民ではないんだ。だから、人売りに預けられないんだよね。そうなると、この街で解放してそれから先はご自由にってやるしかないんだよ。」

「ティーエならわかるはず。この街に身寄りがない魔眼族が1人でいたら、どうなると思う?」

「わたしたちは冒険者の身分があるのだけど、彼女には何もないのよねぇ。」

 黒白と続いて、理解した。

 リーヴァには、あの馬車の中と同じかそれより悪い未来が待ってる。

「それで、さっきも聞いた質問。あなた達はどうしたい?」

「どうしたい?って…私はまた売られて、リーヴァは…。」

「それでいいのね?」

 私の答えを白が遮った。

 リーヴァを見ると、彼女は戸惑って私や冒険者のみんなを、オドオドと見ているばかり。

 思い出の言葉で気付く。

 リーヴァは、自分では決められないのだと。

 お頭たちからあの仕打ちを、私よりも長い間受けていた彼女には、自分で何かを決断することが途方もなく苦痛なのだと。

 目が合った。

 私だって、こんなにも急に決められない。私が決めたのはお頭たちから逃げて、売り物の自分を止めることまで。

 そうだ、私は売り物には戻らない。

 リーヴァも戻さない。

 それを思い出したら、リーヴァは確かに、とても微かで他の人にはわからなかったと思うけれど、

 私に頷いた。

 だったら…

「白、黒、それから、カークさん。私に冒険者になる方法を教えてください。」

 思い出が呟いた記憶の中、物語の中にあった冒険者というものが、彼等と同じなのかはわからないけれど、彼らがこのホウシェンの外にも通じる立場にあることははっきりしてる。

 リーヴァにはホウシェンで生きる道が無い。

 だったら…

 こうするかないと、お願いした。

 すると白が独り言みたいな調子で口を開く。

「わたしは、圏域巡りの旅だから連れが増えたところで気にしないわよぉ。でも、きちんとお仕事はしてちょうだい。」

「同意。できることはやってもらう。そのうち、2人でもやっていけるようになるから、それまでの間だけ。」

「オレは…」

「カークは事件のせいでここから出ていかないとならないんだって。だから一緒に来てくれるよ!」

「フェリス、それ、今出されると困るんだけどね。どうして言うんだい?」

「当たり前だよ。カークがあんなすごいものを持っているなんて知らなかったからね。よろしく、カーク。」

「この街から出るのはカークが受けてる仕事の後始末が終わってからになる。私たちがここにいないと困るのはカーク。」

「退屈する分は、楽しませてもらわないとねぇ。」

「さいてーだね皆さん。」

 あっという間にまとめられていく彼らの意見に驚いていると、フェリスが、いくつもの色彩に彩られた不思議な瞳で私を見つめてから。

「決まり!ティーエとリーヴァはボクらのチーム。よろしく!」

 私たちに両手を差し出した。

 そして私とリーヴァが、体格に比べて大きめの彼女の手を握ると、小さな女の子にしか見えない彼女はぎゅっと予想以上に強い力で私たちの手を握りしめて、にっこりと子供のように愛らしく笑った。

「それじゃあ、部屋に行こう。2人のことを聞かせてね。たくさん聞きたいことがあるんだ。」

 無邪気な声に引きずられて二階の部屋へ行った私とリーヴァは、10分もしないうちに後悔することになったんだ。


「ティーエ、ティーエ…。」

 リーヴァに肩をつつかれて私は昨夜の悪夢から朝食のテーブルに戻された。

 ご飯を食べて少し気持ちが緩んで、そしたら猛烈な疲労感と眠気が襲いかかってきて、パンを持ったまま眠っちゃったみたい。

「ん、ごめんなさい。寝てた?」

「少しだけ。」

 リーヴァに応えてから岩蜜入りの水を飲んで頭をはっきりさせると、黒が淡々とした口調で話しかけてくる。

「ティーエ、フェリスのせいで眠いところだけど、今日はあなた達をここの冒険者ギルドへ連れてく。仮登録だけど、手続きをしておけばあなた達は今日から冒険者になる。いい?」

「楽な生き方じゃないからお勧めはしないよ。」

 カークさんが付け足した言葉には、私の気持ちは揺るがなかった。

 他に道はないんだ。そう決めたんだ。

「はい。よろしくお願いします。」

 そう答えてから顔を上げると、みんながそれぞれの表情で笑いながら、優しく笑いながら、私に応えてくれていた。

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