奏蜂猟兵
しばらくと言うには長すぎる時間が静かに過ぎた。
「外、静かだね。」
「うん。あの人たちは待っていてって言っていたけれど、何をしているのかしら。」
「壁に隙間があったから、見てみる。」
「待ってティーエ。危ないかも。あ、待って。」
息を潜めて待っていても冒険者たちが戻ってくる様子もなく、退屈になった私はやめさせようとするリーヴァの手を引っ張って倉庫の壁へと近付いた。
外の音が全く聞こえない不自然な静けさは、さっきと同じ。多分、黒が法術で音を通さないようにしてあるはず。
予想は当たり。
そして外は静かではなかった。
壁に近付くと唐突に、金属が激しくぶつかり合うような音が私たちを揺さぶる。
「…っ。」
思わずしゃがみ込んで身を丸めた。
音が壁の外から聞こえていて、とりあえず私たちには無関係だと感じられるようになってから、壁に開いた隙間を見繕って目を当てる。
「あれは、なに?」
リーヴァが隣で尋ねてきた。
「…。」
答えに詰まった。
(甲冑?違う。パワードスーツ?)
壁の向こうでは、思い出の呟きから広がった記憶と似たものが3体、倉庫の前の広場を駆けながら剣を打ち合わせている。
リーヴァには何と言ったら良いのだろう。
「わからないけど、外に出たら危ないね。」
少し考えてから、当たり障りのない答えを返す。
外の戦いは、私にとっても思い出にとっても途方もなく、危ない以外の答えも見つからない。
剣を打ち合わせ、相手を蹴り飛ばし、踏んだ石畳に穴を開ける。それらの衝撃が倉庫の傷んだ壁を震わせて欠片を落とさせるほどに激しい。
「2対1だね。リーヴァ、白たちは見える?」
「ううん。わからないわ。」
今見えるのは、戦っている3人?の、人型の何かだけ。
2人は大柄な人が甲冑を着込んだ感じ。全体的に曲線的で思い出の中の甲冑によく似ているけれど、つやの無い濃い灰色の色使いとか、全体的な印象は違ってる。それに、肩と腰から光を放って飛びかかる速さは、人ができることじゃないと思う。
飛びかかられたのは人と同じように頭と胴と両手両足に、それ以外のものまで持つ、刺々しい外観の真っ黒な鎧を血の赤で飾った何か。
今夜は月が明るいから見えるけれど、細かなところまではわからない。
ただ、鎧の両肩と腰の左右に短剣のような形の羽があるのはわかる。
それらが別々の生き物のようにひらひらと向きを変えては光を放ち、鎧は激しく前後左右に動いて2人が振り下ろす剣の隙から、それらの背後に抜けた。
足元で光が舞う。羽は脛にもあったんだ。
くるりと回りながら、6枚の光る羽を煌めかせながら、黒い鎧が右手に持った剣で甲冑たちを薙ぎ払う。
甲冑たちのうち1人は辛うじて剣を避けたけれど、もう1人は避けきれず右肩に当たり、丸みのある肩当てが割られて弾け飛んだ。
バランスを崩した相手に黒い鎧が剣を振り上げ、唐突にガガガン!と激しい音が響き甲冑の左足が揺れた。
不意に力を無くした左足が折れて甲冑は倒れ、転がってから起きようとしたところに剣が振り下ろされる。
甲冑の頭が割られ半分が落ち、頭のてっぺんから頬まで剣で断ち割られた男の人が黒い鎧を睨みつけてから力を失って、鎧に掴みかかろうと上げた手が落ちた。
あの甲冑は人が着ているものだったんだ。
仲間を倒されたもう1人が、光を放って黒い鎧に飛びかかる。と、鎧の背中で何かが動いて
ガガガガガガン!
火花が瞬き音が響いて、とっさに両腕と剣で身を守った甲冑の動きが止まる。
その隙に距離をとった黒い鎧は体勢を整え剣を構えた。
「雑魚相手とはいえ、面倒だね。」
合奏甲冑の複眼とオレ自身の目と甲冑が吐き出す信号とが混ざり合う視界の中、長剣を構えた灰色の合奏甲冑がじりじりと後退りして離れていく。
「でも、逃がすわけにはいかないんだよ。狩りの邪魔をされたらオレが叱られる。」
離れる相手へと無造作に歩き間合いを詰め、副腕に内蔵した短銃で牽制。弾丸が3発連射されて1発が右に躱した灰色の装甲を掠めて火花を散らす。
いい反応だけど読みが甘いよ。
次に撃った弾丸で相手を更に右へと避けさせてから光爆翼を起動。地面を蹴り滑り、相手が行こうとしていた、猫さんたちの狩場への道を塞ぐ位置に陣取る。
すると、オレの真正面。ヤツの真後ろ。倉庫の壁の向こう側に、合奏甲冑の複眼が赤外線で捉えた二つの人影。
(あぁ、そんな所にいたら危ないんだけどね。倉庫の中は飽きたのかな。)
さっき助けた2人はこちらの事情も知らずに表の様子を見にきたらしい。
やれやれ、銃器は使えなくなったよ。
仕方ないね。
背中の剣の柄を左手で握り支持具を外す。
両腕を開いて、通せんぼ。二刀で道を塞ぐ形だ。それから、
あんたはどうする?
体勢を前に傾けて、構えで問いかける。
相手は背中から光を放ち右へと駆けた。オレが体重を左にかけすぎたように見えたんだろう。
そうしたからね。
光爆翼を全翼起動。それぞれの翼に仕込まれた4基の奏具が連動し一瞬で法術を発動させ加速場を生み出す。そのついでに光を撒き散らしオレは最短距離を最大加速で駆け抜け、逃げ道を塞ぐよう回り込む。
初めて見せた速さに、こちらへの牽制を混ぜ込んでいた相手の動きが単調になった。
迷ったね。
逃げるか攻めるか守るか。
その迷いに向けて脇を開いて副腕の銃口を向けてやる。飛び道具に対しては偏向法術、それが定番だよ。当然あんたもそれをやって、足を止める。
予想通りの隙。
オレは相手へと向きを変えて駆け込むと両手の剣を立て続けに振るい、法術をやめて身を守ろうと構えた剣をはね飛ばし衝撃で流れた右肘の関節にもう一方の切先を突き入れてから両手の剣を頭と脚に叩きつける。
大した抵抗もできずに倒れた合奏甲冑の頭に重さを乗せた剣を叩きつけてトドメを刺した。
相手が息絶えたことを確認してから、狩場の方へと意識を向ける。
「さて、猫さんたちの方はどうなったかな。」
「な、、なぜ猟兵がこんなところに。なぜ冒険者どもと組んで私を狙うのだ。」
「あら、あれって、噂に聞く奏蜂猟兵なの?」
隠行法術を纏い倉庫の屋根から獲物を見ていると、なんだか慰めてあげたくなるくらい息を切らせて独り言。
あんまりかわいそうだったから、話しかけちゃったわ。姿を見られないようにしなくちゃ。
居場所を変えたわたしを見つけられずキョロキョロしている獲物さん。あらあら、護衛とも従者ともはぐれて寂しいのねぇ。
残念ね。あなたのお仲間は黒とフェリスの悪戯にてんてこ舞いで、あなたを探すお暇もないの。
それにしても、カークの甲冑がそんな代物だったなんてびっくり。
奏蜂猟兵って、ホウシェン圏域軍の律奏機部隊よね。1人でも他の圏域の律奏騎士3人相手に戦えるっていう凄腕さんの集まり。
つまりカークはそういう人ってことよね。
からかうのも程々にしなくちゃだめかしらぁ。
あら、考え事をしていたら獲物がまた走り出したわ。えいっ。
カツン
小石の音で脅かしてあげたら、すぐに向きを変えて逃げてく。素直な人ねぇ。
罠に向かっているとも知らないで。かわいそうね。
漆黒を血の赤で飾った鎧が戻ってきて、倉庫の壁に空いた隙間から覗いていた私たちに手を振った。
石畳を、意外なことにあまり足音をさせず歩いてきて、3つの目を持つ兜が突然開きカークさんの困ったような表情を見せた。
「流れ弾が当たらないように奥にいてって言ったんだけどね。ま、怪我がなくて良かったよ。」
少し怒った様子の声。
「扉を開けるから出ておいで。」
と出入り口の方を指差してからカークさんがそちらへ向かったから、私たちも急いで走った。
倉庫の扉が開く。
私たちが外に出ると、黒い鎧を着込んだカークさんが、あの大男のデクが頑張って開け閉めしていた扉を、私が昔住んでいた小屋の戸のように軽々と閉じる。
カークさんは背が高くて痩せていたけれど、鎧を着込んだ今はそれより頭ひとつ、体格も二回り以上大きい。
その姿を正直怖いと感じて見上げていたらリーヴァが私の腕をそっと掴んだので気がついて、私は頭を下げた。
「邪魔しちゃってごめんなさい。」
「すみません…でした。」
一緒にリーヴァの声。
「いいよ。あれくらいどうって事もないからね。それより、君たちを買おうとしていた奴がそろそろ捕まるからオレは行くけど、来るかい?」
カークさんがさらっと受け応えて、それから目を細め笑顔を見せながら尋ねてきた。
リーヴァを見ると、不安げな表情で私を見てる。
「ここにいるより、カークさんたちの近くの方が安全だと思う。リーヴァ、いい?」
「うん。」
囁くような返事を聞いてからカークさんを向くと、彼はわかったよと頷いて、それから、兜がカシャリと閉じた。
くぐもった声で、
「こっちだよ。」
と私たちを案内するカークさんについて行くと、白と黒と、女の子が1人と、身なりの良い服をボロボロに切り刻まれて血まみれになってぐったりしている男の人がいた。
「白さん、やりすぎ。」
足を早めたカークさん。「手加減はしたのよぅ。」と笑いながら言い訳する白。黒は呆れた風に頭を振っていて、彼女らがフェリスと呼んだ女の子はカークさんの鎧を見てはしゃいでる。
そして私の後ろをそっとついてくるリーヴァ。
この5人との出会いから私の人生がどれだけ変わるのか、私には全くわかっていなかった。




