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人形遣い

「白さん、やりすぎ。」

 首を切り裂かれてもがくお頭に、男の人が駆け寄った。いったいどこにいたのかと思う間に、細身で長身の彼はお頭の首に手を当てて何かを唱えた。

 淡い青が煌めいて、お頭の首に当てられた掌の中に、同じ色の光が灯る。

「ごめんなさぁい。でも、失礼なことを言った人が悪いのよ。」

「嘘は良くない。白の悪い癖。」

 艶やかに微笑みながら返り血に塗れた白が答えると、それが終わる前に黒が突っ込んだ。

「えぇ?失礼なことを言われたのは本当よ?わたし、悲しかったわぁ。カークに慰めてもらおうかしら。」

 白の反論にカークと呼ばれた男の人が咳き込んで、「それはご勘弁を。」とげんなりした返事をする。

「それより、売り物さんたちはどうするんです?」

 そして彼は、お頭の首に手を添えながら被った帽子をもう一方の手で下げ、目線を隠しながら私を見て2人に尋ねた。

「あら、わたしはこの子を助ける依頼まで受けていないわよ。けれど、助けてもらったお礼くらいならするわ。」

 そう言いながら、白い服の裾を扇情的に揺らしながら、彼女が私の前までやってくる。

 私はと言えば、緊張の糸がぷっつりと切れてしまって、身体中の痛みと疲労感のせいでなにもできずにそれを見ていた。

 そんな私を、リーヴァが抱え込む。

 額にはうっすらとした光で編まれた角が現れていて、彼女が何をしているのかを伝えている。

「あら、よく見たら2人とも可愛らしいじゃなぁい?わたしは白よ。よろしくねぇ。」

 間近まで顔を寄せ囁く白の声は色っぽくて、私は無意識のうちにリーヴァにしがみつきながら、

「私はティーエ。それと、リーヴァ。」

 咄嗟に名乗る。目線で指しながらリーヴァの名前まで言ったのは、私を抱えながら震えている今の彼女には難しいと感じたから。

「ティーエとリーヴァ。いい名前ねぇ。2人のおかげで仕事をしやすくなったのよ。だからわたしは、あなた達を悪いようにはしないわ。安心してねぇ。」

 話がわからず困惑した私たちに、可愛らしい声がかけられた。

「マギナシア…ええと、魔眼族を売るのは人売りでも道に反する。もちろん、買うのもダメ。だから、こいつらを使う理由ができた。そして、さっきはあなたのお陰でこいつらを倒せた。だから、私たちはあなたたちに借りがある。」

 声の主は背丈より長い大きな筆を持った女の子。服も髪も目の色も黒くて、頭の上でヒラッと動く猫の耳のようなものも黒い。身体は私より少し大きいくらいだけど、口調や冷静な雰囲気からは大人びた印象を受ける。

「あら、黒もこっちにきたのねぇ。」

「白に任せておくと肝心なことを省くから。」

 あらひどい、とおどける白さん。

「私は黒。ハシュワーヌはミャ・コンの血族にしてトロイ・アーチペルン圏域ヤハタノハラ冒険者ギルドに所属する冒険者。今はここのギルドを通じた依頼で、違法の人身売買を調べてる。ティーエ、リーヴァ、よろしく。」

(冒険者?)

 彼女の自己紹介に説明に出てきた言葉に思い出が呟いて、物語の記憶に引っ張られた知識が唐突に溢れてきた。

「白さんと黒さんですか。」

「黒で良い。」

「白でいいわよぉ。偽名だもの。」

 知識の奔流に混乱しながらも2人の名前を呼ぶと、2人はすぐに応える。

「白と黒でいいんですか?」

「そう。」

「黒が先に生まれたのに、黒と白って呼ぶと怒るのよ。気をつけてねぇ。」

「双子に後も先もないから。」

「双子?」

 体格も髪や目の色も違う2人を見比べて驚く。

 すると2人ともそっくりな

「みんな同じことを言うけど、双子。」

「んふふ、驚かせちゃったわねぇ。」

してやったりと悪戯が成功した子供のような笑顔になった。

 なんとなく、双子というのは本当かな?という気持ちになる。

 少し気持ちが楽になって、リーヴァが私を抱える力も緩んで、彼女の様子を窺うと額の光は消えていた。

 そして、私たちが警戒を解いたからか、

「じゃあ、本題。あなた達、この後どうしたい?」

 黒が手近な箱に腰をかけて、問いかけてきた。



「うう…。」

 傷を治してやってからしばらくして、眼帯の男が意識を取り戻した。

「目が覚めたか?」

 オレは声を低くして話しかける。いつもの口調はこれからこいつの身に起きる事に不釣り合いだと感じたからね。猫さん達に娘さん達を任せたから、オレはオレの仕事をやらないと。

「猫さん達はお前の声に話を邪魔されたくないとさ。だけどな、オレはお前に聞かせなきゃならない話がある。」

 後ろの4人が黒さんの法術で張った遮音結界の向こう側にいるのはわかっている。視線も通っていない。厄介者は餌に釣られて他所にいる。細工もしてある。

 だから、安心してオレはオレの仕事ができる。

「チッ。ご同類かい。」

 男が起きあがろうとして縛られた手足に気付き、舌打ちした。そして、オレが紋手を見せながら話したから、だいたいの事情は察したようだ。

「お前の売り物は見たよ。外道。」

 流人を名乗れる立場か?と伝える。

 苦虫を噛み潰した表情になって男はもう一度舌打ちした。

 それで十分。あとは仕事の話だけにしよう。

「お前、1年前に女を1人売ったな。拐われたとわかっている女を買い取って、売ったな。」

「何の話をしていやがる。」

 とぼけた台詞もその他も無視。

「その女の親はバイルンディーの1人なんだよ。」

 ホウシェンを統べる13の一族の中でも、かなりヤバい方の名前を聞いて、男は青ざめた。

「なっ…嘘だ!嘘っぱちだ!俺は裏を取ってから買い取った!あの女はただの行商の娘だ!」

「なんで拐われたのかは知るつもりもないが、何人かの手を介してからお前が買い取り、それからここに来て売った。」

 喧しい言い訳を聞くつもりはない。オレは一方的に告げる。

 だが、男はなんとか自分の話に持ち込もうと早口で捲し立ててきた。

「頼む、見逃してくれ。俺は本当に知らなかったんだ。それに、あんたは知らないだろうが、あの三つ目も拐ったやつじゃない。あいつは魔道を持たないから隠れ里の連中に売られたんだ。本当だぞ!」

「へぇ。」

 珍しい話に相槌をしてやると、男は一つしかない目を輝かせて、あの魔眼族の娘さんが隠れ里でどんな風に扱われていたのかをペラペラと

「うるさい。」

 その口に適当なボロ布を突っ込んで黙らせる。

「その話も、さっきの話も、どうでも良いのさ。これから先は決まっていて、お前が何をしようが変わらない。」

 オレは男の髪を掴み、左目を覆っていた眼帯を外してやった。剣で突かれたらしい傷跡と虚な眼窩が露わになる。

 そして、眼帯を投げ捨てると腰に下げた小さな鞄から、親指ほどの大きさのガラス瓶を取り出す。

 中には、羽の代わりに萎びた触角を持つ蜂。染骨奏蜂と呼ばれる、飛ぶことはできない蜂の一種が入っていて、足も触覚もたたんでじっとしている。

「オレの話の続きだ。」

 ガラス瓶の中身を確かめながら、独り言のようにオレは呟いた。

「バイルンディーの怒りは凄まじかったよ。娘の行方を探し、拐った奴から企てた奴から買った奴まで、全部を調べ上げた。お前が魔眼族を買ったことも、娘を買った奴がここに来ることも調べ上げた。」

 男が呻く声は随分と小さくなっているが、オレを睨む表情には、まだ機を窺う気力がある。

「そして、オレのことも探し出して、こいつも用意した。」

 瓶の中身を見せてやる。

 男は一つしかない目を見開き、オレと瓶を何度も見比べてから、身体を強張らせて震え始めた。

 子供のように首を振り、逃げようと無駄にもがく。

「そうさ、お前の想像通りの代物だよ。もうわかっただろう?お前は、こいつに乗っ取られて生き人形になるのさ。娘を買い取った貴族を片付けたら、オレからは自由にしてやる。」

 男の顔を掴んで押さえ、片手で瓶の蓋を折り取る。

「都合のいいことにお前の顔には、ちょうど良い巣穴が空いているからね。」

 折り取られて鋭く割れた瓶の口を、眼帯に覆われていた眼窩に押し込む。血の匂いに蜂が動き出して潜り込み、男はオレを跳ね飛ばす程の激しさでのたうつ。

 それから、最初は口に詰め物をされたまま声にならない声を上げ顔を床に擦り付け、額を叩きつけ、脊椎に潜り込もうとする寄生虫を追い出そうとしていたが、やがてただ無造作に体をくねらせ暴れ続けてから、静かになった。


 男が落ち着いてからしばらく経った。

「そろそろ憑いたかな。」

 染骨奏蜂は動物や人族の脊椎に寄生して身体を乗っ取る。この時にこいつは、宿主の生命に由来する煌糸構造を模倣して擬態し、それを手がかりに身体の制御を奪い取るのだそうだ。

 この寄生蜂の身体の一部を切除すると寄生はできても身体を乗っ取ることができず、奇妙な振る舞いをするようになる。そんなことを色々と試して、どんなやり方で動物に寄生するのかを調べたらしい。

 こんなのは、首に同じやつを埋め込まれる時に聞かされた与太話で、オレにとって重要なのは埋め込まれるとどうなるか?なんだけどね。

 今眼帯の男に憑かせた蜂は、オレのとは「切り方」が違う。憑かれた宿主の神経系を支配するけど、本来の本能的な活動はしないようにされている。

 オレのは正規の部品として切られていて、神経に繋がっても乗っ取れない。そして、訓練をすれば逆に蜂を通して少しばかり器用な真似もできるようになる。

 オレは眼帯の男の手足を縛ったロープを解いてやって、

(立て。)

 頭の中で呟く。

 呟く必要はないけど、なんとなくね。

 男は最初ぎごちなく、すぐに慣れた動きになって立ち上がった。蜂同士の繋がりから感じ取った男の身体に、違和感は無い。

「上手く憑いてるじゃねぇか。」

 男が、野卑た外道らしい口調で言った。いや、オレが言わせたんだけど。

 オレの命令が蜂を通して送られると、男に寄生した蜂は男の神経系を使って命令を再現して実行する。蜂には人並みの脳がないから、人の脳を使うわけさ。

 だから、宿主自身の知識や癖はそのままに行動だけは俺の意のままにできる。

 さらに蜂を通して命じると、男が思い出した出来事がオレの脳裏に再現される。本来は寄生した蜂同士の連絡手段らしいけど、俺たちにとっても便利な代物だ。

 ざっと男の記憶を洗い出す。なるほど、こいつが並べ立てたのもデタラメばかりじゃなかったね。

 まぁ、どうでもいい。

 この哀れな男自身の心がどうなっているかはわからないけど、噂ではたいして保たずに狂っちまうそうだ。行き着く先は同じなんだから、どうでもいいのさ。

 そして心が壊れると蜂で支配はできても行動がおかしくなってくるから、だんだんと「使えなく」なってくる。

 使い方次第では一ヶ月。使えるうちに仕事を済ませないとね。

 オレは男の手にロープをかけて形だけ拘束をしているように縛り、疲れ果てた様子を命じてから猫さん達を待った。



 私たちが話を終えてカークと呼ばれていた男の人のところに戻ると、お頭はすっかり観念した様子で肩を落とし、手首を縛られて座り込んでいた。

「白さん黒さん、話はつけたよ。あとは、お待ちかねの狩りの時間だね。」

「あらぁ、もう説得できたなんて大したものねぇ。助かるわぁ。」

「この男はカーク。ホウシェンの冒険者。私たちが捕まえようとしている人身売買の調査を手伝ってもらってる。カーク、この2人はティーエとリーヴァ。」

 黒に紹介されて、私はリーヴァと一緒に頭を下げた。カークさんは細身で背が高くて、革製の帽子を目深に被り、私たちを見下ろしてる。

「金沙湾冒険者ギルド所属のカーク・ウォン・レイガーだ。こいつから聞いたが、酷い目にあったね。でももう大丈夫だよ。」

「すまねぇことをしたな。」

 カークさんが自己紹介をしてお頭に視線を送ると、お頭は驚いたことに、私たちに謝ってきた。

「お頭?」

 何か違和感があって、この何ヶ月間か否でも見てきた顔をじっと見つめると、お頭は顔を背けてしまう。

「ここから先はまた荒事になるからね。君らは奥に隠れていた方がいいよ。」

「それが良い。今から来る奴らはこのチンピラより手強いから、あなた達を守る余裕はない。」

 カークさんが積まれた箱の奥を指さして、黒さんもそうした方がいいと言うので、私はお頭の様子が気にはなったけれど、リーヴァと一緒に倉庫の奥に隠れた。

 箱の隙間に2人で潜むと、しばらくしてから彼らはみんな外へ出て行き、私とリーヴァは薄暗い倉庫の中に残された。

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