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戦う決意

 白、と呼ばれた女性が寄り添っていた男の頭を抱きかかえたまま軽やかに跳ねて、驚いて立ち竦んでいる肩に跳んだ足を乗せて組んだ。ちょうど、私たちの方を向いた男のスキンヘッドを後ろから胡座で抱え込んだ形。

「あら、私より黒の方がいいの?悲しいわぁ」

 艶やかな声が妙にはっきりと聞こえた。

(白と黒って、見たままな呼び方ね)

と他人事な感想を思っていると、こちらを振り返ったお頭が黒を見て声を上げた。

「いつの間に湧きやがった。ラウ!さっさと立ちやがれ!」

 その声も、扉のところでうろたえたデクが意味のない言葉を言うのも、妙にはっきり聞こえる。


 その奇妙さや、一度に起きた出来事に戸惑っている間に、白がゆらっと倒れながら両手を振る。

「浮気する人には、おしおきよ。」

 振った両手の指先に明るい紫の光がきらめいて弾けて、たららりらん、と軽やかな音色を奏でて


 ごりゅっ


 彼女の身体がミンガォの頭を太ももで挟んだままものすごい早さで回って、怖気が走るような異音が響く。

 あいつの頭も一緒に回ったはずで、つまり今の音は。


 白いしなやかな身体が回転の勢いのまま上へと跳ね上がり、奇妙に首がくびれた男の身体が力を失って崩れ落ちた。


 宙でくるくると回りながら手を振る白、たららりらんと音が鳴った。

 手足を縮めると空中にいるのに瞬時に加速して白い弾丸と化し、立ち上がって黒に剣を向けたラウの背中へ錐揉み回転のドロップキック。

 骨が砕け肉が引き裂かれる音。

 強烈な不意打ちに潰された肺から空気を吐き出し地面に打ち据えられて転ぶラウ。

 その首を白が着地のついでに踏み抜いた。

 女性とはいえ全ての体重を乗せた一撃に、単なるゴロツキでしかない男が耐えられるはずがない。

 頚椎を踏み砕かれたラウも、ぱたりと動かなくなる。


 色香に騙されたとか酔っていたとか油断があったとか言っても、お頭が後ろ前後ろと顔を向けている間に荒事に慣れた2人を倒してしまった白が普通ではないのは、私だってわかる。


「畜生、耳が無ぇから騙された。テメェらだな。俺たちを嗅ぎ回ってたのは。」

 お頭が黒と白から距離を取りつつ、悔しさを滲ませた声で問う。

 答えたのは黒。

「そう。私。あなたが気付かなかったら4人とも片付けていたのに。意外。」

「あの爪飾りには見覚えがあってな。で、男と猫と小人の三人組ってのは、俺たちを騙す策だったわけか。」

 話をしながら、お頭がジリジリと扉に近付く。そこにはデクが唖然とした表情で立ち竦んでいる。

「それは違う。策をしかけるのは、これから来る奴らに対して。あなた達は、ついで。」

 可愛らしい声だけど淡々とした口調で黒が言うと、お頭が彼女を睨みつけ、ギリリ、と歯を嚙み鳴らした。

「ついで、だと?おい、ついでで俺達を始末するだと?舐めやがって!デク、いつまで呆けてやがる。お前を騙した女をひねってやれ!」

 お頭の怒声にデクがハッと目を見開いて、白を見る。そんな彼に手を振ってウィンクを送る白。

 お頭はと言うと、剣を右手に黒へと詰め寄っていた。

「テメェはそのデカい筆を振らなけりゃ何もできねえだろ!」

 お頭が剣を振りかざすと腰のあたりから光が走る。何?と思って見上げると私の後ろの箱にナイフが突き刺さっていた。左手で投げられたナイフを黒が躱したんだ。

 機先を制したお頭は矢継ぎ早に剣を繰り出し、黒はそれを避ける避ける避ける。

 避けながら倉庫の中を回って行く先には、白と、彼女と向かい合って泣きそうな顔になっているデクがいた。

「あ、あんだ、おでを、、」

「おでを、、、騙じだのがぁあ?!」

 次第に声を張り上げながら、デクが怒りをむき出しにして白に迫る。

「は、、はじめで女にモデたのに!あにぎだちを見返せるとおもっだのにイィ!」

 女性としては背が高い白も、デクの体格からは子供のようだ。私の顔くらいありそうな拳が、言葉にならない叫びとともに彼女へと振り下ろされた。

 白が軽やかな足取りで後ろに下がりながら、たららりらんと舞う。大振りで遅いデクの拳は、彼女の目の前で止まった。

「そういうの、気持ち悪いだけよぉ。」

 デクに向けて差し出した指を返すと、りりんと紫の光が鳴り、デクの腕が切り裂かれて血を流す。

「え?嘘ぉ」

 だけどデクは怯まず、驚いたのは白の方。

「ぢぐしょおおぉぉぉっ!」

 動きを止めた白に対してデクは叫びながら左拳を繰り出し、白はギリギリで後ろに跳んで躱した。

「間抜けなチンピラなのに、術技を使うなんてびっくりよ。キモくてしぶとくて最低だわ。」

 距離を置き嘲る白に、両手を振り回して襲いかかるデク。逃げる白。

 時々たららりらんと光が鳴ってデクの身体に傷ができるけど、痛くも痒くも無いのか、巨漢の勢いは止まらない。

 そうして追い立てられた白と、お頭の剣撃から逃げ続けていた黒が背中合わせになり、男たちに挟み込まれてしまう。

「デク、止まれ!」

 お頭が命じ、デクが拳を構えたままピタリと止まった。

「おい猫ども、追い詰められたふりをして油断させようとしても無駄だぞ。デク、そいつらの手は早くてもお前には効かねえ。俺が動いたら、逃がさねえようにじっくりとやれ。」

 話しながらお頭が剣を右手に構え、左手にはナイフを持つ。

 4人の動きが止まって、黒が舌打ちひとつ。そして倉庫の中は異様な静けさに包まれる。

 あまりの静かさに息も忘れて4人を見ていた私の服を、誰かが後ろから引っ張った。



(しくじった。余計な手間。)

 白と背中合わせで人売りの2人に挟まれ、私は舌打ちした。

 人身売買に関わっている証人を捕縛するために罠を張る。その餌にするためにこいつらをさくっと片付けようという白の提案に乗ったのだけど、術技を使える奴が2人もいるとは予想外。

 多分、大男は防護と筋力強化、私と向き合っている眼帯の男はさっき使った投擲加速と、他にもなにか隠してるような感じがする。

 今わかっている手の内だけでも、実は私達の方が不利だ。白は大男を倒せずにいるし、私なら倒せるけど眼帯の男の隙を突いて印を書すのは難しい。

 相手が慎重になったので勢いで潰されなかったけど、かわりに打開の可能性を潰されてしまった。

「提案。このままやりあってもお互い損だから、やめよ?」

 草筆を構えたまま言ってみる。

「あぁ?話にならねぇな。そこの白いのが何やったのか忘れたとは言わせねぇぞ。」

お頭、と呼ばれていた眼帯の男が答える。

 駄目元と思ったけどダメかぁ。さっきは挑発に乗ってくれたから、行けるかと思ったのに。

 はぁ、面倒。

 実家のおこたつが急に恋しくなった。

 心の中でため息を吐いたところに、白が声をかけてくる。

「早く片付けましょ?わたし、飽きちゃったわ。」

「元はと言えば白が悪い。」

「あら、黒も乗り気だったでしょぅ?」

 空気を読まない白の意見にお頭が頬をヒクつかせたのを見逃さなかった私は、彼らを無視して白と話をすることにした。白も、買い物の最中みたいな口調で返してくる。

 私たちが、白が黒がと言い合うたびにお頭が苛立たしげに構えを変えたりと牽制をかけてくるが、無視して2人の世界を作る。

 戦って問題なのは私。白は、2人をあしらって逃げるだけなら簡単にやる。私にもこの状況を切り返せる手札はあるけど決定打にはならないから、できれば相手の不意をつきたい。

 そう考えて、お頭を焦らして怒らせようとしたけど、その背後にチャンスが転がり出てきて、私はにんまりと笑ってしまった。

「白、面倒だから、やっちゃおう。」

 笑顔のままで言う。

「そうこなくちゃ。」

と、白。

 背中合わせの白がどんな表情で応えたのか、私にははっきりわかる。だって生まれた時からの付き合い。きっと、誰かを引っ掛けて笑うためのイタズラを思いついたときの、目を細めた楽しそうな顔。

 もちろん白だって私が、同じ笑顔になっているとわかってる。

 私の笑顔が気に障ったのか、お頭が剣を頭上に構えて大声を上げた。

「余裕かましてんじゃねぇぞ野良猫が!」

 左手で投擲。鋭いナイフが私と白を通る線で放たれる。チンピラにしては考えてはいるけど甘い。

 頭を動かすだけで避ける。避ける直前のステップが合図。

 全く同時に白も避ける。

「あ゛っ?!」

 大男が驚いて声をあげた。いきなり胸にナイフが刺さってたら、驚いて当然。あいつの術技はタイミングを計るものではないから痛手にはなってないはずだけど、それは、

 くるん

 私と白が身体を入れ替えるには十分な隙だった。

「あらぁ、そういう事ねぇ。」

 白が、私の考えを理解したと伝えてくる。この次にこいつは、眼帯の男の方に手を伸ばして誘いながら、こう言うはず。

「おいでなさいな。」

 予想通りに、じゃらん、と、鎖が鳴った。



 私の服を引っ張ったのは、リーヴァだった。

 何かを言っているように口をパクパクさせて、私を彼女がいる箱の隙間に呼び寄せている。

 ?

 あいつらに気づかれるのが怖くて声を出さないのか不思議に思いながら隙間に入り込むと、突然に彼女の声が聞こえてきた。

「あ、、あの人達、なに?どうしよう。」

 不安げな声で問いかける声。少し頭を戻すと、全く聞こえなくなってしまった。

 もう一度隙間へ。

「ティーエ、なにしてるの?」

 リーヴァが訝しげに聞いてきたけど、私は、

「ちょっと待ってて。」

と答えて振り返り、睨み合っている4人の様子を伺う。

 みんな、私達の方は見てない。いや、一瞬、黒と呼ばれた人と目が合ったけど、無視されてしまった。

 そして、私は不思議なくらいに冷静に考えをまとめていた。さっきまで恐ろしくて耐えようもなかったお頭たちが、なぜか遠くのもののように感じられて、それは私自身に対しても同じで、まるで私の中の何かが私を離れたところから冷静に見ていて、その考えが私の中に写し込まれているかのよう。

「よし」

 数秒もかけずに考えをまとめて再び隙間へ。訝しげなリーヴァに近づいて最初の質問に答える。

「誰なのかわからないけど、あいつらの仲間ではないのは確かね。

 ねぇ、リーヴァ。聞いて。

 売り物にされてる人生と縁を切るなら、今が唯一のチャンスだと思うの。」

「え?」

 想像もしなかった提案に理解が追いつかなかったのかも。彼女は一言言ったまま固まって、そして、怯えて縮こまった。

「無理よ。きっとあの2人も殺されるわ。逃げるなんてできないのよ。」

 震える声で答える彼女。

 無理もないよね。ずっとあいつらに支配されて束縛されて痛めつけられてきた。痛い思いをしないためにはどうすればいいかという疑問と、どうやっても殴られるというどうしようもない諦め。それは私にも巣食ってる。

(学習性無気力と恐怖によるマインドコントロール)

 心の中で思い出が囁く。同時に、私ではない誰かの考え方や知識が頭の中に広がって、私はそれらを理解していた。

 その理解が、私から恐れをまた遠ざける。

「私を見て。」

 リーヴァの手を握り、真っ直ぐに目を見つめる。

 彼女は座り込んでいたから、私も座って、目線を合わせた。

 いくつかのやり方があって、そのうちいくつかは、やりたいと思えるものではなかったから、私は彼女を信じることに賭けた。

「ねぇ、今私たち、話をしている。いつも、色々なことを話してきたよね。」

 私たちは、いつも話をしてきた。楽しそうにしていれば殴られたりするから、そっと、あいつらの目を盗んで。時には言葉ではなく握り合った手の温かさで、話をしてきた。

 今と同じように。

 彼女が肯く。

「あいつらを出し抜いて、話をしてきたよね。聞かれたら殴られた。でも、話し続けてきたよね。それで今、殴られてないよね。あいつらは今私たちを殴る余裕なんてないの。こんなこと、初めてでしょ?」

 私たちは、あいつらに屈服しながらも、会話という小さな反抗をし続けた。それを意識させながら、弱気に覆われそうなリーヴァを肯かせながら、話を進める。

「一緒にここから逃げ出そうよ。隠れながらじゃなくて、笑ってお話をしたいの。あなたと。」

 彼女を真っ直ぐ見つめて、未来への気持ちを伝える。きっと肯いてくれ…た。

「リーヴァは私より力があるから、それを貸して。簡単なことだから。合図をしたら、あの箱を押してもらうだけ。」

 課題を分割する。

 あいつらに逆らうのは、彼女には荷が重い。だから、具体的な簡単な行動に分割して、それだけをお願いする。

 肯く彼女に、私も頷きを返し、お互いに見つめたままで手を強く握った。

 そして、これからやることを伝えて、手をもう一度強く握ってから、私は彼女から離れた。


 私がお頭の背後に回り、箱の隙間から様子を伺ったとき、4人はまだ同じような感じで、こちらから、私に背中を向けたお頭、黒、白、デク、と向かい合っていた。

 私たちの動きに、お頭たちが気づいた様子はない。思った通り、さっき、黒が筆を振って紫の光で何かを描いてからは、壁があるかのように音が伝わっていないんだ。

 当然、あちら側の音は聞こえない。

 でも、黒がお頭に何かを言って、お頭がナイフを投げたら白がこっち側になっていて、その白が私を見て手招きをしたから、今がチャンスだと決断した。

「リーヴァ!やって!」

 自分を奮い立たせるために大声で言ってから、足枷の鎖に合わせた小さな歩幅でお頭へ向かって走る。

(リーヴァ!?)

 魔眼族は見た目以上の力を持ってる。

 その魔眼族の彼女が箱を落として音を立てて、お頭の気を引きつけるはずだったけど、音はしなかった。だけど私は手足の鎖が立てる音を引き摺りながら走った。

 もう迷っている場合じゃないし、止まることもできないのだ。

「このガキがっ!」

 お頭が私をチラッと見るなり叫ぶ。

 体がこわばって足がもつれ転ぶ私の頭を何かが掠めて、箱が落ちる割れる大きな音がして、たららりらんと軽やかな音色。

 いくつもの出来事が起きる中で転んだ勢いで転がって目を開けたらお頭の脚が目の前にあったから私は無我夢中で

 手を振り上げて、

 今まで殴りつけてきた奴に

 叩きつけた。

「アグェッ!」

 お頭の間抜けな叫び。

 私の両手には鉄の手枷がはめられていて、それは私の手首に血が滲んでいるくらいに角が立った代物で、その角をお尻の肉に食い込まされたのだから、私の非力でもそれなりには痛かったはず。

「ざまぁみろ。」

 頭から顔に流れてきたどろりとしたなにかを手で拭い、言ってやった。

 お頭は憎々しげに私を睨むが、そんな余裕、あったっけ?

 ほら、白い人が忍び寄ってる。

「さっきは、わたしを耳無しとか言ってくれたわねぇ」

 お頭のすぐ隣に立った女性が、囁いた。

「!」

 言葉もなく剣を振り回したお頭の懐に入り込んで、彼の腕を肘で押さえて剣の勢いを止めると同時にその指先でたららりらん。

「私、耳のことを言われると悲しいの。とっても。」

 見えない何かがお頭の胸板を三条に切り裂いた。歯を食いしばりお頭が後ろに下がるが、女性はしなやかに彼の後ろに回り込んで囁く。

「酷いことを言った人には、おしおきよ。」

 お頭は離れようと地を蹴る。が、彼女はお頭の右腕に手を添えたままぴったりと動いて、焦るお頭の蹴りを肘で止めてたららりらん。

「おしおきなんだから、逃げちゃダメよぉ。」

 お腹を切り裂かれたお頭が身を翻して逃げようとする、フリをして左手のナイフを投げ、ようとした腕を肘に押さえられナイフが落ちて、たららりらん。

「あら、いいアイデアね。もっと楽しませて?」

 その様子と、楽しげな表情を見てわかった。

 彼女はお頭をいたぶって遊んでいるんだ。

 ズドン!

 轟音がして目を向ければ、黒がデクを壁に叩きつけていた。

 大男はそれでも堪えた様子はなく、頭を振ると黒に詰め寄り殴りかかる。それに対して黒は一歩も引かずに、大きな筆を両手で持って構えた。

 ぶおぅん!

 筆が震えた。

 振るのではなく、筆の軸をしならせて一瞬で描かれる紫の紋様。それが弾けると、ズドン!と音がしてデクを弾き飛ばす。

 どんな怪力だって触れないなら無意味。そして、あの早さで描かれるのでは、ノロマなデクは黒に近付けないだろう。

 つまりデクがお頭を助けることはできないだろうし、お頭がいなくなればデクはなにもできない。

 そう思っている間に傷が増えて血塗れになったお頭を見ると、ちょうど目が合った。

「おい、助けろ!こいつを止めろ!」

 お頭が叫ぶ。

 怒気をはらんだ声に震え上がって、思わず従いそうになったけど

(溺れるものは藁をも掴む)

 思い出が囁いた。

 そうだ、お頭はもう終わりだ。だから私にまで助けろとか言い出した。

 自分を取り戻した私はお頭を冷たく笑いながら、もう一度、

「ざまぁみろ。」

 言ってやった。

 怒りの形相を浮かべたお頭の首に、たららりらん、と、白い手が添えられた。

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