表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/224

出会い

 何日経ったかな。

 私はふと思いついた、答えのわからない疑問をまた呟いた。

 心の中で。

 隣で手枷足枷をされ倒れているリーヴァに問いかけても答えは無いと思う。

 私たちを見張っている男に聞いてもあの棒で殴られるだけ。声を出しただけでも殴られるかもしれない。

 かもしれない。

 そのあいまいな結末が呼び起こす不安に、私は身を縮ませる。

 自分の手を見れば、それにも鉄の枷がはめられている。

 体中が痛い。

 鉄の枷に擦れて赤く血が滲んだ手足、姿勢を自由にできないまま石の床に寝起きして強張った身体、暴行を振るわれ続けた傷。

 痛くて、痛いのが続きすぎて、痛いという感覚しかない。

 手と足を拘束されたまま日も入らぬ薄暗い部屋に閉じ込められ、見張りの男と様子を見に来た男達の気分次第で暴言をぶつけられ、殴られ蹴られ弄られ、今は、自分が目覚めているかもわからない。

 半分夢の中にいるような奇妙な乖離感の中、あぁ、虐待された子が心を分裂させて自分を守るのよね。読んだことある。と、なんとなく思い出す。

 いつもの、不思議な思い出。

 そんな中でも部屋に近付いてきた男達の気配に体は否応なく反応して震え、扉を開けて入ってきたスキンヘッドの男がリーヴァの髪をつかんで無理矢理に立たせ、「こい!」と引っ張っていく有様に

「お願い、もうひどいことはしないで。」

 目の前で彼女に振るわれた暴行が心に浮かんで、同時にそんな声が聞こえた。

 今の声は私の声だろうか。ひどく擦れて、遠くて、弱々しい。

 家族と一緒に苦力として課役をさせられていたころだって、こんな声で話をしたことなんてない。

 だけど自分の声だったみたい。

 目の前で何かが光って頭にガツンと言う音がして私は男に殴られ、殴られた理由が自分の声だったのだと理解した。

 リーヴァが振り返って私を見る。見ちゃだめ。

 体が床にぶつかる衝撃の直後に、頬を打つ聞き慣れた音と彼女の悲鳴が聞こえた。

 別の、顔に火傷の跡がある男が、冷たく固い床に倒れた私の髪を掴んで引き起こし、怒声を浴びせる。

「まだ俺達にものを言えるとは、躾が足りていないようだなぁあ!?」

 ひぐぅ

と声を発した私が体を丸める。手枷が額に当たるけど、そんな痛みは意識の端にも感じなかった。だって、

 ぼぐっ

 鈍い音と一緒に、肋骨を避けおなかに爪先をめり込ませたひと蹴り。

 私は息もできずにうずくまっている。

「俺が、話を、して、いる、のに、目を、そむ、け、る、な!」

 激高した言葉に合わせて固い踵が私を踏みつけている。

 まともに息もできずに喘ぎながら、私が滲んだ視界に映したのは、リーヴァの姿。

 彼女を殴ったスキンヘッドの男が、お頭に殴られている。そして私を見た彼女と目が合った。

「こいつは今日出荷だと言っただろうが。なんで顔を殴りやがる?おい?間抜けか?」

 眼帯の男の、じっとりと重い冷たさを帯びた声がスキンヘッドの男に、蛇のように絡みついている。

 ざまぁみろ。と、私は薄っすらと笑っていた。

「商品は丁寧に扱えって、いつも言っているだろう?あいつを見てみろ。どうしてお前はあいつみたいに上手くやれねぇんだ?」

 そう言いながらお頭は、一瞬だけ私に視線を向ける。

 私の心に冷たさが絡みついた。

 自分がまずいことをしたと察したけどもう遅くて、お頭は私を見たままで拳をリーヴァの鳩尾にめり込ませていた。

 うめき声を漏らして体を折ろうとする彼女の髪を掴み、もう一度。

「こういう風にやれば体にだって跡は残らねぇ。ガキに舐められることもねぇ。わかったな。」

 私から視線を外さずに彼女を打ち据え、無造作にスキンヘッドの男に押し付けてから、お頭が近づいてくる。

 さっきまで私を蹴っていた火傷の跡の男が私を無理やり立たせ、眼帯の男の煙草臭い息が間近から吐きかけられる。

「おいガキ、喜べ、お前も今夜出荷だ。あいつを買う奴が、お前と一緒の方が楽しめそうだとさ。三つ目女に感謝するんだな。」

 そう言うと、お頭は火傷の男に「こいつもそれらしくして連れてこい。」と言い捨てて、リーヴァを連れて階段を上がっていった。



 しばらくして、私たちは、地下室から出されて薄暗い倉庫の中にいた。

 倉庫の中は大きくて、(テニスコートが2面くらい入りそう)と思い出が言った。

 壁が無く、隅の一角が小屋の様に区切られていて、その中に私たちが閉じ込められていた地下室への入り口があるだけ。

 だけど大小さまざまな箱や雑多な品物が置かれているせいで建物の3分の2くらいはごちゃごちゃしていて、入り口側の開けた場所では男達がたき火を囲んで飲み食いしている。

 私たちがいるのは、そこの奥の荷物の近く。

 隙間だらけの壁と高い天井のせいで外にいるのと違いが無いくらいに寒いから、私たちは2人で身を寄せ合って座っていた。

 男達は、運良く私まで売れて金が入り身軽になれると喜んでおり、焚火で炙った肉とかチーズとかをつまみにして酒を飲み交わしている。

 気が緩んでいるのだろう。今までは私たちの前では言わないようにしていた自分たちの名前も(本名なのかはわからないけど)口に出していた。

 お頭は「お頭」としか言われていないけど、スキンヘッドの男は「ミンガォ」火傷の男は「ラウ」。それと、外で見張りをしている「デク」と呼ばれている男。

 男達が楽しそうにしている様子を、私たちはぼんやりとした意識で眺めていると、入り口の扉が、鈍い音を立てた。

「デクか。どうした?」

 お頭が扉の向こうに声をかけた。さっきまでの楽しげな様子は微塵も感じられない。

「お、、おでだよ。いい女がきだよ」

 妙なイントネーションで呂律の回っていない声。いつも3人から下っ端扱いされている大柄な男の声だ。

 それにしてもいい女?発音が悪いせいで聞き違えたかな。

 誰かが来てくれたって、どうにかなるものでもないし、、、あ、買い手が男っていうのは思い込みかも。

 そんなことをぼんやりと思っている間に重く大きい鉄の扉が軋む音を立てながら開けられて、デクが1人の女性と連れ添って入ってきた。

 ミンガォが口笛を吹く。

「おいデク、お前が連れ込むにしちゃぁいい女すぎねぇか?いったいどうした?」

 焚火で頭を光らせたミンガォが立ち上がって近付きながら、今まで何度もリーヴァに対して使っていたいやらしげな声で言う。

 それに答えたのは、デクではなく、彼にしなだれかかっている白い癖のあるショートヘアの女性だった。

「あら、こちらも良い男。たくましいわぁ。」

 見た目の艶やかさより可愛らしい声で答えて、彼女は扉の近くまで来た男に流し目する。

 見た目は、それはもう、出るところは出て締めるところは引き締まっていて、リーヴァだって今までの生活環境からは想像し難いくらいだけど、デクから離れてミンガォの方へ踏み出した彼女は、しなやかで長い手足に小さい頭や体の線が見える柔らかな生地と大胆な切れ目の入った服の印象もあって、まるで

(グラビアのモデルさんみたい)

と、思い出が言う。そう、確かにそんな感じ。

「ご、、ごのオンナはおでが連れできだ。兄貴は後だよ。」

 私が思い出の声を反芻している間に、デクが彼女の手を握って引き寄せた。

 バランスを崩したように身体を預け、彼女はデクに何かを囁いている。

 当然のように文句を言うのはミンガォ。

「あぁ?おいデク、お前なぁ、俺が言いつけたのは見張りだぞ。そ、と、の、見張りだ。なんでお前はここにいるんだ?」

「ぞ、、ぞんなぁ。おでが連れできだのに。」

 ミンガォの罵りに言い訳するデクと、面白そうに2人を見ながら、2人一緒でも〜などど笑う女性と、呆れた様子のラウ。

 だけど、お頭だけは油断なく、床に置いてあった剣の鞘をさりげなく左手に握っていた。

 私はお頭の後ろからそれを見ていたから、女性に言おうとしたのだけど、彼女がお頭の肩越しに指先を口に当ててみせたので、思わず、その意図がわからず黙ってしまう。

 デクたちの言い合いは、いつものようにデクが負けたみたい。大きな体でしおらしく肩を落とし、扉へ手をかけ、未練たっぷりな表情でミンガォの首に両手を回す女性を見つめている。

 女性はというと、調子のいい口説き文句に笑顔を浮かべ、服の切れ目から露わにした滑らかで真っ白い肌の脚を男の脚に撫でるように絡めた。彼の首に腕を回して耳元で囁きながら。

 ミンガォが発した品のない歓声と、デクの泣きそうな顔。

 彼女は豊かな胸元にスキンヘッドを抱え込んで、お頭たちにも声をかける。

「皆さんも一緒にどう?」

 彼女が抱え込んでいる両手の手の甲と指に着けられた鎖付きの飾りが、光を反射してきらめく。

 すると、それまで黙っていたお頭が剣を抜きながら立ち上がり、

「ミンガォ!離れろ!そいつもトロイの猫人族だ!」

にやけたミンガォに、警告を叫んだ。


 直後、私の目の前に黒が降ってきた。


 私達の前に降ってきたのは、真っ黒なマントに身を包んだ人だった。

 髪が長い。

 焚き火の照り返しで、黒く真っ直ぐで艶やかな髪に光が踊り、その上で、三角形の布切れみたいなものが2つ、ひょこっと動く。

 体格は、まだ子供の私より少し大きいくらい。マントから少しだけ見える手足は小さい。

 そんな小さな両手に、曲がった柄に金の飾りが付いた、大きな、持ち主の背丈より長い筆を構えている。

 構えられた筆が大きく振られて、そこで気がついた。

 音がしない。

 飛び降りてきたのだと思うけど、マントがはためく音も、着地する音も全く無かった。目の前で手慣れた勢いで振り回す筆の音もしない。


 お頭の警告に振り返ったミンガォが、私の前にいる黒い人に気付いて表情を固くした。

「お頭、後ろに、、、」


 黒い人が振り回す筆先に、光が灯っている。

 暗い紫の光。

 それが空中に複雑な図形を描いて、図形はまるで水に墨が溶けるように変化しながら消えつつも素早く書き足されて、揺らめき、最後に素早く振った一筆でパッと消えた。

「白、やっていい。」

 黒い人が、可愛らしい高い声で言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ