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異世界への転生

 俺が俺として『繋がる』ときを何度も繰り返し、その時間は少しずつ長くなった。

 そして俺が香坂直樹という俺自身をはっきりと保てるようになったのは、『ギルバート・オースデイル』として3年を生きた後だった。

 俺が俺を自覚できるようになる前、その頃に強く覚えているのは、言葉への渇望だ。

 俺は、貪るように言葉を求めていた、らしい。それは俺のぼんやりした記憶だけのことではなく、乳母や父母に本を持って行っては、またかと呆れられていたという話からも確かだろう。(俺が本を持っていると皆が引くので、どうしてなのか聞いてみた。)

 その話の意味も、あの、世界が割れていく経験を思い出した今ならわかる。多分、俺が直樹としての自分を取り戻したのも、あの時の経験が、言葉を持たない幼児の体験と繋がったからだ。


 俺が自分を取り戻したと言っても、香坂直樹としての俺と今の俺はずいぶん違う。

 直樹だった頃の俺は日本人らしく黒髪に黒い眼。背は高めなものの日本人の平均的な体格だった。

 今の俺は、深い青の目に淡い茶色の髪。父親や母親の顔立ちは地球でいうところのヨーロッパの人の彫りを浅くした感じだ。

 そして、まだ3歳の子供の感覚はとても鮮やかで、直樹としての子供時代の記憶とはあまりにもかけ離れていて、何もかもが新鮮な驚きに満ちていた。


 驚きに満ちていたのは、感覚だけじゃない。


 与えられた子供部屋の窓から空を見る。

 夜空には、大小の月と星々。月は6つあるが、そのうち3つしか見えない。

 空を、白くぼんやりと光る線が何本も横切っている。大きな曲線を描くそれは『宙弦』と呼ばれている。

 家族や乳母達から聞いた話だと、この世界の名前は『ダイクーン(大空)』

『大空』は広い空の世界で、そこに宙弦の網に繋ぎ止められた宙島が浮かんでいるのだそうだ。

 俺たちが住んでいるこの地は宙島の中でも特に大きい7つの陸洋島のひとつで、ラテニアと呼ばれている。

 この辺りの話を聞いていて、頭がクラクラしたのを覚えてる。

 そう、ここは地球とは全く違う世界なんだ。

 目の前に広がる景色を前にして、俺は、直樹としての人生で得てきた知識がどれだけ役に立つのか強い不安に襲われていた。


 とはいえ、俺は恵まれた環境で育てられていた。


 俺が住んでいるのは、シディン王国のロックス地方にあるスクトゥムという村だ。

 この村は村と呼ばれていても町と言っておかしくない大きさで、国境を守る堅固な砦がある。

 そしてこの村と砦を治めているのが俺の父、ローランド・クレストス・オースデイルだ。

 このあたりの事情がわかってきたところで、俺は自分が暮らしている館や、館を含めた砦の作りが、いわゆる中世ファンタジー風のゲームに似ているのを当然だと感じるようになった。

 それは砦の外でも同様で、スクトゥムの村は草原と森の境目にあって、畑や牧場に囲まれた牧歌的な景色の中にあり、木材と石を使った建物が村の真ん中にある広場を中心に建てられていた。

 一見すると文明的ではないようにも見えたのだが、歴史の授業で習った中世ヨーロッパとはずいぶん違っていて文明的でもあり、そういうところも含めて、直樹としての子供時代に遊んだゲームの世界と似ている印象があった。


 さて、俺の父親はロックス地方を治める貴族に仕える騎士だ。そしてこの世界の騎士は単なる領地持ちだけの領主よりも高い地位にあるらしい。

 そのためか、俺は小さい頃から多くの書物を読めたし、村人達より高度な教育を受けることができた。将来は父の跡を継いで騎士になるのだと言われ、戦いの技術を学ぶこともできた。

 この世界は王国とか領主とか騎士なんて言葉のとおり、身分や職業が家柄で縛られている封建的な世界だ。だから、俺が生まれた環境がこの世界で、どれだけ有利なことなのかは、よくわかった。

 だから俺は、できる限りの努力をして、この世界のことを学んだ。

 学べば学ぶほど、ここがファンタジーな世界なのだと実感するようになったが、それ以上に俺は、子供であることの壁を感じていた。

 俺がこの世界で生きていくために学んで鍛えようとしても、子供では努力にも限界があって、濃密な感覚と移り気な好奇心に振り回されて思うようにできなかった。

 そして、身近な子供達との遊びの中でも、追いかけっこをしても、かくれんぼをしても、チャンバラをしても、上手くできなかった。

 日本では運動ができてバスケでは全国大会にも行った。勉強でも仕事でも上の方から数えた方が早かった。そのどこでも友達がいて、楽しい付き合いをしていたんだ。

 なのに、俺は5歳にもならない子供にいいようにあしらわれている。

 恵まれた環境に生まれているのにそんな毎日が続いて、俺は思うようにならない自分に苛立ち、感情に押し流されて周りに当たり散らすようになった。

 運良く周りはそんな俺を、子供によくある反抗期だと受け止めてくれだ。

 そんな状態のままで、直樹としての俺を自覚してから3年の月日を過ごした。


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