流人
「うひゃあ!すっごいなぁ‼」
「大きな声は出さないでほしいんだけどね。」
何度か繰り返したはずのセリフを吐いて、オレは、はあーっと大きなため息をついた。
オレに子守を任せた黒さんは、広場で商いをしている露天商や屋台を見て、楽しそうな様子でもない風にしながら遊んでる。
耳、よく動くね。
何を話しているかはわからないけど、オレと話しているときには見せない他所行きの笑顔で商人たちとやりとりしている様子からは、これから人売りの一団を罠にかけようとしている風には見えないよ。大したもんだ。
オレは彼女たちに雇われた身だから、他所行きの笑顔も無いくらいに事務的に扱われているんだけど、あの様子なら放っておいてもまずいことにはならないね。
問題は、こちらの方かな。
「カーク!アレすごいよ!」
いつの間にか隣に来ていたちびっこい奴がオレの手を引いて声を上げた。勘弁してほしいよ。
「あー、今度は何を見つけたんですフェリス?」
そう言っている間に、走り出す小娘。
聞こえてないはずの返事をしながら先を見ると、派手な明るい色柄で身を飾った男がナイフを何本も宙に投げて操っていた。
「あぁ、芸人さんね。」
なるほど、小娘が興味を持つわけで。
で、その小娘ことフェリスはそこらの子供に混じって歓声を上げながら芸をお楽しみ。子供じゃないはずなんだけど、楽幼族は、みんなあんな感じだからね。
厄介者を視界に置きながら、オレは顔の近くに上げた手を、指を決まった形にしながら振る。
と、ナイフを操っていた男が右手でナイフをお手玉する芸に切り替え、客の目を引きつけながら左手を腰のところで、オレと同じように振る。
(わざわざ紋手を返すなんて、丁寧だね。)
流人同士でだけ使われる符丁で挨拶をしたオレは、ナイフ使いの丁寧な態度に少しばかり感心して近付き、地面に置かれた箱に小銭を投げてから、近くの屋台に声をかけて椅子を借り、岩蜜入りの水を二杯頼んだ。
小娘は相変わらずナイフ芸に夢中の様子だけど、オレが水を三口ばかり飲んだところで不意にオレを見て、それまでの熱中ぶりが嘘のようにこちらへと走ってくる。
「カーク!ぼくも!」
駆け寄るなりオレが持っている二つ目のジョッキに手を伸ばし、これが当然という態度でこちらを見上げてくる。
見上げている目の中には、幾つもの色彩。
複数の色を持つ虹彩は、こいつら楽幼族の特徴で、やたらと人懐っこい好奇心だらけの視線も、そう。
「はいな。どうぞ。」
と差し出すと、満面の笑顔で受け取ってぐいっとジョッキを傾けた。半分くらい飲んでから、
「やっぱりカーク天才!ありがとう!」
よく響く声でオレを褒め称えてくれやがった。
もういいですよ。こいつらと関わったら大抵はこうなるんだからね。
「はいはい。ところで黒さんはどちらですかね。」
死なば諸共の気持ちで尋ねると、でっかいお目々をくりんとめぐらし、
「いた!」
と、少し離れた露天の辺りを指差す。
よく見れば、黒さんの耳がヒラリ。
内心舌を巻いて小娘の頭を撫でてやると、わひゃひゃひゃひゃとよくわからない声で笑い出す。
「フェリスさん?あんたには黒さんの様子を見ていてほしいんですけどね。」
撫でながらお願いしたら、くりんとオレを見上げてから、
「ダメだよ。ぼくはカークを見張る役だからね。」
あっさり言ったね。うん、君らはそうだ。わかってたよ。
諦めて広場を見ると、さっきの芸人が仕事を終えていて、こちらへ向かって歩いてきた。
ジョッキをもう一杯注文し店主に目配せすると、店主は何も言わずにジョッキを芸人に手渡す。
「あんた、面倒なのに取り憑かれてるな。」
芸人が小娘を見ながら軽い口調で笑う。その実、厄介者には見えない位置で紋手の符丁。
「あぁ、ご存知なんだね。それは話が早くてありがたいよ。オレはカーク。職は多業でね。今は冒険者ギルドで雇われて人探しの最中なんだよ。それなのにコイツがね。」
小娘をジョッキで小突くが、すっと避けられる。
芸人は苦笑いを浮かべて、名乗る。
「それは災難だな。ホォグァンだ。職はご覧の通り芸人で得意は投げもの。流人同士、仲良くやろうぜ。」
流人はホウシェンの階級制度の爪弾きが寄り集まったようなもんだからね。地縁のない根無し草同士、助けあわないとね。
名乗り合いながら、オレもホォグァンも流人同士で通じる紋手を使って、口でのやり取りに重ねて別の話も進める。
これができないと流人の中でもやっていけないからね。必死に覚えたよ昔に。
椅子に座りホォグァンと話し込む。
屋台の店主に酒とつまみを頼み、食い物を一皿追加して厄介者を黙らせた。紋手を併せているから、知らない奴らからは世間話程度にしか聞こえない。知っていても、紋手を見ながらでなければ話の中身はわからない。
「あんたの立場もわかるが、嫌な仕事をやらされてるな。」
痩せているように見えてガッチリと角ばった顎を撫で、ホォグァンは同情を露わにする。
「ほんと、辛いよね。多分オレ、この街には居られなくなるよね。」
ため息と共に肩を落とすと、背中を軽く叩きながらホォグァンが
「同じ流人を売るんだからな。それは諦めな。」
と慰めてくれた。こいつ、いい奴だよ。もう一杯奢ろう。
挨拶の前に紋手で事情は知っていると教えてくれたからオレから話しやすいし、ここの広場の顔だけあって、なるほど、懐の広い男だね。
「ありがとよ。」
杯を受け取りホォグァンが礼を言う。そして
「で、俺には何の用だ?まさか、挨拶に来ましたってわけじゃあるまい?」
本題へ促す。
お互い暇じゃないからね。
「雇い主が狩場を探していてね。獲物はご察しの通りなんだけど、迷惑をかけることになるから、そのお詫びをね。どこを使うのが良いかな。」
腹を割って目的を告げると、ホォグァンは少し難しい顔になる。
そりゃあそうさ。
自分の縄張りで支配階級である貴族相手の捕物をやられて、しかも同じ流人の人売りを捕まえたとなれば、ホォグァンの立場は難しくなる。
「仕事なら仕方ねぇな。だが、狩った獲物が囀ると後々煩せえぞ。獲物の見定めは確かなんだろうな。鳴き声で眠れねぇのは勘弁だ。」
ホォグァンの注告。あぁ、やりたくはないけれど、きちんと仕留めないと拙いことになるんだね。
獲物についても教えておこうか。
「獲物は片目のヤツだからね。しぶといとは思うけど、しっかりやるよ。」
「あいつか。確かにあいつはしぶといな。」
俺が仄かした相手を理解したホゥグァンが空を見上げた。冷たく晴れた空を、一条の宙弦がうっすらと光っている。
そのゆっくりとした揺らぎが分かる程度の間ホゥグァンは黙っていたけど、やがてオレを見た。
顔を見て結論は分かったけれど、話は聞かないとね。
「だが、あいつは今、三つ目のヤツに関わっている。実はその件もあって俺もあんたを探していた。」
やはりね。やってるって噂は聞いてたよ。
三つ目のヤツってのは、魔眼族の事だね。
人売りが売って良いのはホウシェンの人族だけさ。ここの固苦しい階級制度の中には必ず、階級にそぐわない奴が出てくる。そんな奴を、家族が自ら売ることで階級の枷から外して、そいつに合う階級へ売ってやることで人を移す。それが人売りって奴らだ。
故郷から追われて隠れ住んでいる魔眼族を売るのは、流人ではない、外道がやること。
ホゥグァンは、オレに、片目の人売りを始末する理由を渡してくれた。
それにしても、オレを探していた?
怪訝な表情をすると、ホゥグァンは懐から小さなガラス瓶を取り出す。見慣れたそいつに、オレの表情も気分も一瞬で冷え切った。それをまた一瞬で切り替えて、予想よりも顔が広いらしい顔役の話を目線で促す。
ホゥグァンは、緊張を表に出さないようにしている風だ。
「これはあんたに渡す。使ってやってほしいことがある。依頼主は…」
俺たちにはわかる暗喩で伝えられた依頼主の正体に、オレは内心で悪態をついた。なんてやばい奴が絡んでやがる。と。
「あんたには厄介事が増えるが、考えてもみな。あんたはどうせこの街にはいられなくなる。そうなったら、ここでひと働きして恩を売っておくことは、損にはならねぇんじゃねぇか?」
ホゥグァンの声にも表情にも、騙そうという意図は感じない。そりゃそうさ。変なことをやればホゥグァンの命もない。オレたちは運命共同体で、その中で何か仕組まれたとしてもこいつが悪いわけじゃない。それにこいつは、オレの話を聞いてから依頼を伝えてきた。俺を信頼して狩りを許してから、だ。
「あんたの言う通りだ。奴らも上手く使って切り抜けるしかないね。」
信頼には実行で答えないとならないからね。
しっかりと、やらせてもらうよ。
ホゥグァンに礼を渡して別れ、オレは厄介な小娘につきまとわれながら黒さんを探す。厄介者も使いようで、わずかな時間で見つかった。
「ねぇカーク。さっきは何を話してたの?ぼく、よくわからなかったよ。ぼくが黒を見つけたでしょ?だから教えてよ!」
腰のあたりから厄介者が厄介な要求を繰り返しているが、それをあしらうのもやっと終わるよ。
どうせバレている相手だから、無意味な紋手を見せてやりながら返してやるかね。
「教えられませんよ。秘密なんで。それより、黒さんが見ている飾り玉、珍しいよ。あれは砂竜の牙じゃないですかね。」
「ほんと!?」
オレのセリフが終わらないうちに駆け出す小娘。このちょろさがなければ、楽幼族なんてさっさと片付けるに限るんですがね。
いや、できないな。
あいつら、ホウシェンどころか、この大空の広い空の中を、宙弦で繋がり合う圏域も浮島も全て関わりなく流れ歩く、生まれつきの流人だからね。
オレとは正反対。
だから、できないな。




