砂の国の苦力
「お父さん!どうして?」
男たちに両腕を掴まれながら、私は叫んだ。
呼びかけた相手は忌々しげに舌打ちすると一瞬だけ私を睨み、
「さっさと連れて行ってくだせぇ。」
と吐き捨てて背中を向けた。
周りには私の家族
だった人たちがいる。
私を産んで育てたはずの女性が、
「この取り替え子め。私の娘を盗みやがって、さっさと消えちまえ。」
憎しみと嫌悪を私に突き刺した。
兄も姉も、弟たちも、戸惑いながら私から目を背けている。
短命な苦力にしては長く生きているおばあちゃんが玄関で目元を手で覆い、粗末な戸を閉めた。
「さっさと来い。」
右腕を捕まえていた眼帯の男が無造作に私を引っ張り、私は痛みに小さな叫びを上げる。
ガッ!
目の前に火花が散って、突然世界が回った。
足元にあるはずの地面が目の前にあって、衝撃。
私は私が地面に倒れているのだと気付いた。
右のこめかみの辺りに鈍い痛みがあって、拳を握りしめた男の仕草で、ようやく、こいつが私を殴ったんだと理解する。
ゴスッ!
鈍い音。腹に男の爪先がめり込んで、私は息もできなくなって身体を丸める。
それもできなかった。
髪の毛を鷲掴みにされて顔を引き起こされる。目の前に眼帯の男の顔。咽せるような煙草の匂い。
「生意気な目をするんじゃねぇ。それに俺は、来いと言ったんだ。声を出せとは言ってねぇぞ。」
男はそう言うと、私の髪を掴んだまま立ち上がらせて馬車へと連れて行く。
「さっさと乗れ。」
馬車の中には何人かの人。皆同じような姿勢で、同じような表情。無気力な諦めの顔。
私が躊躇うと、後ろから、
「お前らの仲間だ。仲良くしな。」
男の声と共に突き飛ばされて、私は馬車の中にいた。
扉が閉められて、がちゃん。
こうして、私は売り物になった。
木の板で塞がれた小さな窓から細く差し込む光でかすかに人影がわかる馬車の中、皆押し黙っているから車輪と蹄と、外にいる男たちの野卑な声だけが聞こえている。
さっきまで見ていた光景とは全く違う陰鬱さに、私は途方に暮れていた。
今思えば、兆しはあった。
だけど私は、その兆しをそうだとは思わないように、違う意味なのだと思うようにして、家族から見捨てられるという望まない未来を見ないようにしてた。
目を逸らしていても現実はやってきた。
想像よりもずっと酷い現実が。
(認知バイアス)
そんな言葉がふと、心の中に浮かぶ。
言葉と一緒に私の中に、沢山の、
本を開く、紙をめくる、文字をなぞる、私ではない私の指先、リズミカルに紙が指を離れる手触り、捌く音、積まれた本、壁のような本棚、何列も、足音、並んだ背表紙、触れた厚さ、流れるページ、目に止まる文字の形、文章、言葉
記憶が一瞬のうちに溢れ返って、
私は言葉の意味を、
そうなのだと、思い出した。
「あぁ、またなのね。」
思わず呟く。
物心ついた頃から、私は不思議な思い出を持っていた。私が経験していないこと学んでないこと、苦力として経験するはずがないこと知るはずのないこと。
そういうことを、ふと思い出す。とても懐かしい感じと一緒に。
お父さんやお母さんに話したら、最初は笑われた。やがて、気味が悪いと避けられるようになって、その拒絶の表情が恐ろしくて、私は思い出を口に出すのをやめた。
それは、遅かったのだと思う。
その頃にはもう、家族も隣人たちも、私に対して何かを隔てた振る舞いをしていたから。
やがて6歳になって、私にも仕事を割り当てられるようになった。子供向けの簡単な作業だったけど、確かに仕事だった。
苦力には、苦力としての役割がある。
皆同じように仕事をする。それは農作業とか土木工事とか洗濯とか荷運びとか、とにかく、「単純だけど辛い仕事」だ。
(奴隷)
思い出が私に教えた言葉は、苦力の立場を言い表すにはとても近かった。ただ、苦力は生まれた時から死ぬまで苦力で、それを疑問に思う人はほとんどいない。
(カースト制度)
近いかもしれない。
世襲で固定された単純労働力としての身分。
それが苦力。
だけど、苦力には苦力としての矜持と誇りもある。
だから、何年か経って私が大人と同じ仕事に割り振られるようになった頃、仕事の中で「こうしたらほら、上手くいくよ。」と思い出が教えたロープの使い方を実践したとき、彼らが見せたのは、
あぁ、思い出したくないのに…。
冷たく激しい憎悪
私が売られるまで、それほどはかからなかった。
ぽろり
頬を滴が流れて、私は暗い現実に引き戻された。
馬車の床についた手の甲にぽたぽたと滴が落ちる。
身体の中から湧き上がる気持ちが息を詰まらせて、嗚咽になって漏れる。大声ではない。声を上げたら気持ちに心を砕かれそうで、声を押し殺しながら耐え続けた。
私は家族に売られたんだ。
家族ではないものとして。
この大地は厳しい。
ホウシェンと呼ばれるこの圏域の中心であり、同じ名前で呼ばれている陸洋島は、冷涼な砂の大地が広がる不毛の地。
人族は限られた生活圏に肩身を寄せ合い、厳格な階級で分けられた制度の下で生きている。
だから、生まれや職能はそれぞれが一つの社会であって、その中でも家族というのは階級と関わり合いながらも特別なものとして扱われている。
階級社会での立場を無くしても家族が家族だと認めているなら、居場所は保障される。
逆に家族から切り離されるというのは、この大地で生きる場所を失うことになる。
もう、私には生きられる場所はない。
この暗い馬車の外には。
だけど私には、明日になれば見慣れた部屋で目を覚まして、おばあちゃんとお父さんとお母さんと兄弟姉妹と同じ部屋でいつものご飯を食べて、大空に揺れる宙弦を見上げながら皆と仕事へ向かう。そんな朝が来るのだと、来てほしいと思うことを止められなくて、ただ歯を食いしばり涙をこぼしながら、いつの間にか眠り込んでいた。




